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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十五章

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第4話

前回ストレス貯めさせてしまい申し訳ですm(_ _)m

なので、早めに清書しました(汗)


私の事業ですから、家とは関係ありません。


――そう言ってしまいたかった。


この場で家と切り離せば、リュークハルト家の中で揉めているように見えるかもしれない。乾燥事業そのものにも、余計な不安を持たれるかもしれない。


それに、グラーフ伯爵夫人のお名前をお借りして動いている以上、そちらにまで影響が及ぶ可能性もある。


私は喉まで出かかった言葉を飲み込み、ゆっくり息を吐いた。


「……続けるつもりではあります。ただ、大きく広げられるかは、まだ分かりません」


オルブライト子爵は、何も言わずに私を見ていた。


「もともと、副産物を活かした事業ですので、領民の手も主力の穀物に取られます。人手をどう確保するかが、今の課題になっています」


言い終えた瞬間、応接室の空気がわずかに変わった。


父の表情が、少し硬くなる。

兄の視線も、横からこちらへ向いた。


姉は微笑みを保っていた。膝の上で重ねた指先だけが、小さく動く。


オルブライト子爵は、私の答えを聞いて、しばらく黙っていた。


先に口を開いたのは、夫人だった。


「では、グラーフ伯爵家とのご縁は、今後も続くものなのでしょうか」


一瞬、手に力が入った。


ここで答えを間違えれば――。


「……グラーフ伯爵夫人には、継続して扱っていただいております」


「つまり、これからもということですね」


「はい。それから、乾物をそのまま出すだけでなく、グラーフ領内の茶房で菓子として扱ってみてはどうかと、伯爵夫人からご提案をいただいております」


「グラーフ領で……ですか」


夫人の目が、わずかに見開かれた。


「まだ正式に決まった話ではございません。ですが、話し合いは続けております」


「伯爵夫人からそのようなお話が出るなら、お品はよほど気に入られたのでしょうね」


「ありがたいことだと思っております」


オルブライト子爵は、しばらく黙っていた。

夫人と短く視線を交わす。


その沈黙に、私は言い過ぎたのではないかと不安になった。


子爵はやがて、穏やかに頷いた。


「よく分かりました。お話を聞かせていただき、ありがとうございます」


子爵はそう言って、父へ視線を戻した。


「ご当主。リディア様との今後については、改めて無理のない形で詰めてまいりましょう」


「ええ。こちらも、そのつもりです」


私はそっと息を吐いた。


その途端、父が私へ視線を向ける。


「エリナ、もう下がってよい」


「はい。お話を聞いていただき、ありがとうございました」


「こちらこそ、よいお話を伺いました」


夫人も微笑む。


「干し林檎も、楽しみにしておりますわ」


「ありがとうございます。姉へ預けさせていただきます」


一礼して、姉へ一度だけ視線を向けた。


姉の笑みが、先ほどより少しだけ柔らかく見えた。


私はもう一度一礼をして、応接室を出る。


扉が閉まる直前、父とオルブライト子爵の声が交わされるのが聞こえた。


自室に戻ると、扉を閉めた瞬間に力が抜けた。


そのまま寝台へ向かい、倒れ込む。


「疲れた……」


小さく声が漏れた。


体が重い。


ただ応接室に呼ばれて、いくつか答えただけのはずなのに、まるで長い交渉を終えた後のようだった。


姉の縁談で、まさか私の事業の話が出るとは思わなかった。


「……言うべきではなかったかも」


菓子事業の話を。


寝台に顔を伏せたまま、呟く。


あのまま何も言わなければ、干し林檎の事業は、見込みのある収益として扱われていたかもしれない。


そして、グラーフ伯爵家の名を出さなければ、姉の話は、そこで止まっていたかもしれない。


私は、ゆっくり身体を起こした。寝台から降り、机の前に座る。


置いたままの紅茶は、すっかり冷めていた。


私はベルを鳴らす。


すぐに侍女が来て、冷めた紅茶を下げ、新しい紅茶を淹れ直してくれた。


湯気の立つカップを前にして、ようやく少し息を吐く。


「一息つくくらい……いいよね」


紅茶を口にして、帳面を開いた。


「よし……切り替えないと」


そう呟いて、私はペンを取る。


「ええと、今の予算からなら、何割まで菓子の試作に回せるか……」


思いつくままに、書き込んでいく。


しばらくして、遠くで玄関の扉が開く音がした。

廊下の向こうから、使用人たちの小さな足音が聞こえる。

馬車の車輪が、石畳をゆっくりと離れていく音もした。


オルブライト子爵家の方々が、帰られたのだろう。


私はまた帳面に視線を戻し、続きを書き始めた。



その日の夕食は、静かだった。


父も兄も、姉も、いつもより口数が少ない。


食器の触れる音だけが、大きく聞こえる。


姉は一度だけ、こちらを見た。


目が合うと、いつものように微笑んだが、その笑みは長く続かなかった。


すぐに視線を皿へ落とし、何も言わずに果実を小さく切り分ける。


私は何度か口を開きかけ、そのたびにやめた。


オルブライト子爵家との話がどうなったのか。


聞きたくないわけではない。

ただ、今ここで私から尋ねることではない気がした。


私が踏み込みすぎていい話ではない。

それに、ここで尋ねてしまえば、事業に結びつけてしまう気がした。


食事が終わり、私は小さく礼をして席を立つ。


そのまま自室へ戻ろうとした時だった。


「エリナ」


背後から兄の声がして、足が止まる。


「少し話がある」


「……分かりました」


廊下の端へ移ると、兄はすぐに口を開いた。


「今日の答え方は、慎重すぎる」


「どうしてですか?」


「向こうは、こちらに今後の見込みがあるかを見ていた。なのに、人手が足りないだの、副産物だのと……家としての価値を低く見られるだろう」


「下手に誇張しては、不誠実ではありませんか」


そう言うと、兄の目が細くなった。


「言わなくていいことまで、先に並べるなと言っているだけだ」


兄は、少しだけ声を落とした。


「それから、グラーフ領の茶房の件。なぜ先に報告しなかった」


「まだ正式に決まった話ではありません。それに、報告先はお父様だと決まったはずです」


「父上に報告すれば、それで終わりだと思っているのか」


「お父様も、その形でお認めになったはずです」


兄は一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに表情を戻す。


「……そういう問題ではない。家として把握しておくべき話だ」


「それに、お兄様。乾燥事業は、私の名で動かすと決まったはずです」


兄の眉が、わずかに寄った。


「勝手に家の収益として話されては困ります。グラーフ伯爵家にもご迷惑がかかります」


「……家の品だろう」


兄は、わずかに視線を逸らした。


「お前の名で動いているとしても、リュークハルト領の品として出している以上、外からは家のものに見える」


「話を逸らさないでください。私はグラーフ伯爵家に――」


「エリナ。お前は、グラーフ伯爵家と深く関わるということの意味を分かっていない」


「……どういう意味ですか」


「外から見れば、リュークハルト家がグラーフ伯爵家と関わっていると捉えられる。お前がどう切り分けたつもりでもな」


「分かっています」


「本当にか? 今日だってそうだ。オルブライト家は、それも条件の一つとして見ている」


「では、あの場ではどう答えるべきでしたか?」


「“家として続けております。詳しいことは父上から”――それでよかったんだ」


私は深く息を吐いた。


兄は、どうしても乾燥事業を家のものと結びつけたいらしい。


「それはできません」


「エリナ」


「今後、都合のいいように、家の収益として扱わないでください」


兄は黙った。


「失礼します」


私は一礼し、兄の返事を待たずに廊下を歩き出した。

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― 新着の感想 ―
ようやった、エリナ! すごく疲れたよね。迷いながらもよく考えて、自分の力で乗り切った。 次の展開も楽しみ!
あのエリナが。 相手のことを優先して自身を蔑ろにしがちだったエリナが! 言うべきことを、しっかり伝えられるように。。。 改めて、強くなったなぁ、と感涙。 もう、いいように使われることはないんだ、とホッ…
兄ちゃんは他人の褌で相撲取りたいタイプなのよね。プライドだけは山みたいに高いのにね。エリナの小さな反抗を悪い方に捉えそう。そろそろ痛い目にあわないかなあ。
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