第1話
「乾物とは別に、茶菓子として考えてみてもよいのではなくて?」
言われている意味が、すぐには分からなかった。
乾物を使った焼き菓子は、自分の家で試したことがある。けれど、それはあくまで使い道を探すためのものだった。
「母上」
隣で、アーネストの声が低くなったが、伯爵夫人は微笑んでいる。
「今すぐとは言っていないわ。だけど、考える価値はあるでしょう?」
「……あの。お菓子として売り出す、ということでしょうか……?」
「ええ。そうよ。いいでしょう? 干し林檎の茶菓子は、わたくしの茶会でも評判がいいのよ」
「ですが……」
そこまで考えなかったわけではない。
乾物を任されるようになってから、乾物を使った菓子を商品にできたら、と一度くらいは思ったことがある。
とはいえ、思うのと実際に始めるのとでは、まるで違う。
菓子を作るとなれば、職人も、場所も、火を使う設備もいる。材料を仕入れて、保存して、売り先も決めなければならない。
それに、うちには余裕のある資金などない。
「……茶菓子として売り出すには、私一人では、とても……乾物を作るだけでも、今は手一杯で……」
言いながら、声が少し小さくなった。
伯爵夫人は楽しげに首を傾ける。
「領内に、裕福な商人や小貴族が使う茶房があるの」
私は顔を上げた。
「そこの菓子職人が一人、腕はよいのだけれど、店に並ぶものが少し変わり映えしないのよ。昔からの菓子は手堅いけれど、新しい客を呼ぶには弱いの」
伯爵夫人は、さらりと言った。
「その職人に、あなたの乾物を使わせてみてはどうかと思ったの」
「いいのですか……?」
そういう手があるなんて思いつかなかった。
それなら――
「職人を一人動かすというのは、軽い話ではない」
アーネストの声が、さらに低く落ちた。
「あら。だから、あなたもいるのでしょう?」
「俺がいるかどうかの問題ではない。賃金、材料費、売上の扱い、責任の所在。決めることが多すぎる」
私は息をのんだ。
そうだ……店を建てるわけではなくても、まとまった資金はいる。
乾燥部門の予算は増えたが、それはあくまで乾物のためのものだ。菓子職人を動かすために使える予備費など、ほとんどない。
指先に力が入る。
「申し訳ございません……せっかくのご提案ですが、今の資金では難しく……」
小さく頭を下げた。
「断るには早い」
「え……」
「今すぐ職人を抱える必要はない」
アーネストは、卓上の茶菓子に視線を落とした。
「まずは茶房の職人を使う。君は乾物を納め、乾物の使い方と菓子の方向を見る。利益が出た分から、乾物代とは別に取り分を受ける」
「でも、それでは多すぎるのでは……」
「ああ。だから、その取り分を決めるべきだ」
言葉を失った。
乾物を納めるだけでなく、菓子の提案をした分まで取り分を受ける。
そんなことを、してよいのだろうか。
「利益が出るようになれば、その金で職人を押さえればいい。最初から抱える必要はない」
「それは……あまりにも、私に都合がよすぎます」
伯爵夫人は、楽しげに目を細めた。
「得がない話を、わたくしがすると思って?」
「……あるのですか?」
「もちろんよ。茶房は新しい品を出せるし、職人は腕を試せる。あなたは乾物の使い道を増やせるでしょう?」
「茶房が損をするなら続かない」
アーネストが続けた。
「そして、君が損をするなら意味がない。だから、続けられる形にする」
……続けるつもりなのだろうか。
この話を進めるということは、私はまた、ここへ来ることになる。グラーフ家と関わることになる。
また会う理由が、できてしまう。
そう思った瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
「グラーフ伯爵は……」
アーネストがこちらを見る。
その視線を受けるだけで、言葉が喉の奥で絡まった。
けれど、聞かないままにはできなかった。
「嫌では……ないのですか……?」
口にした途端、自分が何を尋ねたのか分かって、頬が熱くなる。
アーネストは、すぐには答えなかった。
「嫌なら、ここまで話を進めない」
息が、止まった。
「君の仕事がこちらに繋がることを、悪いとは思っていない」
何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。
伯爵夫人が、そっと紅茶のカップを置いた。
「その話は、わたくしのいないところでなさい」
「母上、今はその話ではない」
「今は茶房の話ね。まあ、それは茶房の店主と直接話をつければいいわ」
伯爵夫人は、何事もなかったように微笑んだ。
「エリナさん、都合のよい日はあるかしら?」
「はい……ええと」
私は慌てて手帳を開いた。
乾燥小屋の確認日、パン工房へ納める日、父へ報告する日、領地への手紙をまとめる日。
細かな予定が、思った以上に詰まっている。
「……ずいぶん忙しいな」
「え?」
顔を上げると、アーネストが私の手帳を見ていた。
「アーネスト。令嬢の手帳を覗き込むものではありませんよ」
「見えただけだ」
「まあ。では、見えない位置に座るべきだったわね」
「……」
「それとも、予定を確かめて、別のお誘いでもなさるつもりだったのかしら」
「話を戻してくれ」
「はいはい。分かっていますよ」
茶菓子の話に戻ったはずなのに、胸の鼓動はなかなか落ち着かなかった。
◆
エリナが侍女に案内され、部屋を出ていく。
扉が静かに閉まった。
伯爵夫人は、しばらく扉の方を見ていたが、扇子でアーネストの腕を軽く打った。
「……じれったい男ね」
「何の話だ」
「そういうところよ」
伯爵夫人は、呆れたように息をつく。
「まあ、わたくしがいたから言いにくかったのでしょうけれど」
アーネストは答えなかった。
伯爵夫人は、扇子を閉じる。
「感謝なさい。次に顔を合わせる口実くらい、作ってあげたのだから」
「……事業としても、悪くない話だ」
伯爵夫人は、深くため息をついた。
「ええ。そういうことにしておいてあげるわ」
伯爵夫人はそう言って、閉じた扇で自分の手のひらを軽く叩いた。
「それにしても、エリナさん。分かっていなさそうね」
「……そうだな」
「まあ、今は分からない方が可愛らしいけれど」
アーネストは答えなかった。
ただ、扉の方へ一度だけ視線を向けた。




