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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十四章

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第3話

茶会の招待状が届いたのは、ほんの二日前だった。


あまり日がなくて驚いたけれど、断る理由があるほどでもなく、父に伝えると「失礼のないように」とだけ言われた。


「……誰なのかしら」


きちんとご挨拶した覚えもない。


夜会で顔を合わせたことはあったのかもしれないけれど、はっきりとは思い出せなかった。


姉に聞ければよかったのだけれど、ちょうど王都へ出ていて屋敷にはいなかった。


結局、よく分からないまま今日を迎えてしまった。


「それに……」


私は膝の上の籠へ視線を落とした。


中には、包んだ干し林檎が入っている。


招待状には、よければ干し林檎もお持ちくださいと書かれていた。


そんなふうに品を指定されたことは今までなくて、最初は少し戸惑った。


だからといって、手ぶらで伺うのも落ち着かない。茶会というものはそういうこともあるのかもしれないと、結局持ってくることにしたのだった。


夜会はここ最近何度か足を運んだから、少しは慣れた気もする。


けれど茶会は、夜会よりずっと近い。


少ない人数で、長く話して、相手の顔をきちんと見なければならない。


知り合いや姉と同席したことはあっても、こうして自分宛ての誘いで出向くのは、ほとんど初めてだった。


「大丈夫かな……」


小さく呟いたところで、馬車が緩やかに速度を落とし始める。


窓の外へ目を向けると、木立の向こうに屋敷の輪郭が見えてきた。


鉄門の内側には、すでに使用人が二人控えていた。


御者が声をかけるより早く一人が前へ進み出て、もう一人は屋敷の方へ合図を送る。


扉が開き、私は膝の上の籠を抱え直して足を下ろした。


今日身に着けているのは、菫色のワンピースだった。


柔らかな色合いが気に入っていて、袖を通すと少しだけ気持ちが落ち着く。


「ようこそお越しくださいました、エリナ様。奥様とお嬢様がお待ちです」


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


そのまま玄関をくぐると、扉の内側にも別の使用人が控えていて、さっと外套を受け取られた。


案内された先は、日当たりのいい小ぶりの客間だった。


春の光を受けるように薄い色のカーテンが引かれ、丸テーブルにはすでに茶器が並べられている。


――可愛い茶器ね。


白地に淡い花模様の入った揃いで、若い令嬢が好みそうな、やわらかな雰囲気だった。


そう思いながら部屋へ入ると、先に立っていた夫人がにこやかに会釈した。


「ようこそお越しくださいました、エリナ様。ローデンベルク伯爵家の者です」


「リュークハルト家のエリナでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


私が挨拶を返そうとしたところで、夫人の傍らにいた若い令嬢がぱっと顔を輝かせた。


「まあ、本当にいらしてくださったのね」


明るい声と一緒に、軽やかにこちらへ寄ってくる。


年は私とそう離れないだろうか。


淡い桃色のドレスは胸元や袖口に細かなレースが重ねられていて、ふんわりと甘い。


巻いた髪には、小さな真珠飾りが散らされていた。


その視線が、すぐに私の抱えている籠へ落ちる。


「それが干し林檎ですの?」


「ええ、少しだけですが……」


「まあ、嬉しい」


令嬢が身を乗り出しかけるのを、ローデンベルク伯爵夫人がやわらかく制した。


「まあ、アメリアったら。……よろしければ、先にそちらをお預かりしても?」


「え……あ、はい」


返事をするより早く、控えていた使用人が一歩進み出る。


「せっかくですもの。後でお茶と一緒にいただきましょう」


私は慌てて籠を差し出した。


「急なお誘いでしたのに、ありがとうございます。アメリアがどうしても気になると言って聞きませんでして」


「いえ……こちらこそお誘いくださり……」


「最近よくお名前を伺うものですから、一度ぜひお話を、と。まだお若い方に、あまり厚かましいことを申してはいけないと思ったのですけれど」


「だって、すごく珍しいでしょう? それに、夜会でもお見かけしていましたの。どんな方かしらって、ずっと気になっていたんです」


「そんな、大した者では……」


「まあ、ご謙遜なさらないで」


ローデンベルク伯爵夫人がやわらかく遮る。


「どうぞ、お掛けになって。せっかく干し林檎まで持ってきていただいたのですもの。ぜひ色々お話を伺いたいわ」


次々に言葉を重ねられて、返事をする隙もなかった。


私は勧められるまま席に着く。


その時、ローデンベルク伯爵夫人が部屋の奥へ視線を向け、微笑んだ。


「こちらもご紹介しなくてはね」


私はそこで初めて、窓際の席にもう一人、淡い灰青のドレスを着た年配の夫人が座っていることに気づいた。


「こちらはベルトラン夫人。親しくしていただいているの」


「まあ、急にお邪魔してしまってごめんなさいね」


ベルトラン夫人はそう言って、やわらかく笑った。


「でも、私もぜひ一度お会いしたかったの。最近いろいろお噂を伺いますもの」


私は慌てて頭を下げる。


「はじめまして。エリナと申します」


「ええ、存じていますわ」


……私、夜会でそんなに目立つことをしたかしら。


「お母様ったら、ずっと気にしていたのよ。干し林檎もそうだし、最近のジャムの話も」


「まあ、あなた……まだお話も始まっていないのに」


夫人たちの間で、やわらかな笑いが重なる。


ローデンベルク伯爵夫人はベルトラン夫人へ向き直り、茶席の一つへ手を示した。


「どうぞ、ベルトラン夫人もお掛けになって」


「ええ、失礼いたしますわ」


ベルトラン夫人がゆっくりと席を移す。


私はそこでようやく気づいた。

今日この場にいるのは、私を入れて四人だけなのだと。しかも皆、私は知らないのに、私のことは知っている。


茶の香りはやわらかいのに、胸の奥だけが、ひやりと冷えた。

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― 新着の感想 ―
 アメリアさんもベルトランさんも、事前に色々把握し、干し林檎に注目してはいるものの、ストーキングか怪しい域ですし、今のところ、エリナさんなどに関する事について良からぬ挙動は見せていない様ですが、どうな…
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