ノルヴァイン帝国 宣戦布告③ ドラヴォスト人民共和国・ゼルグラード連合・セレナ連合編
西部大陸オルフェリア東方の工業地帯。
煙突群が曇天を突き刺すように並ぶ灰色の都市。
その地下、厚いコンクリートと鋼鉄で守られた合同会議室。
ここに集うのは、ドラヴォスト人民共和国とゼルグラード連合――二国の最高首脳。
照明は低く、空気は重い。
だが、その沈黙は恐怖ではない。
「……確認しよう」
ドラヴォスト側の書記長が口を開く。
ゆっくりと、しかし明確に。
「我々の立場は――中立」
書記長の言葉にゼルグラードの議長が頷く。
「現時点では、な」
その一言に、全員が反応する。
「だが」
一人の将官が前に出る。
「本当にできるのでしょうか?」
率直な疑問。
「帝国と連邦が全面衝突したとて」
「どちらも、我々を無視するとは思えません」
現実的な視点。
誰も否定しない。
議長が、ゆっくりと椅子に体を預ける。
「出来るとも」
その声音には確信がある。
「我らは――両者にとって“敵”である」
一瞬、空気が静まる。
「連邦にとっては、思想的な敵」
「帝国にとっても、思想的な敵であり戦略的な敵」
「だが同時に――」
薄気味笑みを浮かべた。
「優先順位は低い」
その言葉に、何人かが頷く。
ドラヴォストの第一書記が続ける。
「現在、彼らは互いを最優先目標としている」
「ならば、我々は“後回し”になる」
「それが中立の余地だ」
論理は単純明快だった。
「それに」
別の官僚が言う。
「我々は完全に独立した勢力だ」
「経済も、軍も、内部で完結している」
「外部依存は極めて低い」
「つまり――」
「切られても、崩れない」
その言葉は、他国にはない強みを示していた。
「……だが」
先ほどの将官が再び口を開く。
「東部戦線はどうする」
壁の地図を指した。
「王国と共和国との戦闘は続いている」
「このままでは、我々の戦力は拘束される」
重要な指摘に議長は頷く。
「継続する」
「局地戦として維持しろ」
「大規模攻勢は不要」
「圧力だけをかけ続ける」
その意図は明確だった。
戦争は続けるが、拡大はさせない。
第一書記が静かに言う。
「この戦争で――世界は変わる」
「ノルヴァイン帝国とヴェルテクス連邦」
「どちらの覇権国が勝っても、どちらも無傷では済まない」
「いや――」
「どちらも深く傷を負う」
その視線が、全員をなぞる。
「その時だ」
「その時こそ」
言葉がゆっくりと落ちる。
「我らが動く時だ」
将官の一人が低く笑う。
「漁夫の利、というやつか」
「違うな」
「準備された奪取だ」
「帝国は強すぎる」
「連邦は広すぎる」
「だからこそ――」
「この戦争で削り合う」
「互いに」
その言葉に、誰も異を唱えない。
「……本当に、そううまくいくか」
若い将校が小さく言う場違いなほど率直な声。
議長はその男を見る。
「うまくいかせる」
「そのために、我々はここにいる」
第一書記がゆっくりと立ち上がる。
「この戦争は、歴史の転換点だ」
「秩序が崩れ、均衡が壊れる」
「そして価値が入れ替わる」
それが何を意味するか、全員が理解している。
「その時こそ」
議長が低く、確信に満ちた声で続ける。
「我らが世界を支配する時だ」
外では、煙が空へ昇り続けている。
まだ戦争は届いていないが、その影は確実に近づいている。
そしてこの部屋の中では――
すでに次の戦争が、始まっていた。
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セレナ海の中央に位置する浮遊会議都市――連合評議塔。
外では低い雲が垂れ込み、海面を叩く雨が絶え間なく続いていた。
その灰色の帳の下で、世界の命運を量る会議が開かれている。
円卓の周囲を取り囲む各島国の首脳たち。
顔ぶれは多様でありながら、浮かぶ表情は一様だった。
疲労、焦燥、恐怖。
「どうする、このままでは我々は終わりだ……いや、世界の終わりだ」
最初に口を開いたのは、北部群島国家の老齢の代表だった。
震える声は、長年海と共に生きてきた男のものとは思えないほど弱々しい。
「連邦からは既に参戦要請が大量に送られてきている」
別の首脳が机の上の端末を叩く。
そこには、同一文面の電文がずらりと並んでいた。
――即時参戦を要請する。
――同盟義務を履行せよ。
――遅延は敵対行為と見なす。
「脅しだな」
短く吐き捨てる声。
「脅しではない。事実だ」
即座に別の声が返す。
「我々は連邦の海上航路に依存している。石油も、食料も、資源もだ。遮断されれば……三ヶ月も持たん」
「だが帝国はどうする」
別の首脳が低く言う。
「帝国は既に全軍を展開している。あの怪物を敵に回すのか?」
ノルヴァイン帝国。
その名は、この場にいる全員にとって「現実的な恐怖」だった。
「帝国は孤立している」
若い首脳が言う。
「連邦、王国、共和国……四国同盟が成立すれば、戦力的には――」
「数だけの話をするな」
鋭い指摘が飛ぶ。
「帝国は“質”だ。空軍、海軍、陸軍。どれ一つ取っても世界の基準そのものだ。あれと正面から戦って勝てると、本気で思っているのか?」
「……だが、連邦もまた怪物だ」
今度は南方諸島の代表が言った。
「あの国が抱える最新の兵器群も技術力は、もはや国家一つで対処できるものではない」
「つまり詰みだな」
誰かが乾いた笑いを漏らす。
「どちらに付いても地獄。付かなければ即死」
「中立は維持できないのか」
一人が絞り出すように言うがすぐに否定が飛ぶ。
「不可能だ」
「海上航路を抑えられた時点で終わる」
「連邦は許さない。帝国もまた許さない」
「では、どうしろというのだ」
荒れる声が議場に響き渡る。
「我々は小国の寄せ集めだぞ! 覇権国家同士の戦争に耐えられるはずがない!」
机が叩かれる。
怒りではない。
恐怖だ。
「静まれ」
連合議長の低く、重い声が会議を断ち切る。
彼はゆっくりと立ち上がる。
その動作だけで、場の空気が引き締まる。
「我々は選ばなければならない」
「選ばなければ、選ばれる」
誰かの属国として、あるいは戦場として。
「連邦につけば、生き延びる可能性はある」
「帝国につけば、同じく可能性はある」
「だが、どちらも、“保証”はない」
「連邦は我々を守るだろう。だが同時に使い潰す」
「帝国は我々を蹂躙するかもしれん。あるいは取り込むかもしれん」
「どちらにせよ――」
議長の目が、円卓を一周する。
「我々の意思で未来を選べる時間は、もう残されていない」
その瞬間会議室の空気が、さらに張り詰めた。
通信士官が駆け込んできたのだ。
「報告します!」
息を切らしながら叫ぶ。
「帝国艦隊、オルビタス海北部に進出! 連邦艦隊と接触目前です!」
どよめきがこの場にいる全員に伝わる。
「衝突予測は!?」
「最短で……二時間以内には衝突するかと」
「もう始まるのか……」
戦争がいや、“終わらない戦争”が。
「議長!」
別の通信士官が叫ぶ。
「連邦より再度入電! “最終通告”です!」
室内の全員の視線が集中する。
「読み上げろ」
通信士官は一瞬躊躇ったがそれでも読み上げた。
「“セレナ連合へ通告する。貴連合は同盟義務に基づき、直ちに参戦せよ。応答なき場合、敵対勢力と見なす”」
「退路は塞がれたか...諸君、投票に入る」
「連邦側に参戦するか」
「あるいは―――帝国側に付くか」
「回答期限、三十分」
考える時間ではないもう決断する時間だ。
議長がゆっくりと目を閉じ口を開いた。
ざわめきが広がる。
空気が凍りつく。
どちらを選んでも、血に濡れる。
「用紙を配布しろ」
係員が動き出し一枚一枚、白紙が配られていく。
ペンを握る手が震え誰もすぐには書けない。
それは単なる選択ではない。
国家の生死。
民の未来。
歴史そのものを決める一筆だった。
「……書け」
誰かが、ようやくペンを走らせる。
一人また一人。
静寂の中に、紙を擦る音だけが響く。
外では、雨が降り続いている。
まるで世界そのものが、何かを洗い流そうとしているかのように。
だが――この雨が止む頃、この海は血に染まる。




