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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十六章

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第1話

アーネストは、少し考えてから頷いた。


「茶会か。なら、母上に――」


「い、いえ……そうではなく」


思わず、アーネストの言葉を遮ってしまった。


彼が口を閉じ、こちらを見る。


「私が茶会を開いて……試してみようかと……」


「君が?」


「は、はい……」


言ってしまった。


私が茶会を開くだなんて。


背中に、じわりと汗がにじむ。


これまでは、グラーフ伯爵夫人の茶席に品を置いていただいていた。今回もお願いすれば、きっと快く引き受けてくださるだろう。


けれど、いつまでも夫人に頼ってばかりでよいのだろうか。


試作品を出したいのは私だ。

客の反応を知りたいのも、その反応をもとに品の方向を決めなければならないのも、私なのだ。


だから、今度は自分で動かなければ。


「あの、正式な茶会というほどのものではありません」


私は慌てて付け加えた。


「何人かの方をお招きして、試食をお願いする、小さなお茶の席です。こちらの茶房の一室をお借りできるのであれば……」


店主が目を瞬かせた。


「当店で、でございますか」


「はい。実際にこちらのお茶と一緒に召し上がっていただいた方が、分かりやすいと思いまして……」


店主が返事をするより先に、私はさらに言葉を重ねた。


「も、もちろん、お部屋をお借りする代金や、お茶にかかる費用は、私がお支払いいたします」


店主が、目を見開く。


アーネストは、しばらく何も言わなかった。


無謀なことを言ってしまっただろうか。


不安になりかけたところで、彼が口を開いた。


「誰を呼ぶつもりだ」


「……夜会でご挨拶した令嬢方や、そのお母様方を、何人かお招きできればと考えています」


「招待に応じる当てはあるのか」


「それは……」


口にしてから、急に心細くなった。


夜会で言葉を交わしたとはいえ、一度挨拶をしただけの方も多い。

私の茶会へ招かれて、わざわざ足を運んでくださるだろうか。


「正直なところ、分かりません……」


私は膝の上で手を握った。それでも、顔を上げる。


「ですが、今は干し林檎に興味を持ってくださる方も増えております。試作品を召し上がっていただけるとお伝えすれば、何人かは応じてくださるのではないかと思います」


アーネストは、しばらく私を見ていた。


返事を待つ間にも、手のひらにじわりと汗がにじむ。やはり、考えが甘かっただろうか。


「なら、まず招く相手を決めろ」


私は目を見開いた。


「それから、茶会を開く段取りは分かるのか」


「執事に聞こうかと……」


「そうか」


アーネストは、少し考えるように黙った。


「段取りはそれでいい。だが、招く相手を決めたら、招待状を出す前に母上に見せろ」


「客層のバランスを見ていただくためですか?」


「それもある。だが、誰を呼ぶかだけではない。誰と誰を同じ席に置くかで、面倒になることもある」


「席を……」


グラーフ伯爵夫人の茶席を思い出した。


伯爵夫人は、私が干し林檎の話をしやすいよう、興味を持ってくださる方を近くに座らせていた。


あの配置だったからこそ、自然に話を進められたのだろう。


「……そこまでは考えておりませんでした」


「だろうな」


「……はい」


「品そのものに興味を持っている者と、君に気を遣って褒める者は分けろ」


「分けるのは……正直な反応を知るためですか?」


「そうだ。全員に美味しいと言われても、それが品への評価なのか、伯爵家に遠慮した言葉なのか分からなければ意味がない」


私は皿の上の焼き菓子を見た。


この菓子について、本音で話してくれる相手でなければならない。


……あの方なら、気を遣って褒めるだけでは終わらない気がする。

それに、あの方も。


「……分かりました。招く方を決めましたら、夫人にご相談いたします」


アーネストは頷き、店主へ視線を向けた。


「店主。部屋は借りられるか」


「もちろんでございます。日をお決めいただけましたら、空きを確認いたします」


店主は一度私を見て、丁寧に頭を下げた。


「エリナ様が主催されるお席として、ご用意いたします」


主催という言葉に、胸が大きく鳴った。


「……よろしくお願いいたします」


声が震えないように気をつけながら、私は頭を下げた。



その後、店主と茶会にかかる費用について確認した。


部屋代のほか、茶と菓子、当日の給仕にかかる費用を銀葉亭側で見積もり、候補日とともに後日知らせてもらうことになった。


招待客は、多くても十人ほど。


初めての茶会なら、小さな席から始めた方がよいだろうと、店主も言った。


馬車が動き始めてからも、私は膝の上に置いた手を見つめていた。


「……止められると思っていました」


向かいに座るアーネストが、こちらを見る。


「なぜだ」


「私が茶会を開くより、伯爵夫人にお願いした方が、きっと失敗はありませんから……」


「自分でやると言った者から、わざわざ仕事を取り上げる趣味はない」


「……それに」


続けようとした言葉が、喉につかえた。


唇がうまく動かない。


それでも、言わなければいけない気がした。


「わ、私が……グラーフ家と、ふ、深く関わっているように見えるのではないかと……」


言ってしまった。


口にしてから、急に恥ずかしくなる。


アーネストは、しばらく私を見ていた。


「そう見えるだろうな」


あまりにもあっさり認められ、私は息を呑んだ。


「俺が君をここへ連れてきた時点で、そう見える」


「で、では……」


「承知している」


低い声が、きっぱりと返ってくる。


「その上で、君を連れてきた」


胸が、大きく鳴った。


アーネストは私から目を逸らさないまま、続けた。


「……エリナ嬢は、そう見られると困るのか」


「えっ」


問い返され、息が止まった。


困る? 私が?


否定しようと思うのに、すぐには言葉が出てこない。


何と答えればいいのだろう。

それよりも、私は何と答えたいのだろう。


口を開いては閉じる私を見て、アーネストが言った。


「俺は困らない」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。その意味が胸へ落ちてきた途端、顔が一気に熱くなる。


耳まで熱い。


私は膝の上で手を握りしめ、ようやく声を絞り出した。


「……私も、です……」


馬車の車輪が、石畳の上を静かに進んでいく。


アーネストは何も言わなかった。


その目元が少しだけ緩んだように見えた。

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― 新着の感想 ―
 グラーフ家などでなく、自分が主催者側になっての茶会の検討・相談ですか。エリナさんも大分、積極的になってきましたね。  他者の主張や発展途上な試みを一から十まで潰さずに汲み取りつつも、家族・家系の一…
119頁目からまとめて11頁分纒め読みの途中ですが ようやく、ようやく、ようやく……
お貴族様的に、「婚約者としての関係を望んでいる」ってことでいいのでしょうか? それともただ好意を伝えただけ? うーん、お貴族様の婉曲表現、難しい。。。 さてさて事業も恋も大きく動き出してきて、ドキド…
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