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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十五章

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第1話

「乾物とは別に、茶菓子として考えてみてもよいのではなくて?」


言われている意味が、すぐには分からなかった。


乾物を使った焼き菓子は、自分の家で試したことがある。けれど、それはあくまで使い道を探すためのものだった。


「母上」


隣で、アーネストの声が低くなったが、伯爵夫人は微笑んでいる。


「今すぐとは言っていないわ。だけど、考える価値はあるでしょう?」


「……あの。お菓子として売り出す、ということでしょうか……?」


「ええ。そうよ。いいでしょう? 干し林檎の茶菓子は、わたくしの茶会でも評判がいいのよ」


「ですが……」


そこまで考えなかったわけではない。


乾物を任されるようになってから、乾物を使った菓子を商品にできたら、と一度くらいは思ったことがある。


とはいえ、思うのと実際に始めるのとでは、まるで違う。


菓子を作るとなれば、職人も、場所も、火を使う設備もいる。材料を仕入れて、保存して、売り先も決めなければならない。


それに、うちには余裕のある資金などない。


「……茶菓子として売り出すには、私一人では、とても……乾物を作るだけでも、今は手一杯で……」


言いながら、声が少し小さくなった。


伯爵夫人は楽しげに首を傾ける。


「領内に、裕福な商人や小貴族が使う茶房があるの」


私は顔を上げた。


「そこの菓子職人が一人、腕はよいのだけれど、店に並ぶものが少し変わり映えしないのよ。昔からの菓子は手堅いけれど、新しい客を呼ぶには弱いの」


伯爵夫人は、さらりと言った。


「その職人に、あなたの乾物を使わせてみてはどうかと思ったの」


「いいのですか……?」


そういう手があるなんて思いつかなかった。


それなら――


「職人を一人動かすというのは、軽い話ではない」


アーネストの声が、さらに低く落ちた。


「あら。だから、あなたもいるのでしょう?」


「俺がいるかどうかの問題ではない。賃金、材料費、売上の扱い、責任の所在。決めることが多すぎる」


私は息をのんだ。


そうだ……店を建てるわけではなくても、まとまった資金はいる。


乾燥部門の予算は増えたが、それはあくまで乾物のためのものだ。菓子職人を動かすために使える予備費など、ほとんどない。


指先に力が入る。


「申し訳ございません……せっかくのご提案ですが、今の資金では難しく……」


小さく頭を下げた。


「断るには早い」


「え……」


「今すぐ職人を抱える必要はない」


アーネストは、卓上の茶菓子に視線を落とした。


「まずは茶房の職人を使う。君は乾物を納め、乾物の使い方と菓子の方向を見る。利益が出た分から、乾物代とは別に取り分を受ける」


「でも、それでは多すぎるのでは……」


「ああ。だから、その取り分を決めるべきだ」


言葉を失った。


乾物を納めるだけでなく、菓子の提案をした分まで取り分を受ける。


そんなことを、してよいのだろうか。


「利益が出るようになれば、その金で職人を押さえればいい。最初から抱える必要はない」


「それは……あまりにも、私に都合がよすぎます」


伯爵夫人は、楽しげに目を細めた。


「得がない話を、わたくしがすると思って?」


「……あるのですか?」


「もちろんよ。茶房は新しい品を出せるし、職人は腕を試せる。あなたは乾物の使い道を増やせるでしょう?」


「茶房が損をするなら続かない」


アーネストが続けた。


「そして、君が損をするなら意味がない。だから、続けられる形にする」


……続けるつもりなのだろうか。


この話を進めるということは、私はまた、ここへ来ることになる。グラーフ家と関わることになる。


また会う理由が、できてしまう。


そう思った瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。


「グラーフ伯爵は……」


アーネストがこちらを見る。


その視線を受けるだけで、言葉が喉の奥で絡まった。


けれど、聞かないままにはできなかった。


「嫌では……ないのですか……?」


口にした途端、自分が何を尋ねたのか分かって、頬が熱くなる。


アーネストは、すぐには答えなかった。


「嫌なら、ここまで話を進めない」


息が、止まった。


「君の仕事がこちらに繋がることを、悪いとは思っていない」


何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。


伯爵夫人が、そっと紅茶のカップを置いた。


「その話は、わたくしのいないところでなさい」


「母上、今はその話ではない」


「今は茶房の話ね。まあ、それは茶房の店主と直接話をつければいいわ」


伯爵夫人は、何事もなかったように微笑んだ。


「エリナさん、都合のよい日はあるかしら?」


「はい……ええと」


私は慌てて手帳を開いた。


乾燥小屋の確認日、パン工房へ納める日、父へ報告する日、領地への手紙をまとめる日。


細かな予定が、思った以上に詰まっている。


「……ずいぶん忙しいな」


「え?」


顔を上げると、アーネストが私の手帳を見ていた。


「アーネスト。令嬢の手帳を覗き込むものではありませんよ」


「見えただけだ」


「まあ。では、見えない位置に座るべきだったわね」


「……」


「それとも、予定を確かめて、別のお誘いでもなさるつもりだったのかしら」


「話を戻してくれ」


「はいはい。分かっていますよ」


茶菓子の話に戻ったはずなのに、胸の鼓動はなかなか落ち着かなかった。



エリナが侍女に案内され、部屋を出ていく。


扉が静かに閉まった。


伯爵夫人は、しばらく扉の方を見ていたが、扇子でアーネストの腕を軽く打った。


「……じれったい男ね」


「何の話だ」


「そういうところよ」


伯爵夫人は、呆れたように息をつく。


「まあ、わたくしがいたから言いにくかったのでしょうけれど」


アーネストは答えなかった。


伯爵夫人は、扇子を閉じる。


「感謝なさい。次に顔を合わせる口実くらい、作ってあげたのだから」


「……事業としても、悪くない話だ」


伯爵夫人は、深くため息をついた。


「ええ。そういうことにしておいてあげるわ」


伯爵夫人はそう言って、閉じた扇で自分の手のひらを軽く叩いた。


「それにしても、エリナさん。分かっていなさそうね」


「……そうだな」


「まあ、今は分からない方が可愛らしいけれど」


アーネストは答えなかった。


ただ、扉の方へ一度だけ視線を向けた。

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― 新着の感想 ―
 茶菓子の世界ならびに茶房への進出の兆し、ですか。職人さんとの相性にも依りますが、品の種類や知名度増加などにもつながりそうですね。  エリナさん以外の方にも利点があるようですし、調理に使おうとして飛び…
やっぱりアーネストのお母様ステキ。貴族には意地悪おば様が多い印象なのに、エリナをかわいがり煮え切らない息子の背中を押して。ああ、私も伯爵夫人のような母になりたいわ。(私の場合は祖母ですね・・・)
きゃぁ。ちょっと進展。前回は正当な評価だったけれども、ヴィオラ上げが悔しくw やぁ、隣に座ってたのか(*´▽`*)とか、久々の「君」呼びが素敵でした。 お母様もう2回に1回は同席してアーネストをがんが…
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