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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
十六章

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第8話

茶会の前日、私は乾物倉庫の隣にある荷置き場へ向かった。


これから出回る夏の果物について、カイルと話しておきたかったのだ。


春先の冷たさはもう薄れ、風の中には少しだけ日差しの強さが混じり始めている。市場に並ぶ果物も、少しずつ変わっていく頃だ。


そう思うだけで、干し果物のことも、荷のことも、気になることが増えていく。


荷置き場へ着くと、ベルナー輸送商会の荷馬車が一台停まっていた。


カイルは荷台の端に腰かけ、積み箱の角を指で叩いている。


「遅かったですね」


「え? でも約束の時間には間に合っていますよ」


「顔がもう遅れてます」


「顔?」


「茶会のことで頭がいっぱいです、って顔です」


そう言われ、私は思わず頬に手を当てた。


カイルはにやりと笑い、荷台から降りる。


「明日でしたっけ。銀葉亭の茶会」


「はい……うう、緊張します……」


「本当にエリナ様が開くんですね」


「そんなに意外ですか?」


「意外ですよ」


即答だった。


「そのお年で、自分の名でご婦人方を招くんでしょう? 普通は、母親か家の奥方が前に立つものじゃないんですか」


「……私も、そう思います。でも、経験がないからとか、そういう理由で避けるのはやめようと思って……」


「……なるほど。いい意味で、令嬢の発想じゃありませんね」


カイルは、少し感心したように私を見る。


それは褒められたのだろうか。


「それに……」


そこで、私は口を閉ざした。


「それに?」


「な、なんでもありません」


いつか、結婚したら茶会は開くのだもの。花嫁修業の一環……なんて。


そう思った瞬間、頬が緩んだ。


「……今、何を考えました?」


はっとする。


「え? あ、茶会のことですよ」


「茶会のことを考えて、そんな顔になります?」


「ど、どんな顔ですか」


「言いません」


「そこまで言ったなら、言ってください」


「嫌です。怒られそうなので」


私、そんなに怒るように見えるだろうか。


カイルは荷台の上に置かれていた浅い木箱を引き寄せた。


「それより、夏の果物の話でしょう」


「あ……はい」


私は慌てて帳面を開いた。


「これから出回る果物で、乾燥に回せそうなものを少し増やせないかと思っているのですが、安定して入るものはありますか?」


「安定して入るのは、杏とすももですね。早いものなら葡萄もあります」


「桃はどうでしょうか?」


「香りはいいです。ただ、水分が多いので乾かすと歩留まりが悪い。形も崩れやすいです」


「では、まずは杏とすももを少し……」


「ええ。木苺ほど強い酸味はありませんが、色は残りやすい。菓子に使うなら面白いと思います」


私は言われたことを、帳面に書き込んでいった。


カイルの声を聞きながらも、私の頭の奥では、別の声が何度も繰り返されていた。


――茶会が終わったら、時間を取る。


茶会への緊張なのか。


明日の席への不安なのか。


それとも、その後に待っているかもしれない話への期待なのか。


胸の高鳴りの理由が、自分でもよく分からなかった。



その日の夕食は、いつもより静かだった。


明日の茶会のことを考えていたせいか、味が分からない。


招待客を迎えた時の挨拶、席へ案内する順番、菓子の説明をするタイミング、そして、どこで感想を伺えばよいのか。


頭の中で何度も流れをなぞっていると、父が食事の途中で、ふと思い出したように口を開いた。


「明日は、茶会だったな。招いた方々は、皆、出席されるのか」


「はい。十名にお声がけして、八名がいらっしゃいます」


「そうか。初めての席としては、悪くない人数だ」


私は少し驚きながら、父を見た。


「落ち着いて務めなさい」


「……はい」


この間もだ。父が自分から尋ねてくるのは珍しい。

グラーフ家が関わっているからだろうか。


考えかけたところで、兄が水杯を置いた。


「明日、話を広げすぎるなよ」


「話を? どのようにですか」


「品の説明を求められるだろう。そこで、まだ決まっていない取引や、次の約束まで勝手に進めるなと言っている」


「……そのつもりです」


兄の目が、わずかに細くなった。


「お前の名で出した席でも、お前はリュークハルト家の娘だ。失敗すれば、家の失敗として見られる」


「分かっています」


「ならいい」


「それにしても、ヴィオラ様までお呼びするなんてね」


姉が果実を小さく切り分けながら、何気ない調子で言った。


「色々な方のご意見を伺いたくて……」


答えながら、背中にじわりと汗がにじむ。


「あの方、素直にお菓子の感想だけをくださるかしら」


「……どういう意味ですか?」


「お菓子より先に、茶会そのものを見る方よ」


姉は視線を皿へ落としたまま続ける。


「茶席の進め方や菓子の出し方、あなたの言葉遣い。そういうものを先に見るでしょうね」


「……」


「気になったところがあれば、きっとそこを突くわ」


兄が、そこで眉を寄せた。


「そんなに厳しい相手なのか」


「厳しいというより、見落とさない方ね」


「呼ぶ相手を選び間違えたのではないか」


「グラーフ伯爵夫人に、勧められたのです」


私がそう答えると、姉の手が一瞬だけ止まった。


「伯爵夫人が……そう」


姉は少し考えるように目を伏せ、それから果実を口に運んだ。


「なら、なおさら変に取り繕わない方がいいわ。見栄を張ったところほど、見られるもの」


「……気をつけます」


父が、そこで口を開いた。


「エリナ。明日の茶会が終わったら、寄り道はせず戻りなさい」


顔を上げる。


「初めて自分の名で開く席だ。終わった後の報告まで含めて、務めだと思いなさい」


胸の奥で、別の声がよみがえった。


――茶会が終わったら、時間を取る。


さすがに、茶会の直後という意味ではないだろう。


会う約束は、まだしていない。銀葉亭では片付けもあるし、招いた方々を見送らなければならない。


改めてお話しするなら、きっと後日だ。


「……はい。まっすぐ戻ります」


父は短く頷き、それ以上は何も言わなかった。



茶会当日、私は予定より早く銀葉亭へ着いた。


今日、身につけているのは、パン工房の夫人から譲っていただいたワンピースを仕立て直したものだ。


淡い若葉色の布は、銀葉亭の白い壁や落ち着いた調度の中では、明るく見えた。


丈と身幅を詰めてもらったおかげで、以前よりずっと体に合っている。


髪も、いつもより丁寧にまとめてもらった。飾りは、小さな白い花を模したものを一つ。


菓子を見ていただく席だから、装いは控えめにしたかった。でも、貧相には見えないように。


二階の小部屋へ案内されると、卓の上には白い布がかけられ、小さな花器に淡い色の花が飾られていた。


椅子は席順の通りに並べられ、銀の縁取りが入った白磁の茶器と、小さな菓子皿も人数分揃えられている。


茶器の白さと銀の細い線が、卓の上をきりりと整えて見せていた。


「こちらで、間違いございませんでしょうか」


店主が、私の手元の席順に目を向ける。


私は紙を広げ、卓の配置と一つずつ見比べた。


「……はい。席順は、このままでお願いします」


「かしこまりました」


「お付きの方々は、こちらのお部屋でお待ちいただくのでしたね」


「はい。隣の控え室をご用意しております。茶もお出しいたしますが、菓子は別のものをご用意しております」


「ありがとうございます」


私は帳面に小さく印をつける。


そこへ、トマが盆を手にして入ってきた。


「菓子は予定通りです」


盆の上には、茶席用の小さな焼き菓子が並んでいる。


「あれ? 少し小さくなりましたか?」


「ええ。話の途中で食べるなら、このくらいの方がいいでしょう。大きいと、食べるのに気を取られます」


「なるほど……味は変えていませんか?」


「はい。ただ、後味が残りすぎないように、焼き加減を少しだけ軽くしました」


「お茶と合わせるためですか?」


「そうです。で、こちらが持ち帰り用です」


白い小箱には銀灰色の紐がかけられ、その結び目の横に、小さな若葉色の布飾りが添えられていた。


「飾りをつけてもらってよかった……」


思わず呟くと、店主が穏やかに頷いた。


「ええ。よくなりました」


「ありがとうございます。とても、素敵です」


「銀葉亭らしさは残したまま、贈り物らしい華やかさが出ています」


そう言われて、胸の奥が少しだけ温かくなった。


店主は卓へ視線を移した。


「本日は、茶席用の菓子を先にお出しします。最初の茶が行き渡り、少し場が落ち着いたところで、菓子の説明をなさるのがよろしいでしょう」


「はい」


「その後、頃合いを見て持ち帰り用の小箱をご覧いただきます。感想を伺うのは、箱をご覧いただいた後でよろしいかと」


「分かりました。ご意見を伺う時は、店主と給仕の方は……」


「必要でしたら、わたくしは一度下がります。給仕も壁際に控えさせますので、皆様がお話ししやすいようにいたしましょう」


「お願いします」


「ただ、菓子について専門的なご質問があれば、トマを呼ぶこともできます」


トマが、少し不服そうにこちらを見る。


「呼ばれれば来ます」


「その時は、お願いします」


「菓子のことなら、答えられますので」


その言い方に、少しだけ笑った。


その時、店の表の方で、馬車の止まる音がした。


胸が跳ねる。


「最初のお客様のようでございます」


私は背筋を伸ばした。


「お迎えします」

一気投稿に向けてちょっと準備します……( ° ཫ ° )・∵. グハッ!!

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兄よ。でしゃばるな。くたばれ。 茶会、父親に報告する義務あるの? 自分の名前でやってるし費用も自分で工面してるのでは。 茶会の面倒見てるのもグラーフ伯爵家。 どうして関係ない実家の面子が口出してくる…
3話連投お疲れさまでした。読み手としては嬉しい限りですが。 エリナの、初めての茶会に向けてのワクワク感や緊張感が伝わってきました。可愛らしい布飾りもすてきです。 ヴィオラ嬢がどんな批評をなさるのかがち…
寄り道せずに、、 アーネストと夫人への報告のほうが優先に決まってる。
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