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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十三章

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第3話

投稿時間がばらついていて申し訳ありません。


しばらくの間、更新時間はランダムになります。

お待ちいただいている方にはご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

家に帰ってからも、まだ頭は少しも落ち着いていなかった。


夕食の席についても、料理の味がよく分からない。


気づけば、必要な分だけを口に運び、黙ったまま皿を見つめていた。


向かいに座る姉が、ふとこちらを見る。


「茶会はどうだったの?」


私は手を止め、そっとフォークを置いた。


「……楽しかったです。ハーゼルベルク子爵夫人も、お優しい方で……」


「ハーゼルベルク家?」


先に反応したのは兄だった。


「……新興の、あの子爵家か」


兄が眉をひそめる。


父も一度だけ手を止めた。


「ハーゼルベルク家か。最近、あちこちで名を聞くな」


姉がこちらへ身を乗り出す。


「ほかには、どんな方がいらしたの?」


「私と同じくらいの年頃の令嬢が、三人いらっしゃいました」


「まあ。やっぱり、そういう集まりだったのね」


姉は意味ありげに目を細めた。


「どんな方たちだった?」


「お一人は、とても華やかな方でした。場にも慣れていらっしゃるようで……」


そこまで言うと、兄が鼻で笑った。


「要するに、見定めの席か」


私は返事に迷った。


「……そう、なのでしょうか」


「少人数の茶会に年頃の令嬢ばかり集めておいて、ほかに何がある」


兄は当然のことのように言った。


「それで?」


姉が私を見る。


「ルーカス様は、どうだったの?」


「……お優しい方でした」


「それだけ?」


「また、お会いする機会をいただけないかと……」


兄の眉間に皺が寄った。


「ずいぶん踏み込んできたな」


「……そうなのですか?」


「そんな席で、ただの挨拶として口にしたのなら、よほど性質が悪いぞ」


兄にそう言われ、私は膝の上へ視線を落とした。


姉はそんな私を見て、どこか面白がるように笑う。


「まあ、よかったじゃない。ちゃんと気に入られたということでしょう?」


「はい……」


「まだ、そうと決めるのは早い」


父がナイフとフォークを置いた。


「先方にその気があるとしても、こちらがすぐに結論を出す話ではない」


兄がグラスを持ち上げながら言う。


「相手は新興貴族です」


「分かっている」


父は落ち着いた声で返した。


「だからといって、初めから切る必要もない。だが、家の勢いだけを見て決めるわけにもいかん」


父はそこで一度言葉を区切った。


「家風や当主の考え方や、どこまで本気で話を進めるつもりなのか。確かめることはいくらでもある」


「少なくとも、今すぐ浮つくような話ではないな」


兄もそれに続く。


「でも、悪い話ではなさそうじゃない」


姉が口を挟んだ。


「そんなに固く考えなくてもいいでしょうに」


「姉さん、これは――」


兄が言い返す。


けれど、その先のやり取りは、もうほとんど耳に入らなかった。


会話はまだ続いているのに、私の意識はそこにはなかった。


――お前は、選ばれるだけのものを持っている。


ただ、その言葉ばかりが、胸の奥で何度も繰り返されていた。



カイルが運んできた籠の中には、干し林檎に回せそうなもののほかに、小ぶりな実や半端な木の実がいくつか混ざっていた。


「今なら、木苺やさくらんぼも手に入りそうですね」


「この時期でも、ですか?」


「ええ。粒の大きさがばらつくものや、熟れ方が半端なものなら」


「木苺……傷みが早そうですね」


「ですから、まともな形のものはすぐ近場で捌かれるんです。でも、売りにくい半端物は案外残りますよ」


私は籠の中をのぞき込みながら、顎に手を当てた。


下処理は手間がかかるけれど、規格外の実が手に入るのは大きい。


乾燥に回せるものは回して、熟れすぎたものはそのまま煮てしまえば無駄がない。


「人手は必要ですが……その分、希少ですものね。うん、やる価値はありそうです」


そう口にしたところで、不意に別の声が胸の奥に蘇った。


――お前は、選ばれるだけのものを持っている。


指先が、籠の縁で止まる。


「……どうしたんです?」


「え?」


顔を上げると、カイルが怪訝そうにこちらを見ていた。


「いえ、急に黙ったので」


「……少し、思い出したことがあって」


「何を思い出したんです?」


私は少し迷ってから、籠の中の木苺へ視線を落とした。


「以前……私には、選ばれるだけのものを持っていると言ってくださった方がいたんです」


「へえ」


「……でも、その方がどういうつもりでそう言ったのか、よく分からなくて」


励ますためだったのか、それとも――


そこまで考えたところで、首の内側が熱くなる。


……ううん。


そんなふうに考えるのは、勝手すぎる。


「どういうつもり、ですか」


カイルは籠の中をのぞいたまま、半ば呆れたように言った。


「励ますだけで、そこまで言いますかね、普通」


「……そうでしょうか」


「少なくとも、どうでもいい相手には言わないでしょう」


木苺をひとつ指で転がしながら、彼は肩をすくめる。


「まあ、何を考えているかは、本人にしか分かりませんけどね」


「それは、そうですが……」


「分からないままでいいんじゃないですか」


「え?」


「今ここで無理に答えを決めなくても、そのうち態度で分かるでしょう」


「……分かるでしょうか」


「さあ。エリナさん、鈍いですからね」


「そんなこと……!」


「ただ、言われた側がそれだけ引っかかっている時点で――」


私の手が止まる。


「何もなかったとは思っていないんでしょう、エリナさんも」


図星を突かれて、私はうつむいた。



家に戻る頃には、空はすっかり夕暮れの色へ傾いていた。


玄関を入ると、ほどなくして執事が一礼する。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま」


「お嬢様へ、お預かりしております」


差し出されたのは、二通の封書だった。


封の表にある筆跡を見た瞬間、それが誰からのものか、すぐに分かった。


「……ありがとう」


急いで自室へ戻る。


手袋を外し、帽子を置き、それからようやく封書を切った。


視線を落とした瞬間、胸がまた強く鳴る。


『祭りに合わせて市が立つ。


贈答向きの品も、果実の出回り方も見ておけ。


お前には役立つだろう。


来る気があるなら知らせろ。


アーネスト・グラーフ』


飾り気もない短い伝達なのに、頬が熱くなる。


――どうでもいい相手には言わない。


私はしばらく、返事を書くこともできないまま、その手紙を見つめていた。


机の上には、まだ開いていないもう一通の封書が残されていた。

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― 新着の感想 ―
100話おめでとうございます。 2通のお手紙、筆跡でわかる差出人、先に開けるのはどちらか・・・。 本人に自覚があるかどうかは別として、エリナ嬢の気持ちは分かり易く傾いていらっしゃるご様子。 片やアーネ…
100話目への到達、おめでとうございます!  ルーカスさんからも、アーネストさんからもグイグイ踏み込まれ、夕食に関する味覚がマヒする程に心揺さぶられるエリナさん。  しかし、果実や仕事は待ってくれない…
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