おじいちゃん(5/10)
ついに物語りは動き出す。
(おじいちゃん)「しっかり押さんか! このままだと日が暮れるぞ!」
(ナツメ)「押してるよ! ちょっと黙ってて!」
(おじいちゃん)「情け無い! 情け無いのう! ワシが若いころはこれの10倍は1人で運んだぞ!」
(ナツメ)「今は1人で運べないでしょ! 文句言わないで!」
野菜に肉、毛皮、魚醤油を満載したリヤカーを必死に押す。村まで20Kmくらいだけど山を一つ越えないといけないから大変だ。血の小便が出るとはこのことだ。
(ナツメ)「やっとついた」
(おじいちゃん)「もう昼時になっちまったぞ! 全く、サボるんじゃない!」
(ナツメ)「ハイハイ!」
(おじいちゃん)「返事は?」
(ナツメ)「ハイ!」
リヤカーを押して山を上るよりも大変なのは下りだ。押すのではなく転がり落ちないように踏みとどまる。下手するとリヤカーに引かれてしまう命がけの作業だ。
それなのに文句を言うんだから全くこの偏屈爺は。
(おじいちゃん)「休んどる暇無いぞ!」
(ナツメ)「はーい」
それでもまあ、苦労に見合った対価は手に入る。今日は美味しいご飯が食べられる。
僕ってこんなに食いしん坊だったんだ。
(おじいちゃん)「どうじゃ。昨日取れたばかりのイノシシじゃ。油が乗って美味いぞ」
(村人A)「良い臭いだ。それにその毛皮! 小麦を多めに横流しするから全部もらえねえか?」
(村人B)「ちょいとあんた! 私の家だって今年は多めに持ってるんだ! 抜け駆けしようたってそうは行かないよ!」
(村人C)「爺さん、俺は胡椒や味噌も持ってる。これと小麦でどうだ?」
(村人B)「あたしゃんとこは砂糖もあるよ!」
(村人A)「分かった! 今までの2倍小麦をやる! そしてこれからも2倍で取引する! これでどうよ!」
(おじいちゃん)「これこれ、喧嘩するな。どうせまた2週間後に来る。だから慌てるな。あとジョヒンとムランはこの前たくさん買ったじゃろ。今日はマームと取引じゃ」
村人A改めジョヒン、村人C改めムヒンは肩を落とす。それと反対に村人B改めマームは喜ぶ。
(マーム)「ありがとう! これで子供たちに美味いパイを作ってあげられるわ! それに毛布も!」
(おじいちゃん)「腹を冷やすなよ。まだまだバンバン作るんじゃろ! ついでににんにくも持っていけ! 風邪を引いたときに良く効く」
(マーム)「おじいちゃんの料理って魔法ね! うちの子の風邪もすぐ治しちゃう!」
(ジョヒン)「爺さん、まさか全部マームにやるなんてねえよな?」
(おじいちゃん)「安心せい。お前らの分もある。ただ先に売るのはマームっちゅう話じゃ」
(ムヒン)「それを聞いて安心したぜ。今日くらい肉を食いたいからな」
(おじいちゃん)「ええから3人ともどけ。並びなおせ。お前ら以外にも欲しがる奴はおるんじゃ」
すっごい人気だ。まさに長蛇の列。少し離れたところでジャガイモや大根を売りながら思う。
(村人D)「どうした姉ちゃん? ジャガイモ10個くれよ」
(ナツメ)「あ、ごめんなさい! ええと、10個ですと、小麦小袋で10袋(約1KG)です。あと僕男です」
(村人D)「たけえな! もうちっと安くならねえのか、姉ちゃん?」
(ナツメ)「とはいっても量はそんなに無いんです。あと僕男です」
(村人D)「しょうがねえな。姉ちゃんの可愛さに免じて飲んでやるよ」
(ナツメ)「だから僕男です」
(村人E)「姉ちゃん! 俺は大根2本だ!」
(ナツメ)「大根2本ですと小麦小袋で4袋(約400G)です。あと僕男です」
(村人E)「そんな可愛い顔して嘘吐くなよ!」
(ナツメ)「だから僕嘘言ってません! 前も言ったでしょ!」
(村人F)「姉ちゃん! こっちはにんにく1つとウサギの骨付き肉だ!」
(ナツメ)「小麦小袋で5つになります。あと僕は男です!」
(村人D)「そんなことより、これから俺の息子に会ってみねえか? 15になったし、働き盛りだ。姉ちゃんにも損のねえ話だと思うぜ?」
(村人E)「それだったら俺の嫁にならねえか? これでも地主と仲いいから腹いっぱい食えるぜ!」
(ナツメ)「だから僕は男です! 話聞いてください!」
(おじいちゃん)「ナツメ! 遊んでないでさっさと売らんか!」
(ナツメ)「分かりました! 皆さん! 買った人は次の人のためにどいてください!」
(村人D)「良い声だ! そんぐらい元気が無くちゃ俺の義娘にはできねえ!」
(ナツメ)「僕は男です! どいてください!」
僕こんなに女に間違われるほどなよなよしてる? でもちょっとだけ気分がいいのはなぜ? 僕もしかしてオカマ?
(おじいちゃん)「何考えとる? ……ほれ、飴じゃ。それでも舐めて集中しろ」
ぼんやりしているとおじいちゃんに小突かれて、飴を渡される。
一粒食べる。甘くて美味しい。幸せだ。
(おじいちゃん)「さっさと売れ馬鹿たれ!」
(ナツメ)「ハーイ!」
これがあるから村へ行くのが楽しみなんだ!
一通り商品を売りさばくと村の隅っこにある宿場に行く。ほぼ商人専用の、村唯一の宿場だ。
(おじいちゃん)「コペルニクス、元気か?」
宿場の前で日向ぼっこしていた商人に近づくとおじいちゃんは元気良く挨拶する。
コペルニクス、悪貨は良貨を駆逐すると説いた偉大なる経済学者であり、地動説を説いた偉大なる天文学者の名前だ。
英雄と同じ名前の人がここに居る。何度あっても驚く。
もしかすると、この人は本当に、偉大なる英雄コペルニクスでは無いかと思ってしまう。
(コペルニクス)「おじいちゃん! 私は元気いっぱいで、もっと多くの商品が欲しいと思っていたところです!」
(おじいちゃん)「若い者はそうでなくちゃの!」
(コペルニクス)「おや、ナツメお嬢様では無いですか! またお会いできて光栄です」
おじいちゃんと笑いあいながら僕に顔を向けるとコペルニクスさんは恭しく、気障で、でもかっこよく、どきっとするようなしぐさで頭を軽く下げる。
(ナツメ)「だから僕は男です!」
この人は毎回慣れない。威圧感を感じつつもひきつけられる雰囲気がある。
もしかすると歴史に名を残すような人なのかもしれない。だからドキドキしているんだ。
(おじいちゃん)「だまっとれこの馬鹿たれ! いまさらお前が女だろうと男だろうとどうでもいいんじゃ! それよりコペルニクス。売りたいものと買いたいものがあるんじゃが?」
(コペルニクス)「待っていました! ええ! こんな辺鄙なところに来るのもあなたのためです! 何がありますか? 何が欲しいですか?」
(おじいちゃん)「弾薬が欲しいの。小麦3袋で30発」
コペルニクスさんは渋い顔をする。
(コペルニクス)「今は小麦3袋で10発になります」
(おじいちゃん)「何じゃ何じゃ! いきなりどうした! 今までこれで十分すぎるほどじゃったろ!」
(コペルニクス)「実は、王や貴族が火薬の流通を制限しました。新生フランス帝国に輸出するために」
おじいちゃんの顔色が変わる。
(おじいちゃん)「何でじゃ? それじゃと輸入過多になるじゃろ?」
(コペルニクス)「東に位置する新生フランス帝国反対にある新生ドイツ帝国と新生ソビエト連邦の戦争が再開したのです」
(おじいちゃん)「何じゃと! あの2国は30年前からほぼ停戦状態だったはずじゃ。燃料も弾薬も尽き、銃といった兵器も壊れてしまったはずじゃ!」
(コペルニクス)「2週間前に新生ソビエト連邦にレーニンと名乗る異世界人、つまり私たちの人間が着ました。そして時を同じく、新生ドイツ帝国にも、ラインハルト・ハイドリヒという異世界人が着ました」
レーニン! ソビエト連邦の創立者であり、共産主義ではじめて現れた指導者! 内乱を収めるためとはいえ数百万以上のロシア人を殺害した独裁者であり、ソビエト連邦の基礎を築いた英雄だ!
そしてラインハルト・ハイドリヒ! ヒトラーの側近であり、あのヒトラーが恐れた、別名金髪の野獣と呼ばれる生粋のナチであり、大量殺人者! だが人格的、思想的には問題があっても、情報収集能力等は高く、ヒトラーの後継者と呼ばれるほどの英雄だ!
どちらも英雄とは言いがたい(というかハイドリヒは間違いなく悪党だ)その2人が同時に現れたとなると不味いことになる! 水と油どころじゃない! マグマに氷山だ! どちらかが消えるまで殺しあう!
なんてびっくりしたけど、名前が似てるだけ。そうに決まってる。
(コペルニクス)「どうもその両者はあの娘に火器や燃料を願ったようで、今は戦車も銃も戦闘機も飛び回る、あなたが聞いた第二次世界大戦のような状況になっています」
(おじいちゃん)「なんたることじゃ……ならば、また大陸間戦争が起きるのか?」
(コペルニクス)「いや、新生ソビエト連邦はそれまでおきていた大規模な内乱を収めるのに忙しい。新生ドイツ帝国、ここエーテル国、新生フランス帝国を足してなお10倍の領土があるのだから、手間もかかる。そして新生ドイツ帝国も民族浄化、身もふたも無い言い方をすると内乱者の虐殺だが、新生ドイツ帝国の統一に忙しい。だからすぐに大陸間戦争とはならない。最も、時間の問題だろう」
(おじいちゃん)「酷い話じゃの!」
(コペルニクス)「私としてはいつものことかと思ってしまうが、とにかく酷い状況だ。それに呼応するかのように新生フランス帝国も動き出した」
(おじいちゃん)「軍隊を強くする。火器を充実させる。それが弾薬の値上がりの理由か?」
(コペルニクス)「その通りです。現在新生フランス帝国はこの国の資源を高値で買い取り始めている。それどころか一刻も早く併合するように動いています」
(おじいちゃん)「併合? この国の裸の王様はまだ裸なのか?」
(コペルニクス)「暢気な身分ですよ。スケベ心を出して新生ドイツ帝国にも接触している。アウグストゥスは新生フランス帝国の怒りを静めるのに今も血の小便を出しているでしょうね。併合されるなら未だしも戦争をふっかけられてもおかしくない」
(おじいちゃん)「頭が痛くなるの。いくら異世界人と対抗するためにできた国とはいえ、これでは本来の目的を忘れとる」
(コペルニクス)「もはやここの連中は私たちを舐めきっていますからね。だからといって私ではどうにもできませんが」
(おじいちゃん)「まあええ。事情は分かった。ただワシも厳しい。今日はこのレートで我慢してくれ。再来週来た時は銀貨100枚払う」
(コペルニクス)「銀貨100枚? とんでもなく高価ですね。何を望む気ですか?」
(おじいちゃん)「引越しじゃ。ここからワシの城まで逃げる。一応あそこはワシの領地じゃから無下に攻め込まんじゃろ。それに戦車を送るにも不便じゃし、戦闘機を止めるところも無い。それにこの国も名目上手出しできないところじゃ。となるとそこそこ安全じゃ」
(コペルニクス)「そのための人件費ですか。200キロの道のりを護衛しながら荷物を運ぶのですから合点がいきました。それにそうなると人手も沢山居る」
(ナツメ)「あの、さっきから何を話しているんですか?」
僕が言うとおじいちゃんは肩をすくめる。
(おじいちゃん)「お前は気にせんで良い」
コペルニクスさんも笑う。
(コペルニクス)「そうですよ。お嬢さんが気にするような話ではありません」
(ナツメ)「僕は男です!」
(おじいちゃん)「んなこと言ってる暇あったらお茶もってこい!」
(ナツメ)「言われなくても持ってきてます!」
ガシャンと2人の前にコーヒーを置く。
(ナツメ)「お茶は無いからコーヒーです!」
(おじいちゃん)「何怒っとんじゃ? ワシはコーヒーが飲みたいと言ったろ?」
(ナツメ)「はいはい分かってます! 僕が全部悪いです!」
ぷりぷりしながら茶菓子を作りに行く。台所には砂糖と小麦粉、りんごなどがある。アップルパイを焼こう。
(コペルニクス)「まだ話さないのですか?」
ナツメが機嫌よく料理を作る背中を見ながらコペルニクスはおじいちゃんに耳打ちする。
(おじいちゃん)「つらいことがあった。だから忘れた。ならば無理に思い出させる必要もあるまい」
(コペルニクス)「そうですね。ですがそれよりもふとした切っ掛けで思い出されたら?」
(おじいちゃん)「そのときはそのときじゃ」
(コペルニクス)「分からないな。今の状況は能天気に忘れていていい状況じゃない。彼はこの世界の情勢が分からない。以前の世界と同じと思い込んでいる。先の話も冗談と思っている。いきなり思い出させれば、それこそ一瞬で死ぬ」
(おじいちゃん)「ワシが居るから大丈夫じゃ」
(コペルニクス)「それが分からない。あなたももう長生きできる歳じゃないでしょう? 万が一のことを考えなくては。彼を独り立ちさせなくては」
(おじいちゃん)「お前にナツメの何が分かる!」
コペルニクスは気迫に押されたのか黙り込む。おじいちゃんは続ける。
(おじいちゃん)「あの子は、本当につらい目に会って来たんじゃ! つらい目に、あの世界に追い出されてここに来たんじゃ! ならもうつらい目に会わせる必要なんぞ無い! ここにはお前さんみたいな英雄がゴロゴロ居る! 黒き者が何じゃ! ナツメがそんな奴らと戦う理由なんぞ無いんじゃ! それにこの世界でもつらい目にあう必要なんぞ無い! ワシの目が黒いうちはそんなことさせん!」
コペルニクスは寂しげに肩を落とす。
(コペルニクス)「今回の料金は受け取りません。ナツメにとっておいてください。あなたのためにも」
(おじいちゃん)「何を言うとるんじゃ?」
(コペルニクス)「あなたがナツメに、己が異世界人と打ち明けた日にもらいます」
おじいちゃんは押し黙り、俯く。
(ナツメ)「おじいちゃん、泣いているの?」
ナツメは茶菓子を持ってくると俯くおじいちゃんに驚く。
(おじいちゃん)「お前がサボッとるから呆れただけじゃ!」
一生懸命作ったのにすぐに怒鳴る! ナツメは思った。
(ナツメ)「ハイハイ! 早くできなくてごめんなさい!」
(おじいちゃん)「返事は!」
(ナツメ)「ハイ! あ、コペルニクスさんもどうぞ」
コペルニクスは目を瞑りながら恭しくお菓子を受け取る。
(コペルニクス)「美味しそうなアップルパイだ! 匂いだけでも幸せになれる! どうです、ぜひ私と一緒に暮らしませんか?」
(ナツメ)「僕は男です!」
言いながらナツメは奥に引っ込む。おじいちゃんとコペルニクスはその隙にアップルパイを一口。
(おじいちゃん)「美味いの」
ぽたぽたとおじいちゃんの目から涙が零れる。
(コペルニクス)「美味しいですね」
コペルニクスはそれに感化されたのか、同じく一筋の涙を浮かべた。
(ナツメ)「あの、コーヒーのお変わりです。その、おじいちゃんもコペルニクスさんも、具合が悪いんですか?」
2人にしてみれば不覚であった。ナツメが傍に来ていたことも気づけないほどにアップルパイに、心のこめられたおやつに夢中になっていた。
(おじいちゃん)「喧しい! お前に心配されるほどもうろくしとらん! それよりさっさと荷物を運べ!」
(ナツメ)「心配するとこれだよ!」
ナツメは嫌々ながら荷物をコペルニクスの元へ運び、対価をリヤカーに乗せた。
(コペルニクス)「良い子ですね」
(おじいちゃん)「じゃろ」
おじいちゃんはコーヒーを一口のみ、寂しげに、悔しげにコップを握り締めた。
(おじいちゃん)「なのにナツメは自殺したんじゃ! ワシのせいじゃ!」
コペルニクスは何も言わなかった。何も言えなかったのだ。
(コペルニクス)「この時代、安心して飲み物が飲める。良い子だな」
暗殺とは無縁の少年、ナツメ。
殺伐とした世界に咲く一輪の花のようだ。
命のやり取りが普通の中世を生き抜いたコペルニクスには、そう思えた。
(コペルニクス)「雨が降るかもしれない。今日はそろそろ切り上げたほうが良い。不穏な空気がする」
コペルニクスはそう言って、十字を切った。
用事を済ませると地獄の帰り道だ!
(おじいちゃん)「もたもたしておると雨が降るぞ!」
(ナツメ)「分かってるよ!」
おじいちゃんが下でリヤカーを支えながらゆっくりと山を降りる。
もうそろそろで家だ。
(おじいちゃん)「呆けるな! ワシを殺す気か!」
(ナツメ)「分かってるよ!」
慎重に、牛歩よりも遅く降りる。
しかし頭に引っかかることがある。
僕はコペルニクスさんとおじいちゃんの会話を盗み聞きした。
僕はその内容が変とは思わなかった。それが不思議だった。
(ナツメ)「僕は、やっぱり自殺した?」
体がしゃきっとしない。
頭痛がする。
何か思い出せそうだけど、思い出したくない。
そんな嫌な気分で視界が歪む。
(おじいちゃん)「ナツメ! 動くな!」
おじいちゃんの言葉にハッとする! 遅かった! 一頭の熊と鉢合わせた! 僕の真横に居る!
ヤバイ! ここらの熊は人の味を覚えていない。だけど目の前の熊は明らかに怒っていた!
遠くを見ると雨と落雷が降り注いでいた。おそらく熊はそこから逃げ出してきた!
(おじいちゃん)「くそったれ! ワシに歯向かうなんて1000年早いんじゃ!」
おじいちゃんは猟銃を取ろうとするが、リヤカーの重みを支えるのが精一杯で身動き取れない!
(おじいちゃん)「くそったれ! こんなへまをするとは!」
熊がゆっくり近づいてくる!
(おじいちゃん)「ナツメ! リヤカーに乗れ! そして下まで行ったら飛び降りて逃げろ!」
(ナツメ)「え! そんなことしたらせっかく持ってきた物が全部駄目になっちゃう! それにおじいちゃんを引いちゃう!」
(おじいちゃん)「馬鹿たれ! 今はそんなこと言っとる暇無いんじゃ!」
(ナツメ)「でも!」
(おじいちゃん)「早くしろ!」
熊が走った!
僕は怖くて、リヤカーに飛び乗ってしまった。
(おじいちゃん)「生きろ、ナツメ」
おじいちゃんの儚げな目を見た。
僕はおじいちゃんを引いてしまった。
(ナツメ)「おじいちゃん! おじいちゃん!」
僕はリヤカーと一緒に駆け下りながら叫ぶ。
おじいちゃんはぐったりしている。
熊が近づく。手を振り上げる。
(ナツメ)「おじいちゃん!」
銃声が一発鳴った。
熊は力なく倒れた。
(ナツメ)「おじいちゃん?」
僕は急いでリヤカーから飛び降りる。
リヤカーは大木にぶち当たると食料その他を撒き散らして大破した。
(ナツメ)「おじいちゃん!」
そんなことよりもおじいちゃんだ! 僕は一生懸命おじいちゃんに駆け寄る!
血が見える! 血が流れる! 血まみれのおじいちゃんが見える!
たった百メートルが、まるで地獄か牢獄かのように僕の邪魔をする!
なんて僕は弱いんだ!
そうだ! 僕は弱いから死んだんだ!
(ナツメ)「おじいちゃん!」
おじいちゃんにのしかかる熊に近づくと眉間に穴が開いていた。きっとリヤカーに引かれると同時に、猟銃を手に取り、攻撃する熊に発砲したんだ。
(ナツメ)「おじいちゃん!」
熊の下敷きになるおじいちゃんを助ける。肩から胸にかけてざっくりと切り裂かれていて、おまけに足が変な方向に曲がっている。そればかりか骨の一部が太ももを突き抜けている。引かれた衝撃だ。僕が殺したんだ!
(ナツメ)「し、止血して部屋に運ばなくちゃ!」
幸い、大きな血管を傷つけなかったおかげか出血は酷くなかった。それでも命の危機だ。僕は必死に家まで引きづった。寝床まで運んだ。火事場の馬鹿力だ。そして一生懸命止血した。
でも押さえても押さえても血が出る。まるで僕を責めるように。
(ナツメ)「おじいちゃん、おじいちゃんごめんね。僕のせいだ。僕がもっと早く、集中していればこんなことにはならなかった」
もうどうにもならない。でも何かしないとダメだ。
家中ひっくり返して止血できそうなものを探す。
最悪火鉢を熱して傷口を塞ぐか? でも痛みで死にそうだ。
中世の手術の死因はショック死と言われるくらい、痛みは致命傷となる。
だからこそ、人間は痛みを感じない逃避行動ができるのだろう。たとえば自殺とか。
(おじいちゃん)「ナツメ、台所の下にある蓋を開けろ。そして中から箱を取り出せ」
ハッとする。そこはおじいちゃんが絶対に開けるなと言った蓋だった。この中なら何かあるかも!
(ナツメ)「分かったよおじいちゃん!」
急いで箱を開ける!
何で僕の血まみれの学生服があるの?
違う、血まみれでいいんだ。僕は憲兵に殺された。
なのに生きている。
思い出した。虫の息の中、おじいちゃんが助けてくれた。
姿を透明にする透明マント、万病もすぐに癒すエリクサー。それで僕を助けてくれたんだ。
そして僕を匿ってくれた。
それだけなら感謝だ。でもおじいちゃんは異世界人だ。
それだけなら良かった。
でも僕はどうしたら良い? 絶対に思い出したくないことを思い出したらどうしたら良い?
おじいちゃんの名前は、大神ツヨシ。僕の父方の叔父、僕が断ち切ったはずの、前世からの来訪者だ!
(おじいちゃん)「ナツメ……」
ああ僕はどうしたら良い?
これは夢か? 幻か?
絶対に会いたくない人と出会ってしまった!
僕の忌むべき過去を知る人と出会ってしまった!
(ナツメ)「おじいちゃんしっかりして!」
でも僕は無我夢中で万病を治すエリクサーをおじいちゃんに振りかけていた。




