第8話
連投するので!石を投げないでくださいっ(汗)
アーネストは、すぐには答えなかった。
私はそっと、アーネストを見た。
膝の上で重ねた手が、少しだけ落ち着かない。
どんな答えが返ってくるのだろう。
取引先として扱われるのか。
それとも、伯爵夫人に紹介された客として扱われるのか。
それとも――。
アーネストの視線が、一瞬だけこちらへ向いた。
目が合い、胸の奥がきゅっと縮まる。
彼はすぐに店主へ視線を戻した。
「伯爵家の客だ。だが、飾りではない」
アーネストは続ける。
「品のことは彼女に聞け。菓子の方向を決めるのも、彼女だ」
「承知いたしました。では、そのように」
アーネストは頷いた。
伯爵家の客。
けれど、飾りではない。
その二つを、どう受け取ればいいのか分からなかった。
ただの取引相手だと言われなかったことに、ほっとしている自分がいる。
そのことにも、少し戸惑った。
「では、エリナ様」
店主に呼ばれ、私ははっと顔を上げた。
「トマが厨房で試している間に、こちらでも確認を進めさせていただいてよろしいでしょうか」
「お願いします」
私は背筋を伸ばした。
店主は卓の上に置いてあった帳面を開く。
「まず、乾燥物につきましては、通常の卸しとして、当店から代金をお支払いする形でよろしいかと存じます」
「はい」
「そのうえで、菓子として販売する品につきましては、エリナ様に乾燥物の使い方と、品の方向をご確認いただく」
「……つまり、私は、どの乾燥物をどの菓子に使うか、茶席用か持ち帰り用か、そういった方向を見るのですね」
「おっしゃる通りでございます」
店主は頷いた。
「菓子を作るのは当店の職人です。材料の一部、火入れ、包材、器、人手も、こちらで負担いたします。ですので、菓子の売上からエリナ様へお渡しする分は、乾燥物そのものの代金とは別に、品の取り合わせと方向づけに対するものとして、別途定める形になるかと存じます」
「もちろんです。材料も場所も人手も、そちらでご用意いただくのですから」
「ご理解いただけて助かります」
店主は頭を下げる。
「ただ、将来的にエリナ様側で職人を抱え、材料の手配や仕込みまで受け持たれるようになれば、話は変わります」
「……その場合は、銀葉亭では場所と客席、販売の場をお借りする形になる、ということでしょうか」
「はい。そうなれば、当然、エリナ様側の取り分は今より大きくなります」
私は、思わず手を握った。
今はまだ、遠い話だ。
それでも、ありえない話ではない。
店主の言葉で、改めてそう実感した。
アーネストが口を開いた。
「書面にしろ」
「はい。後ほど草案を作成いたします」
店主はすぐに頭を下げた。
その後、店主から銀葉亭の客層や、普段出している菓子の量を聞いた。
銀葉亭を訪れるのは、裕福な商家の夫人や、小貴族の奥方が多いらしい。
昼の茶席で話をするために訪れる客もいれば、帰りに家族や客人への土産として包み菓子を求める客もいるという。
また、季節の茶会が近づく時期には、少し見栄えのする菓子を求める声が増えるそうだ。
「茶席では、茶と会話の邪魔をしないものが好まれます」
店主は帳面をめくりながら言った。
「甘さが強すぎるものや、香りが残りすぎるものは、かえって話の流れを止めます。ですが、持ち帰り用ではまた別です」
「……華やかなものが好まれる、ということでしょうか」
「仰る通りです。家族や客人に見せるものですから、箱を開けた時に目を引くものが喜ばれます」
私は話を聞きながら、メモを取った。
茶席に出すものなら、もっと華やかな方がいいのだと思っていた。
実際は違うらしい。
思えば、私は茶房に通ったこともほとんどない。茶会に参列した時も、緊張していて、菓子をゆっくり見る余裕などなかった。
そう思ったところで、隣の扉が開いた。
焼きたての甘い香りが、ふわりと流れ込んでくる。
トマが、皿を二枚持って戻ってきた。
「茶席用と、持ち帰り用です」
そう言って、トマは卓の上に皿を置いた。
「茶席用は甘さを控えました。持ち帰り用は、見た目を少し強くしています」
皿の上には、小さな焼き菓子が並んでいた。
一方は淡い焼き色で、表面に干し林檎が小さくのぞいている。
もう一方は、干し木苺の赤い欠片が散り、少しだけ華やかに見えた。
私はまず、茶席用の一つを口に運んだ。
ほろりと崩れたあと、干し林檎の甘みが残る。
木苺の酸味は、ほんの少しだけだった。
「……お茶が欲しくなりますね」
「茶席用なら、それでいい」
トマが頷いた。
店主も慎重に味を見てから言った。
「……これは、奥方にもお出しできますな」
「悪くない」
アーネストが、こちらを見た。
「菓子だけで完結させる必要はない。茶を呼ぶなら、茶房の品としては合っている」
その言葉に、胸の奥がふっと軽くなった。
次に、持ち帰り用の焼き菓子を手に取る。
こちらは、見た目から少し違っていた。
干し木苺の赤が散り、ところどころに干し林檎の淡い色がのぞいている。
「……可愛いですね」
小さな箱に並べたら、きっと見栄えがしそうだ。
口に入れると、茶席用より甘みがはっきりしていた。
木苺の酸味も、少しだけ前に出ている。
「あ……さっぱりしていて、つい手が伸びる味です」
「持ち帰り用なら、その方がいい。家で開けた時に、味が薄いとつまらないですから」
「なるほど……」
「茶席では邪魔になる甘みでも、持ち帰りなら喜ばれることがあります」
どちらも、美味しい。
味は、問題ないと思う。
私は皿の上の焼き菓子を見つめた。
ここで、決めてしまっていいのだろうか。
そもそも私は、アメリア様に言われるまで、干し林檎が地味だということにも気づかなかった。
グラーフ伯爵夫人の茶席で見せていただいた時も、薔薇の砂糖漬けと並べて、ようやく自分の品が華やかではないと分かった。
私一人の判断で、茶房に出す品を決めてよいのだろうか。
「どうした」
アーネストの声に、はっとする。
顔を上げると、彼がこちらを見ていた。
「気になるところがあるのか」
「……あの」
言いかけて、少し迷う。
ここで黙っていても仕方がない。
「茶会に、出してみてもよろしいでしょうか?」




