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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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今度こそ

「カイ」

そう名乗った男と別れ、ブレントは司令室を後にして、元いた自分の部屋へ戻るための廊下を一人で歩いていた。

先ほどまで基地司令とカイがいた部屋から離れるにつれて、背後の気配は少しずつ遠ざかっていき、やがて古びた扉の向こうへ完全に消えていった。

足音だけが、無人に近い廊下へ一定の間隔で響いている。

カツ、カツ、カツ。

軍靴の底が硬い床を叩くたび、乾いた音が廊下の壁へ反響し、少し遅れて消えていく。

誰かが話している声もない。

兵士が行き交う気配もない。

どこかの部屋から聞こえてくる笑い声もない。

ミュールハルデ基地へ来てから、ブレントはこの静けさにもすっかり慣れてしまっていた。

前線基地ならば、常に何かの音がしている。

戦闘機のエンジン音。

整備兵の怒鳴り声。

管制員同士のやり取り。

通信機から流れる無線。

出撃を告げる警報。

帰還した機体を迎える声。

誰かが走り、誰かが叫び、誰かが笑う。

空軍基地とは、本来そういう場所だった。

だが、ここにはそれがない。

あるのは、必要最低限の活動だけだった。

それが、この基地がどれほど本来の役割から切り離されているのかを物語っていた。

窓の外からは、赤道近く特有の強烈な日差しが差し込んでいる。

白く焼けた大地。

乾いた風。

遠くに見える格納庫。

陽炎に揺れる荒野。

その景色は、ここへ来てから何度も見てきたものだった。

毎日同じ景色を見ている。

毎日同じ廊下を歩き、同じ壁を見て、同じ窓から同じ荒野を眺めている。

それなのに。

今は妙に違って見えた。

何かが変わったわけではない。

基地も変わっていない。

天候も変わっていない。

自分が歩いている廊下も、先ほどまでと何一つ変わっていない。

ただ一つ。

新しい人間が、この場所へ現れた。

それだけだった。

ブレントはポケットへ手を入れた。

指先が、いつものように小さな包みへ触れる。

取り出したのはガムだった。

包み紙を剥がし、まとめて口へ放り込む。

「……」

頬が僅かに膨らむ。

普通なら多すぎる量だった。

一度に三枚も噛めば、甘味が強すぎる。

だが、今のブレントにはそれくらいが丁度よかった。

ガムを噛む。

強い甘味が口いっぱいに広がる。

舌に残る濃い甘さが、先ほどまで張り付いていた嫌な感覚を少しだけ散らしてくれる。

それでも、頭の中から先ほどの青年の姿は消えなかった。

暗い青色の瞳。

無駄のない姿勢。

静かな立ち方。

感情をほとんど表に出さない様子。

そして――。

「カイ」

その名前。

ブレントは歩きながら、その二文字を頭の中でもう一度繰り返した。

「……チッ」

小さく舌打ちする。

自分でも、なぜこんなにも引っ掛かっているのか分からなかった。

名前が同じ。

それだけだ。

それだけのはずだった。

なのに、頭から離れない。

(にしても、上はいい趣味してやがる)

ガムを強く噛み潰す。

甘味がさらに広がる。

だが、その甘さとは裏腹に、胸の奥には苦いものが残っていた。

(死んだアイツの息子と同じ名前のヤツを連れてくるなんて)

その瞬間。

頭の中に、また一人の男の姿が浮かんだ。

もう何年も前の記憶だった。

まだ今ほど戦争が世界を覆っていなかった頃。

まだ、ブレントが今のように多くのものを背負っていなかった頃。

そして、まだ自分に、たった一人の相棒がいた頃。

「……」

ブレントは歩きながら、目を細めた。

記憶の中には雲一つない青い空が広がっている。

どこまでも澄み切った空。

まるで、世界には戦争など存在しないとでも言うような、静かで広大な空だった。

その下を、一機の戦闘機が飛んでいた。

鷲の紋章を刻むことを唯一許された機体。

それは陽光を受けても、その機体は青空の中で異様なほど濃い影を描いていた。

翼を翻し、雲の切れ目を抜けていく。

その姿は速かった。

誰よりも速く。

誰よりも高く。

誰よりも強かった。

そしてその飛び方には一切の無駄がなかった。

旋回するときも、上昇するときも、下降するときも、まるで最初からそこを飛ぶことが決められていたかのように、機体は正確に空を切り裂いていった。

ブレントは管制席から、その機影を見ていた。

無線から聞こえてくる声。

軽口。

笑い声。

時には、くだらない冗談。

戦闘前だというのに、妙に余裕のある声だった。

ブレントが何か注意すれば、軽く受け流す。

危険な進路を指示すれば、冗談を返す。

それでも、戦闘が始まれば一変する。

誰よりも冷静で。

誰よりも正確で。

先ほどまで笑っていた男と、本当に同じ人間なのかと思うほどだった。

空へ上がれば、迷いが消える。

判断が速い。

動きに無駄がない。

敵機の動きを読み、味方の位置を把握し、最も危険な場所へ躊躇なく入り込む。

そして、どんな不利な戦況でも勝利の二文字と共に必ず帰ってくる。

何度も。

何度でも。

帝国空軍の中で、いつしかその男、そのラグナーはラグナー達の中でも特別な呼び名で周囲に呼ばれるようになった。

「帝国の鷲」。

その名を知らない軍人はいなかった。

若い兵士でさえ、その名を知っていた。

空軍基地では、彼の戦果が語られた。

整備兵たちは彼の機体を見ていた。

若いパイロットたちは彼の飛行を真似しようとした。

上官たちは彼の能力を高く評価し、敵側の人間でさえ、その存在を無視することはできなかった。

だが、ブレントにとっては、ただの英雄ではなかった。

親友だった。

相棒だった。

自分が最も信頼したパイロットだった。

自分の管制で。

自分の声を聞いて。

何度も空から帰ってきた男だった。

無線越しに交わした言葉は数え切れない。

くだらない話もした。

任務の話もした。

空の話もした。

時には何も話さず、必要な情報だけを伝え合った。

それでも、互いに何を考えているのかが分かるような瞬間があった。

長い時間を共に空で過ごした者にしか分からない、奇妙な信頼だった。

「……」

ブレントの歩みが、僅かに遅くなる。

記憶の中の男が振り返る。

顔が見える。

笑っている。

何かを言っている。

だが、その声だけが思い出せない。

どれだけ記憶を探しても。

顔ははっきりしている。

姿も覚えている。

操縦桿を握る手も。

飛行前にヘルメットを被る仕草も。

格納庫で機体を眺めていた姿も。

何もかも覚えている。

なのに。

最後に聞いた声だけが、どうしても思い出せない。

ブレントは目を閉じた。

一瞬だけ。

それだけで、別の光景が蘇る。

警報。

レーダー画面。

多数の敵影。

無線。

途切れ途切れの通信。

そして、自分の声。

「……」

ブレントは目を開けた。

廊下の先にある窓から、強烈な光が差し込んでいる。

眩しさに目を細める。

白い光が視界へ入り込み、ほんの一瞬だけ何も見えなくなる。

それでも、頭の中にはあの時の光景が残っていた。

(俺の命令で死んだ)

その事実だけは、何年経っても消えなかった。

彼を空へ送り出したのも自分。

戦況を伝えたのも自分。

敵の位置を伝えたのも自分。

撤退の判断をしたのも自分。

最後に「行け」そう命じたのも。

自分だった。

あの時、ブレントは管制官として判断した。

状況を見て。

敵の位置を見て。

味方の位置を見て。

その瞬間に必要だと思った命令を出した。

それが自分の仕事だった。

だからこそ、今でも分からない。

あの判断は正しかったのか。

あの時、別の判断をしていれば。

別の命令を出していれば。

もしかしたら。

あの男は生きていたのかもしれない。

そんな考えを何度繰り返したか、もう覚えていない。

夜中にふと目が覚めた時も。

一人で食事をしている時も。

新しいパイロットの管制についた時も。

新しい戦闘が始まった時も。

何かの拍子に、あの時の記憶が蘇る。

そして、そのたびに同じ問いが浮かぶ。

あの時、他に何かできたのではないか。

この世に「IF」は存在しない。

そんなことは、ブレント自身が誰よりよく知っている。

戦場で選択できるのは、その瞬間に手元へある情報だけだ。

後から結果を知った人間が、あの時こうしていればと言うことは簡単だ。

だが、戦っている人間には未来が見えない。

それでも人間の記憶は、理屈だけでは消えてくれない。

「……クソッ」

ブレントは低く呟いた。

ガムをさらに噛む。

強く何度も。

甘味はもうほとんど消えていた。

それでも噛み続ける。

何かを噛んでいなければ、記憶まで噛み砕いてしまいそうだった。

廊下を進む。

角を曲がる。

古びた壁面が視界へ入る。

その壁には、かつてこの基地へ配属されていた部隊の古い部隊章が貼られていた。

ところどころ剥がれ、埃を被っている。

ブレントはそれを横目に見た。

その瞬間また記憶が蘇る。

二人で並んで歩いた格納庫。

くだらない話をした夜。

任務前に交わした言葉。

出撃直前の、ほんの短いやり取り。

「帰ってきたら飯でも食おう」

そんな、どうでもいい約束。

当時は、本当にどうでもいい約束だった。

任務が終われば飯を食う。

それだけの話だった。

次の日にもできる。

その次の日にもできる。

そう思っていた。

だから、その言葉を特別なものとして覚えていたわけではなかった。

だが、結局それは守られることはなかった。

ブレントは一度だけ、天井を見上げた。

白く汚れた天井と古い照明。

その向こうには何もない。

「……お前も大概、間の悪い奴だったよな」

誰もいない廊下に、独り言が落ちる。

返事はない。

当然だ。

もういない、どこにも。

ブレントは小さく鼻から息を吐いた。

そして再び歩き出した。

足音が、また一定の間隔で廊下へ響く。

だが、頭の中には先ほどの青年の姿が残っている。

カイ。

同じ名前。

それだけなら偶然だ。

世の中には同じ名前の人間などいくらでもいる。

分かっている。

分かっているはずなのに。

あの目を見た瞬間。

あの名前を聞いた瞬間。

死んだ親友の記憶が、一瞬だけ重なった。

「……」

ブレントは小さく息を吐いた。

(馬鹿馬鹿しい)

そう自分に言い聞かせる。

(あいつの息子と、あの青年が同じ名前だったからって……何だってんだ)

ただ名前が同じだけ、それだけのことだ。

それなのに胸の奥には、妙な感覚が残っている。

まるで過去から誰かが手を伸ばしてきたような、そんな感覚だった。

やがて、自室の前へ辿り着く。

ブレントは足を止めた。

目の前にあるのは、いつもと変わらない古びた扉だった。

何度も開け何度も閉めた。

この基地へ来てから、ほとんど変化のない毎日を過ごしてきた部屋。

ブレントはドアノブへ手を伸ばす。

その手が、一瞬だけ止まった。

「……」

何かを考えているわけではない。

ただ、先ほどまで頭の中にあった記憶が、まだ消えていなかった。

そして、小さく呟く。

「今度は……帰してやるよ」

誰に向けた言葉なのか。

自分でも分からなかった。

先ほどの青年へなのか。

それとももう二度と帰ってこない、かつての相棒へなのか。

答えを出すことなく、ブレントはゆっくりと扉を開けた。

部屋の中は、何も変わっていなかった。

簡素な机。

古びた椅子と管制資料に通信記録。

壁際に置かれた最低限の私物。

そして、机の隅に置かれた古い写真。

ブレントの視線が、そこへ向かう。

写真には二人の男が写っていた。

ブレントは写真を手に取った。

指先で写真の端を掴み、しばらく黙って見つめる。

そこにいる二人は、まだ戦争の重さを知らなかった。

まだ、未来が今よりずっと長く続くと思っていた。

少なくとも、ブレントはそう思っていた。

「……名前まで同じとはな」

乾いた笑いが漏れる。

「上の連中……本当に趣味が悪いぜ」

誰に聞かせるわけでもない言葉だった。

写真を机へ戻す。

そして椅子へ腰を下ろす。

古びた椅子が、僅かに軋んだ。

ブレントは背もたれへ身体を預け、天井を見上げる。

明日の朝。

新しい任務が始まる。

新しいパイロットを管制する。

それだけだ。

ただ、それだけのことだ。

そう思おうとした。

自分にそう言い聞かせる。

これは過去とは関係ない。

死んだ親友とも関係ない。

ただアイツの息子と名前が同じだっただけ。

目の色が記憶に引っ掛かっただけ。

それ以上でも、それ以下でもない。

そう考えればいい。

そう考えるべきだ。

だが。

ブレントの脳裏には、あの暗い青色の瞳が残り続けていた。

静かにこちらを見つめていた瞳。

何を考えているのか分からない、ダークブルー。

そして、短く告げられた名前。

「カイ」

ブレントは目を閉じる。

その名前が、静かな部屋の中で何度も頭の中を巡った。

そして彼はまだ知らない。

あの青年との出会いが。

かつて自分が失ったものを思い出させるだけの出来事ではないことを。

それが、これから帝国の空を大きく変えていくことを。

そして今度こそ自分の声で一人のパイロットを、生きて帰す戦いが始まろうとしていることを。

________________________________________________

ブレントの机の上には管制記録や移動命令の書類が無造作に積まれ、端には開封したままの菓子の袋や、飲みかけの水が入ったボトルまで置かれていた。

窓の外からは、相変わらず強烈な陽射しが差し込んでいる。

砂埃を含んだ風が窓の隙間から僅かに入り込み、部屋の中にまで乾いた熱気を運んでいた。

ブレントは何も言わず、机の前に置かれた椅子へ腰を下ろした。

背もたれに身体を預け、しばらく天井を見上げる。

今日だけで、あまりにも多くのことが起きた。

ブレントは目を閉じる。

脳裏に、あのダークブルーの瞳が浮かんだ。

ブレントはポケットから端末を取り出した。

画面を操作し、登録された連絡先を一つずつ眺める。

その中から、一つの名前を選んだ。

呼び出し音が数回鳴った。

ほんの数秒のことだったはずなのに、妙に長く感じられた。

やがて。

『もしもし?』

と聞き慣れた声が返ってくる。

その声を聞いた瞬間、ブレントの表情から僅かに力が抜けた。

「……ああ、俺だ」

『どうしたの?』

「すまない、当分家に帰れそうにもない」 

ブレントはそこで一度言葉を止めた。

何をどう伝えるべきか。

自分でも分からなかった。

最前線へ向かう。

しかし、そんなことを話したところで、妻を不安にさせるだけだ。

「あと、連絡もできそうにもない」

それだけを口にした。

『……そう』

妻の声が僅かに沈む。

だが、それ以上は何も聞かなかった。

軍人の妻として、夫がそういう場所にいることを理解しているのだろう。

『そう、わかったわ』

「……悪いな」

『ジャンクフードとか、お菓子ばかり食べちゃダメよ』

「……」

ブレントは思わず苦笑した。

言われて机の上を見る。

そこには、先ほど買い置きしていた菓子の袋がいくつか並んでいた。

本人としては、それほど買ったつもりはなかった。

しかし第三者から見れば、十分すぎるほどの量だった。

「わかってるよ」

『本当に?』

「本当だって」

『前にもそう言って、三日後にはお菓子の袋が山になってたじゃない』

「……よく覚えてるな」

『あなたの食生活くらい覚えてるわよ』

「参ったな」

ブレントは小さく笑った。

ほんの短いやり取りだった。

この基地に来てからというもの、食事も睡眠も任務の合間に済ませるような生活が続いていた。

笑うことなど、いつの間にか少なくなっていた。

だからこそこんな何でもない会話が、妙に懐かしかった。

通信の向こう側から、微かな生活音が聞こえてくる。

何かを置く音。

遠くで扉が開く音。

誰かが歩く音。

そして子供の声。

『――!』

何を言っているのかまでは聞き取れない。

だが、その声だけは分かった。

ブレントの表情から、自然と険が取れていく。

「……あの子は」

『今は外で遊んでるわ』

「そうか」

短く答える。

それ以上、すぐには言葉が出なかった。

ただ通信越しに聞こえる我が子の声へ耳を澄ませる。

遠い。

あまりにも遠い。

この基地から家まで、どれほど離れているのか。

正確な距離など、今は考えたくなかった。

ただ、この声だけが聞こえる。

それだけで十分だった。

ブレントは机の上に置かれたもう一つの写真へ視線を向ける。

妻と、我が子とそして、自分。

三人で撮った写真だった。

以前なら、当たり前のようにそこへ帰ることができた。

任務が終われば家へ帰る。

玄関を開ければ妻がいてその奥には我が子がいる。

疲れたと言えば笑わる。

飯を食えば、また太ったと言われる。

そんな何でもない日常が、確かに存在していた。

今はもう、その全てが遠くなった。

家も、家族もそして、当たり前だった日々さえも。

「……元気そうだな」

『ええ。あなたがいなくても、毎日走り回ってるわ』

「俺がいない方が静かだったりしてな」

『それはどうかしら』

妻が小さく笑う。

『帰ってきたら本人に聞いてみれば?』

「……そうだな」

ブレントも笑った。

だが、その笑みは長く続かなかった。

明日、自分はここを離れる。

移動先は最前線。

しかも、情報局が絡む謎のテストパイロットを管制することになる。

何が待っているのか分からない。

どれほど危険なのかも分からない。

帰えることのできる保証など、どこにもない。

それどころか、どれだけ長く連絡が取れなくなるのかすら分からなかった。

それでも妻には詳しいことを言わなかった。

言えなかった。

軍人として知っていることを、そのまま家族へ伝えることが正しいとは限らない。

むしろ、知らない方がいいこともある。

「……じゃあな」

『ええ』

少しだけ間が空く。

『無理しないでね』

「分かってる」

『ちゃんと食べて』

「分かってるって」

『それから――』 

妻の声が少しだけ柔らかくなる。

『ちゃんと帰ってきて』

ブレントは黙った。

返事をするまで、僅かな時間が必要だった。

その言葉が、胸の奥へ深く沈んでいく。

「……ああ」

静かに答える。

「必ず帰るよ」

それだけ言って、通信を切った。

画面が暗くなり部屋が静かになる。

先ほどまで聞こえていた家族の声も消え、残ったのは基地の外から響く遠い機械音と、空調の低い駆動音だけだった。

ブレントは端末を机の上へ置く。

そして椅子へ深く座り直した。

「……帰る、か」

独り言が漏れる。

その言葉を、何度も頭の中で繰り返す。

必ず帰る。

それは家族との約束だった。

それと同時に自分自身への約束でもあった。

ブレントは再び机の上の写真へ目を向ける。

妻と子供と自分。

そこに写っている三人は、戦争など知らないような顔で笑っている。

少なくとも、この写真が撮られたその瞬間には。

明日、自分がどこへ行くことになるのかなど誰も知らなかった。

そしてブレントは、その写真の隣に置かれた古い写真へ視線を移す。

そこには、かつての相棒が写っている。

戦争が始まるよりもずっと前。

まだ世界が今ほど壊れていなかった頃の写真だった。

ブレントはしばらく黙って、その写真を見つめた。

「……今度は」

やがて、小さく呟く。

「今度は、帰してやらないとな」

その言葉の意味を、自分でも完全には理解していなかった。

ただ、明日の朝、あの青年を乗せた機体が空へ上がる。

その時、自分は管制席にいる。

レーダーを見て、機体の状態を確認して、必要なら声を飛ばす。

そして、あの青年が空から戻ってくるまで、自分はその声を切らさない。

それだけは、もう決まっていた。

ブレントは古い写真から視線を離し、窓の外へ目を向ける。

灼けるような空が、どこまでも広がっている。

その向こう側には、明日向かう最前線がある。

そして、その空を飛ぶのは自分ではない。

あの青年だ。

ブレントはゆっくりと息を吐いた。

「……今度こそ、な」

誰に聞かせるでもなく呟く。

そして、明日に備えるように、静かに立ち上がった。

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