ノルヴァイン帝国 宣戦布告② グリム王国・リヴェリア共和国編
追加で書き貯めてたものも放流します。
西部大陸オルフェリア北西部。
山脈と平原に抱かれた古き王国――グリム王国。
王宮の外では、雨が絶え間なく降り続いていた。
石畳を打つ音は重く、空気は濡れた鉄の匂いを帯びている。
静かな雨が、今はかえって不吉だった。
王宮内、謁見の間。
高い天井に壁には歴代の王の肖像。
どの顔も、誇りと確信に満ちている。
だが――今、その中央の玉座に座る男の顔は違った。
カール・エーデル・グリム。
グリム王国現国王。
その顔は、血の気を失っていた。
「どういうことだ……」
かすれた声が謁見の間に響き渡る
誰に向けたものでもないが、その場の全員に突き刺さる。
「王よ、気を静めてくだされ」
宰相が一歩前に出る。
白髪混じりの男、長年この国を支えてきた人物。
だが、そんな人物にも今は余裕はない。
「この状況でか」
怒鳴るのではない。
だが、押し殺された感情が滲む声が再び響いた。
「連邦の連中、当面は戦争にならんと言っておったじゃないか……!」
カールの手が震える
「全面戦争など……覇権国同士の戦争など……我が国ではどうにもできぬというのに……!」
それは怒りではないそれは純粋な恐怖だった。
「王よ」
軍務卿が口を開く、顔には疲労が刻まれていた。
「今はどちらに付くか、決めなければなりませぬ」
「そうしなければ我が国は――消される可能性がございます」
この部屋の空気がさらに重くなる。
カールは目を閉じ頭を抱えた。
「……わかっておる、わかっておるんじゃ......」
「連邦とは同盟がある」
王は続けた自分に言い聞かせるように。
「我が国の貿易の五割が連邦だ」
「それに――」
「この同盟には、軍事同盟も含まれておる」
誰も口を挟まない。
分かっているそれは、逃げられない鎖だ。
「さらに……」
「我が国は今、リヴェリアと共に戦っている」
視線が宰相へ向く。
「相手はドラヴォスト、ゼルグラード……」
その名を出すだけで、場の空気がわずかに変わる。
すでに五年行われている戦争。
「連邦からの支援を打ち切られでもしたら……」
その先の結末は言わなくてもこの部屋にいる誰もが分かっている。
戦線崩壊。
国土侵食。
敗北。
だが、別の重臣が口を開く。
「しかし、帝国を敵に回すのですか」
その言葉の重さは、誰もが理解している。
「……あのノルヴァイン帝国を」
名を出すだけで、空気が冷える。
歴史。
規模。
そして――報復。
「我らが王よ」
重臣は続ける。
「我らは、帝国と正面から戦ったことはありませぬ」
「しかし、記録はあります、一度敵に回した国が、どうなったか」
王の指が、玉座の肘掛けを強く握る。
「王よ……中立は」
若い文官が、かすかに言う。
希望のように。
逃げ道のように。
だが――
「そんなことできるはずがないであろう!」
声が、石の壁に反響する。
「我が国は――」
「帝国、連邦の両国を背後から攻撃できる位置にあるのだぞ!」
その言葉が、すべてを否定する。
この国の位置する場所が運命を決めている。
「中立など宣言したところで、どちらが許す!」
「どちらも許さん!」
「どちらも我が国を“脅威”と見る!」
カールは、自分で自分を追い詰めている。
「……わかっておる」
「わかっておるんじゃ……」
だが、その言葉には力がない。
宰相が一歩進む。
「王よ」
「どちらを取っても、戦火は避けられませぬ」
「……それで」
王の声が震える。
「民を……国民たちを……犠牲にしてもよいと、お前たちは言うのか」
誰も言えるはずがない。
「王よ」
軍務卿が言う。
「既に、戦争は始まっております」
その言葉は冷酷だったが、それもまた紛れもない事実だった。
「選ばぬこともまた、選択です」
「そしてその場合――我が国は、無防備のまま両陣営に晒されます」
それは、考えうるなかでもっとも残酷な結末だった。
「……リヴェリアは何と言っておる」
王が隣国の反応を問、視線が情報官へ向く。
「ハッ」
情報官が一礼する。
「明確な声明は出ておりません」
「ですが――」
「連邦との同盟を優先する姿勢と見られます」
「……やはりか」
王は顔を歪める。
同盟国、それは――自国を守る存在そしてその選択が、自国を巻き込む。
「王よ」
宰相が言う。
「時間がありません」
「帝国軍、連邦軍ともに既に動いております」
「衝突は時間の問題です」
外の雨音が強くなった、まるで決定を急かすように。
王は、ゆっくりと玉座に座り深く、息を吐く。
瞳には、まだ迷いがあったが、同時に決意の影もあった。
「……リヴェリアに協議したいと連絡しろ」
「はっ!」
情報官が即座に動き扉へ向かう。
その背中に、王の声が落ちる。
「急げ」
「時間がない」
扉が開き外の雨音が一気に流れ込む。
再び静寂。
王は、誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「……どちらを選んでも、守れぬのか」
外では、雨が止むことなく降り続いている。
それはまるで、この国の行く末のようだった。
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西部大陸オルフェリア南西方、工業と交易で栄える国家――リヴェリア共和国。
首都中央政府庁舎の地下深くに設けられた危機管理会議室。
分厚い扉が閉ざされ、外界の音は一切届かない。
だが、その内側の空気は、外のどんな嵐よりも荒れていた。
「本日六時未明、ノルヴァイン帝国がヴェルテクス連邦に対して宣戦布告を行いました」
情報局長が読み上げる。
手元の資料が震えている。
本人が震えているのか、紙なのか、もう分からない。
「帝国及び連邦両軍は、後数時間後には衝突すると予測されています」
室内の誰もが、その言葉の意味を理解していた。
「両国ともに全面戦争を辞さない姿勢です」
「クソが」
誰かが吐き捨て机に拳が落ちる。
「なんでこのタイミングなんだ……!」
顔を赤くし怒っているが、その奥にあるのは明確な恐怖だった。
「総理」
外務大臣が口を開く。
「今は、この先の動きを決めましょう」
視線が一斉に中央の総理へと向き総理がゆっくりと頷く。
「あぁ……そうだな」
疲れた声。
「状況を整理しよう」
その一言で、場がわずかに整う。
「まず――」
総理は指を立てる。
「我々は連邦と同盟状態にある」
当然の前提だが、今はそれが鎖になる。
「そしてグリム王国とも同盟関係だ」
「さらに――」
一瞬、言葉を区切る。
「我が国の東に位置するドラヴォスト、ゼルグラード」
「この二国と、我が国はグリム王国と共同戦線を引き、現在膠着状態にある」
壁面の戦術図には赤と青の線が絡み合っている。
止まっているようで、常に血を流している戦線。
「つまり」
総理は低く言う。
「我々は既に戦争の中にいる」
誰も否定しないなか経済担当が口を開く。
「……そして経済です」
「我が国の輸出の八割、輸入の六割を連邦に依存しています」
その数字が、すべてを物語る。
「これが断たれれば――」
「半年として持たず我が国の産業や食料など全ての物は干からびてしまう」
「半年も、か?」
誰かが苦く笑う。
「三ヶ月だな……」
「いや、下手すればそれ以下だ」
現実的な声ばかりが木霊しそこには夢も希望もない。
「金融も、物流も、止まり燃料も入らん」
「食料もだ」
すべてが崩壊に繋がる。
軍務大臣が前に出る。
「それに――」
「現在、我々は連邦からの軍事支援に依存しています」
視線が軍高官たちに向く。
「補給、情報、衛星支援……それがなければ」
「東部戦線は維持できません」
誰もが分かっている今の現状ですら、ぎりぎりなのだ。
「……つまりだ」
「連邦を切れば、我々は経済的にも軍事的にも崩壊する」
誰も異論を出さない。
だが――
バァン!机が叩かれ音が響く。
「だからといって!」
老齢の将官が立ち上がる。
その目には、明確な恐怖があった。
「だからといって、あのノルヴァイン帝国と戦争するというのか!」
「我々は帝国と正面からやり合ったことはない!」
「だが――」
その先を言う必要ない、全員が知っている。
帝国の力を。
別の将官が続く。
「軍としては、帝国とは事を構えたくはありません」
そうはっきりと断言した」。
「帝国は陸海空すべてにおいて、世界最高水準の戦力を持っています」
「質、量、統制……どれを取っても隙がない」
「加えて、あの動員力だ」
誰かが呟く。
「一度本気で回り始めたら、止まらん」
「止められん……我々では」
「では、どうする!
連邦を切るか!?
それとも帝国に喧嘩を売るか!?」
「どっちも自殺だ!」
同時に声が重なる。
「中立は!?」
「無理だ!」
「我々の位置を見ろ!」
壁の地図が指される。
「ど真ん中だぞ!?」
「どっちからも殴れる位置だ!」
「殴られる位置でもある!」
議論は混乱に傾くが、誰も間違っていない。
すべてが正しい。
すべてが破滅に繋がる。
総理が、ゆっくりと立ち上がる。
「……皆静まれ」
「感情で決める問題ではない」
「だが――時間もない」
その事実だけは、全員が共有している。
その時だった扉が叩かれ通信士が飛び込んでくる。
「総理、緊急の連絡です!」
全員の視線が集まる。
「グリム王国より」
「至急協議したいとのことです!」
空気が凍り誰もが理解する。
あちらも同じ状況だ。
同じ地獄の入り口に立っている。
総理は、ゆっくりと目を閉じ短く息を吐きそして口を開く。
「……すぐにしよう準備してくれ」
即答だった。
「ハッ!」
通信士はすぐに部屋を飛び出していった
総理は椅子に座った。
その背筋は、わずかに伸びている。
「……共同で決めるしかないか」
誰にも聞こえないほどの声。
だが、それが現実だった。
単独では決められない。
部屋の空気が、さらに重くなる。
これは協議ではない。
生存を賭けた、選別だ。
そして、その結果は―どちらに転んでも、血で書かれる。
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