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ユスタファムでは、バースティアから決戦の連絡後、一時間で住民たちは長の家に集められた。セシルは、魔物が禁足地を出たことを伝えた。間もなくユスタファムの結界が消えるため、ここに重結界を展開したことを知らせた。それからほどなくして、住居区域のあたりに様々な魔物が姿を現し始めた。人々とはいつか来ると伝え聞いていた魔物との決戦が現実となったことを、恐怖と共に目の当たりにしたのだ。そして、セシルは住民に地下へ隠れるように指示した。
「心配はいりません。住居や畑はダメになるかもしれませんが、ここにいれば命は助けます。すべてが終われば、また、みんなで力を合わせて街をつくりあげればいい。さあ、静かに地下へ避難してください」
住民たちは、とくに老人たちは落ち着けといい、大丈夫だといい、不安がる者たちを落ち着かせながら、地下へとおりていった。
そして、広間に残ったのはセシルと十五人の少女たち。セシルは彼女たちに言った。
「……みんな、これから三人一組で各地に行ってもらいます。魔物を打ち払うときが来ました」
全員が真剣なまなざしでうなずく。
「姫の結界が壊れた今、私たちはできることをしなければなりません。一人でも多くの命を助けるのです。そして、無事にここに帰ってきなさい」
全員がはいと返事をした。みんないつかこんな日が来ることを知っていた。魔物が世界にあふれたとき、それを滅するために【第三種世代】は存在すると言われてきた。そのための訓練をこの地で引き継ぎ営んできたのだ。人であり獣人である彼女たち。魔法師として各基地に潜伏していた仲間たちの変幻も今頃は解けているだろう。
「ちゃっちゃとかたずけて帰ってきます。ね、みんな」
サリエリが緊迫した空気をその一言で弛緩させた。みんなが笑顔になる。
「メイデェン様も、ここをしっかり守ってくださいよ。あたしたちの帰る場所はここなんですからね」
「ええ、サリエリ。守り通してみせますよ。お前もちゃんと帰ってくるのですよ」
「もちろんですとも」
こうして、ハルベリーたちの知らない場所で、少女たちの戦いがはじまった。
時を同じくして、魔法師団に紛れ込んでいた【第三種世代】たちの変幻が解けた。アリスの変貌にクリスは驚く。白い獣の耳と尻尾。
「お前……」
「今、事情を話している暇はないわ」
そういって、アリスはすぐさま転送魔方陣を展開し、何度目かの戦闘へと赴いた。クリスはあわてて彼女を追う。
「なんで、ついてくるの」
「班長命令。二人一組で戦えっていっただろう」
アリスはふいっとクリスから顔をそむけると、好きにすればと言った。二人はそんな会話をかわすと、すぐに魔物たちを迎え撃つ。
変幻の解けたアリスは、魔法を連動使用した。爆雷魔方陣を半径十メートルの位置にいくつも配置しながら、襲い掛かってくる双頭鷲や狂梟たちを、飛炎で焼き払い、氷槍で刺し貫く。クリスも必死で魔法を展開し、魔物を打ち払う。人間も獣人も入り乱れて、必死の殲滅活動が続いた。基地の周りだけでも、応戦するのがやっとだった。クリスやローランド、デュランは、魔力が落ちるたびに結界内にもどり回復を図った。だが、アリスはその間も、魔法を使い続ける。他にもアリスのように、ひたすら目の前の敵を倒している獣人が何人かいた。
(今は、何がなんて考えてる場合じゃないよな)
クリスはすぐさま魔力復元を使い力を回復させる。そして、自身に鋼鉄魔方陣を施し直し、再び、戦闘へと戻った。同じように、デュランもローランドも結界内外を行き来しながら、魔物との戦いつづけた。誰もが目の前の敵を倒すことに必死だった。
(獣人部隊は特別だとは聞いていたが……)
デュランは超級と言っていいほどの魔法を繰りだす幾人かの獣人を見て思う。まるで、いつかこんな日が来るのがわかっていたと言わんばかりに、一心不乱に戦っている。ならば、自分にできることをすればいいと思った。
「後方からの援護だな」
彼らの近くで、その死角に入った魔物を殲滅する。それが彼らの足を引っ張らない唯一の方法のようなきがした。ぼそりとつぶやいたデュランにそうですねと返事が返ってきた。振り向けば、ローランドがいた。
「無事か?」
「ええ、まだ、なんとか戦えます」
デュランはそれを聞いてうなずく。二人は自分の魔力を回復すると、それぞれが、また戦場へと戻って行った。
あまりに突然の事態に、国家も連邦政府も対応を協議する暇などなかった。とにかく、魔法の使える者たちは、目の前の魔物を倒し、人間であれ獣人であれ、住民を地下に避難させることで手一杯になっていた。そんな人間たちのことなどかまう暇もないように荒れ狂う魔物たち。三匹の漆黒の竜たちは、魔物を喰らい大きく膨らんでいく。魔物たちは、逃げ惑う人々を食らい、自分より非力な魔物を喰らい、魔力を増大させていたが、それに気づいたものは、ほとんどいなかっただろう。どこを目指すともなく荒れ狂う魔物。在野の魔法師たちも、各基地の魔法師たちも己の判断で動くしかない。ただひたすら、人々を守り、重結界を張り続ける。いつまで続くのかわからない戦いに人々は恐怖する。世界は恐慌状態へと陥っていた。そんな中で、魔法師たちは見た。竜に果敢に挑む獣人の少女たちを。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。ハルベリーとニノはお互いに距離を置いた。二人とも体中に無数の傷ができていた。自分にかけた防御魔法も、ほとんど効力がなくなっている。二人の口からは荒い息が漏れるばかりで、言葉を口にすることさえできない。二人とも力を使いつくしたようだった。それでも、ニノは戦うことを止めなかった。死力を尽くすように、魔法を繰る。展開された氷槍をハルベリーは鋼鉄剣で叩きおとし、間合いを詰めて剣を水平に流した。ニノはそれをかわしきれなかった。腹が裂け、血があふれる。ニノはそのまま、床へと倒れ込んだ。ハルベリーはすべての魔法を解除して、膝をつく。ニノがゆっくりとハルベリーを見て、血の気の引いていく顔で微笑んだ。
「やっぱり……ハルは……強いな」
ハルベリーは強く唇を噛む。
「そんな顔しないでよ……僕が仕掛けた戦い……なんだから……」
「こんなの……」
間違ってると言いたかった。だが、それを否定する自分がいることをハルベリーはわかっていた。
「ハル……手加減しなかったよね……」
「お前こそ……しなかったろうな……」
「しないよ……後悔も……ないよ……そうだ…返さなきゃ……」
コートとニノがつぶやく。ハルベリーは慌ててあたりを見回し、コートを見つけると急いでニノに渡した。ニノはコートのポケットから、紫色のお守りを取り出す。以前、ハルベリーが無理やりニノに押し付けたお守りだ。
「お前……なんで……」
「なんでだろうね……君のお守りだと思うと……」
捨てられなかったと擦れた声で言う。そして、ニノはなんだか寒いなと笑って目を閉じた。
「ニノ!」
ハルベリーの叫びにニノは答えない。ピクリとも動かなくなった。ハルベリーはこぼれそうになる涙をぐっとこらえる。今は泣くべきときじゃない。ハルベリーは、そっとコートをニノにかけた。そして立ち上がろうとしたその瞬間、ぐらりと体がバランスを崩して転ぶ。左足をみると義足が外れていた。不吉な何かに心臓をわしづかみにされたような恐怖が湧きあがる。ハルベリーはそれを必死で振り払うように鋼鉄剣を展開して剣を杖のかわりにした。そして転送魔方陣で、バースティアの元へ急いだ。そんなハルベリーが最初に見たものは、血だまりに沈んでいるバースティアらしき少女とその傍に膝をついている血まみれのラフィールだった。
ラフィールは青白い顔で、ハルベリーを見る。
「ジルは死んだのか」
「ジルじゃない。ニノだ」
ハルベリーは激しい感情に揺さぶられながら、ぎりっとラフィールを睨みつける。
「そうか、ニノか……まあ、どちらでもいいが……あれは、水晶のお守りをもっていなかったか」
ラフィールはまるで戦意などないような穏やかな口調でハルベリーに問う。
「あれがないと、この子は死んでしまう」
「死ぬって……バースティアは生きているのか!」
ハルベリーは必死で剣を杖にラフィールに近づいた。ラフィールの胸には鋭い刃物が刺さって折れている。その血がだらだらとバースティアの上に降り注ぐ。紅い髪はどす黒い血に染まっていて、ぴくりとも動かない。
「まだ生きている。助ける方法も一つだけ残っている」
ラフィールは、おおよそ魔王とはかけ離れた態度で、ハルベリーに話しかける。ハルベリーの激情はいつの間にか静まり、ラフィールにすがるような目を向けてしまった。
「助かるのか」
「ああ、魔力は失うだろうが、命だけは止めることができる」
そういわれて、ハルベリーは迷いながらも握った拳を開いた。紫色と青色がゆらりと混ざり合うように揺れる。
「やはり、シルヴィールの結晶だったか……」
「シルヴィールの結晶?」
「魔力の強い者は、死に際に体が魔力の結晶体を生み出すんだ。【第三種世代】は特にそうだ」
ハルベリーにはよく分からなかった。
「それで、これをどうしたらバースティアは助かるんだ」
こうするのさとラフィールは、心臓に突き刺さる刃を抜いた。そして、ハルベリーの手からさっと結晶をとると、自らの胸に押し込んだ。
「助ける方法は、ただ一つ、この結晶でバースティアの魔力を奪い去り、人間にしてしまうことだ」
ハルベリーはそんなバカなと思った。だが、ラフィールがバースティアに触れると、バースティアの沈んでいた血だまりは広がることを止めて、まるで主の元にでも戻るかのように彼女の体へと吸い込まれていく。一方で、ラフィールの体からいくつもの紫の水晶が生えていく。そして、バースティアの姿は少女から、もっと人間の幼い子どもへと変じはじめた。
「この子を頼むよ」
ラフィールはそう言い残すと水晶の中に溶けはじめた。
「待て!魔物はどうなる!」
「大丈夫だ。私が消えれば消滅するよ……あとは生き残った者たち次第だ……」
ラフィールはその言葉を最期に、水晶に完全に溶け込んでしまった。
ハルベリーは、小さくなったバースティアを揺する。
「バースティア、バースティア……」
子どもはゆっくりと目をあけて、誰と言った。
「俺だ、ハルベリーだ」
「ハルベリー?」
「そうだ、おまえ、覚えてないのか?」
「あたし……あたしは誰?……」
ハルベリーは、深いため息をはいた。バースティアは、魔力ごと記憶も消え、何もかもが真っ白なただの人間の子どもだった。
(もう、なんだっていいさ。生きてるんだから……)
ハルベリーは静かな声で、君はバースティアだと教える。
「バースティア?」
「そう、バースティアだ」
ハルベリーがそういうとどこか嬉しそうにバースティア、バースティアと繰り返し囀る。そして、ハルベリーを見て指をつきだし、ハルベリーと言った。
「そうだ、俺はハルベリーだ」
こんどは、ハルベリー、ハルベリーと繰り返した。そして、どこかでゴゴっと雪崩のような音がして、天井から、ぱらぱらとレンガの欠片が落ちてきた。
「城が崩れるな。おいで、バースティア」
ハルベリーが背中を向ける。バースティアはそこにそっとおぶされた。城が激しく揺れ出し、バースティアはおびえたようにハルベリーにしがみついた。
「大丈夫だ」
ハルベリーはそういって気力を振り絞り、転送魔方陣を展開させた。行先はカーディ基地。もう、どうなっているかはわからなかったが、その距離以上の移動は、難しかった。




