第5話
「アメリア、そういう言い方はよくありませんよ」
ローデンベルク伯爵夫人は小さく息をついた。
「ごめんなさい」
アメリアは素直にそう言った。
「けれど、エリナ様。娘の言うことにも、一理あるとは思いませんこと?」
伯爵夫人は静かに茶杯を置き、私へ微笑む。
「初めてなら、皆さまそこまで細かな違いにはお気づきにならないでしょう? まずは話題にしていただくことも、大切ではなくて?」
私は息をひとつ吐き、顔を上げた。
「仰る通りだと思います。ですが……」
今度は、先ほどよりはっきりと声が出た。
「質を落としたものをお渡しするのは、奥様のお茶席に見合いません」
ローデンベルク伯爵夫人の笑みが、ほんのわずかに止まる。
アメリアも、目を瞬いた。
「……まあ」
ベルトラン夫人が、小さく扇を動かした。
「ずいぶん、きちんとお考えなのね」
私は膝の上で重ねた指に力を込めた。
ローデンベルク伯爵夫人は、ゆっくりと茶杯へ指を添える。
「そこまでお考えなのね」
「申し訳ございません。せっかくお声をかけていただいたのに」
「いいえ。粗いものを無理に出さないというのは、大切なことですわ。お茶席に合わないものをお出しすれば、困るのはこちらですものね」
その言い方に、背筋が少し冷えた。
「……はい」
「では、今回は無理を申しません」
アメリアが小さく唇を尖らせる。
「お母様……」
「良いものを出すためには、待つことも必要でしょう?」
「……はい」
「ただ、次に良いものが揃いましたら、ぜひ教えてくださる?」
肩が揺れた。
「今日のお話を伺って、ますます興味が湧きましたの。粗いものを出さないとおっしゃるなら、なおさら、きちんとしたものを拝見したくなりますわ」
「……はい。良いものがご用意できましたら」
「ええ。楽しみにしております」
ローデンベルク伯爵夫人は茶杯を持ち上げた。
「それに、そういう姿勢で作られているものなら、ただ珍しいだけでは終わらないでしょうし」
「ええ。それにしても……今のお話で、少し見方が変わりましたわ」
ベルトラン夫人が穏やかに頷く。
「エリナ様は、品そのものだけでなく、出し方まで大事になさるのね。若い方には珍しいことですわ」
褒められているはずなのに、胸の奥はまだ落ち着かなかった。
ローデンベルク伯爵夫人は、そんな私を見透かすように微笑む。
「エリナ様、最近お作りになっているという瓶詰めの方も、お話を伺ってよろしいかしら」
「瓶詰め……」
「ええ。林檎のジャムと伺いましたわ」
さらりと話題が変わった。
けれど、胸の奥に残った冷たさは消えなかった。
干し林檎が駄目なら、今度は瓶詰め。
そう思ってしまった自分に、私はそっと息を呑んだ。
◆
馬車に揺られながら、私は膝の上で指を重ねていた。
「疲れた……」
こんなに頭を使う茶会があっただろうか。
窓の外へ目を向けると、夕方の光が道の端を淡く染めている。
「遅くなっちゃった……」
このあと、グラーフ伯爵夫人にお会いする約束をしているのに。
私は小さく息を吐き、膝の上の手に目を落とした。
それでも、少しだけほっとしている自分もいた。
――新しい瓶詰めを、気づかれなくてよかった。
もし知られていたら、きっとあの場で見たいと言われていただろう。
やがて馬車が緩やかに止まる。
グラーフ伯爵邸へ着くと、小さな応接室へ案内された。
「遅くなり、申し訳ありません」
「構わないわ。ちょうど茶を替えようと思っていたところですもの」
そう言って、グラーフ伯爵夫人は私を座らせると、しばらく何も聞かなかった。
それが、かえってありがたかった。
茶杯を受け取ったところで、夫人が目を細める。
「……ずいぶん疲れた顔をしているわね」
「そ、そうでしょうか……」
「楽しいお茶会ではなかったのかしら」
「少し、困ることがありまして……」
「失礼なことをされたの?」
「いえ。そういうわけでは……よくしていただいて……」
「まあ、あからさまに無礼を働く人なんて、そうそういないわ」
「……」
「気になるじゃない。話してごらんなさい」
私は、今日の茶会であったことを、できるだけ順に話した。
干し林檎を持ってきてほしいと招待状に書かれていたこと。
茶席で実際に出されたこと。
気に入っていただけたこと。
そして、次の茶会にも少し分けてほしいと言われたこと。
「断ったのね」
「はい。グラーフ伯爵夫人のお取り計らいのもとで動いておりますので、私から直接お約束はできないと……それから、今の時期は林檎の質が揃わないとも申し上げました」
「その後は?」
「次に良いものが揃ったら教えてほしいと……答えてしまいました」
「……ずいぶん粘る方ね」
「そうですね……」
「まあ、でも。それは約束ではないわ」
「え……」
「“良いものが揃ったら”でしょう。揃わなければ出さなくていい。揃っても、どう扱うかはこちらで決めればいいのよ」
そうか。
そんなふうには、考えられなかった。
「それに、あなたの断り方は悪くなかったわ」
「……そうなのですか?」
「相手の顔を立てた断り方になっているわ。上手く躱したわね」
私は一瞬息を止め、それから小さく苦笑した。
「……そこまでは、考えていませんでした」
「咄嗟にしては上出来よ」
夫人は淡々と言って、茶杯へ指を添えた。
「あなたが曖昧に頷いただけでも、相手はそれを約束のように扱えるわ。そうなれば、あなたの返事ではなく、グラーフ家の名を伴った返事として広がってしまうもの」
背中に、冷たい汗がにじんだ。
そうだ。
これは、もう私一人の品ではない。
「……考えが及びませんでした」
「今まできちんと言っていなかったものね。これからも、その場で返事をせず、必ずわたくしに確認すると伝えなさい」
「ありがとうございます……」
「さて」
夫人はそこで、ふっと表情をやわらげた。
「難しい話はこれくらいにして。新作のジャムを見せてちょうだい」
その瞳が、先ほどまでとは違う、楽しそうな光を帯びる。
思わず、私も小さく笑ってしまった。
「……はい」




