王都へ
車に乗った二人は、ようやく掴んだ手掛かりを逃がすまいと、朝の街を抜けて急いで車を走らせていた。街の建物が次第に遠ざかり、舗装の荒れた山道へと入っていくにつれて、窓の外に広がる景色も少しずつ変わっていく。けれど、車内に流れている空気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。ようやくカイの足取りを掴めたことに安堵しているアレンとは対照的に、運転席の男からは先ほどまで浮かんでいた喜びがすっかり消え失せていた。
「まさか、こんなにすぐわかるなんてラッキーですね」
アレンがそう言うと、男は前方の道を見据えたまま「あぁ」とだけ答えた。その声には、喜びよりも何かを警戒しているような硬さが滲んでいた。
アレンは隣から男の横顔を見つめ、それからフロントガラスの向こうへ視線を移した。男の視線は道路ではなく、そのさらに先、遠くに連なる山並みへ向けられているようだった。
「どうしたんです?」
「いや、やけに怪しい部分が多くてな」
男はそう呟くと、アクセルをさらに踏み込み、エンジンの回転数を少しだけ上げた。車体が僅かに揺れ、荒れた山道をタイヤが踏みしめながら進んでいく。それでも男は険しい表情を崩さず、まるで頭の中で先ほど聞いた話を何度も組み立て直しているようだった。
「それはどういう?」
アレンが聞き返すと、男はすぐには答えなかった。しばらく前方を見つめたまま黙り込み、やがて深く息を吐いてから、低い声でゆっくりと説明を始めた。
「まず、ここにカイが一週間前までいたことが確定した。同時に、アイツを追跡するヤツらがまだいることも確定した」
男は片手でハンドルを操作しながら、もう一方の手でダッシュボードを指先で軽く叩いた。一定の間隔で響く小さな音が、男が頭の中で情報を整理していることをアレンにも伝えていた。
「アイツが最後に俺たち帝国の目にかかったのが一ヶ月前だ。俺たちが最初に着いた街で、あの運転手から話を聞く二日前にも、先に聞き込みをしたヤツがいた。そして、運転手に話を聞いた連中は昨日始末しただろ」
「あ……」
アレンは思わず息を漏らした。
男はその反応を確認するように一瞬だけ横目を向けたが、すぐに前方へ視線を戻した。
「つまり、追跡している連中が複数いるってことですか」
アレンの声は、それまでより僅かに硬くなっていた。
「そういうこと、まぁ元々わかっていたことが確定しただけだ、ただ色々なヤツらが追っているから最低でも、もう一回は戦うことになるかもしれん」
その言葉を聞いた瞬間、アレンは無意識に自分の頬へ手を伸ばした。指先が絆創膏に触れたことで、山道で起きた銃撃戦の記憶が鮮明に蘇る。銃声が山間に響き渡り、逃げ場の少ない道を必死に走り、いつどこから攻撃が飛んでくるかわからない状況の中で身を伏せていた時間が、まるで昨日のことのように脳裏へ浮かんだ。
アレンは僅かに顔をしかめ、手を膝の上へ戻した。
「最低もう一回戦うかもしれないんですか……」
その声には、隠しきれない疲労と不安が混じっていた。
「俺だって好きで言ってるわけじゃねぇよ」
男は苦々しく笑ったが、その笑みは長く続かなかった。口元が僅かに緩んだだけで、すぐに元の険しい表情へ戻ってしまう。
二人の間には、しばらく沈黙が続いた。
車のエンジン音と、荒れた路面をタイヤが踏みしめる音だけが車内に響いている。窓の外では木々が後方へ流れていき、時折、山間から吹き込んだ冷たい風が車体を揺らしていた。
やがてアレンが、別の疑問を口にした。
「そもそも、なんで共同墓地なんかに行くんですか?」
「それは俺も知りたいわ」
男は小さく首を振った。
「アイツ、グリム王国に知り合いなんていないはずなんだが……」
その言葉を聞いて、アレンは少し考えてから口を開いた。
「親族という線は……」
「ねぇな」
アレンが最後まで言い終えるよりも早く、男は即座に否定した。
「アイツは天涯孤独の身だよ。お前も知ってるだろ。ラグナーの英雄たちは、もうカイだけだよ」
その言葉が車内に落ちると、アレンは何も言えなくなった。
ラグナー。
その名が持つ意味を、アレンも知っている。
かつて存在した者たちの名は、今では歴史の中にしか残っていない。戦場で名を馳せた者も、国を守った者も、既にこの世にはいない。そして、その中で最後に残された存在がカイ・ラグナーだった。
アレンは黙り込んだまま窓の外へ目を向けた。
山々はどこまでも続き、その間を縫うように一本の道路が伸びている。遠くに見える峰は薄い雲に覆われ、そのさらに向こうにはまだ見えない王都があるはずだった。
それでも、先ほどから頭の中に浮かんでいる疑問だけは消えなかった。
「なら、なんで……」
アレンが小さく呟く。
男はしばらく黙っていたが、やがて苛立ちを隠すことなく吐き出すように言った。
「わからねぇんだよ。なんで逃げているのに、わざわざバレに行くのか」
その言葉には明らかな苛立ちがあった。
カイが追われていることは間違いない。
それなのに、なぜ自分から人目につく可能性の高い場所へ向かうのか。なぜ、よりによって共同墓地などという場所を目的地に選んだのか。そして、そこに一体誰が眠っているというのか。
男自身にも答えは出せていないらしかった。
「王都で銃撃戦はやりたくないんですけど」
アレンが本音を漏らすと、男は前方を見つめたまま、低い声で答えた。
「俺もだよ。何が好きで、また人を殺さなきゃならねぇんだ」
その言葉には怒りよりも疲労が混じっていた。
アレンには、それが妙に印象に残った。
男は戦いに慣れている。
少なくとも、アレンから見ればそう見えていた。銃を扱うことにも、危険な場所へ踏み込むことにも躊躇いがない。だが、その男でさえ、何度も人を殺すことを望んでいるわけではない。
ただ必要だから戦っている。
そういうことなのだろう。
アレンは何も言わず、再び窓の外へ目を向けた。
車は山道を進み続けていた。
しばらくして、男は助手席側へ置いていた地図を手に取った。片手でハンドルを握りながら地図へ視線を落とし、現在地と王都までの距離を確認する。その表情は見る見るうちに険しくなっていった。
「にしても遠いぞ」
「どのくらいかかりそうなんですか」
男は地図を折り直し、前方へ視線を戻した。
「丸一日ぐらい」
「そんなにですか」
思わずアレンの声が大きくなる。
「山と谷を何度も越えるからな。道も良くねぇし、途中で休憩もしなきゃならん。無理に飛ばしたところで車が先に限界を迎える」
「王都って、そんなに遠いんですね……」
「グリム王国の端から端まで行くようなもんだからな」
男はそう答えながら、再びアクセルを踏み込んだ。
車はさらに北西へ向かって走り続けた。
街の姿は完全に消え、周囲には高い山々と深い森だけが広がっている。道路も次第に細くなり、ところどころでは舗装が剥がれて大きな亀裂が走っていた。車体がその上を通過するたび、座席が小さく揺れ、そのたびにアレンは窓の外へ視線を向けた。
山岳地帯特有の冷たい風が吹き始めていた。
先ほどまで見えていた木々の緑も少しずつ薄くなり、標高が上がるにつれて空気そのものが冷たくなっていく。遠くの山々の間からは、白い雪を被った巨大な峰々が姿を現し始めていた。
その景色を見つめながら、アレンはふと思った。
この先に、本当にカイ・ラグナーがいるのだろうか。
女将の話が正しければ、カイは王都へ向かった。
そして、その目的は墓参りだった。
だが、誰の墓なのかはわからない。
なぜそこへ向かうのかもわからない。
追跡者が複数いる可能性があり、その中には帝国とは別の組織が含まれている可能性さえある。
これまでに得られた情報を一つずつ並べてみても、疑問は増えるばかりだった。
それでも、二人が今までに手に入れた手掛かりの中で、今回のものが最も有力であることだけは間違いなかった。
男は何も言わず、ただ前方の山道を見つめ続けていた。
その視線の先には、まだ遥か彼方にある王都がある。
そして、そのさらに先には、長い間探し続けてきた男がいるかもしれない。
カイ・ラグナー。
白翼の男と黒翼の男。
二つの翼が再び交わるまで、残された距離はまだ長かった。
それでも二人は車を止めることなく、ただひたすら北西へ向かって走り続けた。
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「アレン、運転変わってくれないか」
男は欠伸を噛み殺しながら、前方の山道を見つめたまま低い声でそう言った。長時間にわたってハンドルを握り続けていたせいか、その声には明らかな疲労が滲んでおり、目元にも隠しきれない眠気が浮かんでいた。
「嫌ですよ」
アレンの返事は、ほとんど間を置かずに返ってきた。
あまりにも即答だったため、男は思わずアレンの方へ顔を向ける。
「なんでだよ。俺は昨日、夜通し運転してて眠いんだが」
「怖いんですよ。この車の値段がわかってるから。また傷付けたら嫌ですもん」
そう答えながら、アレンはハンドルを握っている男の手元と、目の前に広がる高級感のある車内を交互に見た。
男はしばらく無言になったあと、呆れたように天井を見上げた。
「そんな過去のことどうでもいいだろ。それに、こないだの修理代はカイに請求するって話になったじゃないか。変われ」
「本人の了承取ってないじゃないですか……」
「取る。見つけたら取る」
「順番がおかしいんですよ」
アレンが呆れたように言うと、男は面倒そうに眉を寄せた。
「いいから変われ」
「嫌ですよ」
「変われ」
「絶対に傷付けたくないんですけど」
「変われよ、お前も免許持ってるだろ」
「持ってますけど、そういう問題じゃないんですよ」
そんなやり取りを何度か繰り返した末、結局は男に押し切られる形で、アレンは渋々車を路肩へ寄せることになった。
山道の端に車を停めると、男は大きく息を吐きながらシートベルトを外した。アレンも同じように準備をし、二人は車内で席を入れ替える。
ドアを開けて運転席へ座った瞬間、アレンは改めてこの車の異様な存在感を実感した。
この車は、単なる民間用の四輪駆動車ではない。
ノルヴァイン帝国軍が先の大戦で使用していた大型の軍用車両を、一般道路でも走行できるように改造した四輪駆動車だった。車体後部には荷台が設けられており、通常の乗用車とは明らかに異なる無骨な造りをしている。それにもかかわらず、内部には軍用車両とは思えないほど整えられた内装が施されていた。
黒く塗装された車体は外から見れば威圧感があり、山道を走っているだけでも周囲の景色から浮いて見えるほどだった。
運転席に座ったアレンは、まず目の前の計器類を確認し、それから恐る恐る周囲を見回した。
革張りのシート。
木目の入ったパネル。
手入れの行き届いた計器類。
そして、軍用車両とは思えないほど静かなエンジン音。
車体そのものは戦場で使われることを前提としているはずなのに、内部にはどこか高級車のような雰囲気さえあった。
「絶対に傷付けませんからね……」
アレンが念を押すように言うと、助手席へ移った男はシートへ深く腰を下ろしながら答えた。
「前も聞いた」
「本当に高いんですよね?」
「高い」
「だから嫌なんですよ」
「お前、しつこいな」
男はそう言いながらシートへ身体を預けた。
長時間の運転で疲れ切っていたのだろう。身体を座席へ沈めた瞬間、その表情から緊張が一気に抜けていくのがアレンにもわかった。
「これから一時間ごとに交代な」
「はい」
「着いたら起こせ」
「はい」
「あと事故るな」
「わかってます」
「車を壊すな」
「それもわかってます」
「請求書は奥さんに――」
「寝てください」
アレンが遮ると、男は一瞬だけ目を開けて、それから小さく頷いた。
「そうする」
その言葉を口にした、まさに直後だった。
男の首が、カクンと前へ落ちた。
「……」
「……」
あまりにも早かった。
アレンは思わず隣を見つめ、それから小さく呟いた。
「早っ」
返事はなかった。
助手席では、男が既に眠っていた。
先ほどまで普通に会話をしていた人物とは思えないほど、その寝付きは早かった。規則正しい寝息が小さく聞こえ始め、胸がゆっくりと上下している。
アレンはしばらく男の横顔を見つめていた。
こうして眠っている姿だけを見ると、そこにいるのはただの疲れ切った中年男性にしか見えなかった。
空軍省へ乗り込み、将官たちを相手をボコボコにしていた人物にも見えない。
山道で傭兵たちと戦い、冷静に銃を構えていた人物にも見えない。
戦争で英雄と呼ばれたパイロットにも見えない。
ましてや、これまで何度も死線を潜り抜けてきた人間には、とても見えなかった。
ただひたすら疲れ切っている、一人の人間だった。
アレンは静かに前方へ視線を戻した。
今思えば、この男はアレンと会ったあの日から、ほとんどまともに休んでいなかった。
帝都へ向かい。
空軍省へ乗り込み。
そこで様々な人間と話をし。
その後には傭兵に襲われ。
海を渡り。
一週間以上にわたって各地で聞き込みを続け。
そして昨日は夜通し車を走らせていた。
まともに眠っている姿を、アレンは今まで一度も見たことがなかった。
それどころか、男が自分から休もうとする姿さえ、ほとんど記憶にない。
「無茶苦茶な人だな……」
アレンは思わず小さく呟いた。
男は起きなかった。
そのことが、逆にアレンには少し不安だった。
本当に限界だったのだろう。
いつもなら多少の物音では起きそうな男が、今はアレンの声にも反応しない。長期間にわたって積み重なっていた疲労が、ようやく身体を止めたのだろう。
アレンはそんな男を起こすことなく、ハンドルを握り直した。
そして改めて前方を見つめる。
黒塗りの大型軍用四駆は、再び山道を走り始めた。
後部には荷台があり、一般的な乗用車よりも遥かに大きな車体を持っている。
先の大戦では帝国軍の車両として戦場を走っていたものを、現在の道路事情に合わせて改造した車両だ。
軍用車両特有の頑丈な足回りのおかげか、荒れた山道を走っても車体は思ったほど大きく揺れなかった。
それでもアレンにとっては、この車を運転するだけで相当な緊張を強いられる。
何しろ、男から何度も「高い」と念を押されている。
もし傷でも付ければ、しばらく立ち直れない気がした。
「絶対に何も起こさないからな……」
アレンは自分自身に言い聞かせるように呟き、慎重にハンドルを切った。
窓の外には険しい山々が続いている。
道路は山肌に沿うように伸び、時折、大きく曲がりながら標高を上げていく。遠くには雪を被った峰々が見え、そのさらに向こうには王都がある。
そして、おそらくカイもいるはずだ。
アレンはしばらく前方を見つめた後、ポケットへ手を入れた。
取り出したのは、いつも持ち歩いている手帳だった。
ページは既にかなり厚くなっている。
最初に手に取った時とは比べ物にならないほど、そこには多くの文字が書き込まれていた。
出会った人々。
聞いた話。
カイ・ラグナーについて語られた証言。
黒翼の伝説。
その全てが、アレン自身の文字で記録されていた。
最初は、ただ話を聞いて帰るだけのつもりだった。
それだけのはずだった。
ところが、気が付けば国外まで来ている。
帝国軍の人間と行動を共にし危険な場所を何度も通り銃まで撃った。
人が死ぬところも見た。
自分自身も危険な目に遭った。
それでも、不思議なことに引き返そうとは思わなかった。
むしろ、ここまで来た以上、最後まで知りたいという気持ちの方が強くなっていた。
アレンは手帳を閉じると、静かに前方へ目を向けた。
遠くの山々の向こうには、薄い雲がかかっている。
その向こう側に何が待っているのか、今のアレンにはまだわからない。
王都で何が起きるのか。
共同墓地で何を見つけることになるのか。
そして、そこで本当にカイ・ラグナーと出会えるのか。
何一つ確かなことはなかった。
それでも、今までより一歩だけ近づいたことだけは確かだった。
「カイさん……あなたはいったい、何をして何から逃げてるんですか」
アレンは小さく呟いた。
当然、その問いに答える者はいない。
助手席からは、男の静かな寝息だけが聞こえている。
アレンは一瞬だけ横目で男を見た。
その寝顔は驚くほど穏やかだった。
まるで、今まで背負ってきたものをほんの少しだけ忘れているようにも見えた。
アレンはそれ以上何も言わず、前方へ視線を戻した。
黒塗りの軍用四駆は、山々の間を縫うようにして走り続けていた。
その先に待つ王都へ向かって、二人を乗せた車は長い道のりを進み続けていた。
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アレンは車を走らせ続けていたが、気付けば既に二時間以上が経過していた。本来なら一時間ごとに交代する約束だったはずなのに、助手席に座る男は約束など最初から存在しなかったかのように、微動だにせず眠り続けていた。
深くシートへ身体を沈め、腕を組んだまま、規則正しい寝息だけを立てている。その姿は先ほどまでの緊張した表情からは想像できないほど無防備であり、アレンが横目で何度確認しても起きる気配はまったくなかった。
「起きてください」
アレンは一度、軽く声を掛けてみた。
しかし返事はない。
「……起きてくださいって」
もう少しだけ声を大きくしてみる。
それでも男は動かなかった。
聞こえてくるのは、一定の間隔で繰り返される寝息だけだった。
「……はぁ~、疲れてたんだな」
アレンは諦めたように大きく息を吐き、前方へ視線を戻した。
車はそのまま山道を進み続けた。
やがて街道沿いに設けられた小さな交差点へ差し掛かり、信号が赤へ変わったことで車がゆっくりと停止する。
周囲にはほとんど車がいなかった。
山間部の小さな交差点ということもあり、辺りには人影もなく、道路脇に立つ標識と電柱が静かに並んでいるだけだった。
エンジン音だけが低く響く車内で、アレンはしばらく前方を見つめた。
そして、ゆっくりとコートの内側へ手を入れた。
取り出したのは拳銃だった。
決して慣れた手つきではない。
アレンは一度周囲を確認してから、慎重に拳銃を扱い、弾倉を抜いて状態を確認すると、新しいものへ交換した。
カチリ。
小さな金属音が静かな車内に響いた。
アレンは拳銃を握ったまま、長く息を吐いた。
「フゥー……」
自分でもわかるほど、顔には疲労が浮かんでいた。
肩を撃っただけだ。
あのとき、自分が撃った相手は死んではいない。
それでも、人間に向かって引き金を引いたという事実だけは消えなかった。
アレンは拳銃を見つめた。
握っている右手が、僅かに震えている。
「もうこんな物、使いたくなかったんだけどな……」
小さな呟きが車内へ落ちた。
戦争が終わったとき、もう二度と銃を持つことはないと思っていた。
家族を失った。
故郷も失った。
大切だったものを数えればきりがなかった。
それでも、戦争だけは終わったのだと思っていた。
これからは普通に生きていける。
朝になれば目を覚まし、仕事をして、家へ帰る。
危険のない場所で、誰かと笑いながら過ごす。
そんな当たり前の日々が、これから始まるのだと思っていた。
だが、現実は違った。
今の自分は異国の山岳地帯を走りながら、コートの内側に拳銃を携帯している。
追跡者に狙われ、いつ次の襲撃が起きるのかもわからない。
少し前まで自分が想像していた平穏な日常は、遥か遠い場所へ置き去りになっていた。
信号が青へ変わった。
アレンは拳銃をコートの内側へ戻し、アクセルを踏み込んだ。
車が再び動き出す。
その瞬間、アレンの頭には今朝の男の言葉が蘇った。
『罪悪感があるなら、それを忘れるな』
あのときは、ただの説教のようにも聞こえた。
だが、今になって考えてみれば、少し違う気がした。
あれは誰かに向けて言った言葉ではなかったのではないか。
もしかすると、男自身へ向けた言葉だったのではないか。
忘れてはいけない。
忘れた瞬間に、人は壊れる。
だから、あの男は今でも覚えているのだろう。
自分が奪った命を。
守れなかった命を。
戦場で失った仲間たちを。
アレンは助手席で眠り続ける男へ視線を向けた。
窓から差し込む光が、その顔を静かに照らしている。
眠っている今でさえ、疲労は隠しきれていなかった。
目元には深い影が落ち、頬にも疲れが滲んでいる。
この男はいったい何人の人を殺したのだろう。
何人の仲間を失ったのだろう。
空で。
海で。
陸で。
数え切れないほどの戦場を見てきたはずだった。
そして、ふとアレンの脳裏にエトワール隊の面々が浮かんだ。
アレクセイ。
ヴェータ。
ルドガー。
ハルド。
レオン。
ロアルド。
カール。
彼らも同じだったのだろうか。
笑いながら酒を飲み、くだらない話で盛り上がり、飛行機を磨いていたあの人たちも、夜になれば眠れない日があったのだろうか。
失った仲間の顔が、突然頭の中へ浮かぶことがあったのだろうか。
今となっては何もわからない。
聞くこともできない。
アレンは静かに前を向いた。
長い山道がどこまでも続いている。
王都までは、まだかなりの距離がある。
助手席からは相変わらず、男の規則正しい寝息だけが聞こえていた。
「はぁ……早く変わってほしい」
アレンは疲れ切った声で呟き、再びアクセルを踏み込んだ。
車は山道を進んでいく。
そして、それからしばらくした頃だった。
助手席から、突然小さな声が聞こえた。
「……断る」
「……え?」
アレンは一瞬、何を言われたのかわからなかった。
ゆっくりと横を見る。
男は目を閉じたままだった。
「起きてるじゃないですか!」
思わずアレンが叫ぶ。
男の口元が僅かに上がった。
しかし、目は開かない。
「寝言だ」
「絶対嘘でしょ」
「運転頑張れ」
「変わってくださいよ!」
「あと三十分」
「さっきから一時間以上経ってますよ!」
アレンの声が車内に響く。
しかし男は、それ以上何も答えなかった。
そのまま再び静かな寝息を立ち始める。
「……」
アレンはしばらく男を見つめた。
そして、ゆっくりと額に手を当てた。
「なんなんだこの人……」
返事はない。
本当に再び眠ってしまったらしい。
アレンのこめかみに、見る見るうちに青筋が浮かんだ。
先ほどまで男の疲労を心配していた自分が、急に馬鹿らしく思えてくる。
確かに、この男は疲れていた。
まともに休んでいない。
昨日も夜通し運転していた。
今までの旅でもほとんど休んでいない。
それはわかっている。
わかっているのだが、それとこれとは話が別だった。
アレンだってずっとまともに休んでいないのだから。
「一時間ごとに交代って言いましたよね……?」
アレンは低い声で呟いた。
男は眠っている。
「一時間ごとですよね……?」
返事はない。
「今、二時間以上経ってますよね……?」
返事はない。
「それで、あと三十分って何なんですか……?」
返事はない。
アレンのこめかみの青筋が、さらに目立っていく。
「僕、あなたが疲れてるから黙って運転してたんですよ」
男は眠っている。
「銃撃戦の後ですよ」
眠っている。
「国外まで来てるんですよ」
眠っている。
「昨日からほとんど寝てないのも知ってますよ」
眠っている。
「だから我慢してたんですよ」
それでも男は起きない。
アレンはハンドルを握る手に力を込めた。
「なのに……」
声が少し低くなる。
「なのに、寝言で断るって何なんですか!」
男は僅かに身じろぎしただけだった。
「……あと三十分……」
「それ絶対起きてから言ってくださいよ!」
アレンの怒声が車内に響き渡った。
それでも男は目を開けない。
アレンはしばらく無言になった。
そして深く、深く息を吐いた。
「……もういいです」
そう呟いたアレンの顔には、先ほどまでの心配そうな表情は完全に消えていた。
代わりに浮かんでいたのは、明らかな苛立ちだった。
「王都に着いたら絶対起こしますからね」
男は眠ったままだった。
「絶対ですよ」
返事はない。
「そのまま寝続けたら、叩き起こしますからね」
返事はない。
アレンは前を向いた。
そして、怒りを抑えるように一度だけ深呼吸してから、アクセルを踏み込んだ。
「……本当に、なんなんだこの人」
黒塗りの大型軍用四駆は、山道を勢いよく進んでいく。
助手席では男が何事もなかったかのように眠り続けている。
運転席では、アレンがこめかみに青筋を浮かべながら、必死に怒りを抑えてハンドルを握っていた。
王都までの道のりは、まだ長かった。
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男はハンドルを握りながら、黙って前方を見据えていた。
アレンが眠りに落ちてから、既に三十分ほどが経っている。
助手席からは、小さな寝息が規則正しく聞こえていた。
三時間以上ぶっ通しで運転させられたのだ。
無理もなかった。
「すみません、寝ます」
そう言った直後、アレンはシートへ身体を預けたと思ったら、数十秒もしないうちに眠りへ落ちていた。
男はそんなアレンの横顔を一瞬だけ見て、苦笑した。
「疲れてたんだな、まぁ俺のせいなんだが」
そう小さく呟いてから、男は改めて周囲の状況を確認する。
前方に対向車の姿はない。
バックミラーを確認しても、後続車の姿は見えなかった。
山間部を走る道路は静まり返っており、遠くに連なる山々と道路脇の木々だけが、車と一緒に流れていく。
男は片手でハンドルを操作しながら、もう一方の手をコートの内側へ伸ばした。
取り出したのは携帯端末だった。
運転中ではあるものの、周囲に十分な余裕があることを確認しながら、登録された連絡先の一覧を開く。
その中から一つを選んだ。
呼び出し音が車内に響く。
数回の呼び出し音が鳴ったところで、ようやく相手が電話に出た。
「おっさん」
聞き慣れた声が、携帯端末の向こうから聞こえてきた。
『どうした。カイが見つかったのか』
男は短く息を吐いた。
「いや、全く。それに今、俺はグリム王国にいる」
電話口が、一瞬だけ完全に静かになった。
『……はぁ?』
男は何も言わず、前方を見ながら運転を続ける。
『どういうことだよ』
「事情があるんだよ。グリム王国にカイがいる」
数秒の沈黙があった。
やがて電話の向こうから、状況を理解したような声が返ってくる。
『……そういうことか』
流石に理解が早い。
男は小さく頷いた。
「ただ、問題はどうやって帰るかなんだわ」
『普通に帰ればいいじゃないか』
「密入国なんだわ」
今度こそ、数秒間の沈黙が流れた。
そして次の瞬間、電話口から呆れ果てた声が返ってきた。
『何してるんだお前ら』
「俺もそう思う」
男は本気でそう答えた。
海軍も空軍も陸軍も、送り出すときだけは勢いが良かった。
カイを追う必要がある。
国外へ出る必要がある。
そう判断した瞬間、各方面から協力を得ることができた。
特殊高速艦まで用意され、国境を越えるところまでは驚くほど話が早かった。
問題は、その後だった。
誰も、まともな帰還方法を考えていなかった。
「行きは勢いで来たんだよ」
『それで帰りは?』
「知らん」
『知らんって、お前……』
「俺も今になって考えてる」
男は苦笑しながら答えた。
『本当に何してるんだよ』
「だから俺もそう思ってるって」
男はそう言ってから、ここまでの経緯を説明し始めた。
帝国を出発したこと。
カイを追っていた途中で傭兵に襲われたこと。
その後、特殊高速艦で海を渡ったこと。
グリム王国へ入り、国内で聞き込みを続けていること。
そして、ようやくカイが王都へ向かったという手掛かりを掴んだこと。
さらに、その過程で何度も追跡者と接触し、既にこちらの動きも相手に知られている可能性が高いことまで話した。
電話の向こうは、途中から一切口を挟まなかった。
ただ黙って聞いている。
やがて男が一通り説明を終えると、短い沈黙の後に低い声が返ってきた。
『……なるほどな』
男は前方を見ながら、小さく息を吐いた。
「カイだけじゃなくて、俺らも狙われてるんだよ」
『どういうことだ』
電話口の声が低くなる。
先ほどまでの軽い調子が完全に消えた。
男も表情を変えた。
「連中、俺とカイをとっ捕まえて、無人機を作りたいらしい」
その言葉を聞いた瞬間だった。
電話の向こうから、明らかな苛立ちを含んだ舌打ちが聞こえた。
『……あの戦争で懲りたはずだろ』
「それがわからないんだよ」
男は前方へ視線を戻した。
道路は山々の間を延々と伸びている。
その先に王都がある。
そして、そのどこかにカイもいるはずだった。
「帝国内にも傭兵、それに各国の諜報員が入り込んでる」
『……』
「俺たちが掴んだ情報じゃ、複数の連中がカイを追ってる可能性がある」
男は一度言葉を切った。
そして、少しだけ声を落とす。
「あと、俺たちは先を越された」
電話口から、息を呑む音が聞こえた。
『……マジか』
「マジだ」
『どうする』
男は前方を見据えた。
「今、必死に追いかけてる」
そう言って、男はアクセルを踏み込んだ。
エンジン音が僅かに大きくなる。
黒塗りの軍用四駆は、荒れた山道をさらに速度を上げながら進んでいく。
助手席では、アレンが何も知らずに眠り続けていた。
男は一瞬だけ横目でその姿を確認し、それから再び前方へ視線を戻す。
「帰りに万が一なんかあったら、また連絡する」
再び電話口に沈黙が流れた。
長い付き合いだった。
だからこそ、互いに理解していた。
今の状況がどれほど危険なのか。
どれほど無茶なことをしているのか。
そして、この先に何が待っているのか。
電話口の相手は、しばらく何も言わなかった。
やがて、低い声が返ってくる。
『……生きて帰ってこい』
男は少しだけ笑った。
「努力する」
『努力じゃなくて帰ってこい』
「善処する」
『お前の善処は信用ならん』
「ひでぇな」
『事実だ』
男は思わず小さく笑った。
緊張していた肩から、ほんの僅かに力が抜けた。
ほんの短いやり取りだった。
それでも、久しぶりに昔と変わらない会話をしたことで、男は少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「じゃあ切るぞ」
『あぁ』
「また連絡する」
『待ってる』
通信が切れた。
車内に再び静寂が戻る。
聞こえるのはエンジン音と、助手席で眠るアレンの静かな寝息だけだった。
男は携帯端末をコートの内側へ戻し、両手でしっかりとハンドルを握った。
しばらく何も言わずに運転を続ける。
窓の外では山々が流れていく。
道路はまだ王都へ向かって伸びている。
先ほどの通信で改めて現実を突き付けられた。
カイを見つけるだけでは終わらない。
追跡者の問題もある。
本国であるノルヴァイン帝国内部へ入り込んだ傭兵や諜報員の問題もある。
そして何より、自分たちは密入国している。
帰り道さえ、まだ決まっていない。
それでも、男の視線に迷いはなかった。
王都へ向かいカイを見つける。
それだけは変わらない。
男は前方の山道を見据えながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「絶対に見つけるぞ、カイ」
その言葉は、車のエンジン音と山間を抜ける風の音に紛れ、静かに消えていった。
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「アレン」
男はハンドルを握りながら、助手席で眠り続けているアレンの肩を軽く揺らした。
しかし、反応はない。
「……」
男はもう一度肩を揺する。
それでも返ってくるのは、一定の間隔で繰り返される小さな寝息だけだった。
「おい、アレン」
今度は先ほどよりも少し強めに身体を揺する。
それでもアレンは目を覚まさない。
男はしばらく黙ったままアレンを見つめ、それから僅かに眉をひそめた。
「……」
そして、とうとう諦めたように息を吐く。
「てめぇ、いい加減起きろ」
そう言うと、男は遠慮なくアレンの頭を思いっきり殴った。
ゴツン、と鈍い音が車内に響く。
「っ痛!」
アレンは飛び起きた。
「なにするんです!」
寝ぼけたまま頭を押さえ、涙目になりながら男へ抗議する。
「そろそろ起きてもらわないと困るんでな」
男は悪びれる様子もなく、前方を見ながら平然と答えた。
「普通に起こしてくださいよ……」
「普通に起こしただろ」
「起きてませんでしたよ!」
「だから叩いた」
「だからって頭を叩く必要はないでしょう!」
「起きたじゃないか」
「そういう問題じゃないです!」
アレンは頭を押さえたまま、まだ完全には覚醒していない目で周囲を見渡した。
そこで初めて、何かがおかしいことに気付いた。
先ほどまで窓の外に広がっていた山道が消えている。
代わりに、道路の両側には建物が並んでいた。
商店の看板に住宅の列。
そして道路脇を歩く人々と交差点を行き交う車。
山間部とは明らかに違う、人の暮らしが感じられる街並みだった。
「……どこです、ここ」
アレンが眠そうな声で尋ねる。
「少し休憩してたんだよ」
男はそう答えると、助手席の足元へ手を伸ばした。
そして何かを掴み、アレンへ向かって放り投げる。
「ほれ」
「うわっ」
慌てて両手を出す。
飛んできたのは、よく冷えた缶コーヒーだった。
「っと……」
アレンが何とか受け止める。
その直後、今度は別の物が飛んできた。
「うわ!」
反射的に身体を引く。
二つ目に飛んできたのは、包装されたサンドウィッチだった。
「ちょっと、投げないでくださいよ!」
アレンが抗議すると、男は鼻で笑った。
「受け取れたじゃないか」
「そういう問題じゃないです!」
「細かいこと気にするな」
「普通に手渡せばいいでしょう……」
「俺は手渡すより投げた方が早い」
「絶対におかしいですよ」
男はそれ以上答えず、道路の向こうへ親指を向けた。
「どこで買ったんです?」
「そこのコンビニ」
アレンが男の指差す方向へ目を向ける。
道路を挟んだ向こう側には、小さなコンビニが建っていた。
どうやらアレンが眠っている間に、男が立ち寄っていたらしい。
「寝てる間に買ってきたんですか」
「そうだ」
「お前、相当深く寝てたぞ」
「……」
アレンは何も言い返せなかった。
確かに、自分でも驚くほど眠っていた。
長時間の運転で疲労が溜まっていたことに加え、ここ数日の緊張も重なっていたのだろう。
目を閉じた瞬間から、ほとんど記憶がない。
「食ったら運転変われよ」
男がそう言う。
「わかってますよ」
アレンはサンドウィッチを膝の上へ置き、缶コーヒーのプルタブへ指を掛けた。
プシュッと小さな音が車内に響く。
缶を口元へ運び、一口飲む。
「……苦っ」
思わず顔をしかめた。
「目覚めるだろ」
「目は覚めますけど……」
「ならいい」
「もっと甘いのにしてくださいよ」
「ガキか」
男は呆れたように言った。
「朝からずっと運転させられて、起きたら苦いコーヒー渡されるってどういう扱いなんですか」
「運転してもらうんだから、それくらい我慢しろ」
「理屈がおかしいですよ」
男は小さく笑った。
二人はそのまま車内で簡単な昼食を済ませた。
サンドウィッチを食べ終えたアレンは、背もたれへ身体を預けながら大きく伸びをする。
両腕を上へ伸ばし、凝り固まっていた肩を回す。
先ほどまで残っていた眠気は、苦い缶コーヒーのおかげなのか、それとも短時間でも眠ったことで回復したのか、ほとんど消えていた。
「さて」
アレンはそう言って運転席のドアへ手を伸ばした。
「交代ですね」
「そうだ」
二人は再び席を入れ替える。
アレンが運転席へ座り、シートの位置を調整する。
ハンドルへ手を置き、ミラーを確認し、前方の道路を見据える。
その一連の動作を終えたところで、隣からシートが倒れる音が聞こえた。
男が助手席のシートを深く倒していた。
あまりにも自然な動作だったため、アレンは思わず苦笑する。
「また寝るんですか」
「昨日からまともに寝てないんだよ」
「私もなんですけど」
「若いだろ」
「理不尽ですね」
「世の中そんなもんだ」
男は既に目を閉じていた。
「王都に着いたら起こしてくれ」
「はいはい」
「あと事故るなよ、それと車を傷付けるな」
「何回同じ事を言うんですか」
男は返事をしなかった。
数秒後には、また小さな寝息が聞こえ始めた。
アレンは横目で男を見た。
本当に寝るのが早い。
先ほどまで普通に会話をしていたというのに、シートを倒してから僅かな時間しか経っていない。
「……本当に寝るのだけは早いな」
アレンは呆れたように呟いた。
男は当然のように反応しない。
アレンは小さくため息を吐き、それからエンジンを掛け直した。
低いエンジン音が響く。
黒塗りの大型軍用四駆が、再びゆっくりと道路へ出ていく。
街中を抜け、再び王都へ向かう街道へ入る。
先ほどまでよりも道路は広くなり、周囲を走る車の数も少しずつ増えていた。
それでも、王都まではまだ距離がある。
夕方までには到着するはずだった。
そこへ辿り着けば、今まで追い続けてきた男の痕跡が、ようやく何かの形で見つかるかもしれない。
女将が話していた共同墓地。
カイが向かったという場所。
そして、そこに残されているかもしれない手掛かり。
アレンはフロントガラスの向こうへ視線を向けた。
頭の中に、これまで集めてきた情報が次々と浮かんでくる。
一週間前まで宿にいたカイ。
誰かに追われているような行動。
夜に宿を出たこと。
そして、王都にある共同墓地へ向かったこと。
なぜカイがそこへ向かったのか。
誰の墓を訪れるつもりなのか。
そこに一体何があるのか。
まだ何もわからない。
それでも、ここまで来た以上、確かめるしかなかった。
アレンはアクセルを踏み込んだ。
黒塗りの車体が、街道を滑るように加速していく。
助手席では、男が再び深い眠りへ落ちている。
アレンはそんな男を一度だけ横目で確認した。
「……本当に起こしたら怒るんだろうな」
小さく呟いてから、前方へ視線を戻す。
夕方までには王都へ到着する。
そして、その先には、ようやく追い続けてきた男の痕跡があるかもしれない。
カイ・ラグナー。
その名を頭の中で思い浮かべながら、アレンはハンドルを握り直した。
車は、王都へ向かう道をひたすら走り続けた。
〜お願い〜
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