おじいちゃん(4/10)
8/21完成
おじいちゃんと出会って1ヶ月程度経った。
(おじいちゃん)「ナツメ、夕飯はまだか?」
(ナツメ)「おじいちゃん、昼飯食べたでしょ?」
(おじいちゃん)「何言うてんじゃお前は!」
ヒュッヒュッ(杖のもち手で頭を突く音)
スッスッ(杖のもち手を避ける音)
(おじいちゃん)「避けるとは生意気なガキめ」
(ナツメ)「痛いのは嫌なの。それよりできたよ」
(おじいちゃん)「やっとできたか」
(ナツメ)「前に比べたら全然早いでしょ」
(おじいちゃん)「馬鹿たれが。サボるのを止めただけじゃろ」
(ナツメ)「はいはい」
パンと野菜のスープ、そして焼いた魚を出す。
(おじいちゃん)「ふむ。前に比べるとずっと見てくれはマシになったの」
もぐもぐとパンを食べる。
(おじいちゃん)「前に比べるとマシになったの。だがまだまだ不味い」
(ナツメ)「いい加減パン屋さんに行ってください」
(おじいちゃん)「馬鹿たれ。金を払っているんだから真面目にやれ。それが大人になる第一歩じゃ」
(ナツメ)「はいはい! たく、雀の涙くらいなのにこき使いやがって」
(おじいちゃん)「言葉遣い!」
(ナツメ)「ごめんなさい!」
(おじいちゃん)「飯を食い終わったら風呂に入るからその準備もしておけよ!」
(ナツメ)「ハイハイ!」
(おじいちゃん)「返事は1回!」
(ナツメ)「ハイ!」
1ヶ月も経つとさすがにここの生活にも慣れてくるが、それでも電気も水道もガスも無い偏狭の地で暮らすのは大変だ。
初めは火を起こすのに一時間くらいかかったが、今は数分でできる。それでも数分! ガスのありがたみが分かる。
電気も無いからエアコンもヒーターも無い。山の夜は結構冷えるから囲炉裏から離れられない。でも洗濯機が無いから必死に震えながら川まで洗濯に行く。夜山を歩くのは危険だから本当なら昼のうちにやるべきだけど、おじいちゃんの世話があるので強制的に夜になる。
一番大変で丁寧にやらなくちゃならないのが掃除だ。都会に住んでいたら掃除機があるからいいけどこっちには無い。ただ部屋の掃除はそこまで大変じゃない。もっと大変なのがごみの処分だ。
山の中なので食べかすや食器の汚れ、散らかる小麦粉や剥いた野菜の皮などを放っておくとあっという間に虫が沸く。一度それのせいで大騒ぎになっておじいちゃんにこっぴどく叱られた。
また捨てる場所も考えないといけない。ねずみやキツネといった野生動物をおびき寄せてしまう。特にねずみがかなり厄介で、一度だけ面倒だったから庭にこっそり捨てたら次の日には大群で押し寄せてきた。またその時ねずみに噛まれ、それが原因で一週間後に高熱を出した。やっぱりおじいちゃんに叱られた。
掃除の中で一番嫌なのが便所掃除だ。特に糞尿の処分が嫌だ。水洗トイレの偉大さが分かる。
処分するときはバケツに糞尿を入れて肥溜めに運ぶ。肥溜めまで百メートル程度だけど臭いと中でうごめく蛆虫には眩暈がする。
野生動物から畑や食料を守るのにも一苦労だ。絶対に農家にはなりたくない。
畑は主にジャガイモや大根、にんにくを育てている。
なぜ小麦や米は育てないのか聞いたけど、手入れが難しくて面倒ということだった。
まあ直感でもなんとなく分かる。周囲は森生い茂る野生動物に虫の宝庫。レタスとかキャベツとか育てようものなら虫がつかないように目を皿のようにして畑を歩かないといけない。
それでも野生動物が近づかないように網や柵で守ったり、時にはおっぱらったりしないといけない。たださすがに熊が出たときは放って置いた。命がいくつあっても足りません。なのにこっぴどく叱られた。理不尽だ。まあ次の日も現れたんだけど、そのときはおじいちゃんが猟銃構えて戦った。その日の夕飯は熊なべになった。美味しかった。おじいちゃん強かった。
野菜を育てるのも大変だがそれ以上に守るほうが難しい。その中でもねずみが最強のライバル、というか害獣だ。こいつらはどんなところも器用に上れる。そして器用に穴を開けて進入する。おかげでねずみ返しのついた倉庫じゃないと保管できない。しかも脚立を片付けないで置くとそこから上られて食料をダメにされてしまう。一度忘れて倉庫を荒らされた。1/3くらいの食料がだめになった。おじいちゃんに叱られた。その日の食事は貧しいものしかできなかった。悲しかった。
とにもかくにも生きることが大変だ。
当然といえば当然だ。ここは山奥で人間も同じ動物。ならば野生の動植物と同じ条件で生きる。つまり野生の摂理、食うか食われるかである。
(おじいちゃん)「こら! もっと力を入れて洗わんか!」
一番嫌なのはおじいちゃんの世話なんだけどね。
(ナツメ)「背中はいいけど何で腕とか足も洗わないといけないんだよ!」
(おじいちゃん)「ワシは今日一日山の中を歩き回って疲れとる! しっかり洗え!」
(ナツメ)「僕だってそれに付き合ってくたくただよ! せめて前は自分で洗ってよ!」
(おじいちゃん)「馬鹿たれ! そこまで歳くっとらんは! 前くらい自分で洗える!」
(ナツメ)「じゃあ全部洗ってよ!」
(おじいちゃん)「やかましい! それよりもっと湯を熱くせんか! ぬるいぞ!」
(ナツメ)「ああもう我侭ばっかり!」
(おじいちゃん)「やかましい! それより明日は村へ行くから早く寝ろよ。夜更かしするなよ!」
(ナツメ)「ならもっと仕事手伝ってよ!」
(おじいちゃん)「ワシはお前の10倍は働いとる! 情け無いこと言うな! それよりもっと湯を熱くしろ!」
糞爺! 釜茹でにしてやろうか!
一番嫌なのはおじいちゃんの世話だ。僕の仕事には文句しか言わない。
だからと言ってやらない訳にもいかない。
何せ僕がこの度田舎で頼れるのは残念ながらおじいちゃんしかいない。
もしも逃げ出せば3日で餓死する。そして餓死を覚悟してまで逃げ出すほど酷い状況じゃない。
まず1日銀貨1枚と超絶少ないながら日当が出る。変な名目ですぐに貯金箱に入れられちゃうけど。
次に衣食住が完備されている。それに囲炉裏という古典的な物ながら暖房もある。掃除等気を抜かなければ意外と住み心地は悪くない。
次に食事が美味い。
取れたての野菜に肉、魚、そして作りたてのパンやご飯は何時食べてもいい。テレビもラジオも無いここの生活で唯一の娯楽と言っていい。
次に嫌な仕事もやっていくと楽しくなってきたことだ。
特に畑の手入れは楽しい。そしてそれで作ったシチューは頬っぺたが落ちそうなくらい美味しい。ただお肉を手に入れるために野うさぎやイノシシに熊を殺すのには今でも抵抗がある。ピチピチ跳ねる魚を殺すのもかわいそうだと思う。でも躊躇していると毎度おじいちゃんに叱られる。
(おじいちゃん)「生きるためにすることじゃ。ならば誇りを持ってやるんじゃ。もしも怖がれば、逃がせば、こやつらの生き方を否定することになる。自然を否定することになる。ここは都会じゃない。日本じゃない。ならば、その恐怖を忘れずに、食べてやるべきじゃ。それに、そいつらを逃がせば、そいつらはワシらの畑を襲いに来るぞ」
(ナツメ)「酷いな、おじいちゃんは」
しかしおじいちゃんの言うとおりだった。野うさぎもイノシシも熊もキツネもねずみも、畑を荒らす。生きるために。だから僕も生きるために殺す。
ただそれでも手を合わせて食べる。おじいちゃんもそう言い聞かせる。
(おじいちゃん)「感謝の気持ちは、忘れちゃいかん。ワシらはこいつらを食べて、今日を生きるのじゃ」
ふと誰かと口ずさんだ主への祈りを思い出す。
初めは分からなかったけど、今はその言葉の意味が分かる。
まあ最大の理由はここが山奥だからなんだけどね。都会に行くためには100Kmあるかないといけない。近くの村まで20Km。もちろん車も電車もありません。しかも近くの村の住人は50人も居ない。そしてそこの住人は農奴だ。日本にそんな制度が生きていたなんて思わなかったけど、とにかく僕が逃げ込んでも迷惑になるだけだ。というかここよりもきつそうでしり込みする。まあ皆楽しそうだから良いけど。あと狼や熊やイノシシは元気いっぱいに走り回っている。特に夜は元気だ。洗濯に行くたびにちびりそうになる。
とにもかくにも僕は生きるためにおじいちゃんの世話をする。まさかはじめてのアルバイトが住み込みの便利屋さんとは思わなかったけど、仕方が無い。
(おじいちゃん)「良い湯じゃった……明日は早く起きろよ」
(ナツメ)「ハイハイ」
(おじいちゃん)「返事は?」
(ナツメ)「ハイ!」
(おじいちゃん)「よろしい」
やっと世話が終わった。あとは風呂に入って汗を流して、お湯を捨てるだけ。掃除は明日の夜やる。
家事や世話に慣れてくるとどうすれば効率よくできるか分かるようになる。
洗濯は2日に一度で良い。土ぼこりがついても虫はわかない。
食事はパンが良い。パイでも良い。特にパンはそこそこ日持ちがする。一度作っておけば3日は作らなくていい。もちろん保存には細心の注意が必要だけど、時間の節約を考えると魅力的だ。
糞尿の処理も毎日やる必要は無い。意外と虫がわくのは遅い。臭いがひどくなるから2日に一度は取り替える必要があるけど慣れてくると数分で運べる。
まあそうやって慣れてくるとおじいちゃんから次から次へと仕事を振るんだけどね。明日はリヤカーを引いて20Km先の村へ野菜や毛皮に肉の燻製を売りに行く。ついでに川魚で作った魚醤油も。
売り先はまず農家。小麦と野菜を物々交換する。特ににんにくと肉と毛皮が人気だ。それに魚醤油も。
まあ売り上げは全部おじいちゃんが持っていくんだけどね。
(ナツメ)「まあいいや。さっさと寝よ。たぶん明日の夕食はお米が食べられる」
(おじいちゃん)「茶漬けにしろ。川魚の刺身にちょいと冷えた飯に熱いお茶をかけるんじゃ」
(ナツメ)「寝たんじゃないのかよ!」
夜空を楽しみながら風呂に浸かっていたのに邪魔される! 何でおじいちゃんはこんなに無神経なんだよ!
(おじいちゃん)「小便に行くだけじゃ! そんな女みたいにきゃあきゃあ喚くな! だからお前は女と勘違いされるんじゃ!」
(ナツメ)「うるさいな! トイレならさっさと行って寝てよ!」
(おじいちゃん)「言われなくてもそうするわい!」
おじいちゃんが背中を向ける。ため息が出る。
(おじいちゃん)「そうじゃ。いつもみたいに菓子を買ってやる。飴玉ぐらいしか無いがな」
おじいちゃんはそう言ってトイレへ行った。
(ナツメ)「飴と鞭かな?」
その一言で笑ってしまうんだから、僕はそうとうちょろいんだろうな。
(ナツメ)「それにしても、僕って一体誰なんだろ?」
最近、余裕が出てきたからか、記憶を取り戻したいと思い始めた。
僕は一体誰だ? 何でここに居る?
僕は本当に自殺したのか? 何のために?
(おじいちゃん)「風邪引くからさっさと上がれ!」
(ナツメ)「分かったよ!」
でもおじいちゃんにどやされるとすぐにそんな不安消し飛ぶ。
たぶん僕がおじいちゃんから離れないのは、それが理由だ。




