おじいちゃん(8/10)
次回はナツメの死後の現実世界の出来事が中心となります。
おじいちゃんが歩けなくなって2ヵ月経った。
未だにコペルニクスさんからの返事は無い。
(ナツメ)「おじいちゃん、起きて。朝ごはんだよ」
(おじいちゃん)「……おお、ナツメか。どうやら、またお天道様に嫌われてしまったようじゃの」
(ナツメ)「バカなこと言わないでよ! お天道様に好かれてるからここに居るんでしょ?」
(おじいちゃん)「はは、そうじゃの。そろそろ起きんとな」
(ナツメ)「そうそう! 起きよ! 起きて朝ごはん食べよ!」
(おじいちゃん)「しかしワシは腹がいっぱいなんじゃ」
(ナツメ)「おじいちゃん? 昨日昼飯食っただけだよ? 今日はちゃんと食べてよね! 作るのも大変なんだから」
(おじいちゃん)「分かった分かった! 全く、年寄りをいたわらん奴じゃ」
(ナツメ)「おじいちゃんを年寄り扱いしたら世の中のおじいちゃんおばあちゃんに殺されちゃうよ」
作り笑いを浮かべながらおじいちゃんを食卓へ運ぶ。
僕でも簡単に支えられるだなんて、痩せすぎだ。
おじいちゃんの食欲はめっきり減っている。
それに比例して床に臥す時間が多くなった。
今は一日の半分を寝て過ごしている。
(おじいちゃん)「もう腹いっぱいじゃ」
(ナツメ)「もう? もう少し食べた方がいいよ?」
すいとんを作ったけど半分も食べていない。
(おじいちゃん)「もう充分じゃ。それより、ちっと眠くなった。悪いが立たせてくれ」
仕方ないので寝床まで付き添い、寝かせる。
(ナツメ)「どこか具合悪い? 熱ある?」
(おじいちゃん)「そうじゃのぅ。そういえば最近身体が怠くなってきた」
瞼を閉じながら言って、まるでロウソクが燃え尽きるかのように、一瞬で眠りについた。
おじいちゃんを起こさないようにそっと額へ手を添える。
(ナツメ)「なんだか熱っぽい気がする」
ぞくりとする悪寒を感じた。
風邪気味なのかもしれない。念のため薬湯を作って置こう。
(コペルニクス)「失礼します。誰か居ますか?」
聞きなれた声が聞こえた。コペルニクスさんだ!
(ナツメ)「コペルニクスさん! 待っていてください!」
おじいちゃんが起きてしまうかもしれないけど構わず叫ぶ! 走る!
おじいちゃんが助かる!
(コペルニクス)「残念ですが、あなたの期待には応えられません。今も私には馬車も馬も無い」
コペルニクスさんの言葉は残酷だった。
(ナツメ)「そうですか……正直に言って、残念です」
コペルニクスさんはため息を吐きながらも笑う。
(コペルニクス)「やっと、正直になってくれましたね。あなたは私に本心をお見せしませんでしたから」
なぜかコペルニクスさんは安堵したようだった。
(コペルニクス)「異世界人の好として、おじいちゃんの孫として忠告しておきますが、あなたは毒を貯めている」
(ナツメ)「毒を?」
(コペルニクス)「反応で分かりますが」
(ナツメ)「は、反応?」
(コペルニクス)「無駄な話は嫌です。ですから一度しか言いません。あなたは己を恨んでいる。だから自分を許しなさい」
(ナツメ)「と、突然なんですか」
(コペルニクス)「本題に入ります。この封書の話です。おじいちゃんを叩き起こしてください」
(ナツメ)「ふ、封書!」
(コペルニクス)「知らされていないようですね。なら結構。さっさとおじいちゃんを起こしなさい」
(ナツメ)「無理です! おじいちゃんは風邪気味なんです! 熱が引くまで待ってください!」
(コペルニクス)「残念ながら今、あなたの感傷に付き合っている暇はありません。即刻おじいちゃんを起こしてください」
冷たい言葉。これが本当に英雄と呼ばれるコペルニクスなのだろうか?
(ナツメ)「おじいちゃんは風邪で寝ています! 起こさないでください!」
(コペルニクス)「あなたの喧しいヒステリックな声の方がうるさい」
冷徹に淡々と言葉を並べる。これが本当にコペルニクスなの? こんなに冷酷で眉も動かさない人が?
(コペルニクス)「しかし、風邪で寝込んでいるのですか? ちょっと合わせてください」
(ナツメ)「会って何をするんですか!」
(コペルニクス)「あなたに事実を言うだけです。おじいちゃんが風邪かただの疲労か」
僕は、コペルニクスさんの提案に何も言えなかった。
コペルニクスさんはづかづかと上がり込むとおじいちゃんの部屋へ行き慣れた足取りで進む。
(コペルニクス)「これは?」
障子を無下に開かれたので慌てて閉じる。
(ナツメ)「お話なら僕が聞きます!」
コペルニクスさんは顔をしかめると頷く。
(コペルニクス)「分かりました。ですが手早く頼みます」
(ナツメ)「分かってます!」
おじいちゃんはおもらしをしていた。
それは僕だけが知るだけで良い恥だ!
(ナツメ)「おじいちゃん! しっかりして!」
下着を取り換え乍ら必死で叫ぶ。
おじいちゃんは何も言わず眠っていた。
前なら喧しいほど泣け叫んだのに!
(コペルニクス)「この封書は私の手に終えるものではありません」
(ナツメ)「どういうことですか?」
おじいちゃんが眠っているので外に備え付けた、今は草木でぼうぼうの縁側に座る。
(コペルニクス)「あなたも肉親です。ですからお話しします。この封書がどれほどのものかを」
コペルニクスさんは数瞬息を飲む。
(コペルニクス)「この封書の印鑑は、約200年前の統一国家、いや200年前に統一国家を作った英雄の紋章です。名は分かりませんが、この世界で唯一、英雄と呼ばれる印です。昔、英雄が作った国は、エデンと呼ばれました」
(ナツメ)「なぜそんなことを言うのです? 200年前の印鑑だろうと何です?」
(コペルニクス)「この世界でこの印鑑を偽造することは死罪となります。少しは分かりますか?」
(ナツメ)「死罪!」
(コペルニクス)「200年前から黒き者どもは侵略していたようです。それを奇跡で沈めたのが、この世界で初めての英雄です。それからこの印鑑はまず使用できません。なぜならこの印鑑は、その英雄の名と同じですから」
(ナツメ)「えっと?」
(コペルニクス)「要するに、この封を開けることは一国を代表する存在でなくてはならないのです。それもエーテル教やエーテル国の支配者、果てやこの大陸最大の力を持つ新生ソビエト連邦の指導者レーニンでも無い。真の大陸の支配者が。もっとも百年以上前に国は割れてしまいましたのでそれだと誰も開けられないのため、今は黙認さています。ですが内容の反故は認められません。無かったことにもできない。それは英雄の顔に唾を吐くのと同意義です」
(ナツメ)「それがコペルニクスさんが嘆くのとどんな関係があるんですか?」
(コペルニクス)「偽造したといちゃもんつけられて殺されます」
(ナツメ)「なるほど。事情は分かりました。でしたら置いて行ってください。おじいちゃんに渡しておきます」
封書を受け取るために手を出す。コペルニクスさんに睨まれる。
(コペルニクス)「どうもあなたはこれの怖さを理解していないようだ」
(ナツメ)「だって突然そんなこと言われても」
(コペルニクス)「分かりました。やはりこれは私が持っています」
(ナツメ)「なんだそれ?」
(コペルニクス)「あなたには荷が重いです」
そしてコペルニクスさんは家を出る。2度と来るな。
(コペルニクス)「あなたは本当に怖がりな人だ」
(ナツメ)「突然なんですか?」
出た直後振り返り、僕を睨む。
(コペルニクス)「どうしてあなたはおじいちゃんに、なぜこんな封書を持っているのか、なぜここに居るのか聞かない」
そんなこと聞ける訳ない。聞きたくない。
(コペルニクス)「おじいちゃんはあなたに謝りたいと思っています。でもあなたが耳を塞ぐため言えない。あなたは謝りたいと願うおじいちゃんをよく無視できますね?」
(ナツメ)「僕は無視なんかしてない!」
(コペルニクス)「ならばなぜ私は昨夜おじいちゃんから遺言を託されたのですか?」
(ナツメ)「遺言?」
(コペルニクス)「あなたを頼むと言われました。悲しげな声で」
遺言。胸に突き刺さる言葉。
身体が震えて仕方なかった。
僕はおじいちゃんを傷つけていた。
僕はなんて、醜いのだろうか。
(コペルニクス)「おじいちゃんを許しなさい。おじいちゃんはあなたを助けられなかったことを後悔しているのですから」
コペルニクスさんが背中を向ける。僕は跪く。
(ナツメ)「おじいちゃんを助けてください。謝りたいんです! だから、助けてください」
すると頭を撫でられた。顔を上げると、コペルニクスさんの優しい顔と向き合った。
(コペルニクス)「かなり無茶をしますがジャンヌを連れてきます。夜までに戻ります。それまでおじいちゃんの側に居なさい」
言うとコペルニクスさんは風よりも速く走り去った。
(ナツメ)「おじいちゃん。ごめんね。今まで酷いことして」
おじいちゃんの冷たい手を両手で温めながら謝る。
僕はおじいちゃんに助けてほしかった。
でも助けてくれなかった。
そんな理不尽な思いに惑わされて逆恨みしていた。
僕は怖かった。
もしもおじいちゃんが僕の死を悲しんでくれなかったとしたら。
そう思うと、また一人ぼっちになってしまうと体が竦んだ。
だから僕はおじいちゃんのことを聞きたくなかった。昔の話をしてほしくなかった。
でもそれはおじいちゃんを信用していないことと同じだった。
僕はおじいちゃんのことなんて考えていなかった。
僕はおじいちゃんの世話をしていたけど、おじいちゃんの気持ちを一度も考えなかった。
そしてそれは、おじいちゃんにとってとても辛い事だった。
だっておじいちゃんは、僕の傍に居てくれた。家族として接してくれた。
本当の家族として心を開いていた。
なのに僕は心を開かなかった。
僕は心の中で、おじいちゃんもまた、両親と同じく酷い人だと思っていた。
それが、おじいちゃんが弱った本当の原因だ。
(ナツメ)「ごめんなさい。ごめんなさい」
だから僕を許してほしい。
何があって、何を思って、何が辛くて、何で自殺したのか。洗いざらいぶちまけたい。
だから僕を許してほしい。
僕はおじいちゃんを心の底から好きになりたい。
(ナツメ)「おじいちゃん。目を開けて」
僕はおじいちゃんと、本当の家族に成りたい。
辛いことも、楽しいことも、全部話したい。
そして今度こそ、おじいちゃんを支えたい。
元気になって欲しい。
そしてまた畑を耕して、美味しいご飯を食べたい。食べて笑いたい。
(ナツメ)「おじいちゃん……死んじゃやだよ。僕は、おじいちゃんに笑ってほしいんだ」
手がどんどん冷たくなっていく。
だから必死に両手で温める。
(ナツメ)「神様……おじいちゃんを助けてください」
祈った時、誰かに頭を撫でられた。
ハッとして部屋を見渡すけど誰も居なかった。
(おじいちゃん)「ナツメ。泣くな」
(ナツメ)「おじいちゃん!」
いつの間にかおじいちゃんが起きていた!
(ナツメ)「おじいちゃん! すぐにジャンヌさんが来るよ! 歩けるようになるよ!」
おじいちゃんは顔を小さく横に振る。
(おじいちゃん)「ワシはもう死ぬ。ついにお別れじゃ」
(ナツメ)「そんな! そんな弱気なこと言わないで!」
(おじいちゃん)「残念じゃが、事実じゃ」
(ナツメ)「そんな! 僕を一人にしないで! 何でもするから! もっと美味しいご飯作りし洗濯ももっと丁寧にやるから!」
(おじいちゃん)「全く、お前はつくづく、無茶を言う奴じゃ」
おじいちゃんは僕が握りしめる手と反対の手を僕へ伸ばす。
(おじいちゃん)「助けてやれなくて、本当に済まなかった」
そして僕の頬を撫でて、涙を流した。
その一言は、僕が望んでいた言葉だった。
僕の自殺の動機は復讐だ。
僕を虐めた奴に勇気を見せて見返したかった。
僕を殴る両親を破滅させたかった。
僕を助けてくれない非情な奴らを苦しめたかった。
そして僕の復讐は達成された。
相手は、大好きなおじいちゃんだった。
(ナツメ)「許す! だから僕もごめんなさい! 自殺なんかして本当にごめんなさい! 僕を許して!」
おじいちゃんがギュッと僕の手を握り返す。
(おじいちゃん)「許してやる。全く、バカな真似しよって」
おじいちゃんは初めて優しく笑った。
(おじいちゃん)「辛かったな」
おじいちゃんは無理やり体を起こして僕を抱きしめる。初めて抱きしめられる。
だから僕は初めて抱きしめ返す。
(ナツメ)「辛かったよ。本当に辛かった。痛くて、悲しくて、寂しくて、憎くて、怖くて、逃げたくて、死にたくて仕方なかった」
(おじいちゃん)「よく頑張った。もう安心じゃ。もうお前を虐める奴は居ない」
(ナツメ)「おじいちゃん……ごめんなさい。もうしないから。だから元気になって。またお散歩しようよ」
(おじいちゃん)「無理じゃよ。ワシはもう歩けん」
(ナツメ)「ジャンヌさんが来る! 治してもらえる! もし来なかったら僕が支えるよ! ずっと支える! 松葉杖が無くてもへっちゃらなくらいに!」
(おじいちゃん)「そいつは嬉しいの。また魚を釣ったり、タケノコかキノコでも探しに行くか」
(ナツメ)「行こう! 絶対に楽しいよ!」
(おじいちゃん)「そうじゃな。きっと楽しい……うぅう!」
おじいちゃんが激しく咳き込む! 血が服に数摘しみついた。
(ナツメ)「おじいちゃん! しっかりして!」
(おじいちゃん)「安心せい。ちょいと鼻血が胸に入っただけじゃ。心配いらん」
(ナツメ)「だ、だけど……」
(おじいちゃん)「それより、寝るから体を支えてくれ」
寝かせたくなかった。もしかしたら永遠に寝てしまうかもしれない。
でも僕は寝かせた。横になったほうが、多分、楽だから。
ゆっくりと背中を支えながら寝かせると、おじいちゃんは瞼を閉じる。そして死んだように静かに大人しくなる。
(ナツメ)「おじいちゃん?」
おじいちゃんの胸が激しく上下する。ヒュウヒュウと息苦しい呼吸が聞こえる。
(ナツメ)「おじいちゃんは、どうしてここに来たの?」
なぜ尋ねたのか分からない。でも、きっとおじいちゃんは僕と同じように辛い思いをしている。
だから今度は僕が聞く番だ。
おじいちゃん、何が苦しいの?
(おじいちゃん)「辛いことを知るぞ」
おじいちゃんが薄く目を開け、涙を流す。
僕はおじいちゃんの涙を袖で拭う。
(ナツメ)「おじいちゃんも辛かった。だから聞くよ。ううん。聞きたい。僕はおじいちゃんにいっぱい悲しくて辛い思いを受け取ってもらった。だから今度は、おじいちゃんの苦しみを知りたい。受け止めたい。そして、また笑い合いたい」
おじいちゃんの手を再び両手で握りしめると、おじいちゃんは力強く目を見開き、僕を見る。
(おじいちゃん)「ワシは息子、お前の父親に殺された」
おじいちゃんの初めの一言は、ナイフよりも鋭利で、残酷な言葉だった。




