早朝のピンポン連打には御注意を
早朝のことだ、玄関の戸を叩く音がする。同時にピンポン連打も鳴り止まない、柳生は
「なんだ?!」
と飛び起きた。トランクスと、Tシャツ姿だが、そんな事を気にする柳生ではない。
ドアを開けると、おやっさんの奥さんだった。いきなり五分間もの集中砲火を浴びせられ、魂の抜けた柳生を放置して、そそくさとプレオで出勤していった。
その話の内容は、車中泊している奏のクルマの滞在が問題になっているそうだ。ただでさえ、目立つ車が同じ駐車場に毎晩いるのだから仕方ない。
呆けた頭で思考するが、頭が回らない。とりあえず後にしよう、と身支度をする。平日なので出勤の準備だ。
タブレットには、既にメッセージのお知らせが表示されている。奏からであった。
…ありゃー、やっぱり緊急案件か?…
だが仕事を休むわけにもいかず、またまたおやっさんに頼らざる得ない・・・。
AM7:40、おやっさんに電話すると
「今しがた嫁のやつ俺に電話かけてきてな、一方通行で喋って来とったわ、大体の事態はわかった。とりあえず奏君に、ウチに来るように言うといてや?」
「先輩スンマセン、俺も終わり次第に行きますんで」
こんなに次々と日常問題が出てくるとは、と焦る柳生だったが“なったもんはしゃあない”と、すぐいつもの思考に戻った。
AM9:30おやっさんの店に奏がやって来た。
「柳生先生に、ここへ来るように言われたんですが」
おやっさんは鏡面(散髪する場所)から
「ちょっと悪いけど、待合で待っとってな」
散髪のお客さんが来ていたので、奏は待合の長椅子に座って待った。やがて「ありがとうございました」とお客さんを送るおやっさんの声。
雑誌を読んでいた奏は顔をあげ、本を閉じた。
「お待たせやで!ほんでや・・・、寝る場所どないする?」
「そうなんです、朝起きたら注意の紙 ワイパーに挟まっとって・・・」
「この前ウチの空き部屋は、女の子らに貸したしなぁ・・・かと言うて、他にどこか借りるんでも、今日すぐ入れるようなアテもないしなあ」
先日は穂波に部屋を貸す事になったが、あかりも同居する事になった。桃井の社長には、あかり自身が連絡するだけでなく、柳生も報告したのだが、ずっと不機嫌だったらしい。。
「一時的にでも、柳生ん家に避難するか?」
おやっさんが口火を切った。
「え?柳生先生の家ですか?」
「せや、柳生先生の家や!アイツは自分の育った家で居るんやが、柳家の駐車場挟んだ隣でな」
「そうだったんですか?」
「アイツの母親は、弟夫婦らと民宿の方に住んどるし、柳生は一人であの家におるんや」
しかし、本人のいない間に話を進める訳にはいかない。
「とりあえず柳生が帰ってからやな」
「そうですね、僕もしばらく車に戻ります」
おやっさんもお客さんの予約が入っていたので、お互い干渉せず夕方になった。
夕刻、散髪屋に白い軽バンが止まる。
「おー!柳生帰ったか?」
ジョウロを持ったおやっさんが声をかける。
「今日は思ったより遅くなって、ところで奏君は来ました?」
ドアをロックしながら、柳生はおやっさんの元へ。
「来たで、フロントに“注意書き”挟まれてあったって」
「そりゃそうなるか!?で、これからどうしましょう?」
おやっさんは即答した。
「お前んちで住まわすんが、ええんちゃうか?真面目そうな青年やし」
「やっぱりそうなりますよね、先輩んとこには女の子二人共お世話になっとるし・・・ところで奏君は?」
「朝は車に戻る言うてたけど、車ごとおらんな?」
しばらくすると、乾いたエンジン音と共に奏が帰る。
「こんばんは、あっ柳生先生も帰っておられましたか?」
柳生は苦笑いしながら
「大変やったんやな?」
「まぁーそうなんですけどね、しゃあないですよ」
「今なぁ話しとったんやけど、ウチの家に来るか?」
柳生の言葉に、申し訳なさそうに頭を下げる奏。
「その代わりやが、家事は折半!光熱費やらのことは、帰って相談やな」
「ええ息子が急にできたやないか!ハハハ!」
おやっさんが大声で笑う
「そんな年の差、有りませんよ・・・なぁ?奏くん」
「僕、柳生先生の年齢まだ知らないんで・・・」
そう言われて、柳生は複雑な心境になった。自分の年齢について考えた事もなかったので、悪気の無い奏の言葉でハシゴを外された気分だった。
その日の夜、青いワーゲンバスは柳屋の駐車場に置いた。大きすぎて、自宅の駐車場に入らない。
「お邪魔します」
と奏が柳生の家の玄関で、タイル土間から上にあがる。
「奏君は、ホンマに行儀ええなぁ」
靴を揃える奏を見て無意識に感心した。
わずかに空気が止まった、当たり前のことしただけなのに!?と困惑気味の奏。
「ごめんごめん、普段あのガサツなツナギのコンビばっかり相手しとるから・・・せや!?晩飯はカレーでええか?」
さらにキョトンとする奏
「自炊してはるんですか?」
奏から見ると、柳生は自炊するタイプに見えなかったのだ。
「おいおい、カレーぐらいで・・・ハハハ。朝から仕込んであるさかい、ちょっと待っとてや」
ダイニングキッチンに入る柳生。やがてエプロン姿の柳生が、客間で待つ奏を招く。2皿のカレーとスプーンがダイニングテーブルに。サラダもなく単品であるが、良い香りがする。
「まあ、どうぞ・・・!
実はな朝の早ようからおやっさんとこの奥さん来てな・・・。こうなるんちゃうかと、多めにご飯炊いたんや」
「奥さんてケロ助の声のサンプリングの・・・!?まだあお会いしたこと無いのですが・・・。でも、すみません!僕のために・・・」
申し訳なさそうな奏に
「いやいや!最初からここに呼んどったらよかったんや」
「まあ、冷めんうちに食べよや」
「はい、いただきます」
奏がスプーンで一口食べると
「美味しい!ちょうどいい辛さです」
「おー良かった、一人で自炊しとるとな、自分だけの好みの味に偏る気がしてな・・・」
柳生の言葉で、皿の中をもう一度見た
ジャガイモも人参も玉ねぎも大きくて、カタチはあるが、全て柔らかい。肉は牛でなく鳥モモだった。
輪切りの鷹の爪もチラッと見える。
手料理なんて何日ぶりだろう。
「どうや?ご近所さんにもらった野菜やで!」
「凄く手が込んでるじゃないですか?」
「これなぁ鋳物のホーロー鍋で炊いたら、野菜や肉に綺麗に熱入るねん。ほんでな、おっと・・・」
…あかんあかん悪いクセや!?…
気を改めて、柳生は奏に聞き始めた。
「なんであらぎ島に寄ろうと思ったん?」
「ホンマに理由ないんですよ、最初は奈良からも程よい距離感ですから、寄ってみよか!?ぐらいで」
柳生は頷きながら
「そうやったんや、高野山でも良かったんでは?」
「いやあらぎ島の形が気になって、僕は奈良の吉野なんですけど、同じような形の風景があるんです。棚田ではなく低山なんですがね」
柳生は “穿入蛇行”の山の風景を想像したが上手くできない。
「今度、機会あったら見てみたいもんやな・・・ところで何で一人旅になったんっ?」
奏の表情が僅かに曇った。
しまった、触れてはいけなかったか?!焦る柳生をよそに、奏は口を開き始める
「新卒から勤めてた会社で、上司に良いように思われなくって・・・」
つづけて話を聞く。どうやらその上司に、威圧や叱責をされていたそうだ。それもパワハラで訴えるにはスレスレの微妙なラインで続けられ、すっかり疲弊し退職してしまったそうだ。
生真面目に仕事をし、周囲からも評価も良い奏を良く思わなかったのだろう。確かにこの地に来てからの様子見るだけでも、性格も良いし何ごともデキる人間だと伺える。育ちも良さそうだし、口答えもしない。上司はそういうところに、つけこんだのだろう。
「で・・・一人旅に出て、あの日は初日と違うんか?」
「そうです!即、一人旅ではなくなりましたけどね・・・」
苦笑する奏に、柳生は
「ハハハ、ホンマや!ところで初めてみんなと合流した日、なんで異変がわかったんや?」
「まだ車で走ってる最中に、頭の中に直接的に声か音なのか分からないが聞こえたんです、あらぎ島の中心から」
「方向はピンポイントでわかるって、女の子二人も言うてたな」
「例えるなら、糸で引っ張られたみたいに向きがわかるんです、根拠はないですけど10kmぐらい離れても感じるような気がします」
奏の答えに驚く、更に続けて身を乗り出しテンション高く聞いた。
「そしたら!そしたら!スーツの防御力はどうやった?」
「はい『闇の核』に近づく時、安心感がありました。全く肌は痛くないし、力が湧き出る感じでした」
実際の装着車の話を聞くのは初めてだ。着れる人間が居なかったのだから当然だ。ずっとサポートメカの研究と開発をしてきたが、あくまでも机上の理論。『光の核』を宿さない柳生には、感触も体感も解らないのだから。
「見た目は別にしてやなっ・・・!?」
複雑な表情で、柳生は奏に聞く。
「アハハ・・・」
苦笑いするしかない奏だったが、柳生は言葉を続ける。
「あれなぁ〜最初に人型のも作ったんやで。ほんだら今の10%以下の性能しか出なかったんや。現在のティラのカタチにするまで何年もかかったわ!
ちなみにな、今のティラの頭上にツノつけてただけで30%も性能が落ちるんよ」
「削ぎ落とし続けた、究極のカタチなんですね」
奏の言葉に嬉しそうに手を叩く。
「そう!そうなんよ、実験で毎晩着て試したわ〜!」
「ご自分で着てたんですか?」
「そうや。カタチを整える為に随分着たよ」
そのあと柳生は、毎晩おやっさんを実験に付き合わせた事、やがて6体が完成した頃は、当時生成した生地も減った事、現在の6体の補修メンテ用と、丸一体分の残量になったなど、今までの経緯を奏話した。
…そのうち穂波さんに、この話を聞かせたいな…と思い始める奏だった。
ピンポン♪
インターフォンが鳴る、鍵を閉めた玄関の戸もカタカタと音がしている。
「まさか、今朝と同じイラチな空気は・・・!?」
柳生が重い腰を上げ、玄関にそっと向かう。明らかにこのシルエットは・・・?!玄関戸をそっと開けると、戸の隙間から白いレジ袋を持った手が伸びる。やっぱりおやっさんの奥さんだった。袋の中から唐揚げのにおいがする。・・・と、油断した柳生と壁の間をすり抜けた。サンダルを脱ぎ捨てるように玄関を上がったかと思うと、持って来たレジ袋を掲げ、キッチンにまっしぐら。
「ちょっ奥さんって・・・!?」
ガタッ!椅子を引いて座った音だ。
「しまった、やはりか!?」
あらかじめ、おやっさんに聞いていた事がある。
「ウチのヤツ、奏くんに興味シンシンやねん?!」
暖簾をくぐり、キッチンに入る。緊張する奏の前の席で両肘をつき、嬉しそうに一方通行で喋っている奥さんの姿があった。黙って話を聞くと、唐揚げは知り合いの店で揚げてもらってきたらしい。奏は食べることに集中できず、初対面の奥さんを、恐る恐る相手している、というより完全に押されている。
「あの・・・奥さん、カレー食べます?」
柳生の誘いに、無言でオッケーマークを出したと思うと、またもやトークに集中し始めた。柳生が新しい皿でカレーを出す。躊躇なく食べ出し、同時に奏に話しかけている。柳生家の建物に、賑やかすぎる大声が響いた夜だった。




