第4話
前回ストレス貯めさせてしまい申し訳ですm(_ _)m
なので、早めに清書しました(汗)
私の事業ですから、家とは関係ありません。
――そう言ってしまいたかった。
この場で家と切り離せば、リュークハルト家の中で揉めているように見えるかもしれない。乾燥事業そのものにも、余計な不安を持たれるかもしれない。
それに、グラーフ伯爵夫人のお名前をお借りして動いている以上、そちらにまで影響が及ぶ可能性もある。
私は喉まで出かかった言葉を飲み込み、ゆっくり息を吐いた。
「……続けるつもりではあります。ただ、大きく広げられるかは、まだ分かりません」
オルブライト子爵は、何も言わずに私を見ていた。
「もともと、副産物を活かした事業ですので、領民の手も主力の穀物に取られます。人手をどう確保するかが、今の課題になっています」
言い終えた瞬間、応接室の空気がわずかに変わった。
父の表情が、少し硬くなる。
兄の視線も、横からこちらへ向いた。
姉は微笑みを保っていた。膝の上で重ねた指先だけが、小さく動く。
オルブライト子爵は、私の答えを聞いて、しばらく黙っていた。
先に口を開いたのは、夫人だった。
「では、グラーフ伯爵家とのご縁は、今後も続くものなのでしょうか」
一瞬、手に力が入った。
ここで答えを間違えれば――。
「……グラーフ伯爵夫人には、継続して扱っていただいております」
「つまり、これからもということですね」
「はい。それから、乾物をそのまま出すだけでなく、グラーフ領内の茶房で菓子として扱ってみてはどうかと、伯爵夫人からご提案をいただいております」
「グラーフ領で……ですか」
夫人の目が、わずかに見開かれた。
「まだ正式に決まった話ではございません。ですが、話し合いは続けております」
「伯爵夫人からそのようなお話が出るなら、お品はよほど気に入られたのでしょうね」
「ありがたいことだと思っております」
オルブライト子爵は、しばらく黙っていた。
夫人と短く視線を交わす。
その沈黙に、私は言い過ぎたのではないかと不安になった。
子爵はやがて、穏やかに頷いた。
「よく分かりました。お話を聞かせていただき、ありがとうございます」
子爵はそう言って、父へ視線を戻した。
「ご当主。リディア様との今後については、改めて無理のない形で詰めてまいりましょう」
「ええ。こちらも、そのつもりです」
私はそっと息を吐いた。
その途端、父が私へ視線を向ける。
「エリナ、もう下がってよい」
「はい。お話を聞いていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、よいお話を伺いました」
夫人も微笑む。
「干し林檎も、楽しみにしておりますわ」
「ありがとうございます。姉へ預けさせていただきます」
一礼して、姉へ一度だけ視線を向けた。
姉の笑みが、先ほどより少しだけ柔らかく見えた。
私はもう一度一礼をして、応接室を出る。
扉が閉まる直前、父とオルブライト子爵の声が交わされるのが聞こえた。
自室に戻ると、扉を閉めた瞬間に力が抜けた。
そのまま寝台へ向かい、倒れ込む。
「疲れた……」
小さく声が漏れた。
体が重い。
ただ応接室に呼ばれて、いくつか答えただけのはずなのに、まるで長い交渉を終えた後のようだった。
姉の縁談で、まさか私の事業の話が出るとは思わなかった。
「……言うべきではなかったかも」
菓子事業の話を。
寝台に顔を伏せたまま、呟く。
あのまま何も言わなければ、干し林檎の事業は、見込みのある収益として扱われていたかもしれない。
そして、グラーフ伯爵家の名を出さなければ、姉の話は、そこで止まっていたかもしれない。
私は、ゆっくり身体を起こした。寝台から降り、机の前に座る。
置いたままの紅茶は、すっかり冷めていた。
私はベルを鳴らす。
すぐに侍女が来て、冷めた紅茶を下げ、新しい紅茶を淹れ直してくれた。
湯気の立つカップを前にして、ようやく少し息を吐く。
「一息つくくらい……いいよね」
紅茶を口にして、帳面を開いた。
「よし……切り替えないと」
そう呟いて、私はペンを取る。
「ええと、今の予算からなら、何割まで菓子の試作に回せるか……」
思いつくままに、書き込んでいく。
しばらくして、遠くで玄関の扉が開く音がした。
廊下の向こうから、使用人たちの小さな足音が聞こえる。
馬車の車輪が、石畳をゆっくりと離れていく音もした。
オルブライト子爵家の方々が、帰られたのだろう。
私はまた帳面に視線を戻し、続きを書き始めた。
◆
その日の夕食は、静かだった。
父も兄も、姉も、いつもより口数が少ない。
食器の触れる音だけが、大きく聞こえる。
姉は一度だけ、こちらを見た。
目が合うと、いつものように微笑んだが、その笑みは長く続かなかった。
すぐに視線を皿へ落とし、何も言わずに果実を小さく切り分ける。
私は何度か口を開きかけ、そのたびにやめた。
オルブライト子爵家との話がどうなったのか。
聞きたくないわけではない。
ただ、今ここで私から尋ねることではない気がした。
私が踏み込みすぎていい話ではない。
それに、ここで尋ねてしまえば、事業に結びつけてしまう気がした。
食事が終わり、私は小さく礼をして席を立つ。
そのまま自室へ戻ろうとした時だった。
「エリナ」
背後から兄の声がして、足が止まる。
「少し話がある」
「……分かりました」
廊下の端へ移ると、兄はすぐに口を開いた。
「今日の答え方は、慎重すぎる」
「どうしてですか?」
「向こうは、こちらに今後の見込みがあるかを見ていた。なのに、人手が足りないだの、副産物だのと……家としての価値を低く見られるだろう」
「下手に誇張しては、不誠実ではありませんか」
そう言うと、兄の目が細くなった。
「言わなくていいことまで、先に並べるなと言っているだけだ」
兄は、少しだけ声を落とした。
「それから、グラーフ領の茶房の件。なぜ先に報告しなかった」
「まだ正式に決まった話ではありません。それに、報告先はお父様だと決まったはずです」
「父上に報告すれば、それで終わりだと思っているのか」
「お父様も、その形でお認めになったはずです」
兄は一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに表情を戻す。
「……そういう問題ではない。家として把握しておくべき話だ」
「それに、お兄様。乾燥事業は、私の名で動かすと決まったはずです」
兄の眉が、わずかに寄った。
「勝手に家の収益として話されては困ります。グラーフ伯爵家にもご迷惑がかかります」
「……家の品だろう」
兄は、わずかに視線を逸らした。
「お前の名で動いているとしても、リュークハルト領の品として出している以上、外からは家のものに見える」
「話を逸らさないでください。私はグラーフ伯爵家に――」
「エリナ。お前は、グラーフ伯爵家と深く関わるということの意味を分かっていない」
「……どういう意味ですか」
「外から見れば、リュークハルト家がグラーフ伯爵家と関わっていると捉えられる。お前がどう切り分けたつもりでもな」
「分かっています」
「本当にか? 今日だってそうだ。オルブライト家は、それも条件の一つとして見ている」
「では、あの場ではどう答えるべきでしたか?」
「“家として続けております。詳しいことは父上から”――それでよかったんだ」
私は深く息を吐いた。
兄は、どうしても乾燥事業を家のものと結びつけたいらしい。
「それはできません」
「エリナ」
「今後、都合のいいように、家の収益として扱わないでください」
兄は黙った。
「失礼します」
私は一礼し、兄の返事を待たずに廊下を歩き出した。




