第2話
いちごやさくらんぼは、領地でもまったく採れないわけではなかった。
ただ、もともとの量が少ないうえに傷みが早い。
朝に摘んでも、夕方にはもう柔らかくなり始めるものもある。
その日のうちに領民が食べるか、近くの市場へ少し出すかで、ほとんど終わってしまっていた。
私は籠に入ったいちごとさくらんぼを見下ろした。
赤く熟れた実は可愛らしいのに、並びは揃わず、ところどころ潰れや割れも混じっている。
「……さすがに、干すのには向かなさそうね」
私がそう呟くと、籠を抱えた女が苦笑した。
「ええ。形のいいものでも小さいですし、柔らかいものはすぐ潰れます」
別の女も籠をのぞき込む。
「干せそうなのは、ほんの少しでしょうね。並べている間にも傷みます」
「さくらんぼの方は、割れているものもありますし……」
「市場へ出すにも、揃わないと見栄えが悪いものね」
私は籠の中の実を見つめたまま、小さく息をついた。
せっかく加工場ができたのだから、煮てしまえば無駄は少ない。
たぶん、いちごもさくらんぼも、ジャムにはできる。
でも――それだけでは弱い気がした。
木苺の時も、伯爵夫人は美味しいと言ってくださった。
けれど、干し林檎の時ほどの反応ではなかった気がする。
「……いつもより、反応が薄かったような……」
「どうしました?」
「領地でしか出せない味にしないと、と思って……」
「煮た果物なら、よそでもありそうですしねえ」
……皆も同じことを考えていたのね。
「干し木苺を入れても、劇的に濃厚になるわけではなかったし」
「そうなのよ。ただでさえ瓶そのものは普通だし、わざわざ手に取る理由がないでしょう?」
「可能な限り、干しにしてみます?」
「でも、干したら本当に少ししか取れませんよ」
「それに、今の乾燥小屋では回しきれないわ」
皆も小さく頷く。
たとえ少し干せたとしても、手間はかかる。
そのわりに、利益も出にくい。
どうしたものかと考えていると、籠を抱えた女がふと思いついたように言った。
「だったら、うちにしかないものを混ぜるとか」
「え?」
「干し林檎です。木苺やいちごと一緒に煮るんです」
私は目を瞬いた。
――そうか。その手があった。
「木苺だけだと、煮てもまだ酸っぱさが先に立つけれど……干し林檎が入れば、少し丸くなるかもしれないわね」
籠を抱えた女が頷く。
「ええ。甘みも出ますし、食べごたえも出そうです」
「いちごの方も合いそうですね。香りは前に出るし、干し林檎なら邪魔もしにくいでしょうし」
「さくらんぼは……どうでしょう」
「香りはありそうだけど、味は少し軽いかもしれませんね」
「でも、色はきれいに出そうだわ」
私は顎に当てていた手を下ろした。
「……取りあえず、やってみましょう」
「数も少ないですし、干し林檎を少し足せば、かさも出ますものね」
「ええ。木苺、いちご、さくらんぼ――それぞれ少しずつ試してみましょう」
女たちはすぐに手を動かし始めた。
潰れのひどいものを除け、まだ使えそうな実だけを盆へ移す。
いちごはへたを取り、さくらんぼは割れたものを分け、種を外せるものから外していく。
私は干し林檎の樽を開けてもらい、薄く刻んだものを小皿に分けさせた。
「最初からたくさん混ぜないで。果実の味を前に出したいから」
「はい」
「木苺は酸味が強いから、干し林檎は少し多めでもいいかもしれませんね」
「いちごは逆に、入れすぎると林檎の方が勝ってしまいそうです」
「さくらんぼは……色を見たいから、まずは少なめで試しましょうか」
女たちの声に頷きながら、私は鍋を見た。
どれも果実だけで軽く煮て、水気の出方と香りの立ち方を見る。
そのあとで、刻んだ干し林檎を少しずつ加えていく。
最初に、木苺の鍋が煮え始めた。
きりりとした酸っぱい香りが立ちのぼり、鼻の奥を刺すようだった。
そこへ干し林檎を加えると、尖っていた香りの奥に、やわらかな甘さが混じる。
「……あ、少し変わったわね」
「ほんとだ。酸っぱさが少し丸くなりましたね」
私は木の匙で少し掬い、口に運んだ。
「……うん。木苺だけより、ずっと食べやすい」
あとから干し林檎の甘みが追いかけてきて、思ったよりまとまりがいい。
ただ、まだ少し別々の味が並んでいるような感じもあった。
「もっと細かく刻んだ方が、馴染みそうですね」
「ええ。それと、煮る時間も少しだけ長くしてみましょう」
次に、いちごの鍋を見る。
煮立つと、甘い香りがふわりと立って、木苺よりもずっと分かりやすくやさしい。
そこへ干し林檎を加えると、ぼやけず、香りの芯だけがすっと残った。
「こっちは食べやすそうですね」
「ええ。分かりやすく美味しいわ。でも、入れすぎると林檎の方が勝ってしまう」
もう一口味見して、私は頷いた。
「いちごの香りが先に来て、そのあとで支えるくらいがいいわね」
最後に、さくらんぼの鍋をのぞく。
煮汁はきれいな赤に染まり、見た目は一番華やかだった。
けれど、口に含むと味はやはり軽い。
「色は一番きれいね」
「ええ。でも、味は少しおとなしいです」
「干し林檎を入れると……どうかしら」
少しだけ加えて煮含める。
すると軽かった味に、わずかな厚みが出た。
それでも、木苺やいちごほどの変化ではない。
私は静かに匙を置いた。
「綺麗だけど……決め手には欠けるわね」
「悪くはないんですけどね」
「そうね。さくらんぼは検討し直しましょう」
私は鍋の中を見つめてから、顔を上げた。
「まずは木苺といちごを、小瓶に詰めて様子を見ましょう。さくらんぼは、もう少し考えたいわ」
「では、小瓶で試しますか?」
「ええ。ほんの少しだけ。味見に回せるくらいでいいわ」
女たちは頷き、それぞれ手際よく瓶を並べ始めた。
◆
詰めの指示まで終えて屋敷へ戻る頃には、空はすっかり夕方の色に傾いていた。
ジャムの方が売れるなら、干し木苺に回す分は減る。
そうなれば、先に伝えておいた方がいい。
――グラーフ伯爵に、連絡を入れておかないと。
そこまで考えて、私は慌てて小さく首を振った。
「……まずは、伯爵夫人宛てよ。仕事の話だもの」
余計なことは考えない。
そう自分に言い聞かせて、机に向かう。
便箋を広げ、グラーフ伯爵夫人へ宛てた手紙を綴る。
試作した分を、もう一度味見していただきたいこと。
木苺といちごは形になりそうだが、さくらんぼはまだ迷っていること。
さらさらと便箋に書きつけながら、私は次に送る文面を頭の中で整える。
けれど、ふと手が止まった。
視線の先には、机の上に置いたままの招待状がある。
昨日届いた、ローデンベルク伯爵家からの手紙だ。
茶会への招待状に、まだ返事は書けていない。
「……どうして私?」
私はその封を見つめたまま、小さく首を傾げた。




