第3話
茶会の招待状が届いたのは、ほんの二日前だった。
あまり日がなくて驚いたけれど、断る理由があるほどでもなく、父に伝えると「失礼のないように」とだけ言われた。
「……誰なのかしら」
きちんとご挨拶した覚えもない。
夜会で顔を合わせたことはあったのかもしれないけれど、はっきりとは思い出せなかった。
姉に聞ければよかったのだけれど、ちょうど王都へ出ていて屋敷にはいなかった。
結局、よく分からないまま今日を迎えてしまった。
「それに……」
私は膝の上の籠へ視線を落とした。
中には、包んだ干し林檎が入っている。
招待状には、よければ干し林檎もお持ちくださいと書かれていた。
そんなふうに品を指定されたことは今までなくて、最初は少し戸惑った。
だからといって、手ぶらで伺うのも落ち着かない。茶会というものはそういうこともあるのかもしれないと、結局持ってくることにしたのだった。
夜会はここ最近何度か足を運んだから、少しは慣れた気もする。
けれど茶会は、夜会よりずっと近い。
少ない人数で、長く話して、相手の顔をきちんと見なければならない。
知り合いや姉と同席したことはあっても、こうして自分宛ての誘いで出向くのは、ほとんど初めてだった。
「大丈夫かな……」
小さく呟いたところで、馬車が緩やかに速度を落とし始める。
窓の外へ目を向けると、木立の向こうに屋敷の輪郭が見えてきた。
鉄門の内側には、すでに使用人が二人控えていた。
御者が声をかけるより早く一人が前へ進み出て、もう一人は屋敷の方へ合図を送る。
扉が開き、私は膝の上の籠を抱え直して足を下ろした。
今日身に着けているのは、菫色のワンピースだった。
柔らかな色合いが気に入っていて、袖を通すと少しだけ気持ちが落ち着く。
「ようこそお越しくださいました、エリナ様。奥様とお嬢様がお待ちです」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
そのまま玄関をくぐると、扉の内側にも別の使用人が控えていて、さっと外套を受け取られた。
案内された先は、日当たりのいい小ぶりの客間だった。
春の光を受けるように薄い色のカーテンが引かれ、丸テーブルにはすでに茶器が並べられている。
――可愛い茶器ね。
白地に淡い花模様の入った揃いで、若い令嬢が好みそうな、やわらかな雰囲気だった。
そう思いながら部屋へ入ると、先に立っていた夫人がにこやかに会釈した。
「ようこそお越しくださいました、エリナ様。ローデンベルク伯爵家の者です」
「リュークハルト家のエリナでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私が挨拶を返そうとしたところで、夫人の傍らにいた若い令嬢がぱっと顔を輝かせた。
「まあ、本当にいらしてくださったのね」
明るい声と一緒に、軽やかにこちらへ寄ってくる。
年は私とそう離れないだろうか。
淡い桃色のドレスは胸元や袖口に細かなレースが重ねられていて、ふんわりと甘い。
巻いた髪には、小さな真珠飾りが散らされていた。
その視線が、すぐに私の抱えている籠へ落ちる。
「それが干し林檎ですの?」
「ええ、少しだけですが……」
「まあ、嬉しい」
令嬢が身を乗り出しかけるのを、ローデンベルク伯爵夫人がやわらかく制した。
「まあ、アメリアったら。……よろしければ、先にそちらをお預かりしても?」
「え……あ、はい」
返事をするより早く、控えていた使用人が一歩進み出る。
「せっかくですもの。後でお茶と一緒にいただきましょう」
私は慌てて籠を差し出した。
「急なお誘いでしたのに、ありがとうございます。アメリアがどうしても気になると言って聞きませんでして」
「いえ……こちらこそお誘いくださり……」
「最近よくお名前を伺うものですから、一度ぜひお話を、と。まだお若い方に、あまり厚かましいことを申してはいけないと思ったのですけれど」
「だって、すごく珍しいでしょう? それに、夜会でもお見かけしていましたの。どんな方かしらって、ずっと気になっていたんです」
「そんな、大した者では……」
「まあ、ご謙遜なさらないで」
ローデンベルク伯爵夫人がやわらかく遮る。
「どうぞ、お掛けになって。せっかく干し林檎まで持ってきていただいたのですもの。ぜひ色々お話を伺いたいわ」
次々に言葉を重ねられて、返事をする隙もなかった。
私は勧められるまま席に着く。
その時、ローデンベルク伯爵夫人が部屋の奥へ視線を向け、微笑んだ。
「こちらもご紹介しなくてはね」
私はそこで初めて、窓際の席にもう一人、淡い灰青のドレスを着た年配の夫人が座っていることに気づいた。
「こちらはベルトラン夫人。親しくしていただいているの」
「まあ、急にお邪魔してしまってごめんなさいね」
ベルトラン夫人はそう言って、やわらかく笑った。
「でも、私もぜひ一度お会いしたかったの。最近いろいろお噂を伺いますもの」
私は慌てて頭を下げる。
「はじめまして。エリナと申します」
「ええ、存じていますわ」
……私、夜会でそんなに目立つことをしたかしら。
「お母様ったら、ずっと気にしていたのよ。干し林檎もそうだし、最近のジャムの話も」
「まあ、あなた……まだお話も始まっていないのに」
夫人たちの間で、やわらかな笑いが重なる。
ローデンベルク伯爵夫人はベルトラン夫人へ向き直り、茶席の一つへ手を示した。
「どうぞ、ベルトラン夫人もお掛けになって」
「ええ、失礼いたしますわ」
ベルトラン夫人がゆっくりと席を移す。
私はそこでようやく気づいた。
今日この場にいるのは、私を入れて四人だけなのだと。しかも皆、私は知らないのに、私のことは知っている。
茶の香りはやわらかいのに、胸の奥だけが、ひやりと冷えた。




