第7話
招待状を出してから、三日ほど経った。
返事は、思っていたよりも早く届き始めた。
執事が一通ずつ持ってくるたび、私は机の前で身を強張らせた。
「エルネスタ・ハーゲン様、ご出席……マルティナ・アイゼンフェルト様も、ご出席……」
十通出した招待状のうち、二通は都合がつかないとの返事だった。
ひとりは先約があり、もうひとりは領地へ戻る予定があるという。残念ではあった。
とはいえ、八人なら初めて開く席としては多すぎない。
そう自分に言い聞かせていた時、執事が最後の一通を持ってきた。
「ヴィオラ・クラウゼン様より、お返事でございます」
私は思わず、息を止めた。
封を切る手が、少しだけ強張る。
紙を開き、文字を追う。
「……来てくださるのね」
断られなかった。
彼女は、どんな気持ちでこの招待を受けてくれたのだろう。
「……銀葉亭へ、人数を伝えないと」
「こちらからは、ご出席の人数と、お付きの方の人数をお伝えすればよろしいかと存じます」
「分かったわ」
私は出席者の名を、改めて紙へ書き写した。それから、机の端に置いていた小さな布飾りを手に取る。
若葉色の、小さな飾り。
「これも、持っていこう」
私は布飾りを小さな箱に入れ、銀葉亭へ持参する荷物の中へ加えた。
翌日、私は銀葉亭を訪れた。
店主は出席人数を聞くと、すぐに帳面へ書き込んだ。
「八名でございますね。お付きの方の控えについても、こちらで用意しておきます」
「お願いします」
「菓子の数は、茶席用を少し多めにしておきましょう。持ち帰り用は、お一人に小箱をひとつずつでよろしいでしょうか」
「はい。それでお願いします。あと、当日の給仕とご案内の人数についてなのですが……」
私は少し言葉を探した。
「通常の営業とは違って、貴族の方々をお招きする席になりますので、お待たせすることがないようにしたくて」
「承知いたしました。当日はお部屋に専属の給仕を二名、入口のご案内に一名置きます。お付きの方々の控えについても、別に茶を用意しておきましょう」
「ありがとうございます」
話しているうちに、奥の扉が開いた。
トマが皿を持って入ってくる。
「できました」
短い言葉とともに、皿が卓の上へ置かれる。
前に試した時よりも、焼き菓子は形が揃っていた。
茶席用は小さく、口に運びやすい大きさになっている。
持ち帰り用は、前よりも角がきれいに揃っていた。焼き型を変えたのか、箱に並べた時に隙間が出にくい形になっている。
表面には、干し木苺の赤い欠片が前より少し多く散らされていた。
「木苺を増やしたのですか?」
「前のものは、口に入れた時の酸味が少し弱かったので、持ち帰り用だけ少し立たせました」
トマは腕を組んだ。
「茶席用は控えめでいい。だが、持ち帰り用は箱を開けてから食べるまで時間がある。香りが少し抜ける分、最初から少し立たせています」
「たしかに……移動にも時間がかかりますものね」
私は持ち帰り用を一つ口に運んだ。
ほろりと崩れたあと、林檎の甘みが広がる。その後から、木苺の酸味がすっと残った。
「美味しいです。前回のものより、手が伸びる感じがします」
「茶席用も、ご確認ください」
私は茶席用の菓子も口にした。
こちらは甘さも酸味も控えめで、後味が軽い。
「お茶と合わせるなら、こちらの方が落ち着きますね」
「茶を飲んで、もう一口食べたくなるくらいに調整しました」
「すごい……本当に、そうなっています」
私は頷き、手元の箱をそっと開いた。
「持ち帰り用の包みについてなのですが、少し見ていただきたいものが……」
店主とトマの視線がこちらへ向く。
私は小さな布飾りを取り出した。
「干し果物の菓子だと分かるように、あと、季節の色を添えられないかと思って」
若葉色の布飾りを、試しに銀灰色の紐の横へ置く。白い箱の上で、淡い色が小さく映えた。
「春なら若葉色。夏なら淡い青。秋なら薄い杏色。季節ごとに変えれば、箱を開ける前から少し楽しめるのではないかと……」
言いながら、少し不安になった。
店の方から見れば、余計な手間かもしれない。
トマは布飾りをじっと見ていた。
「味には関係ありませんな」
「トマ」
店主が低く名を呼ぶ。
トマは不思議そうに顔を上げた。
「そうでしょう?」
「言い方でございます」
「あの、構いませんので……お気になさらず」
私は慌てて口を挟んだ。
「ええと……持ち帰り用は、ご自宅で箱を開けるまでが品になると思ったのです。贈り物としてお渡しするなら、見た目も大事ではないかと……」
店主の目が、少しだけ変わった。
「贈答用としては、悪くありません」
「本当ですか?」
「ええ。銀葉亭の箱は落ち着きすぎておりますので、若い奥方や令嬢方には少し物足りないこともございます。ですが、飾りを大きくすると当店らしさが崩れる」
店主は布飾りを一つ手に取った。
「この程度なら、品を損ないません」
胸の奥が、ぱっと明るくなる。
その時、低い声がした。
「手間と費用も見ろ」
驚いて振り返る。
いつの間にか、アーネストが部屋へ入っていた。
「グラーフ伯爵……」
約束していたわけではなかったので、目を瞬く。
アーネストは私を見て、それから箱と布飾りへ視線を落とした。
「続けろ」
「は、はい」
私は布飾りを指先で押さえた。
「領地では、瓶飾りに使う布飾りを作ってもらっています。手順はすでに決まっていますので、数を増やすこともできるかもしれません」
「安定して用意できるのか」
「まだ、確かめなければなりません。こちらは見本として持ってきましたので」
アーネストは小さく頷いた。
「悪くない」
その短い言葉に、胸が熱くなる。
「ただし、贈答用の箱として別に代金を取るか、菓子の値に含めるか考えろ」
「はい」
私は慌てて帳面へ書きつけた。
店主も頷く。
「その方がよろしいでしょう。手土産用として、少し値を上げることはできます」
「では……金額について、もう少し考えてみます」
試作の確認が終わると、店主とトマは細かな手配のために席を外した。
部屋には、私とアーネストだけが残る。
私は帳面を閉じ、改めて頭を下げた。
「本日も、ありがとうございました」
「礼を言われることはしていない」
「いえ。手間や費用のこと、私だけでは見落としていました」
「見落としたなら、次に見ればいい」
アーネストの声は、いつも通り淡々としている。
それなのに、その声を聞くだけで胸が落ち着かない。
アーネストは少し間を置いてから、口を開いた。
「母上から聞いた」
「え……何をでしょうか?」
「婚姻支度のことを尋ねたそうだな」
「……!」
顔に熱が集まった。
「あ、あの……別に、深い意味では……姉が話していたのを聞いて、気になって……」
「そうか」
アーネストは、それ以上は聞かなかった。
視線だけは逸らさない。
「急いで揃える必要はない」
「そ、そうですね……私ったら……」
私は耳にかかった髪を、指でかけ直した。
「何も決まっていないのに……焦ってしまって……」
恥ずかしい。
思い違いかもしれないのに。
顔を上げられず、私は視線を逸らしたまま指先を握った。
「何も決まっていないわけではない」
「……え?」
「ただ、まだ君に伝えていないことがある」
心臓が、どくりと鳴った。
そっと顔を上げると、アーネストはまっすぐこちらを見ていた。
「今ここで言う話ではない」
「……」
「茶会が終わったら、時間を取る」
息が、うまく吸えなかった。
何のことか聞きたかった。でも、聞いてしまえば、今この場で答えを求めることになる。
私はそれを押し込める。
頬が熱くなるのを感じながら、ただ小さく頷いた。




