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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十五章

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第3話

応接室の前に到着すると、扉の向こうから父の声がした。


「エリナ、入りなさい」


私は一礼して、応接室へ入った。


入口に近い側に、父と兄、そして姉が座っている。向かいの奥まった席には、先方のご夫妻と青年がいた。


父は落ち着いた顔をしていたが、普段より口元が固い。


兄は穏やかに微笑んでいる。その目は少しも緩んでいなかった。


姉は落ち着いた微笑みを浮かべている。膝の上で重ねた指先だけが、わずかに強張っていた。


私は父の少し後ろまで進み、礼をする。


「お呼びと伺いました」


父は頷き、先方へ視線を向けた。


「改めて紹介しよう。こちらはオルブライト子爵ご夫妻と、ご令息のエドヴィン殿だ」


私はもう一度、丁寧に頭を下げた。


「改めまして、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。本日はよいご縁をいただき、ありがたく思っております」


オルブライト子爵は穏やかに言った。夫人も柔らかく微笑む。


青年――エドヴィン様も、丁寧に会釈した。


「エドヴィン・オルブライトです。お目にかかれて光栄です」


「こちらこそ、お目にかかれて光栄です」


そう答えながら、私は胸の内で小さく首を傾げていた。


なぜ、呼ばれたのだろう。


父に促され、私は空いていた椅子へ腰を下ろした。すぐに使用人が新しい茶を用意する。


しばらくは、当たり障りのない話が続いた。


最近の王都の様子。夜会で顔を合わせた方々のこと。姉は落ち着いて答え、エドヴィン様も時折、控えめに言葉を添えていた。


私は話に入るほどのこともなく、時折小さく相槌を打つだけだった。


「リディア様は、夜会でもよくお見かけしておりました」


オルブライト夫人が柔らかく微笑む。


「いつも落ち着いていらして、場の空気を明るくしてくださる方ですもの」


「恐れ入ります」


姉は控えめに頭を下げた。


オルブライト夫人が、ふと私へ視線を向ける。


「エリナ様は最近、夜会にもお顔を出されているそうですね」


「はい。姉に連れられて、少しずつですが」


「リディア様から、領地のお品のことも伺いましたわ。以前、干し無花果をいただいたことがあるのですけれど、とても風味がよくて」


「お口に合ったのでしたら幸いです」


姉が微笑んだ。


「元々は領地で作っていた品ですが、今はエリナが取りまとめております」


「ええ。最近は干し林檎も評判だと伺っています」


オルブライト子爵が、穏やかに続けた。


「エリナ嬢が取りまとめておられるとか」


「はい。私が主に取りまとめております」


「グラーフ伯爵夫人のお茶席にも出たと聞きましたが」


「はい……グラーフ伯爵夫人に干し林檎を気に入っていただき、ご厚意で、姉と一緒に茶席へ参加させていただきました」


そこで一度、姉の方へ視線を向ける。


「姉が先に社交の場で紹介してくれたこともあり、少しずつお声をいただくようになりました」


姉がわずかに目を瞬いたが、すぐにいつもの柔らかな微笑みに戻る。


「わたくしは、ほんのきっかけを作っただけですわ。実際に動かしているのはエリナです」


姉は私を見ず、穏やかな顔のまま続けた。


「よい品だと思ったからこそ、紹介したのです」


オルブライト子爵は、ゆっくりと頷いた。


「なるほど。姉妹でよい役割を持っておられるのですね」


「過分なお言葉でございます」


すると、エドヴィン様が口を開いた。


「姉上も私も、あの干し無花果を気に入っておりました。菓子に添えてもよいし、葡萄酒にも合いますから」


「そうですか。無花果は、林檎より少し癖がありますので、お口に合ったのでしたら嬉しいです」


「ええ。あの風味は、チーズにもよく合いますよね。干し林檎の方も、ぜひ一度いただいてみたいですね」


「本当ですか。では、次に姉へ預けさせていただきます」


オルブライト子爵は目を細めた。


「……エリナ嬢は、堅実な方ですね」


その言葉に、父の表情がわずかに動いた。兄も、こちらを見ている。


私はそれ以上、前へ出すぎないように口を閉じた。


オルブライト子爵は、しばらく考えるように目を伏せた。


「よく分かりました。では、もう一つだけ確認させていただきたい」


父の表情が硬くなる。


「干し林檎の事業は、今後もリュークハルト家の収益として続くものと考えてよろしいのですかな」


えっ……。


思わず、言葉が止まった。


私が答えられずにいると、オルブライト子爵は穏やかに言葉を足した。


「エリナ嬢に負担を求めるつもりではありません。ただ、リディア様とのお話を進めるにあたり、持参の支度については、先ほどご当主とも少しお話ししました」


私は息を呑む。


「今すぐ大きく揃えるのが難しいのであれば、今後の収益を見ながら、時期を分ける形も考えられます」


子爵は、続けた。


「そのために、この事業が一時の評判なのか、家として続けるものなのかを確認しておきたかったのです」


「事業は、家として続けていくつもりです」


その声に、思わず父を見た。


家として?

今さら、何を言っているのだろう。


父の言葉に、兄もすぐに頷いた。


「販路は少しずつ広がっています。小麦の鐘をはじめ、王都の工房にも納めています」


兄は落ち着いた声で続ける。


「まだ大きな額をすぐに動かせる段階ではありませんが、今後の収益として見込めるものではあります」


オルブライト子爵は、黙って聞いていた。


「無理に広げるより、先を見て段階的に、ということですな」


「その方が確実かと」


兄が答える。


……二人とも、家の事業として話している。


私の手が、膝の前で小さく握られた。


オルブライト子爵の視線が、再びこちらへ向く。


「実際に取りまとめておられるエリナ嬢のお考えも、伺ってよろしいかな」


父の視線が、わずかにこちらへ動いた。


父の表情は変わらない。その沈黙だけで、答えを間違えるなと言われている気がした。


兄も、私を見ていた。


姉は、私と目が合うと、すぐに微笑みを戻す。


その微笑みは崩れなかった。けれど、膝の上の指先は、先ほどより強く重なっていた。

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― 新着の感想 ―
 ……………………これ、父達がエリナさんの商いに依存していながら、家全体の事業だと言い張ってるのに問題があるというより、オルブライト家の人々がリディアさんをダシにして、果実絡みの事業の恩恵や人脈の甘い…
揃いも揃ってクズ。エリナ可哀そう、ほんと酷い家族。 何もかも奪われて当然とばかりに…搾取されて。この家没落していいのでは? アーネストのような、もっといい領主のところにいたほうが領民もきっと幸せ。 男…
エリナがどれだけ苦労してきたか、努力してきたか、知ってる我々読み手としては、張っ倒したくなる父兄ですな! しかーし! 今のエリナは、お前たちの知っているエリナではないのであーる!
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