第1話
アーネストは、少し考えてから頷いた。
「茶会か。なら、母上に――」
「い、いえ……そうではなく」
思わず、アーネストの言葉を遮ってしまった。
彼が口を閉じ、こちらを見る。
「私が茶会を開いて……試してみようかと……」
「君が?」
「は、はい……」
言ってしまった。
私が茶会を開くだなんて。
背中に、じわりと汗がにじむ。
これまでは、グラーフ伯爵夫人の茶席に品を置いていただいていた。今回もお願いすれば、きっと快く引き受けてくださるだろう。
けれど、いつまでも夫人に頼ってばかりでよいのだろうか。
試作品を出したいのは私だ。
客の反応を知りたいのも、その反応をもとに品の方向を決めなければならないのも、私なのだ。
だから、今度は自分で動かなければ。
「あの、正式な茶会というほどのものではありません」
私は慌てて付け加えた。
「何人かの方をお招きして、試食をお願いする、小さなお茶の席です。こちらの茶房の一室をお借りできるのであれば……」
店主が目を瞬かせた。
「当店で、でございますか」
「はい。実際にこちらのお茶と一緒に召し上がっていただいた方が、分かりやすいと思いまして……」
店主が返事をするより先に、私はさらに言葉を重ねた。
「も、もちろん、お部屋をお借りする代金や、お茶にかかる費用は、私がお支払いいたします」
店主が、目を見開く。
アーネストは、しばらく何も言わなかった。
無謀なことを言ってしまっただろうか。
不安になりかけたところで、彼が口を開いた。
「誰を呼ぶつもりだ」
「……夜会でご挨拶した令嬢方や、そのお母様方を、何人かお招きできればと考えています」
「招待に応じる当てはあるのか」
「それは……」
口にしてから、急に心細くなった。
夜会で言葉を交わしたとはいえ、一度挨拶をしただけの方も多い。
私の茶会へ招かれて、わざわざ足を運んでくださるだろうか。
「正直なところ、分かりません……」
私は膝の上で手を握った。それでも、顔を上げる。
「ですが、今は干し林檎に興味を持ってくださる方も増えております。試作品を召し上がっていただけるとお伝えすれば、何人かは応じてくださるのではないかと思います」
アーネストは、しばらく私を見ていた。
返事を待つ間にも、手のひらにじわりと汗がにじむ。やはり、考えが甘かっただろうか。
「なら、まず招く相手を決めろ」
私は目を見開いた。
「それから、茶会を開く段取りは分かるのか」
「執事に聞こうかと……」
「そうか」
アーネストは、少し考えるように黙った。
「段取りはそれでいい。だが、招く相手を決めたら、招待状を出す前に母上に見せろ」
「客層のバランスを見ていただくためですか?」
「それもある。だが、誰を呼ぶかだけではない。誰と誰を同じ席に置くかで、面倒になることもある」
「席を……」
グラーフ伯爵夫人の茶席を思い出した。
伯爵夫人は、私が干し林檎の話をしやすいよう、興味を持ってくださる方を近くに座らせていた。
あの配置だったからこそ、自然に話を進められたのだろう。
「……そこまでは考えておりませんでした」
「だろうな」
「……はい」
「品そのものに興味を持っている者と、君に気を遣って褒める者は分けろ」
「分けるのは……正直な反応を知るためですか?」
「そうだ。全員に美味しいと言われても、それが品への評価なのか、伯爵家に遠慮した言葉なのか分からなければ意味がない」
私は皿の上の焼き菓子を見た。
この菓子について、本音で話してくれる相手でなければならない。
……あの方なら、気を遣って褒めるだけでは終わらない気がする。
それに、あの方も。
「……分かりました。招く方を決めましたら、夫人にご相談いたします」
アーネストは頷き、店主へ視線を向けた。
「店主。部屋は借りられるか」
「もちろんでございます。日をお決めいただけましたら、空きを確認いたします」
店主は一度私を見て、丁寧に頭を下げた。
「エリナ様が主催されるお席として、ご用意いたします」
主催という言葉に、胸が大きく鳴った。
「……よろしくお願いいたします」
声が震えないように気をつけながら、私は頭を下げた。
◆
その後、店主と茶会にかかる費用について確認した。
部屋代のほか、茶と菓子、当日の給仕にかかる費用を銀葉亭側で見積もり、候補日とともに後日知らせてもらうことになった。
招待客は、多くても十人ほど。
初めての茶会なら、小さな席から始めた方がよいだろうと、店主も言った。
馬車が動き始めてからも、私は膝の上に置いた手を見つめていた。
「……止められると思っていました」
向かいに座るアーネストが、こちらを見る。
「なぜだ」
「私が茶会を開くより、伯爵夫人にお願いした方が、きっと失敗はありませんから……」
「自分でやると言った者から、わざわざ仕事を取り上げる趣味はない」
「……それに」
続けようとした言葉が、喉につかえた。
唇がうまく動かない。
それでも、言わなければいけない気がした。
「わ、私が……グラーフ家と、ふ、深く関わっているように見えるのではないかと……」
言ってしまった。
口にしてから、急に恥ずかしくなる。
アーネストは、しばらく私を見ていた。
「そう見えるだろうな」
あまりにもあっさり認められ、私は息を呑んだ。
「俺が君をここへ連れてきた時点で、そう見える」
「で、では……」
「承知している」
低い声が、きっぱりと返ってくる。
「その上で、君を連れてきた」
胸が、大きく鳴った。
アーネストは私から目を逸らさないまま、続けた。
「……エリナ嬢は、そう見られると困るのか」
「えっ」
問い返され、息が止まった。
困る? 私が?
否定しようと思うのに、すぐには言葉が出てこない。
何と答えればいいのだろう。
それよりも、私は何と答えたいのだろう。
口を開いては閉じる私を見て、アーネストが言った。
「俺は困らない」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。その意味が胸へ落ちてきた途端、顔が一気に熱くなる。
耳まで熱い。
私は膝の上で手を握りしめ、ようやく声を絞り出した。
「……私も、です……」
馬車の車輪が、石畳の上を静かに進んでいく。
アーネストは何も言わなかった。
その目元が少しだけ緩んだように見えた。




