傾聴者(リスナーズ)
「内田紫音・・・、中学当時の理科の成績は、かなり良かったよな・・・」
柳生は約10年前の授業や、テストの採点結果を、自分の記憶から掘り起こしていた。先日、ソーリュージャーのメンバーになった紫音。理科の授業の理解度が異常に良かった記憶がある。数学もかなりデキると聞いた。だが体育の成績だけは、見れたモノではなかった記憶がある。夕刻の秘密基地内のプレハブハウスの中、テーブルの向かい側に座る、穂波とあかり。今三人で女性目線で見た紫音の話をしていた。
「“お騒がせな人“のイメージしかなくて・・・」
穂波は拳を口にあて、ニヤニヤ話すが、柳生は真剣に
「あの頃と変わりなければ。かなり記憶力、応用力に長けてるハズやが」
「その分、思い込みも激しかったでしょ?激甘弁当とか・・・」
穂波の言葉に、あの耕平が困った顔をしたのを思い出し、クスクス笑うあかり。何気にケロ助は半封印時のメモリーにアクセスし始めた。ケロ助のカメラアイで見たもの、記録したものはプレハブハウス内のサーバーに保存され共有される。と同時に、皆が持つタブレットでも閲覧できるようになる。
「いいですか?正面のモニターで、『半封印』時の動画を再生します」
他のメンバーと同様に、紫の光で包まれる紫音。やがて『半封印』が完了する。動画終了と同時に、柳生に向かってケロ助が聞いた。
「マスターは、紫音ちゃんの特性は何か?という事を考えているのですねケロ?」
「そうなんや、何の特性か全く判らんしな。スーツを用意するべきかどうかすら、判断しかねてる・・・」
ケロ助は
「彼女の中には、先代のような傾聴者の要素を持っているのでは?と考えたのですね?みんなと同じタブレットを渡してみてはケロ?」
「そうだな、それで何か先が見えるかもしれない」
柳生は、あらかじめ用意しておいた新品のタブレットを箱から出す。何一つインストールされていない新品だ。パソコンから伸びたケーブルを繋ぎ、セットアップ作業を始める。あかりと穂波の見守る中、作業は進める。ケロ助もテーブルの上に座って、じっと待っている。時間はそろそろ18時。
「しまった!今日は俺が食事当番だったぁ〜」
両手で頭を抱え、困った表情の柳生。
「じゃ、私が今から作りに行きます。タブレットのセットアップが完了したら帰ってきてください」
あかりの言葉に、救われた柳生。
「すまん、今日だけ頼むわ・・・」
拝むように両手をすり合わせる柳生。あかりはニッコリ笑って
「ハイ!大丈夫ですよ」
「ちょっとぉ〜?!あかりちゃん、あまり甘やかしたら・・・」
穂波は頰を膨らませ、あかりの袖を引っ張る。
「いいじゃないですか?お兄・・・柳生先生も、ずっと私たちの為に頑張ってくれてるんですよ・・・」
「しゃない・・・今だけは私の負けだ、先生!今日だけだからね!」
穂波は人差し指を立てて、柳生に告げた。そしてツカツカと大股でドアに向かい振り向くと
「今日だけだからね!」
もう一度言った。気のせいか目線が天井に向かって外れ、少し頰が紅潮しているように見えた。追いかけるようにあかりが小走りでドアに向かう。振り返り右手のひらを広げて微笑んだ。
「すまない、奏くんには連絡入れとくさかい」
穂波とあかりは、軽い足取りで階段を登る。見送った柳生はメッセージを奏に送信。既読がつくとセットアップに集中した。
時計は19:40、柳生は小脇にタブレット携え自宅の引き戸を開けた。すでに中は宴会のように賑やかだ。
「世話かけて申し訳ない、みんな・・・」
穂波はシンクで洗い物、あかりはコンロの前で鍋を用意している。二人ともエプロン姿だった。
奏はカセットコンロを出し、食器を並べている。
「まるで鍋パーティーみたいだな・・・」
「そう!今日はすべて先生の奢りでね!」
穂波はニヤリと笑い、“あらぎショッピングセンター”のレシートを突きつけてきた。
「マジか?!」
柳生はレシートを受け取り、マグネットクリップに挟んで冷蔵庫に貼る。少し気温も下がってきたこともあり、温かいものが美味しく感じる季節になった。柳生は鼻から息を吸って
「この香り、例の味噌味の鍋か?」
「そうなんです、先生の得意の鍋を二人にレクチャーしました」
奏はレシピ帳をおいて、鍋に入れる“擦りゴマ”を持ってきた。そのレシピ帳の書いてある内容はというと
「合わせ味噌、顆粒出汁(半袋)、擦りゴマ(チョイ)、チューブニンニク2センチ、白菜、豚肉、モヤシは湯通し程度、シメはストレートの乾燥拉麺」
などと、いい加減に書かれたレシピである。だが、その仕上がりの反応は
「うん!イケる・・・」
「美味しい!」
穂波とあかりの箸の運ぶ手が、わずかに早くなった。奏はその光景を見てかすかに微笑む。
「あかりちゃんも、穂波ちゃんもありがとうな・・・」
柳生は箸を止めて、二人に礼を言った。
「とんでもないですよ、いつも頑張ってくれているじゃないですか・・・」
あかりの言葉に、柳生は少し照れたようだった。穂波が横から
「先生、今度ウチでもこの鍋やっていい?、買い物の前に奏さんが、メッセージでレシピを送ってくれたんやけど」
「構わないが、気に入ったのか?」
柳生の返事に、穂波は小さく笑った。
「奏さんが言うには、まだ鶏肉カレーのレシピもあるんやって?」
「別に何でも、好きなだけ写して帰っていいぞ」
「やったー!、しかし先生が料理好きとは意外やね・・・」
「料理は化学と同じようなモンや。配合する比率と、加熱加減が勝負やからな」
穂波はお腹を抱え笑った。そこに奏が
「レシピ帳、まだ棚の奥に三冊あるよ」
「奏くん、それでは我が家の機密情報が漏洩・・・」
柳生の言葉にみんなで笑った。流れで四人で食べることになったが、賑やかな夜になったのだった。たくさんの会話が飛び交い、時間も忘れて楽しんだ。
後の片付けは、柳生と奏でやることにし、穂波とあかりの二人は先に家に帰した。あかりは
「片付けも、最後までちゃんとやります」
と言ったが“遅くまで年頃の女の子を引き止めてはいけない”と柳生は判断した。少し悔しそうにするあかりと、レシピ帳を借りて、ご機嫌で玄関に向かう穂波。サンダルを履きながら奏は
「ケロ助、二人の護衛は頼んだぞ」
「ハイでありますケロ」
敬礼スタイルで答えるケロ助に、皆がまた笑う。二人と一匹(?)を、小さくなるまで見送る柳生と奏だった。
「最初に穂波ちゃんに聞いたのですが、タブレットは?」
奏の問いに
「ああバッチリや!明日、紫音ちゃんに渡してみるわ」
柳生は奏に顔を向け
「奏くんの意見として、紫音ちゃんの特性をどう見る?」
奏は困ったように口を開く。
「実は他のメンバーとは、何かしら感触が違ってるんですよ。僕の勝手な解釈ですが・・・」
他人の同意見に、柳生は納得した。
「実は少しだけ、タブレットに仕掛けをしておいたんや」
顎に手を当てながら柳生は言った。その内容は分からないが、奏はコクリと頷いた。
翌日の日没後、展望台に全員集合した。秘密のゲートをカードキーで開け、階段を降りる。秘密基地内に初めて入る紫音は落ち着かない様子だ。全員に促され、プレハブハウスの中に入った。
「こんなトコあったんや、全く知らんだわ・・・」
あたりをキョロキョロ見回し、柳生に質問する
「柳生先生!ここって、時代バラバラですよね?テープリーダー式やったり、真空菅やったり、SSDやったり・・・」
「真空管・・・、解るんか?」
「あれ?私どこで覚えたんやろ?前から知ってるような。ここにあるのは“真空管”じゃなく“真空間”でえーと・・・」
周囲を見回し、配線ラックを目で追った。
「Dジェネレーターって、この鉄扉の奥ですか!?」
その言葉に柳生は確信した。彼女は戦闘系では無く、先代と同じ技術系タイプだと・・・。
「では“真空管“と“真空間”、違いは?」
「“真空管”はトランジスタの前の世代で電気信号の整流や増幅なんかを行い、“真空間”は、“光の核“のから発する力でDジェネレーター作動させ、その発するエネルギーを整流し、直流電流と同じような扱いにできるもの・・・で、合ってます?」
パチパチパチ!
直後、柳生の一人の拍手が鳴り響いた。キョトンとする六人と、紫音。
「素晴らしい!ソーリューからの技術のイメージを、受信していたんやな」
柳生の言葉に、ミドが不思議そうに聞いてきた。
「イメージの受信?どういうことですか?」
一喜一憂の柳生は、身振り手振りで答えた。
「俺の親父たち、先代のソーリュージャーは技術者だったって事は、みんなファイル読んで知ってるやろ?ソーリューから送られてくるイメージを脳内を通し図面に起こし、製作する。まあイメージの具現化てやつやな。それができる人間を“傾聴者“と先代から呼んでるんやが」
「その力が紫音ちゃんに?」
ミドは理解したようだ。柳生はカバンからタブレットを取り出し、紫音に渡す。彼女は最初こそ戸惑ったが、タブレットを起動させた。顔認証の登録とパスワードなどの設定を、手早くこなした後
「このサーバーへの、アクセス権限が認証されないのですが!?もしや、いじってあります?」
柳生は手を叩きながら
「すごいなぁ!実はサーバー側でそのタブレットのIPアドレスだけ拒否ってあるねん」
「じゃ解除願います。耕平先輩の赤いティラスーツの動き、先日に気になってたんです。修正を急ぎたいので!」
「ほんまに“激甘弁当”の紫音ちゃんか?この前とキャラが違いすぎる」
霞は不思議そうに言った。
「だって!命掛けの仕事なんでしょ?メンテナンスは命綱よ」
冷徹な視線を霞に浴びせる紫音。全員沈黙してしまった。同時にテキパキとタブレットをサーバーにつなぐと、困った顔をした。
「先生、このパソコン使ってもいいですか?実際のソフト使って、右クリックで細かいところ見ないと・・・」
「あ!使ってくれていいよ」
柳生は位置を譲るように一歩下がり、椅子を差し出す。紫音は座ってパソコンを起動し始めた。全員に見守られる中、キーボードをカタカタとタイプした。どんどん加速してゆく音に、六人と柳生は呆気にとられていた。最後にエンターキーを押し、モニター前の椅子を柳生に譲る。
「従来ティラスーツの動きは鈍足にならざるを得ない、そんな特徴の機体ですよね。素材をアップデートし、足回りのプログラムを今打ち込んだモノに変更すると・・・」
慌ててモニターを覗き込む、そして映る内容に見入ってしまう柳生。
「こんな数式、いったいどこから・・・?」
「ソーリューからの丸々・・・全部ウケウリです、アハッ!」
笑顔で答える紫音、いつもの態度に戻っている。
「ちょっと待て、では今打ち込んだ数式は、紫音ちゃんの頭の中で理解できてないのか?」
興奮して、声が大きくなる柳生に
「いえ!?全て理解してますけど・・・。更にこのプログラムを、スーツの腕の動きに応用すると、スピード上がるのは当然ですが、可動域も大きくなると思います」
「これが、ソーリューの声が届く人間“傾聴者”の力なのか?・・・」
膝から崩れそうになるのを我慢した。だがショックで、もうろうとし立っているのがやっとだ。息は荒くなり鼓動は早くなる。
“先輩と夜遅くまで、毎晩実験を繰り返し出した結果が・・・あっという間に・・・”
柳生の目に悔し涙が滲んだ、気づかれないように拭った。そんな事に気づかない紫音は、表情も変えずに
「ソーリューが今“ここまでスーツの完成度を上げてくれていたから、今の数式が使えた”と言ってます」
「・・・何?!リアルタイムでソーリューが言ったのか?」
「大輔には感謝している・・・って大輔っていったい誰ですか?」
六人は顔を見合わせた。それぞれの頭にも
“大輔には感謝している・・・”
ソーリューの声が頭に飛び込んできたからだ・・・。
「ソ、ソーリューが今、僕らに向かって話したのか?」
奏は声の出処を探すように、視線をあちこちに向けた。
「以前、かすかに聞いた声」
穂波は耳に、広げた両手を当てている。
「耕平、霞!やっぱりこの声って小学生の時、あの夏の夜の・・・」
ミドは小学生の夏の夜の出来事を、突然鮮明に思い出した。耕平も
「あれは夢と違ごたんか?!」
霞は明らかに困惑しながら
「何でやろなぁ?今の今まで忘れとった!夜に三人で青くてキラキラんとこ行ったよな」
「五月の“神事”以来ですねぇ」
あかりだけは落ち着いて微笑んだ。だが柳生自身は真逆だった。額には汗をかき息は荒く、床を見る焦点は合っていない。瞳孔が開いたような目になっている。ソーリューから送られてくる“技術のイメージ”を、使用する工程を目の当たりに見たのだ。しかも自分が以前教えた生徒・・・。
「ソ、ソーリューの声が聞こえるやと・・・、俺には届かないのに・・・」
その様子をソーリューは、あかりを通じて感じ取った。
“あかり、大輔に伝えてくれ!決戦の日は近い。この戦い収束させるには、私が大輔に与えてしまった経験と、その記憶がキーになると・・・”
「はい・・・」
“そして、あかり・・・。大輔の手助けをしてやってくれ・・・”
あかりだけにそう言い残し、ソーリューの声は遠ざかっていった。シンと静まり返り、時が止まったような基地の中。真空間の揺れる光と、聞こえるノイズ。ただただ、それだけが時間の流れている事を示しているようだった。どこからか、水滴が窓に打ち付ける音が聞こえた。今夜のあらぎ島展望台には、雨が降り出したようだった。




