表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/115

第6話

「今日、エリナ嬢が来たわ」


母の声に、アーネストは書類から目を上げた。


「試作品の件か」


「それもあるけれど、その前にお茶会へ呼ばれていたそうよ」


「どこの家だ」


「ローデンベルク伯爵家よ」


アーネストは一拍だけ黙った。


「……あそこか」


「そうよ。顔も広くて、近づき方も上手い家でしょう、あそこは」


アーネストは手元の紙へ視線を落とした。


「それで?」


「そうやって平静な顔をするの、やめなさい」


ぴしゃりと言われ、アーネストは再び母を見た。


「あの子は断れたけれど、断ったあとに疲れ切っていたわ」


「何を求められた」


「干し林檎を、次のお茶会に少し分けてほしいと。代金の話は、一度も出なかったそうよ」


アーネストの眉が、わずかに動いた。母は茶杯を置いた。


「エリナ嬢は、品質が揃わないから茶席には見合わないと断ったそうよ」


「なら、問題はない」


「あるわよ。あの子はまだ、グラーフ家の名を盾にしていいと思っていないのよ」


「……」


アーネストは指先で書類の端を押さえた。


「少し席を外す」


「ちょっと。何をする気?」


母の声が、少しだけ鋭くなる。


「あなたが動けば、今度はあの子が“あなたなしでは断れない娘”に見えるわ」


「……分かっている」


「本当に?」


アーネストは小さく息を吐いた。


「乾物を使った試作を確認に行くだけだ」


「ならいいわ」


母は扇を手に取り、ゆっくりと開いた。


「ところであなた、あの子に何か言ったの?」


「必要なことは言った」


「必要なことって……そんなのだから、他家が動くのよ」


その言葉に、アーネストは返せなかった。


母は茶杯を持ち上げる。


「そういえば、今度ヴィオラ嬢とお会いする約束をしているの」


「またか」


「少し相談したいことがあるそうよ。領地の品について」


「……」


「熱心な方でしょう?」


アーネストは手元の書類へ視線を落としたが、もう文字は追っていなかった。



翌日になっても、茶会の疲れは少し残っていた。


机の上には、届いたばかりの手紙が二通置かれている。一通は、アーネストから。もう一通は、ルーカスからだった。


私は先に、アーネストの封を開いた。中には、相変わらず短い内容が並んでいる。


『木苺を干す量を減らすことは承知した。


乾物を使った菓子の試作ができた。見に来い』


「……行ってもいいんだ」


思わず、声が零れた。


扱ってもらうだけだと思っていた。試作を、見に来いと書いてある。


――会えば気にかかる。

――会わなければ、次に会う理由を考える。


茶房で聞いた声が、ふと蘇る。


私は慌てて首を振り、続きを読んだ。


『それと、先日の茶会の件は母から聞いた。


無理に応じる必要はない。


母の名を出せ』


「……はい」


返事をする相手はいないのに、私は小さく頷いた。


それから、もう一通のルーカスの封へ視線を移す。少し緊張しながら封を切ると、中の便箋にはやわらかな筆跡が並んでいた。


『先日は、急なお誘いにもかかわらずお越しいただき、ありがとうございました。


母が、エリナ様ともう一度ゆっくりお話ししたいと申しております。


今度はごく少人数で、気軽なお茶の席を設けたいそうです。


どうぞ、お品をお持ちいただく必要はございません。


先日はお目にかかれただけでも、母はたいへん喜んでおりました。


私も、またエリナ様とお話しできる機会をいただければ嬉しく思います。


ルーカス・ハーゼルベルク』


また、お話しできれば。


手紙を持つ指に、力が入った。


先日の姉の言葉が、頭の中で蘇る。


――何度も話しかけてくるとか、次も会いたがるとか、そういうので大体は分かるでしょう。


「……これは」


そういう意味なの?


アーネストの手紙は、いつも通りだった。短くて、必要なことだけが書かれている。けれど、そこには次に会う理由があった。


ルーカスの手紙は、丁寧だった。こちらを困らせないように、品はいらないとまで添えられている。その分だけ、何を求められているのかが分かってしまう。


「私が会いたいのは……」


けれど、二通の手紙を思い浮かべた途端、その言葉は喉の奥で止まってしまった。


「……一応、お父様に伝えないと」


ルーカスの手紙を手にして廊下へ出ると、ちょうど父が政務室の方から歩いてくるところだった。


「お父様」


父の視線が、私の手元へ落ちる。


「……手紙か」


「……はい。ハーゼルベルク子爵家からです」


「ハーゼルベルクから?」


「はい。ルーカス様から……子爵夫人が、またお茶の席を設けたいとおっしゃっているそうです」


「返事はもう出したのか?」


「いえ、まだです。先に報告しようと思い……」


「ならば、まだ出すな」


「……断る、ということですか?」


「そういうわけではない。急ぐ話ではないから、置いておけ」


「……はい」


父はそこで、私の手元の封へ視線を落とした。


「ただの礼状として扱うな。それに、相手は子爵家だ」


「……分かりました」


そう言われて、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「それと、週末は屋敷を空けるな」


「週末、ですか? 特に予定はありませんが……」


「リディアの件で、先方が来る」


私は目を瞬いた。


「……私も、同席するのですか?」


「いや。だが、呼ぶことになるかもしれない」


「私を? どうしてですか」


「先方が何を聞きたがるか、分からないからだ」


父の言い方に、少しだけ違和感はあった。けれど、婚約は家同士の話だ。家族が呼ばれることもあるのかもしれない。


そういうものなのだと、納得しようとした。


「……分かりました。週末は屋敷におります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 グラーフの家の方々、エリナさんを気に入りすぎて依存を招きかねない程に肩を持って、多少距離をとる事も必要だとも思っているんですかね。  ルーカスさんはルーカスさんで、マメかつ誠実さを疎かにしない交信…
アーネストが、ちょっとだけ動揺してる? これは良い傾向では? なんて思ったのに。 「必要なことは言った」ですと? 一言ツッコんで良いかしら・・・言ってねーよ!全然足りてねーよ!伝わってねーよ!なんなら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ