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 ハルベリーとバースティアは隊舎から西へ十キロメートル程度の場所に立っていた。そして、その視界に古びた城が姿をあらわにしている。

「結界を解いたな」

 バースティアが紅い瞳をぎらつかせてつぶやく。ハルベリーは背筋に冷たいものを感じた。


(いつものバースティアじゃない……)


 まるで、獲物を狙うような瞳に、ハルベリーは戦慄を覚える。それでもと首をふり、駆け出すバースティアの後を追う。城内に入るが、魔物の影も気配もない。エントランスに踏み込むと、誰かがゆっくりと階段を降りてきた。その人物は黒いコートを着て、フードで顔を隠していた。けれど、いらっしゃいと言った声は、聴き覚えがあるものだった。

「ニノなのか……」

 ハルベリーがつぶやくと、バースティアは無表情でそうだと断定した。

「バースティアさん、ラフィールが王の間でまっているそうですよ」

 バースティアは階段を駆け上がり、ニノのわきをすり抜けて行った。

「僕は眼中にないか……」

 バースティアの後姿を見つめて、ニノがため息をついた。ハルベリーは、混乱した頭を必死に整理するが、どうしてニノがラフィールの城にいるのか、なんの理由も思い浮かばなかった。そんな困惑するハルベリーを憐れむように見下ろして、ニノはフードをとった。どこか冷たい表情にハルベリーはさらに困惑する。


「はじめまして、ハルベリー・ペジャール・シーガル大公……なんてね。冗談だよ。でも、僕はもうニノじゃない」

「そんなこといわれて、はいそうですかですむかよ。説明しろ」

「そうだね。理由もなく、戦うのもつまらないよね」

 ニノはゆっくりと階段をおりて、ハルベリーと向かい合った。

「かなり昔の話だ。君がうまれる二百年くらい前のね。僕はジュリオ・アーヴェインとしてこの世に生まれた。覚えているか?先祖がえりには二種類あるって、君のように壊死病にかかるものと、獣人として生まれてくる場合と……」

 ニノは僕は後者だと言った。


「生まれたての時はね、人だったんだよ。三つになって高熱を出して、翌日には耳と尻尾がね。生えたんだ。誰もが驚いたよ。僕自身もびっくりしたなぁ……。灰色の耳と尻尾。まさか、そのせいで奴隷商に売られるなんて思いもしなかった。ジュリオというなも名乗ることを禁じられた」

 残酷だよねとニノは他人事のように笑っている。ハルベリーはぞくりと背中が泡立った。

「いっそ、殺してくれればよかったのに……僕がジュリオを名乗り、身分を主張しようとすれば、奴隷商に殴られた。代わりの名前すら、与えられずに、ロジャーナに売られたんだ。頭のおかしい役立たずとしてね。そのときまだ五つだったかな。この耳や尻尾が恨めしかったよ。こんなものがなければと思った」

 なんども脱走したなと懐かしげにニノは目を細める。そのたびに、どこかの奴隷商に捕まっては売りとばされるを繰り返していた。そのころには人間も獣人も憎くてたまらなかったよとニノは悲しげに笑う。ハルベリーはただ黙ってニノの独白を聞いていた。


「そんなだったから、このキュリアシス連山に捨てられたんだ。誰も僕を要らないと捨てたんだ。だけど、そんな僕をラフィールは拾って育ててくれたんだよ」

「なら、なぜずっとここにいなかった。どうして奴隷として生きていたんだよ」

 ハルベリーは絞り出すように必死でたずねた。

「僕は凍傷で体の半分は死んでるんだ。魔力をつかって維持してきた。といっても、僕がではなくラフィールがね。理由はわからないけれど、彼は僕に特殊な魔法をかけたんだ。二十歳になったら、それまでの記憶がなくなり、幼い姿になるというね。そして、僕は何度も記憶を失くし、子どもに戻ることを繰り返しながら、ルクソールやフリードマンに出会ったんだ。もちろん、君たちにもね」

「なんで、今、記憶がある。姿もそのままじゃないか……」

 魔力を使ったから、魔法がとけてしまったんだよと、ニノはどこか悲しげな顔で笑う。


「ねぇ、ハル。勝負しよう。僕らはまだ決着がついてない。いい機会だろ。いつも止めに入っていたバースティアはいない」

「何のためにだ!今はそんなことしてる場合じゃない!ラフィールを止めなければ、人間も獣人もみんな滅ぶんだぞ」

 ハルベリーは悲鳴のように叫んだ。それでも、ニノは冷たい微笑みを浮かべている。

「僕は人間も獣人も滅べばいいと思っている。だから、ここにいる。君に戦う意志がないなら、殺すまでだよ」

 ニノはそういって、魔法を繰る。ハルベリーは反射的に後方へと飛びのいた。床に突き刺さる氷の槍がシュウシュウと音を立てて消えていった。つぎは外さないよと、ニノは新たに魔法を繰りだす。ハルベリーは唇を強く噛み、勝負する覚悟を決めた。

 ニノの瞳には殺意が揺らめいている。まだ、死ねないとハルベリーは思った。ラフィールを一人で倒しにいったバースティアを援護するために、ここに来たのだから。

「わかったよ。勝負だ。ニノ!」


 ハルベリーは鋼鉄剣(アイアルソード)を右手に展開し、左手で鋼鉄結晶(アイアルクリスト)を打ち出す。ニノは鉄片を交わして、右へ避けるとそこにハルベリーは躊躇なく鉄剣を振り下ろした。だが、ニノの姿は一瞬で消える。

「最初の戦法、変えてないんだね。それじゃあ僕にはかてないよ」

 背後から、強い衝撃に吹き飛ばされ、ハルベリーは壁に打ち付けられた。

「おや?ダメージが少ないようだね……鋼鉄魔方陣(アイアル・マジカル)を施してるのか。気が付かなかったよ」

 ニノは冷笑を浮かべた。

「お前も、魔方陣(マジカル)ばかり、よく使うよな」


 ハルベリーは一瞬でニノの背後にまわり、蹴りを食らわせた。ニノはとっさに両手でガードして、数歩ひだりへとよろける。

「接近戦は、相変わらず苦手らしいな」

 ハルベリーは、あまりダメージのないニノの様子をみて苦々しく笑う。

「苦手じゃないよ。僕と君じゃあ差がありすぎるだろう。ま、いいや」

 ニノはコートを脱いで、鋼鉄剣(アイアルソード)を右手に展開した。

「接近戦がいいなら、そうしてあげるよ!」

 二人の剣がぶつかり合う。乾いた音がエントランスに響き渡った。


 バースティアが王の間にたどり着くと、毛皮を纏った男が静かにたたずんでいた。右肩の上から獣の頭が垂れ下がっている。バースティアは目を眇めた。男は―ラフィールは、バルドランの毛皮を纏っていた。

「なんだかとても懐かしい気分だ。その面差しは幼い頃のシルヴィールにそっくりだな。耳と尻尾、それに紅い髪でなければだが……」

 ラフィールは残念そうにそうは思わないかと、毛皮に話しかける。

「だが、眼はお前にそっくりだ。あのときの獣のお前と……やはり、獣王の娘だな」

 ラフィールは楽しそうにくすくすと笑った。

「ラフィール……あんたは本気ですべてを滅ぼす気なの?」

「愚問だな。獣王の娘……私はバルドランとの戦いの後で思い知ったよ。人間でも獣人でもない私に生きる場所などないとね。だから、こうしてここで人間や獣人たちにささやかなプレゼントを送っていただけさ。まあ、それにも飽きたがね」

「プレゼントか……最悪のプレゼントだな。いやくだらない贈り物だ」

「そうだろうか?私の生み出した魔物のおかげで、人間の魔力や技術は飛躍的に伸びた。それに、人間同士で争うこともなかった。違うか?」

「詭弁だ。お前がしたことはただの破壊だ」

 詭弁かとラフィールは、冷徹な微笑みを浮かべる。

「そう思いたければ、それもいいだろう。もう、どうでもいいのだ。退屈はまぎれなかった。バルドランとの闘い以外、私をあんなにいきいきとさせてくれる者はもういない。ならば、滅べばいい。すべて壊れればいい」

 ラフィールはゆっくりと肩にのったバルドランの頭をなでる。バースティアの紅い目には憐みの色が浮かぶ。

「ニノはなぜここにいる?」

「ニノ?ああ、ジルのことか……記憶が戻ったから帰ってきたとか言っていたかな。もうすぐ死ぬともいっていたよ」

 バースティアはじっとラフィールを見つめる。

「あんたは矛盾してる。すべてを破壊したかったのなら、なぜ、今なんだ?ニノにいったい何をした」

「何も……単に退屈しのぎに捨て子だったジルを育ててみただけだよ」

 ラフィールは二百年ほど前の話だがなと嘲笑う。バースティアは、深いため息をはいた。

「捨て子を育てるくらいなら、世の中に紛れて生きることだってできたはずだ。そうしていれば、あんたはもっと違ったはずだ」

 ラフィールはそれこそ詭弁だとさげすむように笑った。


「わざわざ、憎たらしい生き物と生活して何になる。ああ、そうか。魔物を生み出すよりも、殺人鬼となったほうが、退屈はしのげたのか……いや、無理だな。相手が弱すぎて面白くもない。魔物を生み出す方がずっとましだな。私は魔王なのだから。そのほうが正しいあり方だ」

「あんたの理屈はわからない」

 そうかとラフィールは一瞬さびしげな眼をした。バースティアは、その瞳をとらえたとき、頭の中で両親の記憶が一瞬、渦巻く。まるで、彼を擁護するように幼馴染として笑いあう彼らの記憶。それでも、バースティアは今ここにいるのは、瘴気をまとった魔王だと強く思った。


「父の抜け殻を後生大事にして……それで人間や獣人を滅ぼして、一人、永遠を歩くつもりか?それとも魔物だけの世界でも作るつもりか……」

 どうでもいいんと言ったろうとラフィールはにやりと笑う。人間にも獣人にも飽きたのだ。魔物をつくることにもとラフィールは言う。

「だから、お前が人間や獣人どもを助けたいというのなら、私を倒すがいい。魔物は私の分身のようなものだからな。私と言う元凶がいなくなれば、消え失せるだろう。まあ、お前が私を殺そうが殺すまいがどうでもいい。どのみち獣人は滅ぶ。お前にもわかっているだろう。人と交わることがなくなった奴らは自らの繁殖もままならなくなっている。違うか?」


 ああとバースティアはうなずく。

「獣人の子どもは少なくなった。確かに生まれにくくなっている。お前はもともと獣人をほろぼしたかったんだろう?放っておいても、その願いはかなったのにな」

「そうだな。だが、私は獣人が滅ぶように人間も滅べばいいと思っている。何度も言うが、もうどうでもいいんだよ。獣王の娘。この退屈を少しでも紛らわせてくれるなら、なんだっていいのさ。この騒動も、そんなものだ」

 それにとラフィールは言葉を続ける。

「これでも待ってやったつもりだよ。獣王の娘。お前がバルドランを超えるのを……なのに、お前ときたらいつまでたっても子供のままだ。それだけじゃない。先祖がえりを集めては育てる。繁殖のできない。終わりしかない者を……理解に苦しむな。それとも、奴らを育ててお前のような奇跡を待っていたとでもいうのか?」

「いいや、終わりしかないからこそ、あたしがいるんだ。彼らを送るために。葬送のためにな」

 ラフィールは笑う。大声をあげて。まるで泣き叫ぶかのように大声をあげて笑った。

「……お前の命とて永遠ではあるましに。なら、バルドランのように死ねばいい。ここで、真の姿をさらけだして、私に倒されるがいい!」

「いいさ。どっちが倒れるかやればわかる」

 バースティアは静かに尾のリングを外した。カランとリングの落ちる音とともに、バースティアは変化しはじめた。だが、それは獣の姿ではなかった。二本の尾は細くなり、それぞれがその先に鋭い一本の紅い棘を付けている。爪は鋭利な刃物と化した。額には金の眼が開いている。白かった肌は褐色に染まる。

 ラフィールは、一瞬息をのみ、そして笑う。

「ははは、お前ほど美しい化け物は見たことがない!!」

 狂ったように笑う声はどこか乾いていた。

「そう、あたしは化け物だ。奇跡の子じゃない……。退屈していたんだろう。ラフィール。好きなだけ遊んでやるよ」

 バースティアは素早く間合いを詰め、鋭い鉤爪を振り下ろした。ラフィールは柳が揺れるようにしなやかにその一撃をかわし、魔法を繰りだした。鉄片がバースティアを襲う。バースティアは腕を一振りしてすべての鉄片をはじき飛ばした。

 ラフィールはふっと微笑みつぶやく。

「ああ、懐かしよ。バルドラン」


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