第7話
年は四十ほどだろうか。
広い肩に、小麦色に焼けた手。白い作業着の袖をまくり、髪は後ろで短くまとめられている。顔立ちは無骨だが、目は鋭かった。
……少し、いかつい顔。
「菓子職人のトマ・カレルでございます」
店主が紹介すると、職人は深く頭を下げた。
「本日は、よろしくお願いいたします」
「エリナ・フォン・リュークハルトでございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私が礼を返すと、トマは顔を上げた。その視線が、すぐに卓の上の包みへ向く。
店主の眉が、わずかに動いた。
「トマ」
小さな声だった。
「あ……失礼いたしました」
トマはもう一度、私へ頭を下げる。けれど、その目はやはり包みの方へ戻っていた。
少しだけ、肩の力が抜ける。
この方は、私よりも材料が気になるらしい。
「それが……例の干し林檎と干し木苺ですか」
「はい。少量ですが、試作用にお持ちしました」
「拝見しても?」
「もちろんです」
私は包みを開いた。乾いた林檎の甘い香りが、ふわりと立つ。
トマは一枚を手に取り、まず色を見た。それから指先で軽く曲げ、柔らかさを確かめる。
「半生ですか……」
「はい。もともとは、そのまま召し上がっていただく嗜好品として作っていたものです。製パンや製菓に回す分は、少し強めに干しています」
トマは干し林檎を指先で軽く折り曲げ、戻りを見る。
「なるほど……。菓子に入れるには悪くなさそうですな。柔らかさは残るが、水分は出すぎない」
そう言って、今度は干し林檎を鼻先へ近づけた。
「香りも残っていますね」
「使えそうでしょうか」
トマは少し考えてから、干し林檎を皿へ戻した。
「使えます。ただ、このままでは地味ですな」
「地味……」
店主の指先が、ぴくりと動いた。
「トマ」
今度も、小声だった。
トマは不思議そうに店主を見る。
「どうしました?」
「言い方というものがあるでしょう」
店主の額に、うっすら汗が浮いているように見えた。アーネストは、黙ってトマを見ている。
何も言わないのに、部屋の空気が少し重くなった気がした。
私は慌てて、別の包みを開いた。
「こちらを使えば、いかがでしょうか」
包みの中には、干し木苺と、試しに少しだけ干したさくらんぼが入っている。
トマの目が、すぐにそちらへ動いた。先ほどまでの無骨な顔が、わずかに変わる。
「……木苺ですか」
「はい。量は多くありませんが、香りと酸味が残ります。干し林檎と合わせると、少し味が明るくなるかと」
トマは干し木苺を一粒つまみ、指先で軽く崩した。赤い欠片が、皿の上にぽろりと落ちる。
「色は残る……。ふむ、香りも悪くない。酸味が立ちますな」
「強すぎますか?」
「単独では強いですが、林檎の甘みと合わせるなら、ちょうどいいかもしれません」
「こちらは……どうでしょうか。数は木苺よりも少ないのですが」
私は、さくらんぼの方を示した。
トマはそれも一つ手に取り、しばらく見ていた。
「色はいいです。形も可愛らしい。茶席の皿に置けば、目は引くでしょう」
「では……」
「ただ、味が軽い」
「……やっぱり」
トマはさくらんぼを皿へ戻した。
「見た目ほど、口に残らない。菓子の中に入れると、たぶん負けます」
「……ですので、これは砂糖漬けにして、焼き菓子の添え物として使えないかと思ったんです」
ヴィオラからいただいた、薔薇の砂糖漬けを見た時に、ふと思った。
さくらんぼも、同じように使えないだろうか。
「……悪くないですな」
店主が、ほっとしたように息を吐いた。
「ただし、砂糖を吸わせすぎると重くなる」
「では、どうすればいいでしょうか」
「そうですな。使うとしたら、薄く煮て艶を出すか、軽い蜜に短く漬けるくらいに留めるのがよろしいかと」
「商品になりますでしょうか」
トマは干し林檎、木苺、さくらんぼを順に見て、少し考えた。
「なります」
「本当ですか……」
「はい。まあ、売り物にするのが我々の仕事ですので」
「トマ……!」
店主が、今度こそはっきりと声を上げた。
「言い方というものが……エリナ様は……」
アーネストが低く言った。
「続けろ」
店主が口を閉じる。トマは小さく頷き、もう一度、材料へ視線を戻した。
「材料の特徴と、どれくらいの量を安定して出せるかを教えてください」
「分かりました」
トマは皿の上の材料を見た。
「一度、厨房で試してみましょう」
「よろしくお願いいたします」
トマは頷き、材料を少しずつ皿へ分け始めた。
「待て」
アーネストの声に、トマの手が止まった。
「試すなら、店に出せる形まで持っていけ」
「……承知しております」
「リュークハルトの品だ。半端なものにして表へ出すな」
トマは一瞬だけ目を瞬かせた。それから、卓の上の材料へ視線を戻し、深く頷く。
「心得ました」
「ならいい」
トマは材料を持ち、隣の扉から厨房へ向かった。
扉が閉まる。その瞬間、店主は深く息を吐いた。
「……申し訳ございません。腕は確かなのですが、菓子のことになると、少々言葉が足りませんで」
「構わない」
アーネストは短く答えた。
「言葉を飾って、使えないものを使えると言われる方が困る」
「は……」
店主は頭を下げた。けれど、まだ何か迷っているようだった。
「恐れながら、もうひとつだけ確認してもよろしいでしょうか」
「言え」
店主は一度、私へ視線を向けた。
「恐れながら、エリナ様のお立場を、当店ではどのように扱わせていただけばよろしいでしょうか」
物語もそろそろ終盤に差しかかってきました。
父や兄まわりの話が続いていたので、読者さん的に「ここ長かった?」「イライラ長引いた?」あたり、ちょっと気になっています。
必要な流れとして書いてはいるのですが、読んでいる側の体感も知りたいので、よければ感想などで教えていただけると嬉しいです。




