観察者
「中尉、久しぶりですね。三年ぶりですか」
カリグラ・ツェペシュは、机の向こう側に座ったまま、穏やかな声でそう切り出した。
その口調には、旧知の相手と再会した者が見せるような親しみが含まれている。まるで、長い間顔を合わせていなかった部下の成長を喜ぶ上官のようだった。
「データであなたの戦果は確認していました。局長も喜んでいましたよ」
カイは表情を変えることなく、静かに答えた。
「光栄です」
それだけだった。
再会を喜ぶ様子もなければ、相手の言葉に興味を示す様子もない。ただ、上官に対する礼儀として必要最低限の返答をしたにすぎなかった。
カリグラも、それを気にした様子はなかった。
「ええ。あなたの働きは帝国にとって大きな意味を持っています。今後も、その能力を存分に発揮していただきたい」
彼はそう言って、机の上に置かれた書類へ視線を落とした。
「帝国のために。国民のために。そして、我々が守るべき未来のために」
淀みのない言葉だった。
国家への忠誠、帝国軍人としての責務、そして未来への貢献。軍人ならば誰もが一度は耳にするような言葉を、カリグラは一つひとつ丁寧に並べていく。
その声音には乱れがなく、言葉を選ぶ際の迷いも感じられない。
ブレントは黙って聞いていた。
しかし、胸の内では別の感情が膨らんでいた。
(気色悪ぃ)
率直に言えば、それがすべてだった。
別に、帝国への忠誠を語ること自体に不満があるわけではない。軍人として国家に仕える以上、そうした理念を掲げることは当然だろう。
しかし、目の前の男が口にする言葉には、どうにも現実味がなかった。
口調は丁寧で、言葉遣いにも隙がない。相手を不快にさせない程度の礼節を保ち、必要な場面では適切な称賛を交える。
だが、そこに人間らしい感情が感じられないのだ。
言葉だけが、口から滑らかに出てくる。
まるで、あらかじめ用意された台詞を読み上げているだけのようだった。
カイの戦果を称賛している。
帝国への貢献を評価している。
今後の活躍を期待している。
そのどれもが、形式上は正しい。
それなのに、ブレントには、この男が本心からそう思っているとは到底感じられなかった。
そもそも、カリグラは本当にカイのことを見ているのだろうか。
目の前に座っている一人の青年ではなく、報告書に記された戦果や能力の数値だけを見ているのではないか。
そんな疑念が、どうしても拭えなかった。
カリグラは帝国の利益を語る。
国家の未来を語る。
しかし、その言葉の奥に何かを懸けている人間の熱意は見当たらなかった。
あるのは、冷静に計算された言葉と、決して崩れることのない薄い笑みだけだった。
(こいつ、何を考えてやがる……)
ブレントは、あえて表情を変えずにいた。
こういう相手に不用意な反応を見せるのは得策ではない。こちらの考えを悟らせる必要はないし、何より相手がどのような意図を持っているのか、まだ何も分かっていない。
情報局という組織がどのような場所なのか、彼は詳しく知らない。
ただ、目の前の男が、単なる事務屋ではないことだけは分かった。
カリグラの視線は、時折カイへ向けられる。
そのたびに、ブレントは妙な不快感を覚えた。
そこにあるのは、部下の働きを気遣う上官の眼差しではなかった。
まるで、長年追い続けてきた研究対象の経過を確認するかのような目だった。
カイが何を感じているのか。
何を考えているのか。
ブレントには分からない。
ただ、彼はいつものように黙って座っていた。
背筋を伸ばし、正面を見据え、カリグラの言葉を静かに聞いている。時折、必要な場面で短く頷く以外に、目立った反応はなかった。
その様子を見ていると、ブレントはますます落ち着かなくなった。
カイにとって、こうした会話は珍しいものではないのかもしれない。
あるいは、三年前から続く何らかの関係が、彼の中ではすでに終わったものとして整理されているのかもしれない。
しかし、三年ぶりという言葉の響きが、ブレントの頭に引っ掛かっていた。
三年前。
カイがまだ士官学校に在籍していた頃だ。
その時期に、情報局の副長と接点があったということなのだろうか。
それとも、直接顔を合わせたことはなくとも、何らかの形で情報局の管理下に置かれていたのか。
昨夜読んだ資料の内容が、再び脳裏をよぎった。
幼少期から続く身体能力の記録。
異常なほど詳細な適性評価。
通常の軍人であれば記録されないような細かな数値まで、長年にわたって蓄積されていた。
そして、F-15Λの開発記録。
あの機体は、本当にカイのために造られたものなのだろうか。
もしそうなら、彼が士官学校に入るよりも前から、誰かがその存在を見定めていたということになる。
ブレントは、そこで思考を止めた。
今はまだ、確証のない憶測に過ぎない。
だが、カリグラの口から出た三年という言葉は、決して聞き流せるものではなかった。
カリグラの話は続いていた。
「貴官の戦積は、帝国にとっても誇るべきものです。特に、直近の交戦における対応は非常に興味深いものでした」
「ありがとうございます」
「敵航空戦力を単独で無力化し、さらに包囲された味方部隊の救援まで成功させた。報告書だけを読めば、まるで戦場の流れそのものを変えたかのようです」
「任務を遂行しただけです」
「謙虚ですね」
カリグラは、わずかに口元を緩めた。
「あなたらしい」
その言葉にも、カイは特に反応しなかった。
ブレントは、次第に話を聞き流すようになっていた。
どうせ、ここで語られることの大半は建前なのだろう。
帝国のため。
任務のため。
未来のため。
聞こえのいい言葉をいくら並べたところで、肝心なことを話すつもりがないのなら意味はない。
そんなことを考えながら、ブレントはカリグラの話を右から左へ聞き流していた。
そのときだった。
「ウェルロッド少佐」
突然、自分の名前を呼ばれた。
「はい」
反射的に背筋を伸ばした。
しまった、と思ったときには遅かった。
カリグラがこちらを見ていた。
先ほどまでと変わらない、薄い笑みを浮かべている。
「どうです? 中尉の管制を始めてから数日経ちましたけど、何かありますか?」
「……は?」
危うく、間の抜けた声が出そうになった。
ブレントは咳払いを一つして、頭の中を切り替えた。
質問の意図が分からない。
何かありますか、とはどういう意味だ。
管制上の問題について聞いているのか。それとも、カイというパイロットについて何か報告すべきことがあるのか。
あるいは、もっと別の何かを探っているのか。
カリグラの目を見ても、その答えは読み取れなかった。
「いえ、管制をしたといってもまだ一回ですし、そのときも特に感じたことは……」
ブレントは慎重に答えた。
嘘ではない。
実際に、カイの管制を担当した回数はまだ少ない。彼の飛行特性について、十分な評価を下せるほどの情報が揃っているわけでもなかった。
ただし、あの一度の交戦で見せた飛行技量については、疑う余地がない。
敵機の動きを読み、戦場の状況を瞬時に把握し、味方が置かれた危機に対して迷わず行動する。その判断は、経験豊富な操縦者であっても容易に真似できるものではないだろう。
だが、それをここで語る必要があるとは思えなかった。
何より、どこまで話していいのか分からない。
昨夜、基地司令から渡された資料。
そこに記されていたカイの過去。
そして、あの黒い戦闘機の異常な性能。
それらを知った今、ブレントは迂闊な発言を避けるべきだと考えていた。
「そうですか」
カリグラは短く答えた。
しかし、その視線はブレントから離れなかった。
値踏みするような目だった。
こちらの言葉だけでなく、その背後にある考えまで見透かそうとしているかのような視線。
ブレントは内心で舌打ちした。
(おいおい、何を探ってやがる)
カリグラは何も言わず、しばらくブレントを見つめていた。
沈黙が続く。
室内の空気が、さらに重くなったように感じられた。
やがて、カリグラは僅かに首を傾けた。
「では、ラグナー中尉について、何か気になる点はありませんか?」
ブレントの眉が、ほんの僅かに動いた。
「気になる点、ですか」
「ええ。操縦技量でも、判断力でも、あるいは管制官として接していて感じたことでも構いません」
カリグラは穏やかな声で続けた。
「どんな些細なことでも、率直にお話しいただければ結構です」
その言葉を聞いた瞬間、ブレントは確信した。
この男は、ただ世間話をしているわけではない。
何かを知りたがっている。
そして、おそらくその答えを、最初からある程度予測している。
問題は、何を確認しようとしているのかだ。
ブレントは隣に座るカイを一瞥した。
カイは相変わらず、表情一つ変えていなかった。
まるで、この場で交わされている会話が、自分自身についてのものであることさえ気にしていないかのようだった。
いや、実際には聞いているのだろう。
ただ、必要なこと以外は口にしない。
それが彼の普段からの姿勢だった。
ブレントは再びカリグラへ視線を戻した。
「……少なくとも、腕は確かですよ。あれだけの敵を相手にして、味方を救出して帰ってきたんですからね」
「なるほど」
「操縦技量に関しては、俺が何か言うまでもないでしょう。あの戦闘を見れば、誰だって分かるはずです」
「確かに」
「ただし」
ブレントは一度言葉を切った。
ここから先を話すべきか、一瞬だけ迷った。
しかし、管制官として、そして一人の軍人として、黙っておくわけにはいかなかった。
「少々、自分の命を軽く考えすぎているようには感じましたね」
その言葉に、カリグラの笑みは変わらなかった。
だが、その目が僅かに細められたのを、ブレントは見逃さなかった。
「……ほう」
静かな相槌だった。
それだけで、ブレントは背筋に嫌なものが走るのを感じた。
まるで、自分が口にするのを待っていた答えを、ようやく聞けたとでもいうような反応だった。
「どういう意味でしょう?」
カリグラが尋ねた。
「言葉どおりですよ。あいつは、味方を救うためなら自分の危険を後回しにする。昨日だってそうでした」
「それは、軍人として称賛されるべき行動ではありませんか?」
「状況によりますね」
ブレントは即座に答えた。
「結果として味方を救えたからよかったものの、あのまま撃墜されていたらどうするつもりだったんです? 救援に向かう判断そのものを否定する気はありません。ですが、帰ってこられなければ、次の任務もありませんからね」
カリグラは黙って聞いていた。
ブレントは続けた。
「優秀なパイロットほど、自分にできることと、やるべきことを混同する場合があります。自分なら何とかできる。自分が行かなければ誰かが死ぬ。そう考えて、危険を承知で突っ込んでいく」
そこで、ブレントは一度カイを見た。
「ですが、戦場で必要なのは、英雄になることじゃありません。生きて帰って、次の任務を遂行することです」
カイは何も言わなかった。
その言葉が自分に向けられていることは理解しているはずだった。
それでも、彼の表情に変化はない。
ブレントは小さく息を吐き、再び正面を向いた。
「少なくとも、俺はそう考えています」
「なるほど」
カリグラは、ゆっくりと頷いた。
その仕草は、ブレントの意見を理解し、受け入れたようにも見えた。
しかし、次に発せられた言葉は、まったく別のものだった。
「でも、機体は無事なのでしょう?」
その瞬間、ブレントは言葉を失った。
カリグラの口元が、耳まで裂けるかのように吊り上がった。
それは笑みだった。
確かに笑っている。
だが、その表情を見た瞬間、ブレントの背筋を何か冷たいものが撫でていった。
目の前の男は、確かに笑っているはずだった。
しかし、そこには人間らしい温度が欠片もなかった。
「命令の確認ですが、あなたはあの機体を壊さないようにすればいい。それ以外は考えなくていいんです」
穏やかな口調だった。
まるで、部下に簡単な事務仕事でも言いつけるかのような声音だった。
だからこそ、ブレントはその言葉の異様さをはっきりと感じ取った。
「……それ以外は、考えなくていい?」
「ええ」
カリグラは即答した。
「ラグナー中尉の操縦技量は、すでに十分なデータが揃っています。判断力も、反応速度も、空間認識能力も。あなたが今さら評価を加える必要はありません」
その言葉を聞いた瞬間、ブレントの頭の中で、昨夜読んだ資料の内容が鮮明に蘇った。
あの異常なまでに詳細な記録。
過去の身体検査。
飛行適性の評価。
通常の軍人であれば、記録に残されることすらないような細かな数値の数々。
そして、何よりも不自然だったのは、カリグラがそれらを当然のように口にしていることだった。
彼は知っている。
カイがどのような能力を持っているのか。
どのような訓練を受け、どのような評価を受けてきたのか。
そして、その能力がどれほどの価値を持っているのか。
最初から、すべて把握している。
「なら、俺を呼んだ理由は何です?」
ブレントは静かに尋ねた。
カリグラは、少しも迷うことなく答えた。
「申し上げた通りです。機体の保全。それがあなたの任務ですよ、少佐」
彼は机の上で両手を組んだ。
「中尉がどのような判断を下そうと、どのような戦果を挙げようと、それ自体はあなたの管轄外です。あなたは管制官として必要な情報を提供し、彼を支援する。そして、機体を無事に基地へ帰還させる。それだけでいい」
ブレントは黙っていた。
言葉の一つひとつは、軍の命令として聞けば何もおかしくはない。
機体を保全する。
操縦者を支援する。
安全な帰投を確保する。
管制官として当然の職務だった。
だが、決定的に何かが欠けていた。
そこには、操縦者の命を守るという言葉がなかった。
「……昨日の戦闘で、あいつは敵に包囲された味方を救いに行きました」
ブレントは、カリグラの目を見据えた。
「命令違反に近い行動だったのは認めます。ですが、あそこで見捨てていれば、フェアリー隊は全滅していた可能性が高い。あいつはそれを理解したうえで、救援に向かったんです」
「ええ。報告書で確認しています」
「なら、なぜそんな言い方をするんです?」
カリグラは、わずかに首を傾けた。
「どんな言い方でしょう?」
「まるで、あいつが生きていようが死んでいようが、どうでもいいと言っているように聞こえる」
その言葉を境に、室内の空気が明らかに変わった。
壁際に控えていた情報局員たちが、ほんの一瞬だけ視線を動かす。
基地司令も、わずかに姿勢を正した。
誰も口を挟まなかった。
ただ、カイだけは何も言わず、静かにカリグラを見つめていた。
その横顔を視界の端に捉えながら、ブレントは奥歯を噛み締めた。
昨夜、あのファイルを読んだときから、ずっと胸の奥に引っ掛かっていたものがある。
あまりにも詳細な記録。
あまりにも不自然な空白。
そして、何よりも。
一人の人間が歩んできた人生を、まるで実験結果でも整理するかのように記録した、あの無機質な文章。
あれを書いた人間は、カイ・ラグナーを何だと思っているのだろうか。
帝国の英雄か。
優秀な操縦者か。
あるいは、何らかの計画を完成させるために必要な存在か。
ブレントには、まだ答えが分からなかった。
だが、少なくとも目の前の男が、カイを一人の人間として見ているようには思えなかった。
「少佐」
カリグラが静かに口を開いた。
「あなたは、少々誤解をなさっているようですね」
その声から、先ほどまでの軽薄な響きが消えていた。
「我々は中尉を軽視しているわけではありません。むしろ、その逆です」
「彼は帝国にとって、極めて重要な存在です」
ブレントの眉が僅かに動いた。
「……人間として、ですか?」
問い掛けた瞬間、カリグラの瞳が細くなった。
ほんの一瞬だった。
だが、ブレントは見逃さなかった。
カリグラは、すぐに元の表情へ戻った。
「もちろん」
そして、穏やかに微笑んだ。
「彼も一人の帝国軍人であり、一人の皇帝陛下の民なのですから」
答えになっていなかった。
少なくとも、ブレントが聞きたかった答えではない。
帝国軍人だから重要なのか。
帝国にとって有用だから重要なのか。
それとも、カイという人間そのものに価値を見いだしているのか。
その違いを、カリグラは明確にしようとしなかった。
「……そうですか」
ブレントは、それ以上追及しなかった。
ここで何を問い詰めても、目の前の男が本心を明かすとは思えなかった。
むしろ、余計なことを口にすれば、カイにとって不利益になる可能性すらある。
それだけは避けなければならなかった。
カリグラは、再び書類へ視線を落とした。
「では、少佐」
一度、言葉を切る。
「今後もよろしくお願いします。あなたには、期待していますよ」
「……光栄です」
ブレントは、軍人としての礼儀を崩さずに答えた。
腹の底では、まったく別の言葉が渦巻いていた。
――冗談じゃねぇ。
こいつらが期待しているのは、俺じゃない。
カイでもない。
あの黒い機体だ。
人間の命よりも、機体の無事を優先しろ。
それが、こいつらの本音なのだ。
ブレントは隣に座るカイへ、ちらりと視線を向けた。
彼は相変わらず無表情だった。
この会話をどう受け止めているのか、表情から読み取ることはできない。
そもそも、彼にとってはこれが当たり前なのかもしれなかった。
幼い頃から、普通の子供とは違う環境に置かれてきた。
家族を失い、祖父のもとで育ち、帝国を象徴する英雄の血を引く者として、周囲から特別な視線を向けられてきた。
その人生の中で、自分の価値を能力や戦果によって測られることに慣れてしまったのだとしたら。
自分の命さえ、何かを成し遂げるための道具としか考えていないのだとしたら。
ブレントは、膝の上で組んだ手に力を込めた。
(……そんなこと、俺が認めるわけにはいかねえだろ)
カイは優秀な操縦者だ。
その技量は、帝国空軍の中でも突出している。
しかし、それだけではない。
彼は味方を見捨てなかった。
自分が危険にさらされると分かっていても、助けを求める声に応えた。
その行動の結果として、多くの人間が生きて帰ることができた。
それを、単なる能力の評価や計画の成果として片付けていいはずがない。
ブレントは、今度こそ彼を守ると決めていた。
彼の父親を守れなかった過去がある。
あのとき、自分は空の向こうで友人の最後の声を聞いた。
『まだ、来るなよ』
その言葉を、今でも忘れることはできない。
だからこそ、その息子まで同じように失うわけにはいかなかった。
「……ラグナー中尉」
不意に、カリグラが声を掛けた。
「はい」
「昨日の戦闘について、いくつか確認したいことがあります」
カリグラは机の上に置かれた書類へ目を落とした。
「敵編隊を殲滅した後、あなたはフェアリー隊の救援要請を受け、進路を変更しましたね」
「はい」
「その際、管制官から制止があったにもかかわらず、救援を続行した」
「はい」
「なぜです?」
カイは一拍だけ間を置いた。
「味方が包囲されていたためです」
「それだけですか?」
「それ以上の理由が必要でしょうか?」
部屋が静まり返った。
ブレントは思わず、カイの横顔を見た。
本人は至って真面目だった。
挑発するつもりも、反抗するつもりもない。
ただ、本当に理解できないのだろう。
味方が助けを求めている。
だから助けに行った。
それ以外に、何の説明が必要なのか。
カリグラは数秒間、カイを見つめていた。
その表情から、何を考えているのかを読み取ることはできない。
やがて、口元がゆっくりと持ち上がった。
「……なるほど」
カリグラは、小さく頷いた。
「実に興味深い」
その言葉に、ブレントは再び違和感を覚えた。
カイの答えに驚いた様子はない。
むしろ、最初からその答えを予想していたようにさえ見える。
まるで、あらかじめ用意していた記録の空欄が、ようやく埋まったかのようだった。
「やはり、あなたは変わっていませんね。ラグナー中尉」
カイは答えなかった。
「出会ったときから、何も変わっていない」
カリグラはそう付け加えた。
その言葉に、ブレントの意識が反応した。
やはりカリグラは、昔のカイを知っている。
単に記録を通じて知っているだけなのか、それとも実際に彼と接していたのか。
そして、三年前に何があったのか。
ブレントがその疑問を口にするより先に、カリグラは書類を閉じた。
「これからも、そのままでいてください」
穏やかな声だった。
まるで、相手の将来を願う言葉のように聞こえる。
だが、その言葉が、なぜかブレントには命令というより、実験対象へ向けた願いのように聞こえた。
そのままでいてほしい。
変わらないでほしい。
今の能力を保ち、今の判断を続け、今のままのカイ・ラグナーであり続けてほしい。
それは、彼自身の意思を尊重する言葉ではなかった。
あくまで、相手に望む状態を維持させようとする言葉だった。
ブレントは、静かにカリグラを見つめた。
(……こいつらは、いったい何をしようとしてやがる)
答えはまだ見えない。
だが、目の前の男がカイの過去を知り、現在を把握し、そして未来にまで何らかの期待を寄せていることだけは分かった。
その期待が何に向けられているのか。
それを知るまでは、決して気を抜くわけにはいかなかった。
そして、ブレントはまだ知らなかった。
自分が昨夜読んだ資料に記されていたΛ計画とGRIM REAPERという名称が、単なる機体開発の記録などではないことを。
それらが、カイ・ラグナーという一人の人間の過去と現在、そしてこれから歩むことになる戦場に、深く結び付いていることを。
後書き
〜お願い〜
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