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獣王の娘と片足の王子  作者: papiko
第三章
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28/31

8

 黒いコートをまとい、鏡の前に立っていた男は、ふと自分以外の気配に振り返る。そこには、どこか悲しげな表情をした青年の獣人が立っていた。

「なんだ、戻ってきたのか」

「はい。記憶が戻ったので……」

 男はため息をついて、折角手放してやったのにと苦笑いを浮かべた。

「ジル……記憶が戻ったということは魔法師にでもなったのか?」

「ええ……でも、辞めました」

「ほう、辞めてどうするつもりだ?」

「ここで暮らしたくなったんです」

 男は不思議そうな顔でなぜと問う。ジルと呼ばれた青年は、静かに答えた。

「僕の命はまもなく終わります」

 男はそうかといって、自分の纏っていたコートを青年に着せた。

「お前は哀れな子だな。こんな退屈な場所に死に場をもとめることはなかろうに……」

「いいえ、もうすぐここは見つかるでしょう」

 青年は袖を通したコートの冷たさに胸が痛んだ。男は、そうかと唇の端を釣り上げた。

「つまり、あれがここを見つけたというわけか」

 青年ははいとうなずいた。男はならばという。

「魔王らしく、すべての禁足地から魔物を解き放つとしよう」

 そういって男は姿を消し去った。残された青年は、黒い鏡の前に立つ。そして、そっと指で触れて一番みたい者たちの姿を映しだした。


(次に会うときは、僕は君たちの敵だ……)


 青年は鏡に映った二人の人物にサヨナラを告げるように、鏡を手で拭った。消えた姿は網膜に焼き付いている。あふれる二つの思い出が、自分を引き裂きそうだった。


(それでも、僕はラフィールを選んだんだ)


 もっとも古く穏やかな日々の記憶を選んだのだと青年は自分に言い聞かせていた。




 ハルベリーは、がばっと起き上がる。何か不穏な気配を感じたせいだ。それに講堂内があわただしい。何かあったのは一目瞭然だった。起きてるかとデュランの声が頭に響いた。はいと答えると急いでみんなの荷物をまとめてくれと言われ通信が切れた。言われたとおり、みんなの荷物をまとめて待っていると五分ほどで全員が戻ってきた。

「何があったんですか?」

(ドラグーン)だ。それもすべての禁足地にな」

 全員がそれぞれの荷物を手にする。

「基地への帰還命令がでた。急いで戻るぞ」

 ハルベリーは聞きたいことが、山ほどあったが今はデュランの命令にしたがった。基地に戻るとすぐに班長たちに招集がかかった。

「いつ現れたんですか」

 ハルベリーがアリスに問うと、今朝唐突に現れて大蛇(スニッケル)を食らう姿が目撃されたという。魔物たちは禁足地から出ようともがいているらしい。そして空を飛べる魔物たちは、すでに禁足地を出て人を襲っているという情報もあるとアリスは言った。

「連邦政府は、在野の魔法師たちに住民を地下へ誘導するよう命令を発したらしいわ」

「地下って……」

「鉱石採掘所とか教会とか……下水道とか……そういうところよ」

 ハルベリーはちょっと出ますといいのこして、隊舎を出た。すぐにバースティアを呼び出す。ニノも呼んだが反応がなかった。


「何がどうなってる」

 ハルベリーはバースティアを問い詰めた。

「ニノと連絡もとれない。なあ、俺がいない間に何があったんだ!」

 バースティアは無表情でニノは姿をけしたと言った。そして、ニノが持っていたお守りを差し出す。お守りには亀裂が入っていた。

「ニノは……死んだのか?」

「いや、生きているだろう。これに亀裂が入っているのはニノの魔力が増大したせいだ」

「どういう意味だ」

「ニノもお前も魔力が強すぎる。お守りはそれを抑えておくためのものだったのさ」

 バースティアは淡々とそういう。

「じゃあ、ニノはどこへ……」

「おそらくラフィールのところだろう」

「ひとりで倒しにいったのか!」

「わからん!」

 バースティアがはじめて声を荒げた。そして、ハルベリーの心は冷静さを取り戻した。


「だったら、俺が行く」

「ラフィールを倒すのはあたしの役目だ」

「そんなの知るか。ニノが一人で乗り込んだなら、俺だっていく。場所はわかってるんだろう。教えろ」

 バースティアは深いため息を吐く。お前はここに残れと言った。

「残っても仕方ないだろう。ラフィールを倒す以外、この苦難は乗り越えられない。違うか」

「そうだ。だから……」

「お前だけで倒せる相手か?違うだろう?アリスに聞いた。ずっと、探していると千年も探して見つからない相手だぞ。お前一人でどうにかできるわけないだろう」

 バースティアはぎゅっと唇を噛む。ようやく、居場所はつきとめた。バルドランの死んだ古城。つれて行くべきじゃないとバースティアは、思いながらもハルベリーの強い視線から逃れることができなかった。

「わかった。行こう。その前に少し時間をくれ」

 バースティアは指を忙しく動かし印を結んで秘密通信(シークレター)を展開させてた。


『セシル、聞こえるか……』

『はい、姫様』

『ラフィールを見つけた』

『そうですか……では、決戦の準備をいたします』

『ああ、頼む』


 バースティアは秘密通信(シークレター)を解除して、自らの変幻を解いた。そして、転送魔方陣(パルス・マジカル)を展開すると、ハルベリーと共に姿を消した。


 ちょっと出てくるといったきり、ハルベリーが戻らない。アリスはまさかと思う。秘密通信(シークレター)で呼びかけても応答がない。

「ハルはどこへ行ったんだ?」

「そういえば、獣人部隊にいたハルの兄弟弟子がいなくなったと聞いたが」

 ローランドはそうつぶやき、表情をこわばらせるアリスを見た。

「いなくなったって、脱走なの?」

「いや、それがはっきりしない。数日前に戦闘に出たらしいが、そこで行方がわからなくなったそうだ」

「まさか、探しにいったんじゃないだろうな。この状況で……」

 クリスは眉間に皺を寄せる。アリスは、その可能性を否定できない。アリスは変幻が解けないよう細心の注意を払いながら、ハルベリーとバースティアの気配を探った。だが、何も感じ取ることはできなかった。そこへ、デュランが戻ってきた。ハルベリーはどうしたと言うとクリスがちょっと出るといって戻ってないと言った。

「こんな時に……探している暇はないから、お前たちに先に説明するぞ。禁足地にしかけた爆雷魔方陣(スタンボム)捕縛魔方陣(スタップ)探知結界(センサー・ガード)すべてが無効化した。すでに、魔物は禁足地をでて、各国を荒らしている状態だ」

「じゃ、住民たちは?」

「死者もでているが、在野の連中が地下へ避難させて各所で重結界(ヘビルナ・ガード)を張っている。第八班から第十班はすでに基地の外で戦闘中だ。外へでたら、各個人の判断で動くしかない状況だ」

「つまり、それだけ魔物が跋扈していると」

 ローランドが難しい顔をする。

「そういうことだ。基地もすでに重結界(ヘビルナ・ガード)を張っている。結界班が交代でな。だから、出入りは転送魔方陣(パルス)を使うしかない。魔物退治より人命救助を優先する。できるだけ、二人一組で動け以上だ」

「ハルのやつ、戻ってこないぞ」

 クリスが苛立たしげにつぶやくとアリスはもう戻らない気がするとこぼした。

「何か知ってるのか、アリス」

 デュランがたずねると、いいえとどこか上の空で答えた。

「よし、とりあえず、クリスとアリス、俺とローランドで二組に分かれるぞ。この際、ハルのことはあとだ。出撃するぞ」

 了解と全員が答えた。アリスには、届いていた。ユスタファムから、バースティアがラフィールのもとへ向かったこと、決戦の準備を整えよという声が。


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