表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/49

序章(12/12)沖田とジャンヌとの再会

8/17完成

これで序章は終わりです。

でもまだまだ続きます。


「何を話せばいいんだろ?」

 沖田さんの家に立つと途端に足が止まる。

 そもそも僕は何を知りたいんだろうか? アウグストゥスさんとハンニバルさんは僕に語り掛けてくれた。でも沖田さんには半ば追い出された。

 そんな自分が訪ねていいのだろうか?

 それはジャンヌさんも同じだ。僕は何をしたら、何を話したら良い?

 仲良くなりたいからお話ししましょう? 笑わせる!

「帰ろ」

 どこに? 野宿でもしようか? それとも死のうか?

 アウグストゥスさんの言葉を思い出す。

『死ぬ気も無いのに死ぬと思うな!』

 言葉は違えど叱られた。情けない。

「結局、僕はどうすればいいんだ?」

 迷う。行き倒れる。でもそれでいい。心残りなのは、沖田さんとジャンヌさんに会えないことだけ。

 バカみたいだ! 自殺した僕に、心残りがある!

 どんなジョークだ? 僕が知っているジョークはもっと笑えるジョークだ!

「僕は助けてと言った。彼らは言った。何で? と。僕は苛めないでと言った。彼らは言った。遊んでるだけだと。僕は先生に言った。助けてと。先生は言った。彼らはからかっただけだ、もっと強くなりなさいと。僕は言った。苛めないでくれと。彼らは言った。嫌だねと」

 口に出すと笑えてくる。気が狂いそうなほどおかしくなる。

 これくらい笑えなくちゃ、ジョークとは言えない。

 ドン!

「異世界人! よそ見してんじゃねえ!」

 通行人にぶつかって我に返る。いつの間にか沖田さんの自宅から数百メートル離れた大通りに出ていた。

「歩こう」

 当てもなく、埃の様に舞い散る。それが僕の本質だ。


「それにしても、ここって本当に変な世界」

 周りに注意を向けて歩き回るとそれだけでこの世界が無秩序、無節操であることが分かる。

 まず兵隊の格好は鎧を着た中世の初期といった感じ。銃は脇役で本質は剣や盾、槍による白兵戦が主と分かる。つまりこの世界の戦争は、中世、古代の価値観を引き継いでいる。

 おそらくこの姿がこの世界の本質だ。軍という国を守るべき最上の存在が鉄砲も持たないとなると、経済や科学、化学は中世が適しているということに他ならない。

 だが憲兵は違う。彼らはライフルを持ち、フランス革命時の軍服、特徴的な帽子と白馬に乗っていた。

 明らかに隣国にあるというフランスの文化であった。明らかに彼らはこの国で浮いていた。だが民衆はまるで興味を示さずに大通りを歩いていた。まさに空気、それが居て当然という雰囲気だった。

「姉ちゃん! そこの異国風の服着た姉ちゃん! 何か欲しいのは無いか! パンにワイン! 香辛料に調味料もある! きっと姉ちゃんのお好きな料理も作れるよ!」

 突然大声を張られる。その対象が僕と気づいて屋台に向かう。

「あの、僕ですか?」

「そうそう! そこの……どこのお国かな? きっとフランスだな! 形が似てる! 間違いない!」

「いや僕日本人ですけど」

「日本? 確か沖田とかいう異世界人の国か? まあいい! 日本人の姉ちゃん! あんたにきっと気に入る物があるからちょいと見て行きな! まよねえずもあればしょおゆもあるしみそもあるぜ! これで旦那の胃袋も思いのままだ!」

「お醤油? マヨネーズ? お味噌? そんなものがあるの! 売ってるの! あとお兄さん僕は男だから」

「何だお姉ちゃんじゃなくておかまちゃんか! どっちでもいい! これを使えばあんたの良い人も離れられなくなる! 今なら特別にお米も付けちゃうよ! 米なんてここらへんじゃ希少価値! 宝石も同然! さあもってけ泥棒! 今ならたった50000エーテルだ!」

「え、エーテル? あの僕はそんなお金持ってないです。あと僕はおかまでも何でもなくただの男です」

「なるほど! おかまの姉ちゃんはこの国の金を持ってねえのか! 心配いらねえ! フラン? マルク? どっちなら持ってる?」

「い、いや僕はどっちのお金も持ってないです。あと僕はおかまじゃないです」

「なるほど……ということは新生ソビエト連邦かニューヨークから来たのか……そいつは困ったな」

「ニューヨーク! アメリカがここに!」

「知らねえのか? なんか北の奥の方に最近ニューヨークってデカい村が出来た。確かアルカポネとかラッキールチアーノとかが仕切っているデカい村だ」

「アル・カポネ! ラッキー・ルチアーノ! アメリカのマフィアの中で最高の大物だ!」

「なるほどなるほど! やっぱし姉ちゃんは異世界人だな! なら話は早い! どんな金なら払える? とりあえず相場はここに載せてある。見てくれ。もし足りなくても、他に美味いものはたくさんある! トマトもジャガイモもトウモロコシも何もかも!」

 じっと相場を見て考える。

 マヨネーズや味噌や醤油の相場も知らないしお米もジャガイモもトウモロコシの相場も知らない。

 だけど値段から何となく察しが付く。そしてこの国の外交状況も。

 トウモロコシが一つで約100エーテル。つまり1エーテル1円と考えられる。そしてフランだと150フラン。少し値が上がっているが、フランスの通貨はかなり信用があるようだ。マルクは300マルク。ハンニバルさんが戦争続きと言っていたから大分信用が低いのだろう。だがそれでもまだ理解できる範囲だ。しかしルーブルでは10000ルーブル、ドルでは50000ドル。これはつまり、この国ではフランとマルクが強い、つまり隣国の新生フランスと新生ドイツ帝国の影響が強いということ、そして新生ソビエト連邦と新生ニューヨークの影響が低いことを示す。

「そしてここには日本円も元も無い。カオスだけどそれもそのはず。この世界はたくさんの英雄で滅茶苦茶になってる」

「何言ってんだよお姉ちゃん! とにかくそこにぶら下げてる財布を寄こしな! いい具合に見繕ってやるって!」

「あ! ちょっと!」

 店主は僕の腰に縫え付けてある袋を奪い取ると喜々して開ける。

 そして固まった。

「あの、僕が持ってるの銀貨だけです! 失礼します!」

 銀貨が詰まった袋を奪い取る。そしてさっさと逃げるつもりだったが、通行人の視線で足が止まる。

 通行人は、皆僕を見ていた。子供も老人も女も男もすべてが、僕と僕の財布を見て足を止めていた。

 くぎ付けだった。

「あの、お金払います。銀貨一枚で、マヨネーズとお醤油とお味噌と香辛料もらえます?」

「いや、要らねえ。帰ってくれ」

 気まずくなって買おうとすると先ほどと打って変わって素っ気なくあしらわれる。

「あ、あの、その、僕何かしました?」

「失せろ異世界人!」

 怒鳴られる。通行人と視線が合う。店主も、通行人も、目つきがおかしかった。

 皆僕を敵と認識していた!

 僕は財布を抱えて逃げた。怖かった。憎しみの籠った瞳だった。

 あんな目、親以外に向けられたことなど無い。

 苛めた奴らの目は、もっと優しく、生ぬるかった。

「何なんだ?」

「それはこっちのセリフだよ!」

 振り向く前に首根っこ掴まれて、路地裏へ放り込まれた。

「あ、あなたたちは?」

「あなたたち? 自己紹介する必要があるか? 憲兵さんだよ! 異世界人!」

 突然ライフルのストックで顔面を殴られた! 衝撃で地面を転がる。

「はは! 良い気持ちだぜ! お前らもやるか!」

「止めとけって。死んじまう」

「別に盗人の異世界人なんか死んでも問題ねえだろ?」

「てめえら! 報告書でっちあげる俺の身にもなれ!」

「ただ単に盗人が暴れたから殺したでいいだろ?」

「だったらてめえがこいつの死体片付けろよ! 俺はもう嫌だぞ!」

 鼻と口からダラダラと出血させるナツメなどお構いなしに3人の憲兵が笑い合う。典型的な悪党憲兵、国家権力の腐敗の象徴、汚らしい笑みが良く似合う。だがそれよりも彼らの身なりだろう。

 フランスかぶれなのは良い。だが彼らの制服はピカピカで新品同然だ。歯も黄色くないし風呂にも毎日入っているのだろう、肌も綺麗だ。銃の手入れもしてある。

 明らかに富裕層に位置する憲兵だ。とてもではないが、カツアゲかますような身分とは思えない。

「はは……痛いや」

 しかしナツメはそんなこと気にせず、数度目を瞬かせると、ゆっくりと立ち上がる。

 歯も鼻も折れていて激痛が走る。だがそれは慣れていたからさして驚かないし、下卑た笑み、虫けらのように扱われるのも見慣れている。

 さっきの人たちの方がずっと怖い。ナツメは内心微笑む。

「何笑ってんだてめえは!」

 ガツンと今度は顎をストックで殴られる。顎の骨が折れて血が止めどなく口から溢れる。

 だが倒れない。今度は覚悟が出来た。覚悟出来たなら、どんな一撃も耐えられる。

「こいつ生意気だぜ……まだ立ってやがる」

 見た目は優男の憲兵3人がそろって後ずさる。

(憲兵A)「まさか……こいつもすげえ力持ってるのか?」

(憲兵B)「そんな訳ねえだろ! そんな力持ってたらとっくに使ってる!」

(憲兵C)「そ、そうだぜ! 街の噂だと、こいつ異世界人のくせに弱いって!」

(憲兵A)「そ、そうだよな。あのギルドの斡旋屋も今までよりずっと弱そうだって言ってたからな」

(憲兵B)「ビビらせんじゃねえよこら!」

 憲兵Bが前蹴りをナツメの腹に決める。ナツメは腹を押さえて前かがみになる。そこで強烈な膝蹴り。堪らずナツメは倒れる。

(憲兵C)「やっぱりこいつ弱いぜ!」

 3人は倒れるナツメを寄ってたかって踏んづけたり、蹴飛ばす。

(憲兵B)「良い事思いついた」

 ひとしきり蹴り倒すと憲兵Bは汗を拭い、2人を引かせる。

(憲兵B)「こいつの金の出所は十中八九沖田かジャンヌだろう」

(憲兵C)「だろうな。あいつら卑怯者くらししかこんな大金渡せねえ」

(憲兵A)「あいつらは金貨も銀貨も貰いたい放題。対して俺たちは雀の涙だ。腹立ってしょうがねえ!」

 ゲシッ! と憲兵Aが踵で虫の息のナツメの後頭部を踏んづける。

(憲兵B)「落ち着けって。こいつは良い金づるになるかもしれねえからな」

(憲兵A)「金づる?」

 息を切らす憲兵Aの呼吸が整うまで一拍待つと、憲兵Bは卑しく笑う。

(憲兵B)「こいつに沖田たちの金を持って来させよう」

(憲兵C)「どういうこった? 盗ませるのか?」

(憲兵A)「まあ、異世界人同士。仲良しこよしでやってるから盗めはするだろうけどよ。でもこいつすげえ華奢だし、盗んだことがバレたらいずれ俺たちが指示したってバレるぜ?」

(憲兵B)「違う違う。こいつの役割は、何かしら理由づけしてあいつらから金を貰う事。貰って、俺たちに届ける事だ」

(憲兵C)「えっと……つまりどういうこと?」

(憲兵A)「俺は分かった。こいつには一応黒き者どもと戦うってくそみたいな大義名分がある。それを理由にすれば異世界人どもの財布も緩くなるだろ」

(憲兵C)「だったら王様とかでも良くね?」

(憲兵B)「バカかてめえ!」

 憲兵Bは怒りに満ちた目でナツメを見下ろす。

(憲兵B)「俺たちはこいつらみたいな卑怯者じゃねえ! 俺たちは卑怯者から金を捕り返す正義の味方だ!」

 憲兵Bの言葉に、2人は同じようにナツメを見下す。

(憲兵A)「確かに、これは正当な、正義だ!」

(憲兵C)「俺はもう許さねえぞ! てめえらいつか必ず殺してやる!」

 憲兵Bがナツメの髪を引っ掴んでナツメを引き起こす。

(憲兵B)「半分飛んじまってるな。聞いてねえよ」

 血だらけで、顎も鼻も拉げて、目や耳からも血を流すナツメを見て憲兵Bは冷たく言い放つ。

(憲兵A)「死んじまったのか? 計画がおじゃんじゃねえか」

(憲兵C)「良いじゃねえか! こんな奴殺したって問題ねえ! つか止め刺そうぜ!」

(憲兵B)「慌てんなよ。このままほっといてもこいつは死ぬ。それでいいじゃねえか」

 憲兵Bは弱り、光の無いナツメの目に唾を吐く。

(憲兵B)「良いか。生きてたら見つけてやる。そん時もう一度、その腐った脳みそに俺たちの正義を叩き込んでやる。もしも死ぬなら、その時は俺たちの正義を思い乍ら死ね!」

 憲兵Bはナツメの顔面を地面に叩きつけると、黙って銀貨の詰まった袋を奪い取る。そしてにやける。

(憲兵B)「しばらく遊んで暮らせるな」

 その言葉に2人もにやける。この3人の品性は見た目以上に低俗だ。

 だがそれを咎める者もいない。ここにはナツメと憲兵の4人しか居ないのだから。

 しかしたとえ誰か居ても止められるだろうか? 鍛え、ライフルを構える3人の男相手に異を唱える者が? おそらくそいつは、勇敢を通り越し、蛮勇として墓石に名が刻まれるだろう。

「だ……め」

 だが、ナツメはそれでも、憲兵Bの裾を掴んだ。

(憲兵B)「何やってんのお前?」

 地に顔を埋めるナツメ。起こせない。それだけの傷を負った。だが顔を起こし、睨み付ける!

「そ……おか……は……お……きた……んの……はん……ばる……ん……もの……ぼ……のじゃない!」

(憲兵A)「何言ってんだこいつ?」

(憲兵C)「殺しちまった方が良いんじゃねえか?」

 恐ろしいことを言う憲兵たち。だがナツメは怯まず、死に瀕しながらもはっきりと言う!

「それが僕のお金なら持っていけ! でもそれは沖田さんとハンニバルさんがくれたお金だ! 僕はそれを二人に返さなくちゃいけない!」

 そうだ、僕はそのお金を2人に返さなくちゃいけない! そのお金はこの世界を救うために必要なんだ! 彼らのためにあるんだ! 僕はただ貸してもらっただけだ! だから返すんだ!

「返せ!」

(憲兵B)「うるせえ!」

 憲兵Bはナツメの顔を蹴り飛ばして、手を振り払うとライフルの銃口をナツメに向ける!

(憲兵B)「殺してやる! 異世界人! てめえらのせいで俺たちがどれだけ迷惑してると思ってんだ!」

 しかし銃口を向けられながらもナツメの瞳から力は消えない。

「返せ! それは沖田さんたちがこの世界を救うために必要なんだ!」

(憲兵B)「誰がそんなこと頼んだ!」

 憲兵Bが顎で指図すると残りの2人も同じように銃口を向ける。

(憲兵B)「てめえらが来てこの世界は無茶苦茶だ! 本当はてめえらが黒き者どもを呼び込んだんだろ!」

(憲兵A)「もう撃っちまおうぜ! 殺しちまおう!」

(憲兵C)「異世界人なんて皆殺しちまった方が良いんだ!」

 3人の指がトリガーを引き絞る。

「返せ……それは、あなたたちを助けるお金だ!」

 憲兵Bが薄く、怒りを抑えるかのように、目を血走らせながら、口元だけ笑う。

(憲兵B)「誰が助けてくれなんて言った? 余計なお世話だ! 異世界人!」

 3発の銃声が路地裏に響いた。そして、ナツメの胸と顔面に計3つの穴が空いた。

(憲兵B)「胸糞悪い」

(憲兵A)「行こうぜ」

「裁判所にな!」

 一閃が3つ走ると、憲兵3人が一斉に地に伏した。

 沖田総司であった。

(沖田)「まだ息はある。おい! ジャンヌ! さっさとこっちへ来い!」

 どたどたとジャンヌダルクが路地裏へ駆け込む。

(ジャンヌ)「ナツメ! これはいったい!」

(沖田)「んなこといいからさっさと治せ! 即死じゃないが肺と脳の半分が吹き飛んでいる。数分もせずに死ぬぞ!

(ジャンヌ)「わ、分かっています!」

 ジャンヌがナツメの胸に両手を当てて念じると光と共に傷が見る見ると癒えていく。ジャンヌが神に望んだ己を含めたすべての存在を元通りに修復する『聖少女の奇跡』の力である。

(沖田)「こいつらがやった。理由は、金目の物、俺が無神経にあげたこの銀貨だろうな」

 チャラリと銀貨の詰まった財布を拾う。

(沖田)「気安く上げた俺も悪いが、それ以上に志の腐った奴らだ! ぶった切っちまいたいぜ!」

 気絶する3人の憲兵に歯ぎしりする。沖田は峰内で3人を眠らせたのだった。

 それが不満なのだろう。沖田は指から血の気が失せるほど強く柄を握りしめた。

(ジャンヌ)「どうして切り殺さなかったのですか? あなたなら問答無用と思いましたけど」

 ジャンヌはナツメの様子を伺いながら呟く。

(沖田)「こいつらは腐っても、この国に使える憲兵、新選組みたいなもんだ。だからこいつらの処罰は王様が決めねえとダメだ。俺一人で決めちゃならねえ。俺は徳川家でも近藤さんでも土方さんでも無い。ただの雇われ侍だ」

(ジャンヌ)「あなたは近衛騎士隊長のはず。あなたの権限なら処罰することもできるのでは?」

(沖田)「言ったろ。俺は本来ただの人切り侍。俺は御上のために人を切る。だからこいつらを切るかは御上が決めねえといけねえ。もし近藤さんや土方さんが良しと言ったら、御上のためと自信を持って、御上の言葉を待たずにたたっ切れたけどな」

(ジャンヌ)「哀れですね。あなたは結局、すべての意思を御上に委ねているに過ぎない。ただの人形だ」

(沖田)「それが侍よ。それにそもそも隊長なんて俺のガラじゃねえ。それにお前だって結局神様に意思を委ねちゃいねえか?」

(ジャンヌ)「神は人と違い間違いを犯しません。御上に、王に、すべてを委ねるのは間違っています。なぜならば彼らは所詮罪深き人です。間違いを犯します。ですが神は間違いを犯しません。ですから、神に祈り、すべてを委ねることは正しいことです」

(沖田)「頭が痛くなってきた。もう止めようぜ」

(ジャンヌ)「そうですね」

 息苦しい沈黙。2人の間には深くて暗い谷があった。

 光が止むとそっとジャンヌは耳元をナツメの口元へ持っていく。

(ジャンヌ)「完治したようです」

 ホッと一息吐くと、沖田は気絶する3人を抱える。

(沖田)「一安心だな。俺はこいつらを王宮へ叩き返す。ナツメは、俺ん家にでもぶち込んどいてくれ」

(ジャンヌ)「あの汚らしい部屋にですか?」

(沖田)「お前の家にするか? 司祭からますます顰蹙買うぜ」

(ジャンヌ)「あなたも同じでないですか?」

(沖田)「俺は良いんだよ。日がな一日散歩するしか仕事がねえんだ」

 ジャンヌの瞳が暗く落ちる。

(ジャンヌ)「私も同じようなものです。日がな一日、キリスト教を布教させるだけ。隠れて。こそこそ」

(沖田)「でもキリスト教を布教させるなら、今司教たちの機嫌を損ねる訳にはいかねえだろ。黙って連れて行け」

 沖田は3人を担ぎ、歩き出す。

(ジャンヌ)「やはりナツメは私の家に連れて行きます」

 ジャンヌが言い切ると沖田は振り返る。

(沖田)「良いのか?」

 沖田が聞くとジャンヌは悲し気に頷く。

(ジャンヌ)「私もあなたと同じ、嫌われ者ですから」

 沖田は苦笑で返すと、黙って姿を消した。

(ジャンヌ)「行きましょうか」

 ナツメをお姫様抱っこするとジャンヌも路地裏を出る。

 そこで目にした光景は、通行人、住民たちの戦慄する視線だった。

 彼らはジャンヌたちと同じく銃声を聞いた。だから野次馬が集まっている。しかし撃たれたのがナツメと、いや異世界人だと分かると皆非難の目でジャンヌを迎えた。

 彼らは何も言わない。ただジャンヌとナツメを見て地面に唾を吐き、去っていくだけだった。

(ジャンヌ)「主よ……哀れなる子羊に、力なき私に慈悲を」

 ジャンヌは一筋の涙を浮かべ、帰路に立った。


 眠りから覚めるときの苦痛は筆舌に尽くしがたいとナツメは思う。

 憂鬱な一日を告げる日の光、爽やかで希望に溢れた子供や同級生の笑顔を見ることほどの地獄は無いと思える。

 彼らとは違う。自分の居場所はここに無い。皆からそう言われているようで辛かった。

 だから死んだ。永遠に目が覚めない様に願いながら。

 だがしかし、今は違う。確かに苦痛であった。どうすればいいのか分からない孤独と不安の混じる不快感。だがそれを打ち消すほど、優しい匂いと感触がする。

 まるで天国へ来たようだ。

(ジャンヌ)「気が付きました?」

 目前に女神が微笑んでいた。パチパチと目を瞬かせてもその姿は消えない。

 天国かな? やっぱり死んだのかな? ぼんやりとしながら柔らかい枕を摩る。柔らかい。何より張りがある。確かな肉の感触。

 お母さんみたいだ。ナツメはそんなことを思った。

(ジャンヌ)「こら! 女人の体をベタベタ触ってはいけません!」

(ナツメ)「ご、ごめんなさい!」

 急いで飛び起きる! 今のはジャンヌさんの足だった! 膝枕! 何で! すごく嬉しい! でも嫌われたかもしれない! そもそもここはどこ! 僕は死んだんじゃないの!

 ナツメはうろたえてばかりで声も出ない。まるで怯える子犬だ。そんな様子を見かねてか、ジャンヌはそっとナツメを胸で抱きしめた。

(ジャンヌ)「落ち着いて。もう怖くないです。怖い人たちはもう居ません。ここには私とあなたしか居ません。目を瞑って」

 そしてナツメの背中と頭を撫でながら祈りを捧げる。

(ジャンヌ)「天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。

      み国が来ますように。

      みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

      わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

      わたしたちの罪をお許しください。

      わたしたちも人をゆるします。

      わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください」

(ジャンヌの祈りが終わる)

 まるで子守唄だ。ナツメはジャンヌの胸の中で赤子の様な表情を浮かべた。

(ジャンヌ)「落ち着いたようですね」

 ジャンヌはナツメの呼吸が落ち着くとすっと頭を一撫でして離れる。美女の、憧れの英雄の温もりと香りが離れると思わず駄々をこねたくなったが、すぐにそれがとてつもなく情けない事と思い、グッと堪える。

(ナツメ)「あの、良く分かりませんが、本当にごめんなさい」

(ジャンヌ)「どうして頭を下げるのですか?」

(ナツメ)「だって、僕が変なことしちゃったんでしょ?」

(ジャンヌ)「変なこととは?」

(ナツメ)「だって僕、路地裏に居たのに、いつの間にか知らないところに……しかも! ジャンヌさんにそののひひ膝枕まで!」

 ナツメは後ずさりすぎてテーブルに躓いてひっくり返る。

 ジャンヌは澄んだ目でナツメを見下ろす。

(ナツメ)「あの、ごめんなさい」

 失態を演じ、心が張り裂けそうだ。ジャンヌさんの視線を視ない様に顔を背ける。逃げたい。

(ジャンヌ)「どうやらまだ落ち着いていないようですね」

ジャンヌは可愛らしく、まるで手のかかる赤子を見たような笑みを浮かべると、ナツメの前で跪き、視線を同じ高さにして両手を取る。

(ジャンヌ)「目を瞑ってください。元気の出るおまじないをしますから」

 ナツメとしては心臓が張り裂けそうなほど胸が痛かったが、それを振り払うために一心不乱に目を閉じる。

 ジャンヌが涼やかな声で祈りを捧げる。

(ジャンヌ)「アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。

      あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。

      神の母聖マリア、わたしたち罪びとのために、今も、死を迎える時も、お祈りください。

      アーメン」

(ジャンヌの祈りが終わる)

 やっぱり子守唄みたいだ。ナツメはそう思った。

(ジャンヌ)「落ち着きましたか?」

 綺麗な瞳、髪、そして顔、何より神々しさすらも感じる微笑みの前で頬が熱くなる。

(ナツメ)「大丈夫です。もう大丈夫です」

 ジャンヌさんが両手を離してくれた隙にさっと身を引く。このまま近くに居れば、僕は間違いなく悪魔の誘惑に負けてしまう。

(ナツメ)「それでその……僕はどうしてここに?」

(ジャンヌ)「そうですね。少し長くなりますから、おかけになってください」

 テーブルを元の位置に戻すとソファーに座る。その横にジャンヌが座る。

 童貞で女の子と会話もしたことの無いナツメにとっては地獄の始まり。ジャンヌにとっては何ともない世間話の始まりだ。

(ジャンヌ)「私は今日、お暇でしたので町にキリスト教を布教させていました」

(ナツメ)「キリスト教? ジャンヌさんはエーテル教の大司教じゃ?」

(ジャンヌ)「そうです。ですがエーテル教は明らかに間違っています。決して民を救いません。救われるのは金のある物です。資本主義です。宗教は資本主義であってはならないのです。なのにエーテル教は、入信するに金、祈りを捧げるに金、あまつさえ死者を見送るにも金と、金金金と利益のみを追求する。確かにお金は必要です。しかしそれは信者たちの心からもたらされるべきものです! それを強制するということは金こそが神と申しているようなものです! それは宗教の考えではあってならないことなのに! 悪しき悪魔の囁きなのに!」

(ナツメ)「あの、お水をどうぞ」

 ジャンヌはグッと飲み干すと苦笑する。

(ジャンヌ)「軽蔑しましたか?」

(ナツメ)「え?」

(ジャンヌ)「まるで私が宗教キチガイ、キリスト教の狂信者の様で」

(ナツメ)「その、僕は良く分かりません。でもジャンヌさんがそれほど怒るならそうだと思います」

 ジャンヌがふぅと一息。

(ジャンヌ)「ありがとうございます。そう言ってくださるだけで、救われます」

 ジャンヌは席を立ち、ナツメにお辞儀をする。

(ジャンヌ)「お茶のことを忘れていました。すぐに取ってきますので、しばしお待ちください」

(ナツメ)「あの! そこまで気を使わなくても!」

(ジャンヌ)「良いのです。これから長いお話になるのですから」

 ニッコリと笑って部屋を出るジャンヌを見て、ふとナツメはおかしくなる。

(ナツメ)「女の子はお喋りが好きだって聞いたけど、ジャンヌさんもそうなのかな?」

 そう思うと肩の力が抜けた。そして部屋を観察する余裕が出来た。

(ナツメ)「何だか、普通の家だ。ハンニバルさんのような掘っ立て小屋でもないし、沖田さんのように豪華な内装でもないし、アウグストゥスさんのように奇天烈でも無い。まさに中世ヨーロッパの家屋だ」

 外を見ると井戸に小麦畑やブドウ園も見える。そして遠くにエーテル教会。どうやら城下から相当遠い位置にあるらしい。

(ジャンヌ)「お待たせしました。あら? 何か見えますか?」

(ナツメ)「いえ、すごく綺麗な小麦畑にブドウ園だなって」

(ジャンヌ)「あら! 気づいてくれましたか!」

 ジャンヌさんは小走りに、嬉しそうに窓まで近づくとチラリと、自慢げな視線を送って、勢いよく窓を開ける!

(ジャンヌ)「凄いでしょう! 一面に広がる小麦畑! 鳥たちも羨むブドウ園! まさにキリスト教が伝える天国です!」

 ジャンヌさんは興奮冷め止まぬという感じにまくし立てる。

(ジャンヌ)「この小麦畑は枯れることは無い! ブドウ園も! 収穫は1か月に一度! 季節も関係ない! 害虫も気候も関係ない! 永遠に尽きることのない楽園! 私をここに呼んだ彼女は! 確かに、偉大なる神を信じるクリスチャンでした」

 ジャンヌはそっと胸にぶら下げる十字架を握りしめ、心の中で祈る。

(ナツメ)「これも、彼女にお願いして手に入れたんですね」

(ジャンヌ)「そうです。だからこそ、私は彼女のために戦う必要があります。たとえどんな苦渋を飲んだとしても」

 ナツメはその決意に、光に満ちた姿に何も言えなかった。

(ジャンヌ)「話がそれてしまいましたね。と言っても、もう語ることはありません。私は暇を持て余し、城下で細々と布教していた。その時銃声が3発聞こえました。駆け寄る途中で沖田に会いました。あなたは死にかけでした。あなたを撃った憲兵は沖田が倒しました。私はあなたを治しました。そして放っておく訳にも行かなかったので、ここへ連れてきました。ふふ。長話になると言いながら、一瞬で済んでしまいましたね」

 ぼんやりと小麦畑を眺めるジャンヌさんは、とても綺麗だった。もしも今ジャンヌさんと窓の外に広がる雄大な小麦畑を映した写真があれば、数百万の値が付いても惜しくない。

 そう思えるほど綺麗だった。

(ナツメ)「沖田さんも助けてくれたんだ」

(ジャンヌ)「そうです。なぜ彼女が駆け付けたのかは、彼女が話してくれるでしょう。彼女もここへ来ますから」

 何か今変なことを聞いた気がする。

(ジャンヌ)「しかし、この美しい楽園も、今は資本主義の毒牙にかかっている」

 でも気落ちしたジャンヌさんにそんな些細なことを聞くのは気が引けた。

(ナツメ)「何があったんですか?」

 だから話を聞く。それだけが望みだったんだから。

(ジャンヌ)「エーテル教は私の小麦畑やブドウ園の利権を握っています。経済や司法に疎い私も悪かったですし、彼らの口車に乗った落ち度もあります。たとえ神の手で作り出された小麦畑やブドウ園でも、土地の所有者は私たちエーテル教だ。その言葉を覆せませんでした。ですがそれ以上に私は、彼らの思惑に、政治や利権の駆け引きに疎かった。結果、この美しい小麦畑やブドウ園も、あの卑しい異教徒どもに盗られてしまった!」

(ナツメ)「それが、エーテル教を嫌う理由なんですね」

(ジャンヌ)「せめて、民に無料でパンを与えるならば何も言えません。ですが彼らはそれすらも破った」

 沈黙。重苦しくて涙が出るような状況だ。

(ジャンヌ)「一気にしゃべってすいません」

(ナツメ)「良いんです! 僕はジャンヌさんのお話が聞きたかっただけですから!」

(ジャンヌ)「ダメです! そうだ! お詫びにとっておきのお菓子をお出しします! ちょっと待っててください!」

 ジャンヌさんはドタドタと忙しなく部屋を飛び出す。また失笑する。

(ナツメ)「こうしてみると、ジャンヌさんて普通の女の子みたいだ。英雄って言われなくちゃ分からないくらいだ」

 ソファーに腰を沈めて目を瞑る。小鳥のさえずりが気持ちいい。

 何だろう。やっぱり僕は、ジャンヌさんが好きなんだろうか?

 ……眠い。ジャンヌさんはまだ来ないみたいだし、ちょっとだけ、寝よう。

 ……

(ジャンヌ)「起きてください!」

 びっくりして体を起こす! 少し夕日が差していた。

(ジャンヌ)「これは今までで一番出来がいいです! ちょっと食べてみてください!」

 カットされた三角形の土台に、イチゴやクリームがサンドされ、その上にまたクリームと苺。これは。

(ナツメ)「ショートケーキですか?」

(ジャンヌ)「そうですそうです! 料理本を片っ端から読みまくったんです! 食べてみてください!」

 一口食べる。酸味と甘み、そしてスポンジの絶妙なハーモニーが口に広がる。

(ナツメ)「美味しい! これジャンヌさんが作ったんですか!」

(ジャンヌ)「そうですそうです! 私が作ったんです! ここに来て初めて未来の文化に触れましたが、未来は料理もお菓子も素晴らしい! フランス革命よりも偉大な、味の革命です! 私が戦った甲斐もありました!」

 その笑顔が見れただけで戦ってもらった価値がある。そんなことを思い乍ら一心不乱に食べる。

 辛い物以外でこんなに美味しいと思えたのは初めてだ!

(ナツメ)「その……残りってありますか? 浅ましいと思われると思いますが、すごく美味しくて」

 すごく美味しくて、しかもジャンヌさんの手作りとなると、もう2切れほど欲しかった。食べたくて我慢できなかった。

 するとジャンヌさんは嬉しそうに微笑む。

(ジャンヌ)「その、それが最後だったんです」

(ナツメ)「え! ああ、ごめんなさい。本当に厚かましいこと言っちゃって」

(ジャンヌ)「謝らなくていいんです……その、実はあなたにお持ちする前に、ほとんどを食べてしまって」

(ナツメ)「えっ?」

(ジャンヌ)「あの! 別に卑しい気持ちはありません! ただ一口食べて美味しいと思いましたが、それが気のせいではないか確認しただけです。ええ、ただそれが数十口になっただけで……」

 口ごもるジャンヌさんを見て、プッと噴き出してしまう。

(ジャンヌ)「な、なにがおかしいんですか!」

(ナツメ)「いえ、ごめんなさい」

 それでも笑いが止まない。

(ナツメ)「ジャンヌさんも女の子なんだなって思っちゃって」

(ジャンヌ)「なっ! 当たり前です! 確かに私は戦争に参加しましたが、それでも普通の女の子です! 美味しいもの食べたり、皆と遊んだり、可愛いぬいぐるみとかも欲しいです!」

(ナツメ)「あの、別にからかってる訳じゃ」

(ジャンヌ)「からかってます! 全く! 私は戦争に参加しましたが、普通の女の子です! 英雄英雄言われているようですが、その時前線で戦っていた兵士たちの方がよっぽど英雄です!」

(ナツメ)「分かってます」

(ジャンヌ)「いいえ! 全然分かってません!」

(ナツメ)「えぇー? どうして?」

(ジャンヌ)「だって笑ってるじゃないですか! さっきよりも、ずっといい顔で」

 ほくそ笑まれてハッと自分の顔を触る。確かに、緩んでいた。ジャンヌはふんと鼻を鳴らす。

(ジャンヌ)「リラックスしていただけたのは結構です。ですがそれは私のケーキを食べられたからですか? それとも私がおかしかったからですか?」

(ナツメ)「あの、もちろんケーキが美味しかったからです」

(ジャンヌ)「ありがとうございます」

 ニッコリ、どことなく悪戯っぽさを感じる笑顔を見て、やっぱりジャンヌさんは綺麗だと思った。恋人になりたい。そんな分相応なことを思った。

(ジャンヌ)「それにしても沖田の奴、ずい分と遅いですね……どこで道草を食っているのかしら?」

 ジャンヌさんは窓から身を乗り出し、沖田さんを探す。その後ろ姿がとても美しくて、抱きしめたくて仕方なかった。

(ナツメ)「その……ジャンヌさんは戦争をする前は、どんな生活してたんですか?」

 その誘惑を振り切るために、せめて、勇気を出してジャンヌさんの横に並んで景色を見る。

 山が見える。青空が見える。こうしてみると、あの曇った都会よりずっと綺麗だ。

(ジャンヌ)「人に物を訪ねる時は自分からとも言います」

 えっと思うと、ジャンヌさんの微笑みと対面した。

(ナツメ)「そうですね……ただ僕の話なんてつまらないです。それでも良いですか?」

 本当は話したくない。こんな話をしたら、ジャンヌさんに嫌われそうで、怖かった。

(ジャンヌ)「人の人生に詰まらないものなど無いと思います」

 優し気な瞳。少しだけ話そう。そしてすぐに切り上げよう。

(ナツメ)「僕はここに来る前に、まあ虐められていました。内容は文面にしても詰まらないので端折ります。ただ言えることは、僕は誰とも遊んだことも、両親と会話したこともありません。ただ真っ黒なキャンパスを、黒鉛筆で塗りつぶす。それだけを繰り返していた。それが嫌になって、自殺した。これがすべてです」

 ジャンヌさんは何も言わなかった。やっぱり、僕は最低だ。

(ジャンヌ)「私の家は農家でした。父は厳格なクリスチャンでした。でもそこまで厳しかった訳ではありません。花の首飾りを作ったら、頭を撫でてくれました。母が作るスープはとても美味しかった。とろみがあって、シチューみたいな感じです。兄妹皆で、口元に白髭ができるくらい無我夢中で食べちゃいました。兄妹で良く飼い犬のカールと遊びました。大きな犬で、農場を荒らすキツネなんかすぐに追っ払っちゃう武人で、父も頼りにしていました。皆、私も含めて、農場で鍬を持ったり、牛を引いたりして、日曜日には教会に行く。そんな人生だと思っていました。そして私は何時か、誰か良い人を見つけて、子供を産んで、スープを作って、子供たちに聖書を読む。母と同じような母親になると思っていました」

 ジャンヌさんはいったん言葉を止めると、少し俯く。

(ジャンヌ)「ただ、不穏な空気は常にありました。当時100年戦争の真っただ中でしたから、町へ行くとピリピリした空気を感じました。私たちの村も被害を受けたことがあります。理由として、私たちの村は当時フランス王家に忠誠を誓っていました。ですが当時の情勢はイングランドが連戦連勝しておりました。結果、イングランド派に目をつけられた。そして12歳の時です。小火騒ぎで小麦畑が焼かれました。明らかに放火でしたが、父も、母も、何も言いませんでした。言えませんでした。私も、何も言いませんでした。あんなに一生懸命に世話した小麦畑が焼けたのに、私は泣く事さえ出来なかった! その時思いました。戦争を終わらせなければと。そしてその日の夜、1人静かにお祈りをしていた時に、大天使ミカエル様、聖カトリーヌ様、聖マグルリット様とお会いしました。そして告げられました。私の使命を」

ジャンヌさんは迷いなく太陽を見上げる。

その姿はまさしく聖少女ジャンヌだった。

だからとても、悲しくなった。

(ジャンヌ)「ナツメ、私は火刑になったことを悔やんでいません。お告げを頂いた時に己が未来も告げられました。そしてフランスの勝利も。だからあの熱く、苦しい炎の中でも、胸を張りました。そして意識が炎に包まれたその時、再びミカエル様とお会いしました。彼は何も言わずに立ち去りました。彼は私を見守っていてくれた。それを知り、真の幸福を知りました。ですから、そんな悲しい顔しないでください」

悲しげに眉を顰められると嫌われたようで息が詰まる。

(ナツメ)「あの、ごめんなさい。僕みたいな奴が同情するなんて余計ですよね」

(ジャンヌ)「同情するのは構いません。戦争は辛かったですし、炎も熱かった。それより私が悲しいのは、あなたが己の人生を後悔していることです」

後悔? 何でだろう。僕は生まれたことから後悔しているのに?

(ナツメ)「その、僕は自殺しました。後悔したからやったんです。生まれたことを後悔したからやったんです。だってそうでしょ? 誰も必要とされないのに生まれたのに?」

言って、ハッとしてすぐに口を閉じる。

嫌われたかもしれない。

嫌になる。

(ジャンヌ)「やっと、心を開いてくれましたね」

でもジャンヌさんは両手を握ってくれた。何度目だろう? でもとても嬉しい。誰も握ってくれなかった汚らしい手を握ってくれた。両親も誰も握ってくれなかった汚らしい手を。

(ジャンヌ)「私はナツメの不幸を知りません。分かることはあなたに罪が無いことだけです」

心臓が止まるかと思った。涙が出た。だって、その言葉は、僕が1番望んでいた言葉だったから!

(ジャンヌ)「私は19年しか生きていません。ですがそれでもたくさんのことを学びました。その中でも今あなたに伝えられることは、誰しも悪く無いこと、ただ罪を償うことが出来ていないことです」

涙が止む。ムッとする。やっぱり僕は俗物だ。

(ナツメ)「でも僕は苦しんだ。なのに彼らは悪く無い? 両親も誰も悪く無いのですか?」

(ジャンヌ)「恨んではダメです。あなたは恨みたく無いから死んだのでは無いのですか?」

(ナツメ)「恨む勇気が無かっただけです! 僕はただの負け犬だ!」

(ジャンヌ)「ならばなぜ何も言わなかったのですか? 助けを呼ばなかったのですか?」

(ナツメ)「呼んでも誰も助け無かった! だから死んだ! それしか無かった!」

(ジャンヌ)「ならばなぜ殺さなかったのですか? 戦争を起こそうと思わなかったのですか?」

(ナツメ)「その勇気が無かっただけです!」

(ジャンヌ)「ならば、あなたは両親も誰もかも殺したかったのですか?」

言葉に詰まる。

(ナツメ)「あなたは分かってない! 僕は!」

何も言わなかった。息が吸えなかった。それでもジャンヌさんは、黙っていてくれた。

(ナツメ)「僕はただ、分かって欲しかった。僕の苦しみを。ただそれだけで良かった。僕はただ、それだけで死んだんです。復讐なんてしたく無い! だって僕は、ただの負け犬なんだ」

(ジャンヌ)「あなたは負け犬ではありません。あなたは、憎しみに呑まれる前に、彼らを許すために、死んだんです。まさに、神の言葉を聞いたのです」

ジャンヌさんは優しく抱きしめてくれる。

(ジャンヌ)「あなたは負け犬ではありません。だってあなたは誰も殺していない!」

温かくて、どうして怒っていたのか分からなくなる。

(ジャンヌ)「聞いてください! 私の戦友にジルドレイという人が居ました」

ジルドレイ。中世で最も悪名高いジャンヌさんの側近だ。

(ジャンヌ)「彼は両親の影響もあるでしょうが、強引な手口で大貴族となりました。そして私と共に戦ってくれました。短い間でしたが、私を励ましてくれました。また会議でも私の味方をしてくれました。その姿はとても頼りになりました。ですが私が処刑されたのをきっかけに彼は狂人と化してしまいました」

(ナツメ)「数百人の子供を惨殺してしまった」

(ジャンヌ)「元々良い噂は聞かない人でした。ご両親も良い噂は聞きませんでしたから、ある意味血筋なのかもしれません。しかし彼はクリスチャンでした。私の前ではとても良き戦友でした。彼は私と行動するうちに己が罪を認め、己が胸に宿る欲望と戦う覚悟を得た。戦争が終わったら、必ず罪を償う。私はそう思っていました。ところが彼は、私が処刑されたことで罪を償うことを忘れてしまった。異教に走ってしまった。それは許されることでしょうか? 怒りや悲しみは分かります。私をそれだけ思ってくれたと言う感謝の思いもあります。ですがそれがどうして罪も無き少年たちを殺す免罪符になるのでしょうか?」

(ナツメ)「で、でもジャンヌさんは火刑となってしまった。狂ってしまったのは分かる気がします」

(ジャンヌ)「私が火刑となったからと言って狂ってよい理由にはなりません。ですが胸から湧き上がる激情も分かります。しかし彼はそれを沈めねばならなかった。そして私は、彼は最初こそそうしようと思っていたと思います。ですが激情に飲まれてしまった。私を殺したものを許さなかったから。許せなかったから」

(ナツメ)「許すのなんて出来ないと思います! ジャンヌさんは強いからそう言えるだけだと思います! 僕はジルさんの気持ちが分かる! そんな簡単に許せない!」

 ジャンヌさんはそっと僕の首に両腕を回して抱擁する。

 女神だ。そう思った。

(ジャンヌ)「でもあなたはジルと違います。あなたはジルの様に人を殺さなかった。あなたは自殺することで、狂気に飲まれる前に、激情に身を任せる前に死んだのです。それはとても立派なことです。誇ってよいことです。あなたは立派なクリスチャンです。自殺は罪です。ですがあなたはそれ以上の苦行に耐えてきた。そして許すことを選択した。我ら偉大なる神は、あなたを必ずお許しになる」

(ナツメ)「違う! 僕はただ何も出来ない負け犬だ! もしも力を持ってたらジルさんみたいな狂人になった! 僕はただ弱虫なだけだ!」

(ジャンヌ)「ではあなたは、今もご両親や苛めた者どもを殺したいのですか?」

 殺す。あの世界の、僕を必要としなかった世界の人々を殺す。それを聞かれると、何も言えなかった。

(ジャンヌ)「ナツメ。答えてください。たとえ殺したいと申しても、それは私の思慮が足りなかっただけです。あなたは私の想像を超える人生を送ってきた。ただそれだけのことです。殺したいと思っていても、偉大なる神はお許しになる。だって、あなたは偉大なる神に異を唱えるほど、辛い目にあったのだから」

 ジャンヌさんの言葉が耳から脳へ、そして心臓へ、そして血管を伝って全身に響く。

 僕は殺したくない。殺したいけど殺したくない。でもこの思考こそ負け犬なんじゃないのか?

(ナツメ)「僕は、殺したくない。顔も見たくない。思い出したくも無い。ただ忘れたかった。辛い日々も、僕を虐めた奴らの事も、両親の事も」

(ジャンヌ)「それこそが、相手を許すことなのです」

(ナツメ)「忘れることが、許す?」

(ジャンヌ)「ナツメ。許すという行為は罪を犯したものを救うための行為ではありません。許すという行為はあなたのために、被害者のためにある行為なのです。例えば、あなたがご両親や加害者を殺したとしましょう。ですがあなたの恨みは社会へ向く。己を見捨てた社会という罪も無き人々に向かう。それは永遠に続く賽の河原のように続くでしょう。いつかは断ち切らなくてはならない。ですが殺してしまった以上、永遠に断ち切れない、絡みつくいばらの様にあなたを傷つける。なぜなら、その時のあなたは誰も許せない。許す相手は、当の昔に殺してしまったのだから」

 ジャンヌさんが抱擁を止めて肩に手を置く。

 胸が締め付けられ、涙が滝の様に出る。

 彼女の頬が涙で濡れていた。

(ジャンヌ)「あなたは自殺という形でその憎しみの連鎖を断ち切った。それはあなたが相手を許したに他ならない。だからあなたは負け犬ではないのです。弱虫ではないのです。あなたはジルよりもずっとずっと強い人。ですから、後悔しないでください。嫌な思い出はたくさんあるでしょう。でも自分を嫌いにならないでください。自分を負け犬と言わないでください。まだ恨んでもいいです。私が傍に居ます。必ず、心の底から彼らを許せます。ですから、お願いですから、自分を嫌いにならないでください」

 優しい、救いの言葉。

 僕は負け犬では無い。

 僕は自分を嫌いにならなくていい。

 どれだけ聞きたかった言葉だろう。

 だからこそ、ジルさんの気持ちが分かる。

 この人が火刑になったら、僕はきっと、今度こそ、自分が許せず、自殺もせず、ナイフを握りしめて振り回すだろう。自分に向けた切っ先を、誰かに向けてしまうだろう。

(ナツメ)「ジャンヌさん。ありがとうございます。でも僕は、自分が嫌で嫌で仕方ないんです。だって僕は弱虫だった。反撃もできなかった。テレビとか両親が言っていたんです。自殺なんて弱い奴がやることだと。何で虐められて反撃もしなかったんだと、怒っていたんです。僕は叱られているんです。今も」

(沖田)「弱い奴を見捨ててほざくような玉無し野郎の言葉なんて真に受けてんじゃねえよこのバカ!」

 僕はびっくりして扉を見た。

 ジャンヌさんもびっくりしていた。

 扉の前で、沖田さんが不機嫌そうに腕を組んでいた。

(沖田)「さっきからここに居るのに気づかねえから黙って聞いていたが、ナツメ、お前バカだろ!」

 沖田さんがつかつかと肩を怒らせながら僕の傍に来る。

(沖田)「お前はバカだ! 確かに死んじまった方がマシだ! 今すぐ死んで来い!」

(ジャンヌ)「沖田!」

(沖田)「黙れ! こいつはお前が真摯に言っているのに何も分かっちゃいない! 分かろうとしない!」

 沖田さんはそう言うとビンタを一発頬にぶちかます。

 ジンジンする頬っぺたを撫でると、沖田さんが体を引っ掴んで、無理やり向き合わせた。

(沖田)「てめえな! ジャンヌが言ってるだろ! お前は漢だって! お前も分かっただろ! 自分が漢だって! なのに何でそれを否定する! そんなのはバカ野郎がすることだ!」

(ナツメ)「だって僕の時代はそうだったんだ! 沖田さんの時代とは違う!」

(沖田)「やっぱりてめえはバカ野郎だ!」

 背負い投げ。芸術的だ。全然痛くないのに体が痺れて動けない。

(ジャンヌ)「沖田! これ以上私の友人を傷つけるのなら!」

(沖田)「黙ってろ!」

 沖田さんが僕に馬乗りになりながらジャンヌさんに切っ先を向ける。

 ジャンヌさんは沖田さんの気迫に押されて固まる。

 沖田さんが僕を叱りつけるためにやっていると分かっていたから。その方法が荒っぽいので怒っただけだから、ジャンヌさんは気迫に押された。

(沖田)「良いか! 弱い奴を守らないで、ただ弱いと切り捨てるのは屑だ! 弱虫だ! そんな弱虫の言葉信用するんじゃねえ!」

(ナツメ)「弱虫?」

(沖田)「例えば、金が無く、今にも死にそうな奴が居た! そいつはパンの一つでもあれば頑張れる! そんな奴に向かって、努力しないバカだ! と言って去った奴がいた! 金の一つも、パンの一つもやらねえで弱虫と、負け犬と言う奴が居た! 屑だろ! お前はそんなバカ野郎の言葉を鵜呑みにしてやがる!」

(ナツメ)「沖田さん。それは曲論だよ。自殺した人たちも良く考えれば自殺しないで済む方法があった。それに気づけないことに、僕の両親は怒ったんだ!」

(沖田)「弱いお前に気付けない両親を庇うのか! お前の胸に溜まるどす黒い思いを真摯に受け止めたジャンヌの言葉よりも、それに気づこうとしない弱虫を庇うか!」

(ジャンヌ)「沖田! 言いすぎです! ナツメは良い子なんです! ご両親を許したのです!」

(沖田)「違う! こいつは縛られているだけだ! 両親が立派な奴と思い込みたいだけだ! それだけの価値があると思い込みたいだけだ!」

(ナツメ)「何で怒ってるんですか! もう両親は居ない! 僕は一人ぼっちだ!」

 ゴツンと沖田さんの頭突きが鼻に入った。

 それは今まで食らったことのない、痛くて、温かくて、気持ちの良い頭突きだった。

(ジャンヌ)「沖田! やりすぎです!」

(沖田)「うるせえジャンヌ! 一人ぼっちだと? ジャンヌはお前の手を握った! お前の胸のうちを聞いた! なのにてめえは一人ぼっちか? 俺たちを虐めた奴らと同じ低俗な存在と見下してんのか!」

(ナツメ)「そんなこと言ってません!」

(沖田)「言ってんだよ! ジャンヌの言葉よりもお前を助けねえ弱虫の言葉を信用するその姿勢が!」

 文句を言えば言うほど怒られる。

 何で幸せな一時だろう。

(沖田)「お前の両親も、テレビとかもお前の話を聞いたか? 良いか! そいつらの言葉なんて知ったこっちゃねえ! ただの弱虫だ! 何も知らねえで言うただの弱虫だ! ただ自分の思い込みで言うジル以上の狂人だ! だがジャンヌは違う! お前の話を聞いた! 聖人だ! その言葉に異を唱えるか! まだ自分が弱虫と言うか!」

(ナツメ)「沖田さん……ありがとうございます。でも僕は自分が弱虫じゃないって思えないんです」

(沖田)「めんどくせえ奴だ! 証拠がねえとダメ? 魂なんて、心何て信じねえ? やっぱり明治政府はくそだな! 徳川幕府だったらお前が言う弱虫なんてどこにも居ねえ! 侍が皆てめえを侍って言う!」

 ドスンと銀貨の詰まった袋を胸に乗せられる。

(沖田)「あのくそどもの骨を4、5本へし折って聞いたが、お前はこの金をあいつらに渡さなかった。逆らった。俺とハンニバルに返すために。その心意気がお前を虐めた弱虫どもにあるか?」

(ナツメ)「あの、その……でも結局盗られちゃいました。沖田さんたちに迷惑をかけてしまった。僕が弱かったから」

(沖田)「やっぱりてめえはバカだ! 盗られる? 結構だ! 金なんて盗られていい! でも盗られちゃいけねえもんがある! 誇りだ! 魂だ! 恩だ! 礼儀だ! お前はそれを守った! 俺らに迷惑をかけた? いっぱいかけろ! 俺らはつええ! お前ひとりの迷惑で文句なんか言わねえ! 俺らは弱虫じゃねえからな! だからお前は! ……つええんだよ」

 沖田さんは、悔し涙を流した。

 頬に涙が落ちた。

 僕は何を言ったら良いか分からない。

 でも何を言ったらダメかは分かった。

 僕が弱虫と、自殺したほうが良いと口にする。

 それが沖田さんにジャンヌさん、それにきっとアウグストゥスさんにハンニバルさんを傷つける。

 だから胸を張らなくちゃならないんだ。

 僕は弱虫じゃないって!

(ナツメ)「沖田さん、ジャンヌさん。ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすいません」

(沖田)「分かりゃ良いんだよ……」

 沖田さんが袖で涙を拭う。ジャンヌさんも安堵した様に袖で涙を流す。

 これが沖田総司、そしてジャンヌダルクだ。

 沖田さんもジャンヌさんもアウグストゥスさんもハンニバルさんも英雄だ。

 とても強い。

 だからこそ、人のために涙を流せる。

 僕のために涙を流せる。

 僕を勇気づける。

 勇者という言葉がある。

 それはきっと、勇気を与える者という意味だ。

 英雄という言葉がある。

 きっとそれは、勇者と同じ意味だ!

(ナツメ)「沖田さん、ジャンヌさん。最後にこれだけは言わせてください」

(沖田)「……何だ?」

(ジャンヌ)「お聞きします」

(ナツメ)「僕は本当は死にたくなかったんだ。ただ両親と、友達と仲良くしたかっただけなんです」

 僕は沖田さんとジャンヌさんの会話で気付いた。

 僕はただ、両親と友達が欲しかっただけだ。

 それが手に入らないと分かったから、自殺したんだ。

(ジャンヌ)「本当に、お辛い目にあったのですね」

(沖田)「……起きろ。風邪引いちまうぜ」

 沖田さんとジャンヌさんに引き起こされる。

(沖田)「そう言われちまうと、俺はもう何も言えねえ。悲しくて仕方ねえ。だからよ! 友達になろうぜ! バカやって、酒飲んで、女引っ掻けて、博打やって、そんで風呂入って、飯食って、寝る! そうしようぜ! そうすりゃ、嫌なことは全部忘れちまう! ジャンヌの言葉を借りるが、お前に起きた不幸を笑い飛ばしちまおう! 許しちまおう! 俺もジャンヌも居るからよ!」

(ジャンヌ)「沖田の言葉を借りちゃいますが、笑いましょう! いつか俺はこんなに不幸だったって笑えるくらいにしちゃいましょう! 私も沖田も手助けします!」

 僕は焦る二人につい笑ってしまう。

(ナツメ)「2人とも、僕が弱虫とは絶対に認めないんですね。友達を作れって怒られると思ったのに」

 2人は肩を竦める。

(沖田)「俺は沖田総司。バカやって歴史に名を遺した。おかげで頭が岩よりも硬くてよ。そのおかげでお前が弱虫とはどうしても認められねえし、友達作れって言う無神経なバカは殺したくなる」

(ジャンヌ)「私は常々、あなたのような境遇のお方に出会うと、神は本当に居るのかという無神論者の言葉を思い出し、胸が苦しみます。だからこそ、神の存在を証明するために、私はそう言う人たちの力になりたいと思います。そうしないと、神の存在を疑ってしまうから。疑いたくないから。だからこそ、あなたが弱虫という言葉には納得してはいけないのです。納得してしまえば、それは神の冒涜に他ならない。そう思うから」

 心が晴れやかになる。

 僕は英雄と出会いたかった。

 慰めて欲しかった。

 抱きしめて欲しかった。

 こんな僕でも、英雄なら、ちょっとは抱きしめてくれるのではないかと期待した。

 その通りだった。

(ナツメ)「本当に、ありがとうございます」

 腰が九十度になるくらい頭を下げる。

 僕は英雄に甘えたかった。

 そしてたっぷりと甘えさせてもらえた。

 僕は幸運だ。

 死んでよかったという言葉はもう使えない。

 だから言う。

(ナツメ)「沖田さん、ジャンヌさん、お会いできて、本当にありがとうございます」

 2人は元気いっぱいに笑った。

 僕も笑った。

 まだ心にしこりはある。

 でももうそれで躓くことは無い。

 それは、僕に親身になってくれた、4人の英雄を侮辱する行為だから。

 だからもう死のうなんて考えないで足掻こう。

 それが無駄でもいいじゃない。

 きっと英雄が助けてくれる。

 だって彼らは英雄だ。

 だから、安心して、足掻こう。

 死んでも、きっと胸を張れるから。

 何より、英雄が悲しんでくれるから。

 きっとそう思う。

 それが何より、嬉しかった。

(ナツメ)「その、御2人の話の腰を折ってしまいますが、ごめんなさい」

(沖田)「はっ? まだ投げられたいの? バカなの?」

(ジャンヌ)「あの、謝らないでください。私たちはあなたを責めていないのですから」

(ナツメ)「いえ、さっきの話とは違います。その……僕が何の力も持たないでここに来てしまって。その……それを知ったから、昨日は怒ったんでしょ?」

 2人はそろって口を紡ぐ。

(沖田)「それを気にしてたのか。悪かったな。色々ムカつくことが有って気が立っていた。許せ」

(ジャンヌ)「その、正直申しますが、確かに驚きました。ですがそれは決してあなたを責めたわけではありません。ただ、その……色々ありまして、驚いてしまいました。許してください」

 2人が頭を下げたので、驚いた。

(ナツメ)「あの……頭を下げないでください。僕の早合点だったようですし、実際、何の力も得ないでここに来たことはバカだと思いますから」

(沖田)「やべえな。またナツメを泣かせちまった」

(ナツメ)「えっ! いや別に僕は泣いてませんよ」

(沖田)「いやいや泣くって。こりゃあ事情を説明して、許してもらうしかないな」

 沖田さんが抜身の刀をジャグリングの要領で放り投げて遊び始める。

(ジャンヌ)「沖田、危ないですから遊ばないでください。あとナツメ……その……事情をお話しします。ですから、許してください」

 ザク!

 ヒュンヒュンヒュン!

 パシ!

(ナツメ)「あ、謝らないでください! 僕が力を持って来ないのが悪いんですから」

(ジャンヌ)「違います! あれは明らかに私が悪いです!」

 ザク!

 ヒュンヒュンヒュン!

 パシ!

(ナツメ)「その、事情を聴きますから顔を上げてください」

(ジャンヌ)「本当に申し訳ありません。キリスト教を信仰しながら、あなたを傷つけてしまいました」

 ザク!

 ヒュンヒュンヒュン!

 パシ!

(ナツメ)「もう止めてください! とにかく事情を聴きます!」

(ジャンヌ)「本当に申し訳ありません」

 ザク!

 ヒュンヒュンヒュン!

 パシ!

 チン! 刀遊びを止めて刀を鞘に納める。

(沖田)「まぁ、飯食いながら話そうぜ。腹減っちまった。その前に風呂だな。おい、ジャンヌ。飯の用意しておけ。俺とナツメは男同士風呂入ってくるから」

(ジャンヌ)「ダメです! あなた女でしょ! 異性に肌を見せるなんて言語道断です!」

(ナツメ)「えっ? 女? 沖田さんが?」

 メキメキ!

(沖田)「でえじょうぶだって。性別変わっても俺の心意気は漢だ」

(ジャンヌ)「そういう問題ではありません!」

 メキメキ!

(ナツメ)「あの、突然の告白に僕は混乱しているんですが、沖田さんって新選組唯一の女の子だったんですか?」

(沖田)「男だよ男! ただここの世界に来るときしくじった! あの神様が何でもできるとか言うから、つい女にしてみろってからかっちまった! ここに来て立ちションするときに気付いたが後戻りできなかった! まあおっぱいみせっから許してくれや」

 脱ぎ脱ぎ脱ぎ(上着を脱いでさらしを解く)、バッ! メキメキ!

(ナツメ)「えぇえー! おっぱい! 沖田さんにおっぱい! すっごい綺麗! 美乳! 鼻血出た!」

(ジャンヌ)「隠しなさいこのバカ! 生前男でもここでは女なんですから!」

(沖田)「何で怒ってんだよ。沖田総司のおっぱいみたって誰が喜ぶんだ? つかこれ土方さんに見られたら謹慎処分、下手すると除隊だよ。どうしよ?」

(ナツメ)「あの、とりあえず胸隠してください。一応僕は健全な青少年なので。僕が出血死する前に」

(沖田)「何だお前? 俺の胸見て興奮してんのか? 悪いがお前みたいなおかまには興味ないぜ。抱かれるならせめて土方さんや近藤さんを超える良い男って決めてんだ!」

 メキメキメキ!

(ナツメ)「あの、とんでもないアクシデントの前でも前向きで尊敬しますが、バカなの? という感想しか出ませんのでせめて服着てください」

(沖田)「ひでえ奴だ。こちとら女になって苦労してんだぜ? 生理とか最初俺死ぬって泣き叫んだんだぞ? それに腕力も脚力も減ってるし、最初は肩を落としたんだ。ただ女になって技量が上がった! 前みたいに腕力に頼った剣術じゃねえ! 宮本武蔵みたいな武の極地に近づけた気がした! 今はこれでいいと思ってる! 真の剣術を極められると思っている!」

 メキメキメキ!

(ナツメ)「分かりましたから! 服着てください!」

(沖田)「分かったって。それでジャンヌ、お前柱なんか支えて何やってんの?」

(ジャンヌ)「さっきから家が倒壊しそうなんです! あなたの刀遊びで!」

(沖田)「何言ってんのお前?」

(ナツメ)「あの、天上の梁が滅茶苦茶なんですけど。たぶん沖田さんのせいだと思うんですけど」

(沖田)「マジか! そういや心を落ち着けるのに必死で周りを気にしなかったな。ジャンヌ! 許せ!」

(ジャンヌ)「良いからさっさと押さえなさい! このままでは私の家が! 神が与えてくれた家が潰れます!」

(ナツメ)「あの! 本当に胸隠してください! 喉仏無いの見て本当に女の子だって確信しちゃったんで!」

(沖田)「全く左右からごちゃごちゃうるせえ奴らだ。だが俺はこの状況を収める1つの方法を知っている! ナツメ! コントの落ちは知っているだろ! 俺も知ってる! 今がそれだ!」

(ナツメ)「何ドリフ大爆笑? 今それやっちゃうの? ていうか服着て」

(ジャンヌ)「沖田! ロクでもない考えしないで! ここは私の家なのよ!」

(沖田)「うるせえ!」

 ベキャ! 沖田さんが柱を蹴り砕いた。

(ナツメ)「さっきの感動的な話からこれだよ! 僕死んじゃうよ! やっぱ死んじゃうよ!」

 ベシャ!

 家が倒壊した。


(ジャンヌ)「沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね沖田死ね」

(沖田)「死ねとか言ってるぜ、ナツメ。性少女がこれで良いのか?」

(ナツメ)「沖田さんが全然反省しないからですよ。あと性じゃなくて聖です」

(ジャンヌ)「何で私がこんな目に? 神の試練ですか? 違います。このような下等な存在を神が作るはずありません。これは悪魔です。異教徒です。すぐに十字軍を結成しなくては」

(沖田)「さっきから謝ってるだろ。それ以上ぐちぐち言うと性少女の名が泣くぜ?」

(ジャンヌ)「聖少女ではなくただのジャンヌです! 人間です! だいたいどうしてあなたは私の家を壊すんですか!」

(沖田)「前に喧嘩して壊したくらいだろ?」

(ジャンヌ)「そうですね! それが3回! 今回で4回! ええ3回目に家を壊されて説得は無駄だと理解しましたがまさか再度壊されると思いませんでした!」

(沖田)「俺そんなに壊したっけ?」

(ジャンヌ)「私の家を壊して忘れたのですか! 以前は徳川の方が神よりも偉いと言っていました!」

(沖田)「思い出した! そういやそのことで何度もお前と喧嘩したな。あれはお前が悪い」

(ジャンヌ)「何でですか! 正論を言ったまでです!」

(沖田)「徳川幕府より偉い奴なんて居ねえよ。これだから田舎娘は困る」

(ジャンヌ)「いい加減にしなさい! 徳川幕府なんて250年くらいで滅びましたけどキリスト教は2000年経っても滅んでいません! これは偉大なる神がクリスチャンを守っている他にありません!」

(沖田)「神様とかうるせえんだよ! 俺は一度も見たことねえ!」

(ジャンヌ)「あなたがクリスチャンではないからです! 神を冒涜するからです!」

(ナツメ)「あの、僕食事作ってきますね」

 ギャアギャア喚く2人に付き合いきれなかったのでそっと部屋を出る。

 ジャンヌさんの家が倒壊した。じゃあ俺ん家来いよと沖田さんは言った。次いでとばかりに気絶したジャンヌさんを黙って連れてきた。

 結果目が覚めたジャンヌさんと沖田さんの雰囲気は険悪だ。全面的に沖田さんが悪いんだけど全然反省しているように見えないんだよな。あのサパッとしたところが沖田さんの長所で短所なのかも。だからジャンヌさんはブチ切れるんだけど。つかこれを仲介するとか無理だよ。

 ただ家を壊した云々以前に両者の確執は意外と根深い気がする。

(ナツメ)「でも仲が悪いにしては仲がいいように思える……悪口言い合う悪友?」

 少なくとも家を壊されたのに刀を抜いて血を流さない関係だ。気分が悪いと立ち去らないくらいの関係だ。大嫌いなら見ただけで去るはずだ。

(ナツメ)「徳川が偉いか神様が偉いかの論争? 本当に? 沖田さんならバーカって言って終わらせると思うし、ジャンヌさんもバーカって言って終わらせると思う。そもそもジャンヌさんが3回も沖田さんを説得するために訪れた? そこまでやる? せいぜい2回でその気が無いって分かるんじゃ?」

 考えれば考えるほどいびつな関係だ。ジャンヌさんが3回も説得したのも、沖田さんが3回も断ったことも。

 宗教が嫌われる1つに強引な勧誘だ。毎日毎日決まった時間に押しかける。それも数週間以上経っても。口上は不幸になる、今不幸なのは入信しないから。これはさすがにうんざりする。

 だがジャンヌさんはそんなことしていない。少なくとも僕には。確かにいつの間にかクリスチャンになってしまったけど、入会金も払っていないし、入会承諾書も書いてない。ただの口約束だ。それにジャンヌさんは親身に接してくれた。あそこまでしてくれたのに無宗教な僕が無宗教を通す通りも無い。

 なら沖田さんには強制入信を進めている? それは多分ない。そんなことがあれば間違いなく2人の間で血の雨が降る。毒づきながらも一緒になんて居られない。

(ナツメ)「台所埃まみれだし食器も埃まみれ。料理作る前に掃除しよ」

 とりあえず気を紛らわせるために食器を洗い、台所を掃除する。

(ナツメ)「かまどで飯を炊くのか……まあ、沖田さんの時代なら当然だ」

 こんなことならさっさと釜戸に火をつければよかった。後悔しながら火打ち石で火をつける。

(ナツメ)「難しい……奉公が流行る訳だ」

 火を付けるのも一苦労だ。火打ち石はマッチよりも火が付きにくいし、火が付いてもすぐに消えてしまう。枯れ木に枯れ葉をまぶしてそれに火を付ける。何度もやるとようやく枯れ木に火が付き、それを釜戸に放り込んでふうふうと酸素を送り込む。早く燃えろ!

(ナツメ)「ゴホゴホ! やっと燃えた」

 火が付き、燃え尽きないことを確認すると米を炊く。その間にネギを刻む。そして卵を用意する。おじやだ。簡単で美味しく作れる。味付けは醤油さしと塩の乗った小皿。あとはお好みに。

(ナツメ)「ガスコンロって最高の発明だったんだ」

 米を炊くにしては火力が足りなかったので何度も空気を吹き込む。火傷しそうな熱気の中、熱い空気を吸い込み噴き続けるのは中々に重労働だ。

(ナツメ)「ジャンヌさんも沖田さんもアウグストゥスさんもハンニバルさんも、皆余裕がないんだ」

 突如そう思った。というのも現状僕は飯を炊くのにも一苦労。余裕がない。そんな中、飯を炊いてくれる人を見つけたら、僕は何としてでもやってくれと頼むだろう。お金を払っても。

 そう考えると沖田さんが異世界人という理由でここに招いた理由も、ジャンヌさんが異世界人という理由で僕をクリスチャンにしたのも、アウグストゥスさんが異世界人という理由で僕に興味を抱いた理由も、ハンニバルさんが異世界人という理由で僕を戦場に連れて行った理由も分かる。

(ナツメ)「余裕がない? 皆が憧れる英雄が?」

 凄まじい違和感だ。歴代の英雄が余裕がない。考えられない。

 しかし、神と名乗る彼女の言葉を思い出す。

 たかがチートを手に入れただけで、黒き者どもに勝てると思うな。

 その言葉は、黒き者どもだけでなく、この国にも言えるのではないだろうか?

(ナツメ)「そろそろいいかな?」

 米の味見をしてみる。程よく柔らかい。食べごろだ。それに卵を入れる。

(ナツメ)「お醤油を醤油さしに移して、お塩を小皿に乗せると完成」

 お盆におじやと醤油さしとお塩を乗せた小皿を2つずつ乗せて台所から出る。

(ナツメ)「そう言えば釜戸の火消したっけ?」

 釜戸を見て、そして台所とそこに蓄えられた米や味噌、醤油を見る。涙が出た。

(ナツメ)「埃まみれだった。こんなに立派なのに。こんなに食べ物があるのに」

 このまま放っておいたらいずれ米には虫が湧き、醤油や味噌もダメになる。たくさんあるのにダメになる。全部食べられなくなってしまう。数百人が宴会しても大丈夫なほどにたくさんあるのに、皆、埃まみれでダメになる。

 誰一人、沖田さんでさえ、この台所に訪れた人は居ない。

 それに気が付き、涙が出た。

(ナツメ)「喧嘩終わりました? お食事持ってきましたよ。……これは酷い」

 机や棚、ベッドがひっくり返って、窓ガラスは割れ、グラスといった食器の破片が部屋を埋め尽くす。中央には肩で息をする獣のような2人。

(沖田)「な、ナツメも着たし、ちっと休憩しよう」

(ジャンヌ)「そ、ですね。これ以上は不毛です」

 2人の衣服は血が付いていたり破けていたりと大参事、そして顔面血だらけの傷だらけだ。

 下手すると殺し合いになってたんじゃないか?

(ナツメ)「その、手ぬぐいとお水持ってきます。包帯ってありますか?」

(沖田)「心配しなくていい。すぐに治る」

(ジャンヌ)「この程度であればすぐに治せますのでお気遣いなく」

 ジャンヌさんが胸に手を当てて目を瞑って念じると淡い光がジャンヌさんを包み込む。そして見る見ると傷、そして衣服の損傷を治していった。

(ナツメ)「これが、ジャンヌさんの力。傷を治すだけじゃなく物も治せるんだ」

(ジャンヌ)「病気や怪我も嫌ですが、物が壊れるというのも嫌です。そして戦争ではそれらが当然の出来事となります。ですから、せめてこの世界ではそれに抗える力をと、彼女に願いました」

(沖田)「こいつの力は治癒じゃなくて修復だからな。たとえ腕が無くなろうと、傷が塞がっていようと元の状態に戻す。それは物にも適用される。便利なもんだ。この力ならあの潰れた家もすぐに治る」

 そういう沖田さんの傷も見る見ると塞がっていく。傷跡も何もない。

(ナツメ)「沖田さんも凄いですね。何もしなくても傷が治っていますよ」

(沖田)「傷で動けないなんて侍の恥だからな。性別が変わっちまったのは失敗だったが、それ以上に怪我も病気もすぐ治るこの体は気に入ってる。それに結構頑丈だ。色々試したが数十メートルの崖から飛び降りてもかすり傷一つ付かなかった」

(ナツメ)「そんなことも試したんですか。というかそんな体に傷をつけるなんてジャンヌさんも凄いですね」

(ジャンヌ)「身体強化の力も彼女から得ましたから。戦争は基本数と兵器と戦術と戦略で勝負が決まります。ですが兵士1人1人の練度や力が向上すれば全体の攻撃力も防御力も速度も向上し、兵士の生存率も上がってひいては作戦成功率も上がります。私自身、ただの旗持ちでしたから、この世界では最低限自分の身を守れるようにならないとと思いまして」

 ジャンヌさんは傷や衣服を修復すると床に手を付いて念じる。部屋全体が淡い光に包まれて、穴の開いた壁も、割れた窓ガラスも、割れたグラスも、ひっくり返った棚やベッドも暴れる前の状態へ戻っていく。

(ナツメ)「まるで時間を逆行しているみたいだ」

(沖田)「ほんと、神様から貰った力って言って一番説得力がある能力だ」

 そういう沖田さんの衣服も見る見ると元通りになっていく。

(沖田)「俺の服も治すのか? 意外に優しいな」

(ジャンヌ)「これ以上もめ事を起こすのもバカらしいですからね」

(沖田)「確かにそうだな。もうお互いに腹を割って話すのは止めよう」

(ジャンヌ)「元からそのつもりです」

 ピリピリした空気が流れる。

 確かに部屋は元通りだ。でも2人の関係は壊れたままだ。

 喧嘩するほど仲が良いというけど、この場合、ぶつかってぶつかってそのまま砕けた。そんな関係のような気がする。

 すごく居心地が悪い。

(沖田)「飯作ってくれたのか」

 部屋が元に戻ると沖田さんがニッコリと笑いかけてくる。作り笑いだ。

(ナツメ)「お腹空いてると思って」

(ジャンヌ)「あら、私の分もあるのですか?」

(ナツメ)「皆で食べようかと」

(ジャンヌ)「ではお言葉に甘えて」

 ジャンヌさんも凄く他人行儀だ。さっきの砕けた様子と全然違う。

 ジャンヌさんも沖田さんも、これ以上関係が悪化しない様に、言葉を選んでいるように思えた。

 とにかくテーブルに座って2人の前におじやと調味料を置く。

(ナツメ)「どうぞ。お口に合えばいいんですけど」

(沖田)「どれどれ」

 沖田さんとジャンヌさんがパクリと一口。

(沖田)「美味い!」

(ジャンヌ)「美味しいですわね!」

 2人は笑ってくれた。

 そしてそこで会話が途絶えた。

 どんな料理なのか、味が薄いか濃いか、そういった話など一切なく、ただ黙々と食べていた。

(ナツメ)「あの、おかわりもあります」

(沖田)「ありがてえな。じゃあ1つ頼む」

(ジャンヌ)「私もお願いします」

(ナツメ)「分かりました」

 空気が重い。

 2人は笑顔だ。でもギスギスしている。僕が居ない間に何があったのだろうか?

(沖田)「イライラしているだけさ。俺もジャンヌも」

 おかわりを持ってくるために部屋を出た直前、扉が閉まり切る前に、沖田さんは悲し気に言った。ジャンヌさんは瞑想していた。


(沖田)「美味かったぜ」

(ジャンヌ)「ご馳走様です」

(ナツメ)「お粗末様です。食器片付けてきますね」

(沖田)「それは俺がやっておくよ」

(ナツメ)「良いんですか?」

(沖田)「良いんだ。それより、俺の心境を話す。それで前の無礼は水に流してくれ」

(ジャンヌ)「私もお話しします。非礼のお詫びになるか分かりませんが」

 ジャンヌさんが言ったところで沈黙が訪れる。

 僕は何も言えない。ただ聞くしかない。

(沖田)「俺はいまこの国の近衛兵の隊長を務めている」

 先に口を開いたのは沖田さんだった。

(沖田)「しかし名ばかり隊長だ。仕事は黒き者どもと戦うだけ」

(ジャンヌ)「私も大司教というのは名ばかりで、実質黒き者どもと戦うことだけがお仕事になっています」

(沖田)「おかげで詰まらなくてな。何もねえ時は散歩するしかねえ。一応給料はたくさん貰ってるが心は満たされねえ。友達も誰も居ねえ。ただ散歩するか酒飲むくらいしかやることがねえ。おかげでもうこの世界には愛想が尽きちまった。さっさと黒き者どもを倒して、近藤さんや土方さん、仲間の元に行きてえ」

(ジャンヌ)「私も、同じです。許さなくてはいけないのですが……」

(ナツメ)「あの、失礼ですけど、2人は苛められているんですか?」

(沖田)「まんまその通りだ。この世界の連中は異世界人を嫌っている。お前も感じただろ」

(ナツメ)「そうですね。正直異常だと思いました」

(ジャンヌ)「この世界の歴史を調べたのですが、黒き者どもは約200年ほど前から出現し、同じころから異世界人も現れました。初めは救世主と称えられたのですが、劇的に生活が狂ったり、逆らえなかったりで徐々にうとまれ、今は憎しみの対象となっています」

(沖田)「隣国の新生フランス帝国や新生ドイツ帝国みたいに、一夜にしてガラッと環境が変わる。今までぼろ屋に住んでいたのに目が覚めたらアパートに居た。訳が分からねえだろうな」

(ジャンヌ)「また異世界人、つまり我々は彼女によって超越した力を持っています。また黒き者どもを倒せるのは現状私たちだけとなります。その結果、我々の先人たちは、暴君のように振舞ったようです。全員がそうとは思いませんが、1人でもそれを実行すれば、その影響はこの世界の住人たちに直接響きます。それが恨みを買った理由でしょう」

(沖田)「気持ちは分からねえでもないが、俺らからすると八つ当たりされているようなもんだ。だからさっさとこの世界からおさらばしたい。そのためには黒き者どもを倒す必要がある。初めてお前に会ったとき、黒き者どもを倒せるとはしゃいじまった。そして1人で落胆した。許せ」

(ジャンヌ)「私も、同じ理由となります。お許しください」

 2人が頭を下げた。

(ナツメ)「事情が分かりましたから、頭を上げてください」

 2人は頭を上げるとふぅとため息を吐く。

(沖田)「お前、これからどうする? もう街には住めない。俺がぼこぼこにした奴らが血眼でお前を探している。それどころか憲兵全員が」

(ナツメ)「どういうことですか?」

(沖田)「結局、あいつらは不問とされた。まあ贔屓だ。そんであいつらは俺には勝てない。だからお前に八つ当たり」

(ナツメ)「迷惑な話ですね」

(沖田)「だが仕方がねえ。何せ王様が認めちまったからな。それで、どうする? 俺の家に住むか? 部屋はあるぜ」

(ジャンヌ)「私の家でも大丈夫です。部屋は広いですし、街から離れていますから安全だと思います」

 どうするか? 答えは決まっていた。

(ナツメ)「僕と一緒に居ると御2人にご迷惑をおかけします。ですから、この街を離れます」

(沖田)「おいおい? いくらなんでも無茶だ! だいたい迷惑ってなんだよ?」

(ナツメ)「僕は憲兵に追われている。もし僕を匿えば御2人とこの世界の確執は一層深くなってしまいます。そうなると、黒き者どもを倒すこともできなくなります」

(ジャンヌ)「私たちはすでに嫌われているのですよ? そんなことお気にしなくても」

(ナツメ)「もっと嫌われたらダメだと思います。それに僕、何の役にも立ちません。正直何もできません。ですから御2人も僕なんか気にしないでください」

(沖田)「気にするに決まってるだろ!」

 沖田さんの怒号で窓ガラスがビリビリと震えた。

 そして沖田さんは力なく俯く。

(沖田)「だがこの街を離れた方がいいかもな。俺じゃ、守りきれねえ。守りきる自信がねえ」

(ジャンヌ)「私のところも絶対に安心とは言い切れません……」

 2人は押し黙っていた。悔しそうだった。

(沖田)「憲兵どもに止めろって言える力があれば良かった。なのにない。つくづく俺はバカだ」

 そして沖田さんとジャンヌさんは、悔し涙を流した。


(ナツメ)「どうもお世話になりました」

(沖田)「気にするな。それより、本当にそれっぽっちの銀貨で良いのか?」

(ナツメ)「ええ。これ以上持っていても、色々と邪魔になるだけだと思うので」

(沖田)「そっか。まあ、達者でな」

(ナツメ)「ええ。沖田さんもお元気で」

 身支度を整えて玄関の前で沖田さんにお別れの挨拶をする。

(沖田)「飯作ってくれてありがとよ。美味かったから、また作りに来てくれ」

 沖田さんはとても優しく、寂しげな笑みで僕を見送ってくれた。

(ジャンヌ)「この道を真っ直ぐ進むと小さな村があります。そこは比較的私たちにも好意的です。そこに行けばとりあえず生活は出来ると思います」

(ナツメ)「分かりました。色々とありがとうございました。お元気で」

(ジャンヌ)「ナツメもお元気で」

 ジャンヌさんとお別れの挨拶をする。

(ジャンヌ)「機会があれば、また一緒にお祈りしましょう」

 ジャンヌさんはとても寂し気な笑みで見送ってくれた。

(ナツメ)「頑張ろう」

 もう一度沖田さん、ジャンヌさん、アウグストゥスさん、ハンニバルさんに会うために。

 足を進めると山道へ入る。ふもと付近に村があるはずだ。

(憲兵A)「見つけたぞ!」

 突然笛の音が背後から聞こえた! 振り返ると馬に乗った憲兵が居た! ここまで僕を探しにきてたんだ!

(憲兵A)「もう逃がさねえぜ! 皆でてめえの腸を引きずり出してやる!」

 銃を構えられる! パカラパカラと蹄の音が軽快に近づいてくる!

 ダメだ! このままだと本当に殺される! そう思って咄嗟に森の中へ走った。

(憲兵A)「逃がすか!」

 バンという音と同時に下腹部が熱くなった。でもそんな場合じゃない! 逃げないと!

(憲兵B)「あいつは!」

(憲兵A)「森の中に逃げた!」

(憲兵B)「馬を下りろ! 血の跡が奴への道しるべだ! 追うぞ!」

 僕は必死に逃げる。でも憲兵の方が足が速い。

 バン! また銃声。今度は胸が熱くなる。息が吸えなくなる。

(憲兵B)「殺せ! 殺せ!」

 怒号が大きくなる。すぐ背後に迫る。

 神様、どうか僕を助けてください。

 突如、足が滑った。

ジャンヌの祈りの言葉

カトリック東京大司教区HP

主の祈りおよびアヴェ・マリアの祈りを抜粋

URL

tokyo.catholic.jp/catholic/mass/pray

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ