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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳
十六章

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第7話

招待状を出してから、三日ほど経った。


返事は、思っていたよりも早く届き始めた。


執事が一通ずつ持ってくるたび、私は机の前で身を強張らせた。


「エルネスタ・ハーゲン様、ご出席……マルティナ・アイゼンフェルト様も、ご出席……」


十通出した招待状のうち、二通は都合がつかないとの返事だった。


ひとりは先約があり、もうひとりは領地へ戻る予定があるという。残念ではあった。

とはいえ、八人なら初めて開く席としては多すぎない。


そう自分に言い聞かせていた時、執事が最後の一通を持ってきた。


「ヴィオラ・クラウゼン様より、お返事でございます」


私は思わず、息を止めた。


封を切る手が、少しだけ強張る。


紙を開き、文字を追う。


「……来てくださるのね」


断られなかった。


彼女は、どんな気持ちでこの招待を受けてくれたのだろう。


「……銀葉亭へ、人数を伝えないと」


「こちらからは、ご出席の人数と、お付きの方の人数をお伝えすればよろしいかと存じます」


「分かったわ」


私は出席者の名を、改めて紙へ書き写した。それから、机の端に置いていた小さな布飾りを手に取る。


若葉色の、小さな飾り。


「これも、持っていこう」


私は布飾りを小さな箱に入れ、銀葉亭へ持参する荷物の中へ加えた。


翌日、私は銀葉亭を訪れた。


店主は出席人数を聞くと、すぐに帳面へ書き込んだ。


「八名でございますね。お付きの方の控えについても、こちらで用意しておきます」


「お願いします」


「菓子の数は、茶席用を少し多めにしておきましょう。持ち帰り用は、お一人に小箱をひとつずつでよろしいでしょうか」


「はい。それでお願いします。あと、当日の給仕とご案内の人数についてなのですが……」


私は少し言葉を探した。


「通常の営業とは違って、貴族の方々をお招きする席になりますので、お待たせすることがないようにしたくて」


「承知いたしました。当日はお部屋に専属の給仕を二名、入口のご案内に一名置きます。お付きの方々の控えについても、別に茶を用意しておきましょう」


「ありがとうございます」


話しているうちに、奥の扉が開いた。


トマが皿を持って入ってくる。


「できました」


短い言葉とともに、皿が卓の上へ置かれる。


前に試した時よりも、焼き菓子は形が揃っていた。


茶席用は小さく、口に運びやすい大きさになっている。


持ち帰り用は、前よりも角がきれいに揃っていた。焼き型を変えたのか、箱に並べた時に隙間が出にくい形になっている。


表面には、干し木苺の赤い欠片が前より少し多く散らされていた。


「木苺を増やしたのですか?」


「前のものは、口に入れた時の酸味が少し弱かったので、持ち帰り用だけ少し立たせました」


トマは腕を組んだ。


「茶席用は控えめでいい。だが、持ち帰り用は箱を開けてから食べるまで時間がある。香りが少し抜ける分、最初から少し立たせています」


「たしかに……移動にも時間がかかりますものね」


私は持ち帰り用を一つ口に運んだ。


ほろりと崩れたあと、林檎の甘みが広がる。その後から、木苺の酸味がすっと残った。


「美味しいです。前回のものより、手が伸びる感じがします」


「茶席用も、ご確認ください」


私は茶席用の菓子も口にした。


こちらは甘さも酸味も控えめで、後味が軽い。


「お茶と合わせるなら、こちらの方が落ち着きますね」


「茶を飲んで、もう一口食べたくなるくらいに調整しました」


「すごい……本当に、そうなっています」


私は頷き、手元の箱をそっと開いた。


「持ち帰り用の包みについてなのですが、少し見ていただきたいものが……」


店主とトマの視線がこちらへ向く。


私は小さな布飾りを取り出した。


「干し果物の菓子だと分かるように、あと、季節の色を添えられないかと思って」


若葉色の布飾りを、試しに銀灰色の紐の横へ置く。白い箱の上で、淡い色が小さく映えた。


「春なら若葉色。夏なら淡い青。秋なら薄い杏色。季節ごとに変えれば、箱を開ける前から少し楽しめるのではないかと……」


言いながら、少し不安になった。


店の方から見れば、余計な手間かもしれない。


トマは布飾りをじっと見ていた。


「味には関係ありませんな」


「トマ」


店主が低く名を呼ぶ。


トマは不思議そうに顔を上げた。


「そうでしょう?」


「言い方でございます」


「あの、構いませんので……お気になさらず」


私は慌てて口を挟んだ。


「ええと……持ち帰り用は、ご自宅で箱を開けるまでが品になると思ったのです。贈り物としてお渡しするなら、見た目も大事ではないかと……」


店主の目が、少しだけ変わった。


「贈答用としては、悪くありません」


「本当ですか?」


「ええ。銀葉亭の箱は落ち着きすぎておりますので、若い奥方や令嬢方には少し物足りないこともございます。ですが、飾りを大きくすると当店らしさが崩れる」


店主は布飾りを一つ手に取った。


「この程度なら、品を損ないません」


胸の奥が、ぱっと明るくなる。


その時、低い声がした。


「手間と費用も見ろ」


驚いて振り返る。


いつの間にか、アーネストが部屋へ入っていた。


「グラーフ伯爵……」


約束していたわけではなかったので、目を瞬く。


アーネストは私を見て、それから箱と布飾りへ視線を落とした。


「続けろ」


「は、はい」


私は布飾りを指先で押さえた。


「領地では、瓶飾りに使う布飾りを作ってもらっています。手順はすでに決まっていますので、数を増やすこともできるかもしれません」


「安定して用意できるのか」


「まだ、確かめなければなりません。こちらは見本として持ってきましたので」


アーネストは小さく頷いた。


「悪くない」


その短い言葉に、胸が熱くなる。


「ただし、贈答用の箱として別に代金を取るか、菓子の値に含めるか考えろ」


「はい」


私は慌てて帳面へ書きつけた。


店主も頷く。


「その方がよろしいでしょう。手土産用として、少し値を上げることはできます」


「では……金額について、もう少し考えてみます」


試作の確認が終わると、店主とトマは細かな手配のために席を外した。


部屋には、私とアーネストだけが残る。


私は帳面を閉じ、改めて頭を下げた。


「本日も、ありがとうございました」


「礼を言われることはしていない」


「いえ。手間や費用のこと、私だけでは見落としていました」


「見落としたなら、次に見ればいい」


アーネストの声は、いつも通り淡々としている。


それなのに、その声を聞くだけで胸が落ち着かない。


アーネストは少し間を置いてから、口を開いた。


「母上から聞いた」


「え……何をでしょうか?」


「婚姻支度のことを尋ねたそうだな」


「……!」


顔に熱が集まった。


「あ、あの……別に、深い意味では……姉が話していたのを聞いて、気になって……」


「そうか」


アーネストは、それ以上は聞かなかった。

視線だけは逸らさない。


「急いで揃える必要はない」


「そ、そうですね……私ったら……」


私は耳にかかった髪を、指でかけ直した。


「何も決まっていないのに……焦ってしまって……」


恥ずかしい。

思い違いかもしれないのに。


顔を上げられず、私は視線を逸らしたまま指先を握った。


「何も決まっていないわけではない」


「……え?」


「ただ、まだ君に伝えていないことがある」


心臓が、どくりと鳴った。


そっと顔を上げると、アーネストはまっすぐこちらを見ていた。


「今ここで言う話ではない」


「……」


「茶会が終わったら、時間を取る」


息が、うまく吸えなかった。


何のことか聞きたかった。でも、聞いてしまえば、今この場で答えを求めることになる。


私はそれを押し込める。


頬が熱くなるのを感じながら、ただ小さく頷いた。

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― 新着の感想 ―
お仕事モードだからか、また「お前」よびに戻ってます(`・ω・´) 「まだお前に伝えていないことがある」 アーネストよ、関白宣言でもするんか…( ˘•ω•˘ ) って口調でした…。えぇぇぇぇ。
お、お、おお、おぉぉぉ......(言葉にならない)
「何も決まっていないわけではない」 よ、よかったぁ。やっと言った。いや言ったのか?これはもう思慮深いとかでなく、態度は横柄だけど自分からは何も言えないヘタレに見える。ヴィオラの事をその気もなく断らなか…
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