第二十六章:逃走
「厄介なこと? 兄貴、何があったんだ? 俺たちで何とかできるのか?」アーロンはまだ眠気が抜けきっていなかったが、どこか期待に弾む声で神崎 蓮に尋ねた。
子供たちに事情を説明すると、彼らも今どれほど危険な状況に陥っているのか理解した。神崎 蓮はひとまず、八大魔法師の組織については伏せておいた。あまりにも巨大な勢力であり、今の子供たちに早くから知らせても、精神的な負担になるだけだからだ。
「事情はそういうことだ。俺たちは知らないうちに大きな騒ぎを起こし、連中に追われることになった。もうここに長くはいられない。何かいい案はあるか?」
話を聞いた一同は考え込んだ。彼らはこの街に詳しくない余所者ばかりで、逃げる以外に何をすればいいのか分からない。だが、いったいどこへ逃げればいいのだろう。
「兄貴、ひとつ心当たりがあるよ。前にここから逃げ出したとき、街の中に隠された駅を見つけたんだ。でも、場所を知っている人はそう多くないはずだよ」アーロンが口を開いた。彼らだって無力なわけではない。以前は外へ逃げ出すこともできたのだ。ただ檻の中で、他人に好き勝手されるだけのカナリアではない。
「一か月くらい前のことだ。あのときはここからうまく逃げ出せて、北側の路地裏で地下へ続く穴を見つけたんだ。その下には、もう使われていない古い線路があった。ひたすら走って別の街までたどり着いたんだけど、結局そこで捕まっちゃってさ。それで背中にこの傷が残ったんだよ」アーロンは自慢できるほどの戦果ではないと思いつつも、まるで大手柄のように語った。少なくとも、ほかの多くの者と比べれば、そこまで逃げ延びただけでも上出来だった。
「それはお前が俺の言うことを聞かなかったからだろ。朝のうちに出ればよかったのに、夜になってから出口まで行ったせいで、また捕まったんだ。ほかの連中がどうなったのかも分からない……」クリスも思案顔で言った。捕まって戻されたとき、以前一緒に逃げた獣人がまだ何人か残っているのを見た一方、見覚えのない顔もいた。うまく逃げ切れた者もいたのかもしれないが、アスガルドまで帰れたかどうかは誰にも分からなかった。
「みんな、無事に逃げ切れているといいのですが……」アリスは手を合わせ、逃げ延びた人々のために祈った。教会に属する彼女にとって、祈りはほとんど毎日欠かせない務めの一つだった。
この大陸では、人族は強大な種族の一つだった。種族間の戦争による長い混乱は遠い昔に終わり、アヴァンガルド神殿から警告されていた脅威もすでに取り除かれていた。今回の終末だけは避けようがなかったが、人族にはほかの種族や敵対勢力に対抗できるだけの力がまだ残っていた。ただ、そのために力を温存しており、近年は圧倒的な実力を表に出していなかった。
しかし、獣人は事情がまったく違った。獣王同士の争い、王位をめぐる抗争、圧政に抗う戦いなど、いつ何が起きてもおかしくない状況が続いていた。そのため、彼らは幼い頃から過酷な鍛錬を積んでおり、身体能力だけなら数レベル上の人族にも匹敵するほどだった。
もちろん、獣人と人族の間に争いがなかったわけではない。両種族は数百年前から戦いを繰り返してきたが、ようやくここ二百年ほどの間に戦火を収め、平和に共存するための協定を結んだ。人族に新たな強者が何人も現れたこともあり、勢力の均衡が取れていた獣人側も、それ以上手を出せなかったのだ。
これが『無限職業者』をプレイした者なら誰もが知っている基本的な歴史だった。その戦争は死者や障害を負った者の数から見ても、凄惨を極めた。何百年にもわたる戦火は、多くのプレイヤーが世界の歴史に興味を持つきっかけにもなった。異世界へ転移する前の時点で、『無限職業者』の歴史書はすでに四冊近く出版され、誰でも読めるようになっていた。神崎 蓮にとっては、ごく基本的な知識にすぎない。
神崎 蓮はそれ以上迷わず、まずアーロンに先導させて一行を出発させた。早く動くほど有利であり、ここに長く留まるほど危険が増す。彼は念入りに全員の痕跡を消し、ひなと白銀の妖狼の群れも連れてその場を離れた。およそ十五分後、ようやくアーロンたちに追いついた。
一行は北へ向かって急いだ。路地や裏道を抜けながら、自分たちが通った痕跡を一つずつ消していく。足跡を残せば、敵に居場所を知らせるようなものだ。暗殺者としての勘を持つクリスと神崎 蓮は、互いに痕跡を消し合うだけでなく、偽の痕跡も残した。敵を完全に欺けるとは思っていない。ただ、逃げ切るための時間さえ稼げればよかった。
アーロンが残した目印をたどり、二時間以上歩いた末、一行は無数の路地の奥にある小さな地下入口を見つけた。中へ入ると、床には生々しい血があちこちに飛び散り、強烈な血臭が鼻を突いた。つい先ほど、ここで凄惨な虐殺があったようだった。
彼らは慎重に地下へ降りていった。石段は不安定に宙へ張り出し、錆びた鉄材と、風化した補強板でかろうじて固定されていた。建設時にあり合わせの材料で組まれたものらしく、長い年月でひどく腐食していたが、それでも一行の重みに何とか耐えていた。
石段を踏むたび、ミシミシと不穏な音が響いた。皆がどれほど慎重に足を運んでも、不安は消えない。子供たちの多くは軽かったが、最後尾を歩くひなと神崎 蓮は比較的体重がある。二人が足を踏み出すたびに石板が大きく揺れ、一同は肝を冷やした。それでも、どうにか全員が無事に底までたどり着いた。
地下に降り立った彼らの目に飛び込んできたのは、荒れ果てて朽ちた地下駅だった。壁からは時折、煉瓦や石片がばらばらと落ちてくる。天井には悪魔蝙蝠がぶら下がり、真っ暗な中から血走った赤い目で侵入者を見つめていた。巨大なドブネズミが不意に走り抜けるたび、張り詰めた空気はいっそう息苦しくなった。
それでも、ここは生き延びるための唯一の道だった。引き返せば、間違いなく激しい追撃を受ける。先へ進んでも何が待ち受けているのか分からない。ここは始発駅で、通路は前方へ一本延びていたが、すぐ先には左右に分かれる三叉路があった。どちらを選ぶかで、一行全員の生死が決まるかもしれない。古代のルーン文字が壁面に淡い光を投げかけ、薄暗い通路を妖しく照らしていた。
一行はアーロンを信じ、右の道を選んだ。地下に満ちる光はあまりにも弱く、数歩進むたびに誰かとぶつかりそうになったが、転ぶほどではなかった。
しばらく進むと、アリスは恐怖を感じ始めた。暗く陰鬱な空間に特別敏感なのか、それとも目に見えない脅威をうっすら感じ取っていたのかもしれない。一行は黙ったまま進み続けた。目を刺激する薬で暗闇を見通せる神崎 蓮と、暗視能力を持つひな、クリスを除けば、ほかの者たちはほとんど何も見えなかった。光魔法を習得している者もいないため、皆で前の者の肩にしがみつき、小さな列になって進むしかなかった。
手探りで進み続けるのは得策ではないと判断した神崎 蓮は、システムのアイテム倉庫に手を入れ、松明を何本か取り出して皆に配った。遠くから見れば、一行は真っ暗な地下にぽつぽつと浮かぶ孤独な火の点のようで、かすかな光だけが揺れていた。
「この光り方……ルーンを埋め込んでいるのか? でも、埋め込まれているようにも見えない。いったい何なんだ?」




