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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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静かな夜

アレンはベッドの上で天井を見つめていた。

宿の部屋は静かだった。

先ほどまで騒がしかった部屋も、今ではすっかり夜の静けさに包まれている。

窓の外から聞こえていた王都の喧騒も、この時間になるとずいぶん遠く感じられた。

時折、遠くの通りを走る車の音が聞こえる。

その音も、しばらくすれば夜の闇へ溶けていった。

アレンは目を閉じた。

眠ろうと思っていた。

明日になれば、またカイを探さなければならない。

そのためにも今夜は少しでも身体を休めておきたかった。

しかし、いくら目を閉じても眠りは訪れなかった。

意識が静かになればなるほど、頭の中には昔のことばかりが浮かんできた。

エトワール隊の面々。

基地の整備場。

機体の整備をする兵士たちの声。

格納庫に漂っていた燃料の匂い。

夕暮れの滑走路。

そして、あの夜の話し合い。

祖国を失った者たちが集まり、自分たちが背負ってきた罪と向き合っていた夜。

あの時のロアルドの声が、今でも耳に残っていた。

「私たちは祖国のためだと言いながら、別の誰かから祖国を奪っていた」

アレンは小さく息を吐いた。

胸の奥に、重たいものが沈んでいるような感覚があった。

あの言葉を聞いたとき、自分は彼らのことを少しだけ理解できたような気がした。

同時に、自分自身についても考えさせられた。

そして、ふと昨日の出来事が頭に浮かんだ。

山道での襲撃で突然響いた銃声。

緊張した空気。

倒れた男たち。

そして、あの男の言葉。

『罪悪感があるなら忘れるな』

アレンは、その言葉を心の中で繰り返した。

罪悪感があるなら忘れるな。

忘れるな。

何度考えても、その言葉は妙に胸へ残った。

アレクセイも。

そして、あの男も。

立場も、生き方も、戦った理由も、背負っているものも違う。

それなのに、不思議なほど同じ場所へ辿り着いている。

罪を忘れるな。

自分が何をしたのかを忘れるな。

背負い続けろ。

それが、罪を犯した人間として生きるために必要なのだと、彼らはそれぞれの言葉で語っていた。

きっと、それが人間でいるために必要なのだろう。

罪を忘れたとき。

人を傷つけたことを何とも思わなくなったとき。

人を殺したことさえ、ただの出来事として処理できるようになったとき。

人は、自分の中にある何かを失ってしまう。

アレンには、そんな気がした。

だからこそ、あの男は自分に言ったのだろう。

血に染まるな。

危険になったら逃げろ。

それは単なる命令ではなかった。

自分がかつて歩いてきた道を、アレンには歩かせたくないのだろう。

アレンはゆっくりと自分の頬へ手を伸ばした。

指先が絆創膏へ触れる。

その下が、まだ少し痛んだ。

昨日、自分は銃を撃った。

相手がどうなったのか、アレンには分からない。

あの場で引き金を引いた。

それだけは間違いない。

指先に伝わった感触も銃声もあの瞬間に感じた恐怖も今でもはっきり覚えている。

その事実だけは、どれだけ時間が経っても消えることはない。

もし、あの時何も感じなくなっていたら。

もし、銃を撃つことに何の抵抗もなくなっていたら。

もし、人を傷つけることを当たり前のこととして受け入れていたら。

きっと自分は、もう自分ではなくなっていただろう。

アレンはゆっくりと隣へ視線を向けた。

そこでは、男がベッドの上で大の字になって話の途中から眠っていた。

先ほどまでの真剣な姿など、もうどこにもない。

毛布は半分ほど床へ落ちている。

片腕はベッドの外へ投げ出され、頭も少し枕からずれている。

口元からは、規則正しい寝息が漏れていた。

帝国の英雄と呼ばれた人物にはとても見えなかった。

戦場で幾多の敵を相手にしてきた軍人にも見えない。

ただ疲れ切った一人の中年男にしか見えなかった。

しかも、その本人は周囲のことなど何も気にせず眠り続けている。

アレンは思わず苦笑した。

「本当、変な人だな……」

小さく呟いた声にも、男は反応しなかった。

相変わらず気持ちよさそうに眠っている。

アレンはしばらく、その寝顔を眺めていた。

戦争で多くの人を殺した殺人鬼と言う。

自分自身を大量殺人者だとさえ言っていた。

それなのに自分には銃を撃つなと言う。

血に染まるなと言う。

危険になれば逃げろと言う。

自分だけは前へ出ようとするくせに、アレンには後ろへ下がれと言う。

矛盾だらけだった。

言っていることとやっていることが、まるで噛み合っていない。

それでも、アレンにはその矛盾が少しだけ分かるような気がしていた。

きっと、この男は自分と同じ後悔を誰かに味わわせたくないのだ。

自分が失った仲間たち。

守れなかった人たち。

戦争の中で背負うことになった罪。

何年経っても消えることのない記憶。

そういうものを、これ以上誰にも背負わせたくないのだろう。

だからこそ、自分には銃を持たせたくない。

だからこそ、危険になれば逃げろと言う。

だからこそ、自分が傷つくことを恐れずに前へ出る。

自分一人が背負えばいいと思っているのかもしれない。

アレンは、そんな男を見つめながら静かに目を閉じた。

不思議だった。

出会ってから、それほど長い時間が経ったわけではない。

それなのに、いつの間にかこの男のことを少しだけ理解できるようになっていた。

あるいは、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。

それでも、今はそれでよかった。

明日になれば、また動き出す。

カイを探さなければならない。

どこにいるのかも分からない。

何を考えているのかも分からない。

なぜ姿を消したのかも、まだ分からない。

追跡者たちの存在もある。

帝国内部に潜り込んでいる者たちもいる。

この先、何が起きるのかは誰にも分からない。

また襲撃されるかもしれない。

また銃声を聞くことになるかもしれない。

それでも、今だけは考えなくてよかった。

今夜だけは、ほんの少しだけでもいい。

何も考えずに眠ってもいいのだと思えた。

アレンは布団をゆっくりと引き上げた。

そして、もう一度だけ隣の男へ視線を向ける。

男は相変わらず眠っていた。

ただ静かな寝息だけが、暗い部屋の中に一定の間隔で響いている。

その音を聞いているうちに、アレンの身体から少しずつ力が抜けていった。

今日一日の疲労が、ようやく意識の表面へ浮かび上がってくる。

重かった瞼が、ゆっくりと閉じていく。

アレンは最後に小さく息を吐いた。

隣にいる男のことを、ほんの少しだけ信じてみようと思った。

明日になれば、また不安が押し寄せてくるだろう。

それでも今だけは。

ほんの少しだけ。

安心して眠れそうな気がした。

そして、その直後だった。

「……ぐごぉ……」

隣から、突然大きないびきが響いた。

アレンは薄く目を開けた。

しばらく無言で男を見つめる。

「……やっぱりうるさいな」

そう小さく呟いたものの、もう起き上がる気力は残っていなかった。

アレンはそのまま目を閉じた。

隣から聞こえる大きないびきを聞きながら、それでもどこか安心するように、アレンはゆっくりと眠りへ落ちていった。

次回カイの視点?に戻ります。

コロコロ視点が変わってすいません。


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