第4話
『リュークハルト家 エリナ様
先日はお忙しい中、茶会へお越しくださりありがとうございました。
お持ちくださった干し林檎の蜂蜜漬けも、たいへん興味深くいただきました。
見た目の愛らしさだけでなく、やさしい味わいも好評で、皆で楽しくいただきました。
当日はさまざまなお話を聞かせてくださり、嬉しく思っております。
贈り物についてのお考えも、たいへん印象深いものでした。
また季節が変わる頃、こうしてお話しできる機会があれば幸いです。
ハーゼルベルク子爵夫人』
手紙を畳んで机へ置き、私は引き出しから便箋を取り出した。
ペンを持ち、書き始める。
「先日はお招きくださり、ありがとうございました……」
そこまでは、するすると書けた。
けれど、次の一行へ移ろうとしたところで、ペン先がぴたりと止まる。
――誰かに選ばれて初めて価値が決まるような言い方はするな。
「あの人は……」
私は小さく首を振り、再びペンを走らせた。
◆
干し木苺は、やってみると思った以上に手がかかった。
まず、仕分けが細かい。
少し潰れているもの、熟れすぎたもの、干しに回せるもの。それらを分けるだけでも、かなりの時間を取られる。
そのうえ、干しに回せる実は多くない。
へたを外し、傷みの強い部分を除き、ひとつずつ並べていく作業にも人手が必要だった。
「……やっぱり、木苺は干しにできる分が少ないわね」
籠の中を見ながら私が言うと、そばにいた女が苦笑した。
「ええ。煮てしまう方がよいものが多いです」
「でも、干せた分は悪くないのよね……」
呟きながら、私は考え込んだ。
今は、林檎が大量に入る時期ではない。
そのため、乾燥小屋が常に手いっぱいというわけでもなかった。
少量なら、木苺へ人を回せる。
問題は、実が届いた直後の動きだった。
「木苺は、届いたらすぐに見ないと駄目ね」
「はい。置いておくと、すぐに傷みます」
「干しに回す分と、煮る分を、その日のうちに分ける必要があるわ」
私は籠の縁に指を置き、ひとつ息をついた。
人手に余裕があっても、誰をどこへ回すのか決まっていなければ、その場で手間取ってしまう。
「……常に木苺のための人を置くのではなくて、届いた日だけ配置を変えましょう」
「配置を、ですか?」
「ええ。木苺が来た日の動きを、先に決めておくの。実を待たせることはできないから」
「……たしかに」
私はもう一度、籠の中を見下ろした。
「それと、春のあいだは一棟分、少し余裕を残しておきましょう」
「一棟を空けるのですか?」
「完全に空けるのではなくて、すぐに動かせる余地を残すの。春の果実が入る時期だけは、詰め込みすぎない方がいいわ」
「では、入りきらなかった分は……」
「その場で見切りをつけて、ジャムへ回しましょう」
女たちが頷く。
「干しに向く分だけを干す。間に合わないものまで、無理に乾燥へ回さない」
私はその場で役割を振り分け、女たちと手順を確かめながら作業を進めた。
それから数日後。
量はわずかながらも、木苺のジャムと干し木苺が出来上がった。
「……まずは、食べてみましょう」
そう告げると、女たちが顔を見合わせた。
木の匙でジャムを少しだけ掬い、焼いた薄いパンへ載せる。
「……あら」
最初に声を上げたのは、年かさの女だった。
「思ったより、酸味がきつくありませんね」
「ええ。もっと酸っぱいかと思いましたけれど、きちんと甘みもあります」
「干した方は、少しだけでも味が濃いですね」
「お茶請けによさそうです」
「でも、たくさん食べるものではありませんね」
その言葉に、私は頷いた。
「そうね。干し木苺は、少し添えるくらいがよさそう」
「珍しさはありますけれど、数は出ませんものね」
「……ええ。これなら、お出しできそうね」
女たちの表情が明るくなる。
それを見ているうちに、胸の内でひとつの考えが形を取った。
――グラーフ伯爵夫人に、お伝えしないと。
そこまで考えたところで、不意に別の顔が浮かんだ。
私は慌てて首を振る。
……ううん。
まずは、伯爵夫人よ。
「お嬢様?」
呼びかけられ、肩が小さく跳ねた。
「えっ」
「どうかなさいましたか?」
「な、何でもないわ。あとはお願いね」
そう言い残し、私は逃げるようにその場を離れた。
◆
部屋へ戻ると、着替えもそこそこに机へ向かった。
便箋を広げ、木苺の試作が出来上がったことを書き記していく。
書き終えた文面を読み返してから、私は封をした。
呼び鈴を鳴らし、入ってきた侍女へ手紙を差し出す。
「これを、グラーフ伯爵夫人宛てに届けてもらえるかしら」
「かしこまりました」
侍女は丁寧に受け取り、一礼して部屋を出ていった。
私はようやく息を吐く。
「……手間賃も含めて、原価を出しておかないと」
椅子に座り直し、帳面を引き寄せる。
それから一刻ほど経った頃、扉が叩かれた。
「お嬢様」
顔を上げると、先ほど手紙を託した侍女が戻ってきていた。
「グラーフ伯爵夫人より、お返事をお預かりしてまいりました」
「……もう?」
思わず漏らすと、侍女は小さく頷いた。
差し出された封書を受け取り、私はすぐに封を切る。
中には、短い便箋が一枚だけ入っていた。
『ご報告ありがとう。
木苺の乾物とジャム、とても珍しく、楽しみにしています。
明日、こちらへお持ちいただけるかしら。
ご都合がよろしければ、昼過ぎにいらっしゃい。
アーネストにも声をかけておきます。
グラーフ伯爵夫人』
私は便箋を持ったまま、しばらく動けなかった。
「……明日」
小さく呟いてから、最後の一文をもう一度読む。
――アーネストにも声をかけておきます。
胸の内が、にわかに騒がしくなる。
「今まで……こんなこと、書かれていたかしら……」
手元の帳面へ目を落とした。
「……早く、原価を出してしまわないと」
私は便箋を丁寧に畳み直し、引き出しへしまった。




