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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十四章

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第5話

「アメリア、そういう言い方はよくありませんよ」


ローデンベルク伯爵夫人は小さく息をついた。


「ごめんなさい」


アメリアは素直にそう言った。


「けれど、エリナ様。娘の言うことにも、一理あるとは思いませんこと?」


伯爵夫人は静かに茶杯を置き、私へ微笑む。


「初めてなら、皆さまそこまで細かな違いにはお気づきにならないでしょう? まずは話題にしていただくことも、大切ではなくて?」


私は息をひとつ吐き、顔を上げた。


「仰る通りだと思います。ですが……」


今度は、先ほどよりはっきりと声が出た。


「質を落としたものをお渡しするのは、奥様のお茶席に見合いません」


ローデンベルク伯爵夫人の笑みが、ほんのわずかに止まる。


アメリアも、目を瞬いた。


「……まあ」


ベルトラン夫人が、小さく扇を動かした。


「ずいぶん、きちんとお考えなのね」


私は膝の上で重ねた指に力を込めた。


ローデンベルク伯爵夫人は、ゆっくりと茶杯へ指を添える。


「そこまでお考えなのね」


「申し訳ございません。せっかくお声をかけていただいたのに」


「いいえ。粗いものを無理に出さないというのは、大切なことですわ。お茶席に合わないものをお出しすれば、困るのはこちらですものね」


その言い方に、背筋が少し冷えた。


「……はい」


「では、今回は無理を申しません」


アメリアが小さく唇を尖らせる。


「お母様……」


「良いものを出すためには、待つことも必要でしょう?」


「……はい」


「ただ、次に良いものが揃いましたら、ぜひ教えてくださる?」


肩が揺れた。


「今日のお話を伺って、ますます興味が湧きましたの。粗いものを出さないとおっしゃるなら、なおさら、きちんとしたものを拝見したくなりますわ」


「……はい。良いものがご用意できましたら」


「ええ。楽しみにしております」


ローデンベルク伯爵夫人は茶杯を持ち上げた。


「それに、そういう姿勢で作られているものなら、ただ珍しいだけでは終わらないでしょうし」


「ええ。それにしても……今のお話で、少し見方が変わりましたわ」


ベルトラン夫人が穏やかに頷く。


「エリナ様は、品そのものだけでなく、出し方まで大事になさるのね。若い方には珍しいことですわ」


褒められているはずなのに、胸の奥はまだ落ち着かなかった。


ローデンベルク伯爵夫人は、そんな私を見透かすように微笑む。


「エリナ様、最近お作りになっているという瓶詰めの方も、お話を伺ってよろしいかしら」


「瓶詰め……」


「ええ。林檎のジャムと伺いましたわ」


さらりと話題が変わった。


けれど、胸の奥に残った冷たさは消えなかった。


干し林檎が駄目なら、今度は瓶詰め。


そう思ってしまった自分に、私はそっと息を呑んだ。



馬車に揺られながら、私は膝の上で指を重ねていた。


「疲れた……」


こんなに頭を使う茶会があっただろうか。


窓の外へ目を向けると、夕方の光が道の端を淡く染めている。


「遅くなっちゃった……」


このあと、グラーフ伯爵夫人にお会いする約束をしているのに。


私は小さく息を吐き、膝の上の手に目を落とした。


それでも、少しだけほっとしている自分もいた。


――新しい瓶詰めを、気づかれなくてよかった。


もし知られていたら、きっとあの場で見たいと言われていただろう。


やがて馬車が緩やかに止まる。


グラーフ伯爵邸へ着くと、小さな応接室へ案内された。


「遅くなり、申し訳ありません」


「構わないわ。ちょうど茶を替えようと思っていたところですもの」


そう言って、グラーフ伯爵夫人は私を座らせると、しばらく何も聞かなかった。


それが、かえってありがたかった。


茶杯を受け取ったところで、夫人が目を細める。


「……ずいぶん疲れた顔をしているわね」


「そ、そうでしょうか……」


「楽しいお茶会ではなかったのかしら」


「少し、困ることがありまして……」


「失礼なことをされたの?」


「いえ。そういうわけでは……よくしていただいて……」


「まあ、あからさまに無礼を働く人なんて、そうそういないわ」


「……」


「気になるじゃない。話してごらんなさい」


私は、今日の茶会であったことを、できるだけ順に話した。


干し林檎を持ってきてほしいと招待状に書かれていたこと。


茶席で実際に出されたこと。


気に入っていただけたこと。


そして、次の茶会にも少し分けてほしいと言われたこと。


「断ったのね」


「はい。グラーフ伯爵夫人のお取り計らいのもとで動いておりますので、私から直接お約束はできないと……それから、今の時期は林檎の質が揃わないとも申し上げました」


「その後は?」


「次に良いものが揃ったら教えてほしいと……答えてしまいました」


「……ずいぶん粘る方ね」


「そうですね……」


「まあ、でも。それは約束ではないわ」


「え……」


「“良いものが揃ったら”でしょう。揃わなければ出さなくていい。揃っても、どう扱うかはこちらで決めればいいのよ」


そうか。

そんなふうには、考えられなかった。


「それに、あなたの断り方は悪くなかったわ」


「……そうなのですか?」


「相手の顔を立てた断り方になっているわ。上手く躱したわね」


私は一瞬息を止め、それから小さく苦笑した。


「……そこまでは、考えていませんでした」


「咄嗟にしては上出来よ」


夫人は淡々と言って、茶杯へ指を添えた。


「あなたが曖昧に頷いただけでも、相手はそれを約束のように扱えるわ。そうなれば、あなたの返事ではなく、グラーフ家の名を伴った返事として広がってしまうもの」


背中に、冷たい汗がにじんだ。


そうだ。

これは、もう私一人の品ではない。


「……考えが及びませんでした」


「今まできちんと言っていなかったものね。これからも、その場で返事をせず、必ずわたくしに確認すると伝えなさい」


「ありがとうございます……」


「さて」


夫人はそこで、ふっと表情をやわらげた。


「難しい話はこれくらいにして。新作のジャムを見せてちょうだい」


その瞳が、先ほどまでとは違う、楽しそうな光を帯びる。


思わず、私も小さく笑ってしまった。


「……はい」

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― 新着の感想 ―
グラーフ伯爵夫人、すてきな方です。どこできちんと線を引くべきかなど、実地できたえて下さるのですね。 エリナには、図々しい人たちなんか優雅に蹴散らしながら自分の事業に邁進してほしいです。
 更に強引にいくかと思いましたが、一旦ひいてから手法を変えてからの交渉に切り替えましたか。独りよがりや割れた瓶の破片のような危うさはあまりないですが、対応に悩む人達なんですかね。  アメリアさん達の粘…
なるほどー、そういう断り方ならさほど角は立たないですね! 物凄くハラハラしましたが、さすがエリナ!! 慣れないなりにベストではなくてもベターを掴んでいく。 ひとまず難所を切り抜けられて、ホッとしました…
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