おじいちゃん(7/10)
おじいちゃんが歩けなくなってから1ヶ月経って、ようやくコペルニクスさんは着てくれた。
ただし手ぶらだった。おじいちゃんを乗せる馬車も、それどころかコペルニクスさんが乗る馬すらも無かった。それに服装も、以前の様に商人らしくピシッと整った、まるでカジュアルスーツの様にしっかりした服装ではなく、僕たち農民と同じようなダボダボのズボンとシャツを着ていた。
(コペルニクス)「馬も馬車も国に略奪されてしまいました」
コペルニクスさんは静かに項垂れる。
(コペルニクス)「南にあるフラン砦が黒き者どもの襲来で破壊されました。その復旧で馬や馬車も取り上げられてしまいました。国を助けるのに言い訳するのか? そう言われました」
(ナツメ)「その、返してもらえるんですか?」
(コペルニクス)「一応お金は貰いました。ですが荷物を運ぶ馬も馬車もすべて国に持っていかれた状態です」
(ナツメ)「じゃあ、おじいちゃんは?」
コペルニクスさんは目を逸らす。
(コペルニクス)「しばらくここに住んでもらうより他がありません」
分かっていたことだがぐうの音も出なかった。
でも仕方がない。売り切れならばたとえどんなにお金を持っていても買えないのだから。
何よりコペルニクスさんの機嫌を損ねるのが怖かった。
今頼りなのは彼だけだ。
(ナツメ)「分かりました。ご心配おかけして申し訳ありません」
こういう時に便利なのが笑顔だ。すべてをなあなあに済ませられる。
(コペルニクス)「ナツメ!」
おじいちゃんの元へ戻ろうとしたところでコペルニクスさんに呼び止められる。
(コペルニクス)「おじいちゃんは、お元気ですか?」
その問いの答えは1つだけだった。
(ナツメ)「元気です。ですから心配しないでください」
今この現状でダメと言って何になるのか?
生前の経験でよく学んだ。
(おじいちゃん)「全く、客人に無礼を働くとは、お前も偉くなったの」
おじいちゃんの声が聞こえたのでびっくりする。おじいちゃんが松葉杖を突きながら玄関まで来ていた!
(ナツメ)「おじいちゃん! 歩いて大丈夫なの!」
(おじいちゃん)「馬鹿にするなこの馬鹿たれ! ワシはまだ動けるんじゃ。無用な心配に無用な無礼じゃぞ?」
おじいちゃんはすっと家に指を指す。
(おじいちゃん)「ちいと部屋で横になってこい。頭を冷やせ」
(ナツメ)「おじいちゃん! 僕はおじいちゃんを心配して!」
(おじいちゃん)「馬鹿もんがこのくそったれ!」
おじいちゃんが松葉杖で僕の頭を叩く。
久しぶりの、元気な痛みだった。
(おじいちゃん)「部屋で休んどれ。ワシはコペルニクスと話があるからの」
僕はジンジンと痛むこめかみを摩る。
ホッとした。
この痛みは、おじいちゃんの痛みだ。おじいちゃんが叱ってくれる痛みだ。
久しぶりに、感じることが出来た。
(ナツメ)「分かった。部屋で反省するよ」
部屋へ行く前にコペルニクスさんに頭を下げる。
(ナツメ)「失礼なことを言って申し訳ありません」
コペルニクスさんは失笑する。
(コペルニクス)「契約を破った。それなのに謝られても困ります。存分に怒ってください。私にしてあげられるのはそれくらいしかありませんから」
コペルニクスさんが頭を下げると、僕はホッとした。
なぜかは分からない。
でも部屋へ行くと猛烈な睡魔に襲われて、布団に倒れ込んだ。
(コペルニクス)「ぐっすり、眠っていますね」
コペルニクスはナツメの部屋のドアを開いて呟く。
(おじいちゃん)「無茶をしてきたからな。あいつはぐっすり休むべきじゃ」
(コペルニクス)「やはり、ナツメは相当無理をしているようですね」
おじいちゃんはため息を吐く。
(おじいちゃん)「当然じゃ。朝早くに起きてワシの飯を作り、ワシの下の世話までして、それから魚を釣りに行き、ワシに作り置きの飯を振舞い、そして村まで行って小麦と魚を交換する。ぶっ倒れんのが不思議なくらいじゃ」
(コペルニクス)「……やはりナツメは無理をしていたんですね」
(おじいちゃん)「当然じゃろ。こんな死にぞこないのくそ爺の世話をしとるんじゃから」
そこで会話が途切れる。そして数秒後、コペルニクスが頭を下げる。
(コペルニクス)「本当に申し訳ない。あなたを元の城へ戻すと約束したのに!」
おじいちゃんは笑う。
(おじいちゃん)「構わん構わん。頭を下げるな。ただ、事情を話してくれよ。ナツメを宥めなきゃいかん」
コペルニクスは一瞬息を飲むと、即座に苦笑い。
(コペルニクス)「あなたは本当に、孫煩悩だ。昔から変わらない」
おじいちゃんがにっこり笑うとコペルニクスは続ける。
(コペルニクス)「私の馬や馬車が盗られたのはフラン砦が破壊されたからです」
(おじいちゃん)「フラン砦を破壊されたか? あの4人にしてはらしくないの」
(コペルニクス)「どうも黒き者どもの指揮官が現れたようです。今までと同じようなイノシシ突進ではなく、計算された動きのようです」
(おじいちゃん)「しかし、こっちには最高の軍師たるハンニバルが居るじゃろ?」
(コペルニクス)「私には分かりませんが、予測を上回る熾烈なる死闘があったようです。それに彼は敗れた。彼も悔しがっていました」
(おじいちゃん)「猿も木から落ちるようじゃの。しかしまあ、よくフラン砦を破壊されただけで済んだの。ハンニバルが手も足も出んとするとエーテル国は滅亡すると思っていたが?」
(コペルニクス)「ジャンヌや沖田にアウグストゥスのおかげのようです。最も、彼らも熾烈なダメージを追ったようですが」
(おじいちゃん)「あの3人が! 本当か!」
(コペルニクス)「1週間前に出会いましたが、彼ら3人重症です。どうも黒き者どもの攻撃はジャンヌの修復能力も受け付けないようで」
(おじいちゃん)「何じゃと?」
(コペルニクス)「本当に申し訳ありませんが、私は聞いた噂しか分かりません。ただあの神を名乗る娘は言っていました。私の力をいくら使っても、黒き者どもには勝てないと」
(おじいちゃん)「そ、それはワシも聞いた」
(コペルニクス)「結局それが真実なのでしょう。一騎当千でも一騎当万とはいきません」
(おじいちゃん)「なるほど。結局詰将棋で詰められる側なのか」
(コペルニクス)「ですね。こちらは引き分けが最良。あっちは引き分けで勝利ですが」
(おじいちゃん)「全く! 聞きたくないが、どうしてそうなった? 今はどうするつもりなんじゃ?」
(コペルニクス)「ブルーネ王ですが、未だに私たちを嫌っています。それどころか私たちの力を奪い取ろうと必死です。今回の件も、彼にとってはただの時間稼ぎ。新生フランス帝国の保護が入れば黒き者どもなど一掃できると思っています。そして、今もそう思っています」
(おじいちゃん)「砦を壊されたのにのほほんとしておるの。もはやダメじゃな」
(コペルニクス)「おっしゃる通りです。ただ、私たち異世界人には、それがバカだと言える資格が無い」
しばらく沈黙が走る。そしておじいちゃんが封書を取り出す。
(おじいちゃん)「ワシのとっておきの物じゃ。見てくれや」
コペルニクスは言われるがままに封書を受け取る。
そして封書の印鑑に目が止まり、顔を歪める。
(コペルニクス)「これをどうするというのですか? 私には荷が重いです」
(おじいちゃん)「別にお前さんが見なくても良いんじゃ。とりあえずジャンヌダルクにでも見せろ。そうすれば何とかなるじゃろ」
(コペルニクス)「そう言う問題じゃありません! これは内容によってはエーテル国を転覆させるほどの爆弾だ! いや、もはや導火線の見える爆弾だ! 殺されてしまいます!」
(おじいちゃん)「だからこそ、おぬし等にお願いするんじゃ」
おじいちゃんが頭を下げるとコペルニクスは渋い顔をする。
(コペルニクス)「最低限の力は尽くします。ですが私を恨まないでくださいよ?」
(おじいちゃん)「それは困るの!」
(コペルニクス)「おじいちゃん! 分かってください! これは本当にヤバい代物です!」
(おじいちゃん)「じゃがナツメは守れるかもしれん。そうじゃろ?」
コペルニクスは黙る。おじいちゃんは続ける。
(おじいちゃん)「ワシは、ナツメに何もしてやれんかった。それどころか今も迷惑をかけておる。ならばせめて、恩返しをせなくちゃならん」
コペルニクスは渋い顔を続け乍らおじいちゃんを睨む。
(コペルニクス)「本気なんですね?」
(おじいちゃん)「本気じゃ」
(コペルニクス)「何度も言いますが、私には手の負えない代物だ。ジャンヌダルクだけじゃなく、アウグストゥスやハンニバルの力も居る。それどころかそれらをそろえてもこれは開封されないかもしれません」
(おじいちゃん)「えぇんじゃ! ワシはナツメが幸せになることだけを考えとる! ナツメが幸せなら後は勝手に持っていけ!」
コペルニクスは静かに頷く。
(コペルニクス)「分かりました。最低限のことはします。それが最良の結果となるように努力します」
(おじいちゃん)「ありがとう」
(コペルニクス)「なら無茶は今回だけにしてくださいね?」
(おじいちゃん)「ハッハッハ!」
おじいちゃんが笑うとコペルニクスも笑う。
(コペルニクス)「とりあえず1ヵ月分の食料をお渡しします。それまで、生きていてくださいね?」
(おじいちゃん)「それは無理じゃ! それまでにワシは死ぬ。そろそろお迎えが見えてきた」
おじいちゃんがあっけらかんと言ったのでコペルニクスは立ち上がる。
(コペルニクス)「ちょっと待ってください! 死なないでくださいよ! 私は遺言書を届ける存在じゃない! 私は商人だ! 商人となってこの世界を救う! そのためにここに来た!」
(おじいちゃん)「ワシは違う。ワシはナツメに償うためにここに来たんじゃ」
(コペルニクス)「償い?」
コペルニクスが戸惑うと同時に、ナツメの部屋からうめき声が聞こえた。
(おじいちゃん)「始まったようじゃ。すまんが、ナツメの部屋まで連れてってくれ」
コペルニクスは何とも煮え切れない顔をしていたが、やがておじいちゃんの言葉に頷く。
(コペルニクス)「さよなら、おじいちゃん。次に会える時を楽しみにしています」
(おじいちゃん)「またの。次に会う時は酒を飲もう」
コペルニクスはお辞儀をして、おじいちゃんをナツメの部屋まで運ぶ。
ナツメは目を瞑りながら魘されていた。
(おじいちゃん)「ありがとう。ワシの机に銀貨がある。とりあえずそれだけあれば当面は十分じゃろ?」
(コペルニクス)「それはあなたから直々に受け取ります。今はナツメの看病をしてあげてください」
そう言ってコペルニクスは立ち去った。
(おじいちゃん)「ナツメ……頑張れ」
ナツメは冷や汗を垂れ流しながら魘される。
おじいちゃんはギュッと手を握り、励ます。
(おじいちゃん)「頑張れ……ワシがついとる。前は何もできんかった。だから、今度こそ頑張れ。ワシがお前を幸せにする! しなくちゃいけないんじゃ!」
おじいちゃんはナツメの手を握って励ます。
足は曲がり、座るのも痛いはずだ。
なのにおじいちゃんは一心にナツメの手を握っていた。
まるで罪を償うように。
祈るように。
(おじいちゃん)「頑張れ! お前は負け犬でも屑でも無い! お前はワシの英雄じゃ! こんなおいぼれを世話する! ワシにとってただ1人の英雄なんじゃ!」
おじいちゃんはボロボロ涙を流す。
(おじいちゃん)「じゃから! この世界では幸せになっとくれ! お願いじゃ! 神様!」
おじいちゃんは神に願う。ナツメの幸せを願う。
(おじいちゃん)「ナツメ! お前の苦しみに気付いてやれなかったワシを! どうか許してくれ!」
おじいちゃんはナツメの手を両手で握りしめながら祈る。
その姿は、主へ許しを請う、罪びとであった。




