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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十五章

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第7話

年は四十ほどだろうか。


広い肩に、小麦色に焼けた手。白い作業着の袖をまくり、髪は後ろで短くまとめられている。顔立ちは無骨だが、目は鋭かった。


……少し、いかつい顔。


「菓子職人のトマ・カレルでございます」


店主が紹介すると、職人は深く頭を下げた。


「本日は、よろしくお願いいたします」


「エリナ・フォン・リュークハルトでございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


私が礼を返すと、トマは顔を上げた。その視線が、すぐに卓の上の包みへ向く。


店主の眉が、わずかに動いた。


「トマ」


小さな声だった。


「あ……失礼いたしました」


トマはもう一度、私へ頭を下げる。けれど、その目はやはり包みの方へ戻っていた。


少しだけ、肩の力が抜ける。


この方は、私よりも材料が気になるらしい。


「それが……例の干し林檎と干し木苺ですか」


「はい。少量ですが、試作用にお持ちしました」


「拝見しても?」


「もちろんです」


私は包みを開いた。乾いた林檎の甘い香りが、ふわりと立つ。


トマは一枚を手に取り、まず色を見た。それから指先で軽く曲げ、柔らかさを確かめる。


「半生ですか……」


「はい。もともとは、そのまま召し上がっていただく嗜好品として作っていたものです。製パンや製菓に回す分は、少し強めに干しています」


トマは干し林檎を指先で軽く折り曲げ、戻りを見る。


「なるほど……。菓子に入れるには悪くなさそうですな。柔らかさは残るが、水分は出すぎない」


そう言って、今度は干し林檎を鼻先へ近づけた。


「香りも残っていますね」


「使えそうでしょうか」


トマは少し考えてから、干し林檎を皿へ戻した。


「使えます。ただ、このままでは地味ですな」


「地味……」


店主の指先が、ぴくりと動いた。


「トマ」


今度も、小声だった。


トマは不思議そうに店主を見る。


「どうしました?」


「言い方というものがあるでしょう」


店主の額に、うっすら汗が浮いているように見えた。アーネストは、黙ってトマを見ている。

何も言わないのに、部屋の空気が少し重くなった気がした。


私は慌てて、別の包みを開いた。


「こちらを使えば、いかがでしょうか」


包みの中には、干し木苺と、試しに少しだけ干したさくらんぼが入っている。


トマの目が、すぐにそちらへ動いた。先ほどまでの無骨な顔が、わずかに変わる。


「……木苺ですか」


「はい。量は多くありませんが、香りと酸味が残ります。干し林檎と合わせると、少し味が明るくなるかと」


トマは干し木苺を一粒つまみ、指先で軽く崩した。赤い欠片が、皿の上にぽろりと落ちる。


「色は残る……。ふむ、香りも悪くない。酸味が立ちますな」


「強すぎますか?」


「単独では強いですが、林檎の甘みと合わせるなら、ちょうどいいかもしれません」


「こちらは……どうでしょうか。数は木苺よりも少ないのですが」


私は、さくらんぼの方を示した。


トマはそれも一つ手に取り、しばらく見ていた。


「色はいいです。形も可愛らしい。茶席の皿に置けば、目は引くでしょう」


「では……」


「ただ、味が軽い」


「……やっぱり」


トマはさくらんぼを皿へ戻した。


「見た目ほど、口に残らない。菓子の中に入れると、たぶん負けます」


「……ですので、これは砂糖漬けにして、焼き菓子の添え物として使えないかと思ったんです」


ヴィオラからいただいた、薔薇の砂糖漬けを見た時に、ふと思った。

さくらんぼも、同じように使えないだろうか。


「……悪くないですな」


店主が、ほっとしたように息を吐いた。


「ただし、砂糖を吸わせすぎると重くなる」


「では、どうすればいいでしょうか」


「そうですな。使うとしたら、薄く煮て艶を出すか、軽い蜜に短く漬けるくらいに留めるのがよろしいかと」


「商品になりますでしょうか」


トマは干し林檎、木苺、さくらんぼを順に見て、少し考えた。


「なります」


「本当ですか……」


「はい。まあ、売り物にするのが我々の仕事ですので」


「トマ……!」


店主が、今度こそはっきりと声を上げた。


「言い方というものが……エリナ様は……」


アーネストが低く言った。


「続けろ」


店主が口を閉じる。トマは小さく頷き、もう一度、材料へ視線を戻した。


「材料の特徴と、どれくらいの量を安定して出せるかを教えてください」


「分かりました」


トマは皿の上の材料を見た。


「一度、厨房で試してみましょう」


「よろしくお願いいたします」


トマは頷き、材料を少しずつ皿へ分け始めた。


「待て」


アーネストの声に、トマの手が止まった。


「試すなら、店に出せる形まで持っていけ」


「……承知しております」


「リュークハルトの品だ。半端なものにして表へ出すな」


トマは一瞬だけ目を瞬かせた。それから、卓の上の材料へ視線を戻し、深く頷く。


「心得ました」


「ならいい」


トマは材料を持ち、隣の扉から厨房へ向かった。


扉が閉まる。その瞬間、店主は深く息を吐いた。


「……申し訳ございません。腕は確かなのですが、菓子のことになると、少々言葉が足りませんで」


「構わない」


アーネストは短く答えた。


「言葉を飾って、使えないものを使えると言われる方が困る」


「は……」


店主は頭を下げた。けれど、まだ何か迷っているようだった。


「恐れながら、もうひとつだけ確認してもよろしいでしょうか」


「言え」


店主は一度、私へ視線を向けた。


「恐れながら、エリナ様のお立場を、当店ではどのように扱わせていただけばよろしいでしょうか」

物語もそろそろ終盤に差しかかってきました。


父や兄まわりの話が続いていたので、読者さん的に「ここ長かった?」「イライラ長引いた?」あたり、ちょっと気になっています。


必要な流れとして書いてはいるのですが、読んでいる側の体感も知りたいので、よければ感想などで教えていただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
 トマさん、良くも悪くも食の事柄について正直な方なんでしょうか。それとも店主のマルコさんが、エリナさんやアーネストさんに気を遣いすぎなんですかね?  しかし菓子に加える果実の品に対し、酷評や長い愚痴ま…
おや、ここで第三者が絶妙な一手を打ってきましたね。 無骨な菓子職人さん、ファインプレーです。 これにアーネストは何と返すのか? ここで‘言わなくても分かるだろう察しろ’は通用しません。 下手に誤魔化し…
書き手さんの言葉ひとつで、読み手の心が右往左往しているだけですから、感想欄は気にしなくてよいですよ 最近読んでいるもののなかでは、ダントツに先が気になる作品です 次が早く読めて、心の安定を得られて…
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