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序章(⒑/12)ハンニバルとの出会い(2/3)

ハンニバルの紹介。そして次回黒き者どもとの戦闘

「夜はオオカミとかキツネが出て危険だ。今日は家に泊まれ」

 ご飯を食べ終わると、ハンニバルさんはハンモッグを吊るして言う。

「ここがお前の寝床だ。不慣れだろうが、床に寝るよかマシだろ」

「何から何までありがとうございます」

 僕が頭を下げるとハンニバルさんは笑う。

「そんなにかしこまるな。俺がお前を呼んだんだ。なら当然のことだ」

 そうだろうか? 僕が今飲んでいる水は、ハンニバルさんが事前に沸かして消毒してくれた水だ。その手間を考えると、どうしてそんなことをするのだろうと首を捻ってしまう。僕みたいな凡人をもてなしてどうするんだ?

「ハンニバルさんはどうして僕をここに?」

「退屈しのぎが半分。黒き者どもとの戦を教えるのが半分だ」

「退屈しのぎ?」

「そうだ」

 ハンニバルさんは床に布切れを敷いて横になる。

「アウグストゥスから金を貰うためにあいつの家に行ったが、どういう訳か尋ねてみるとあのアウグストゥスが熱心に、お前に語っていた。俺はあいつが嫌いだが、あいつの政治力に関しては認めている。だからそんなあいつが熱弁を振るうお前と話してみたかった」

「そ、それだけですか? その、僕が彼女から授かった能力を聞かないんですか?」

「ハッハッハ! 授かった! その言葉を聞くだけでも、お前が何も授からないでここに来たことは分かる」

「何故です? もしかして、盗み聞きしていた?」

「半分正解だ。確かに俺はお前とアウグストゥスとの会話を盗み聞きしていた。そこで興味を持った。だからもちろん、お前が無能者と知った。俺がお前を呼んだ理由は、アウグストゥスの話を最後まで聞いたことだ。これは中々に出来ない! 何せ誰も俺たち異世界人の話を聞こうとしなかった! アウグストゥスもジャンヌダルクも沖田総司も! 俺の話に耳を傾けなかった。もちろん、この世界の住民も」

 ハンニバルさんは気だる気に大きくため息を吐く。

「アウグストゥスは俺の軍事力を政治的な面でしか見ていない。軍事力こそこの世界を救う術と理解しながら納得していない。ジャンヌダルクは俺が軍師として上り詰めるのを嫌がっている。軍事力そのものは必要と理解しているが、信仰に勝るものは無いと信じ、何より、権力を嫌っている。沖田は俺よりも新選組とやらの近藤やら土方やらが軍師としている。俺の力を認めてこそいるが、認めているだけで、必要とは今一つ思っていない」

 ハンニバルさんはそこで一呼吸置くと目を瞑る。

「バラバラだ。まるで俺が自殺した時のカルタゴのようだ」

 水を打ったような静けさで背筋が震える。

 ハンニバルさんは軽く鼻で笑うと僕に顔を向ける。

「そんなところに突っ立ってないで寝たらどうだ? 一応水洗いしたから臭いも気にならねえだろ?」

「あ、はい」

 僕はもそもそとハンモックに上り、横になる。

「ブラブラして、不思議な寝心地ですね」

「最初は怖いだろ。だが慣れると、まるで母にあやされているような感覚になる」

「ハンニバルさんのお母さんってどんな人だったんですか?」

 ふと気軽に聞くとハンニバルさんは懐かしむように天井を見上げる。

「まあ、親父の意見に従った。あの時は男尊女卑だったから。だが親父は母を無碍にしなかった。むしろ戦でいつ死ぬか分からないからと、母として、俺を守るように言いつけた。母はそれを誇りに思った。そう感じた。それを通じて俺は理解した。親父の偉大さ、そして俺の役目を」

「役目?」

「母は俺に家庭教師を付けた。アダンという男だ。傭兵だったが、文字や歴史、軍事といったことに詳しかった。確かスペイン人だ。そいつは軍団長だった。その経歴から、傭兵なのにそこら辺の市民の家庭教師を雇うよりも金がかかったらしい。そしてすぐに市民権を得ると、雇う金はそれこそ家庭教師3人を雇うよりも高くついたらしい。それに厳しかった。俺に良く叱責したし、母が苦言を申してもそれに異を唱えた。全く、今考えてもムカつく奴だ。居なくなればいいと思ったこともある。だがそれらをひっくるめて、母は俺に期待している、親父の命を一心不乱に守っていると感じた」

 ハンニバルさんは起き上がるとコップにワインを注ぎ、飲む。そして懐かし気に微笑む。

「最後にアダンと話したのは、俺が軍隊ごっこ遊びで奴に初めて勝ったときだ。俺はあいつに勝って嬉しかった。まだガキだったが、俺に従ったガキどもも喜んだ。ああ、アダンに勝った時、俺の指示に従った奴らは、俺のために、最後まで突っ走ってくれた。ザマの戦いで、勇敢に戦ってくれた。勇敢過ぎて、死んじまったがな。英雄ハンニバルが聞いてあきれる。大切な、優秀な、スキピオに勝るとも劣らず、それでいながらも俺に忠誠を誓ってくれた兵士たちを死なせちまった。何が英雄だ? 自国の兵士を死なせて? 優秀な兵士を死なせて? 俺の友達を死なせて? それでも英雄か? 俺はローマに、完膚なきまでに、完璧に勝つ必要があったのに!」

 ハンニバルさんはぐっとワインをラッパ飲みすると、ワインボトルの底を床に叩きつける。地震が起きたかのような怒号が小屋に響いた。

「アダンは死んだ! カンナエの戦いで! あいつは最後に話した時に言った、『見事だ。この国を導いてくれ。その時俺はお前の兵隊として戦う』。あの男が最後にそう言ったんだ! 俺は負けるわけにはいかなかった! だから勝った! ローマなんぞに負けるはずがない! だがカンナエの戦いでアダンは死んだ! たまたま死体を目にした! 俺はアダンが俺の軍に所属していることすら知らなかった! 死体を見て初めて知った!」

 ハンニバルさんがワインボトルを握りつぶす。

「アダンの死、そして友人たちの死で俺は理解した! 戦争に犠牲は付き物だ! ならば誰が犠牲る! 味方か? 敵か? もちろん敵だ! 味方は傷一つない! 犠牲など無い! 犠牲は敵だ! ローマだ! 俺は英雄ハンニバル! 俺に必要なことはそれだった! それが俺の役目だった! 完璧な勝利! 無血の勝利! それこそが俺に求められていた使命だった! だから俺は軍師を下りて政治家になった時も、完璧な勝利、無血の勝利を達成できるだけの国を目指した! なのに奴らは俺を理解しなかった! スキピオだけだ! 俺の気持ちを理解してくれたのは!」

 ハンニバルさんは興奮冷め止まぬようで、ぜいぜいと息を切らしながらも続ける。

「アウグストゥスはダメだ! 賄賂や暗殺を企てるような男に、完璧な国家など築けない! ジャンヌダルクもダメだ! エーテル教などという訳の分からない宗教に入信し、あまつさえ大司教になったのに腐った教団に文句も言わない! それにあの小娘は戦争を嫌っている! あいつは何を言った! 『戦争をする理由は分かります。ですが戦争は、人々が傷つく空しい行為です。今のあなたなら軍は必要ないでしょう。ですから、民から兵士を求めるのは止めてください』と! バカが! 兵士たちを傷つけないようにするのが俺たちの役目だ! 奴はそれを怠った! 聖少女が聞いてあきれる! 沖田もダメだ! あいつは新選組という部隊に固執している! それだけなら未だしも、独断専行を平気でする! 俺の命令を無視する! それで何人死ぬか気づいても居ない! 軍法会議で死刑にするべき奴だ!」

 ハンニバルさんは語り終えるとぱたりと横になる。

「お前をここに連れて来て良かった」

 どうしたのだろうと不安になり、覗き込むと透き通った瞳と目が合う。

「お前は聞き上手だ。一言も俺に反論しなかった。あの3人にこんな話をしたら、不毛な論議で時間が潰れるだろう。ただ俺は、俺の話を聞いてほしかっただけなのに」

 ハンニバルさんはそう言うと、目を閉じて、寝息を立て始めた。

 僕はハンモックで横になりながら小屋を見渡す。

 隙間風は多く、月光が屋根から雨の様に降り注いでいる。雨が降ったら水浸しだろう。床は地面がむき出しで、ありが闊歩している。囲炉裏の周りだけは申し訳程度に板が敷いてあった。部屋を見渡すとそこら中に小型の昆虫が這っていた。虫は苦手だけど、こんなところに住み続けるハンニバルさんの言い知れない覚悟を感じた。

 また部屋も狭い。5畳一間程度で、2畳くらい荷物が占拠している。そのうちの大半が金貨といったお金だろう。おかげでハンニバルさんは窮屈そうに体を折りたたんで寝ている。僕は体が小さいからハンモックでも十分だったけど、一メートル以内に近づく天井を見ると牢獄に押し込められたような気分になる。それに耐えるハンニバルさんはやはり英雄だ。

 服もそうだ。僕自身一着しか持ってないが、ここでそれなりに長く暮らしているはずのハンニバルさんが服一着しか持っていないとはおかしい。まるで、この世界に抗う、薄汚くも孤高のオオカミの様に、同じ服を、カルタゴの服を、カルタゴの思いを、着ているのだろう。

 カルタゴの民族衣装とは不思議な感じがする。

 まずローマに似ている。これは気候の問題だろう。布製のマントっぽい羽織物に、シャツのような物を着こんでいる。そして特徴的なのはスカートを履いていることだ。もちろん女もののようなナヨナヨした感じは無い。また半ズボンみたいなものを履いているが、それもまた、威厳に満ちている。

「凄い人だ」

 だがそれらの思いはハンニバル・バルカという英雄が見せる覚悟に魅せられたからだろう。

 それほどまでに、ハンニバルさんはカッコよく、可愛そうであった。

「黒き者どもか!」

 僕が物思いにふけっていると、ハンニバルさんが突然起き上がる!

「どうしたんですか?」

 驚きで口をパクパクさせていると次第に足跡が聞こえてきた。

「アラワレマシタ」

「人形?」

 その姿は布を羽織って偽装していたけど、明らかに人形であった。何せ顔はまだ人間らしかったが、ところどころに見える関節は球体関節であった。口調も明らかに機械的であった。

 ハンニバルさんは僕の驚きなど気にせず、報告を聞く。

「どこだ?」

「フランヘイゲンデス」

「フラン平原か。そこで戦うのは不味い。フラン砦で防衛する! そこに集結しろ!」

 ハンニバルさんはいきなり僕をハンモックから引きづり下ろして抱っこする。何でお姫様抱っこ?

「ハンニバルさん下ろしてください!」

「怖いかも知れねえが、お前を前線に連れて行く! そこで黒き者どもとの戦を見ろ! それが今のお前に必要なことだ!」

「分かりました! だから下ろしてください! 僕は女の子じゃないんです!」

「戦う気の無い奴は皆玉無しだ! だがてめえは曲がりなりにも男だろ! だったら見せてやる! この俺の戦争を!」

 ハンニバルさんは馬に飛び乗ると僕を抱える様に背後から抱きしめて馬を走らせる。

「捕まっていろ!」

 僕は片手で僕を支えるハンニバルさんの腕に必死にしがみ付いた。

 その腕は大木のように、本当に力強かった。

「お前本当に男なんだな」

 ふと僕の胸をまさぐるハンニバルさんに気付く。

「下ろしてください! 僕はホモじゃないです!」

「確認したかっただけだ! それに、いま飛び降りたら地面にすり下ろされちまうぜ!」

「もうやだ死なせて!」

「死ぬのは黒き者どもとの戦を見てからにしろ! 俺がハンニバルと確信してからにしろ!」

「助けてー!」


「ついたぞ。ここがフラン砦だ」

 降りるとゲロが口から飛び出る! あの悪路をかっ飛ばし続けるなどジェットコースターに十時間乗り続けるより酷い! 内臓がシェイクされて飛び出そうだ!

「オエ!」

「さっさとシャッキリしろ。黒き者どもとの戦だ。下を向いてちゃ見えないし、奴らは待ってはくれないぞ。どんな戦でもそうだが、奴らは特にそうだ!」

 再び抱っこされると、砦の屋上まで連れて行かれる。

 文句を言おうと思った。だが水平線を見て、そんな気持ちは無くなった。

「あれが黒き者ども!」

 僕は暴れるのも忘れて、ハンニバルさんに抱っこされながら叫んだ!

「そうだ。あれが黒き者どもだ。この国じゃ対処しきれない、敵だ! このハンニバルバルカの!」

 僕は怖くなって、無意識のうちにハンニバルさんに抱き付いていた。

 水平線が黒く蠢いていた。まるで黒蟻が地表を走るがごとく、地表は黒で蠢いていた。

 殺せ殺せ、そう叫ぶような地鳴りがする。殺意が迫ってくる。数百万の殺意が迫ってくる!

 緑の平原も、月明かりも、すべては水平線に並ぶ黒き者どもに吸い込まれる! ただの黒、漆黒の闇が迫っていた!

 僕たちの喉元を貫くために!

「ハンニバルさん! 逃げようよ! 勝てないよ!」

 少しずつ近づく黒き者どもが姿を現す! そこには黒き巨人! 黒き首なし騎士! そして黒き人型の歩兵が居た!

 黒き巨人たちが一歩進むごとに地面が揺れる! 黒き首なし騎士たちが光の様に凄まじい速さで迫る! 黒き人型の歩兵、まさしく黒き者どもが列をなして迫りくる!

 その数はいったい何百万になるというのか!

「落ち着け。奴らの数はせいぜい一万程度。黒き巨人もたかが2体、黒き首なし騎士も二千程度。あとは全部歩兵。しかも奴らは殺意だけは立派な獣たち。怯えるだけバカらしい下等生物ども。奴らは突撃するが引くことを知らない。たとえ敗北と分かっていても焚火に飛び込む虫の様に死を謳歌する。そんな汚らわしい存在に、このハンニバルバルカが破れる筈がない」

 言われてみると、僕が黒き者どもと思ったものは、大半が木々や山の影であった

 ハンニバルさんは声を荒げて命じる。

「自動人形! 歩兵7千体防衛ラインで防御の体勢! 騎兵二千体左右に展開! のこり千体の弓兵は砦を中心に敵を狙い打て!」

 僕はそれを聞いて変だと思った。

 防御の体勢を取るのはいい。だけど弓兵と距離が離れすぎている。約五百メートルほどだ。いくら何でも敵に届かない。届くのは味方だ。それに騎兵隊の間隔も広がりすぎている。あれでは横をすり抜けられてしまう。

「ハンニバルさん? これで大丈夫なんですか?」

 ハンニバルさんは抱っこしながら僕の頭を撫でる。

「こいつらは自動人形、歩兵、弓兵、騎兵、偵察、召使、給仕、何でもできる優れモノだ。カルタゴやローマには負けるがな」

「自動人形?」

「ここに来る時にあの小娘に願った物の一つだ。本当はカルタゴ軍が欲しかったが、全員どっかに転生済みと断られちまった。仕方ねえから人形で妥協してやった。本当は人間が良かったんだが、まあ居ないよりかはマシだ」

「人形? 大丈夫なの? 一人も人間の兵隊は居ないの?」

 ハンニバルさんは黒き者どもの接近を認めながら僕の頭を撫でる。

「この国に俺の部下になろうとする頭の回る奴等は居ない。まあ、心配するな。この世界の腑抜けに比べれば、人形の方がずっと役に立つ」

 ハンニバルさんの目が険しくなる。それに釣られて視線を追う。

「歩兵! 持ちこたえろ!」

 黒き者どもとの開戦が幕を開けた!

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