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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十三章

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第4話

『リュークハルト家 エリナ様


先日はお忙しい中、茶会へお越しくださりありがとうございました。


お持ちくださった干し林檎の蜂蜜漬けも、たいへん興味深くいただきました。

見た目の愛らしさだけでなく、やさしい味わいも好評で、皆で楽しくいただきました。


当日はさまざまなお話を聞かせてくださり、嬉しく思っております。

贈り物についてのお考えも、たいへん印象深いものでした。


また季節が変わる頃、こうしてお話しできる機会があれば幸いです。


ハーゼルベルク子爵夫人』


手紙を畳んで机へ置き、私は引き出しから便箋を取り出した。


ペンを持ち、書き始める。


「先日はお招きくださり、ありがとうございました……」


そこまでは、するすると書けた。


けれど、次の一行へ移ろうとしたところで、ペン先がぴたりと止まる。


――誰かに選ばれて初めて価値が決まるような言い方はするな。


「あの人は……」


私は小さく首を振り、再びペンを走らせた。



干し木苺は、やってみると思った以上に手がかかった。


まず、仕分けが細かい。


少し潰れているもの、熟れすぎたもの、干しに回せるもの。それらを分けるだけでも、かなりの時間を取られる。


そのうえ、干しに回せる実は多くない。


へたを外し、傷みの強い部分を除き、ひとつずつ並べていく作業にも人手が必要だった。


「……やっぱり、木苺は干しにできる分が少ないわね」


籠の中を見ながら私が言うと、そばにいた女が苦笑した。


「ええ。煮てしまう方がよいものが多いです」


「でも、干せた分は悪くないのよね……」


呟きながら、私は考え込んだ。


今は、林檎が大量に入る時期ではない。


そのため、乾燥小屋が常に手いっぱいというわけでもなかった。


少量なら、木苺へ人を回せる。


問題は、実が届いた直後の動きだった。


「木苺は、届いたらすぐに見ないと駄目ね」


「はい。置いておくと、すぐに傷みます」


「干しに回す分と、煮る分を、その日のうちに分ける必要があるわ」


私は籠の縁に指を置き、ひとつ息をついた。


人手に余裕があっても、誰をどこへ回すのか決まっていなければ、その場で手間取ってしまう。


「……常に木苺のための人を置くのではなくて、届いた日だけ配置を変えましょう」


「配置を、ですか?」


「ええ。木苺が来た日の動きを、先に決めておくの。実を待たせることはできないから」


「……たしかに」


私はもう一度、籠の中を見下ろした。


「それと、春のあいだは一棟分、少し余裕を残しておきましょう」


「一棟を空けるのですか?」


「完全に空けるのではなくて、すぐに動かせる余地を残すの。春の果実が入る時期だけは、詰め込みすぎない方がいいわ」


「では、入りきらなかった分は……」


「その場で見切りをつけて、ジャムへ回しましょう」


女たちが頷く。


「干しに向く分だけを干す。間に合わないものまで、無理に乾燥へ回さない」


私はその場で役割を振り分け、女たちと手順を確かめながら作業を進めた。


それから数日後。


量はわずかながらも、木苺のジャムと干し木苺が出来上がった。


「……まずは、食べてみましょう」


そう告げると、女たちが顔を見合わせた。


木の匙でジャムを少しだけ掬い、焼いた薄いパンへ載せる。


「……あら」


最初に声を上げたのは、年かさの女だった。


「思ったより、酸味がきつくありませんね」


「ええ。もっと酸っぱいかと思いましたけれど、きちんと甘みもあります」


「干した方は、少しだけでも味が濃いですね」


「お茶請けによさそうです」


「でも、たくさん食べるものではありませんね」


その言葉に、私は頷いた。


「そうね。干し木苺は、少し添えるくらいがよさそう」


「珍しさはありますけれど、数は出ませんものね」


「……ええ。これなら、お出しできそうね」


女たちの表情が明るくなる。


それを見ているうちに、胸の内でひとつの考えが形を取った。


――グラーフ伯爵夫人に、お伝えしないと。


そこまで考えたところで、不意に別の顔が浮かんだ。


私は慌てて首を振る。


……ううん。


まずは、伯爵夫人よ。


「お嬢様?」


呼びかけられ、肩が小さく跳ねた。


「えっ」


「どうかなさいましたか?」


「な、何でもないわ。あとはお願いね」


そう言い残し、私は逃げるようにその場を離れた。



部屋へ戻ると、着替えもそこそこに机へ向かった。


便箋を広げ、木苺の試作が出来上がったことを書き記していく。


書き終えた文面を読み返してから、私は封をした。


呼び鈴を鳴らし、入ってきた侍女へ手紙を差し出す。


「これを、グラーフ伯爵夫人宛てに届けてもらえるかしら」


「かしこまりました」


侍女は丁寧に受け取り、一礼して部屋を出ていった。


私はようやく息を吐く。


「……手間賃も含めて、原価を出しておかないと」


椅子に座り直し、帳面を引き寄せる。


それから一刻ほど経った頃、扉が叩かれた。


「お嬢様」


顔を上げると、先ほど手紙を託した侍女が戻ってきていた。


「グラーフ伯爵夫人より、お返事をお預かりしてまいりました」


「……もう?」


思わず漏らすと、侍女は小さく頷いた。


差し出された封書を受け取り、私はすぐに封を切る。


中には、短い便箋が一枚だけ入っていた。


『ご報告ありがとう。


木苺の乾物とジャム、とても珍しく、楽しみにしています。


明日、こちらへお持ちいただけるかしら。

ご都合がよろしければ、昼過ぎにいらっしゃい。


アーネストにも声をかけておきます。


グラーフ伯爵夫人』


私は便箋を持ったまま、しばらく動けなかった。


「……明日」


小さく呟いてから、最後の一文をもう一度読む。


――アーネストにも声をかけておきます。


胸の内が、にわかに騒がしくなる。


「今まで……こんなこと、書かれていたかしら……」


手元の帳面へ目を落とした。


「……早く、原価を出してしまわないと」


私は便箋を丁寧に畳み直し、引き出しへしまった。

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― 新着の感想 ―
 木苺の扱いに負けず劣らず悩ましい返事の手紙の記入……一つ一つ気付きや称賛の言葉を記すハーゼルベルク子爵夫人と同様に、丁寧に書こうと意識しすぎると、書く途中でずっと筆が止まってしまいそうですね。  ア…
焦ったーい
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