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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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沈黙の銃声

「アレン、車内にいろ」

男は低く言った。

「俺が出てきていいと言うまで外に出るな」

コートの内側へ手を入れ、革のホルスターから拳銃を抜き取る。

金属の冷たい光が、一瞬だけ車内の僅かな明かりを反射した。

アレンが何か言おうと口を開いた時には、もう遅かった。

男は助手席側のドアを閉めた。

バタン、と乾いた音が静かな山道へ響く。

その音を最後に、アレンと男の間には厚い車のドアが隔てられた。

アレンは助手席から外を見た。

窓の外には、夜の山が広がっている。

月明かりさえ薄く、木々の隙間には黒い闇が沈んでいた。

道路には大型車の陰から飛び出した黒い服の二人組が倒れていた。

一人は地面に手をつき、震える腕でどうにか上体を起こそうとしている。

もう一人は道路へ倒れ込んだまま、ぴくりとも動かなかった。

荒い呼吸だけが、夜の静寂の中へ小さく漏れている。

男は拳銃を握ったまま、一定の速度で二人へ近づいていった。

走りせず急ぐ様子もない。

ただ一定の歩幅で、一歩ずつ距離を詰めていく。

何も言わない、その方が怖かった。

今の男の表情にも感情らしいものは浮かんでいない。

ただ、手にした拳銃だけが静かに相手へ向けられている。

倒れていた片方の人物が、震える手を腰へ伸ばした。

黒い服の隙間から、拳銃のグリップが覗く。

男の視線が僅かに動いた。

次の瞬間だった。

乾いた発砲音が、山中へ二度響き渡った。

銃口から一瞬だけ橙色の閃光が走る。

放たれた弾丸は、相手が握ろうとしていた拳銃を弾き飛ばした。

金属片が道路へ転がり、硬い音を立てて闇へ滑っていく。

続けざまにもう一発。

相手の肩を撃ち抜かれ、赤い鮮血が飛び散った。

撃たれた男は苦痛に顔を歪め、傷口を押さえようとする。

だが、指の隙間から温かな血が溢れ出し、黒い手袋を赤黒く染めていく。

「ぐっ……」

男は短く呻いた。

それでも立ち上がろうとする。

だが足へ力が入らない。

膝が崩れ、再び道路へ身体を落とした。

男はそれを冷たい目で見下ろした。

その時だった。

遠くから、低いエンジン音が聞こえてきた。

最初は小さな唸りだった、次第に音が大きくなっていく。

山道を駆け上がってくる音。

男が顔を上げる。

ヘッドライトが木々の隙間から一瞬だけ見えた。

さっきのバイクだった。

「……戻ってきたのか」

男は小さく呟いた。

バイクのエンジン音がさらに近づいてくる

男は身体を僅かに捻り、拳銃を構える。

狙うのは乗員ではない、バイクのタイヤ。

銃弾がタイヤ付近へ正確に撃ち込まれた。

次の瞬間、バイクの姿勢が大きく崩れた。

タイヤが弾けるように裂け、車体が横へ流れる。

乗っていた人間が何か叫んだ。

その声はエンジン音と金属音に掻き消された。

バイクはガードレールへ激突し火花を撒き散らしながら、車体が道路を滑っていく。

そして、そのままガードレールの外へ飛び出した。

暗闇の中へ車体が消えていく。

僅かに赤いテールランプが見えた。

それもすぐに木々の向こうへ消えた。

最後には、風の音だけが残った。

男はしばらく闇を見つめていた。

男は再び倒れている二人へ向き直った。

銃口は静かに二人へ向けられたままだった。

「質問に答えろ」

低い声が落ちる。

返事はない。

撃たれた男は歯を食いしばり、傷口を押さえながら男を睨んでいた。

だが、その目には明らかな恐怖が浮かんでいる。

「さもなきゃ今落ちていったヤツと同じ目を見る」

男の声には怒鳴るような勢いなどなかった。

だからこそ、言葉の意味だけが異様な重さを持っていた。

「俺は今、凄く機嫌が悪い」

それだけ言って、男は倒れている二人を見下ろした。

「お前らが俺の連れを傷つけた」

男の声が明らかに低くなる。

「お前らはどこのどいつだ」

やはり返事はない。

男は数秒間、黙って相手を見つめた。

山の風が吹き抜ける。

木々の葉が擦れる音だけが聞こえる。

それでも、倒れている男は口を開かなかった。

「誰に雇われた」

問い掛けは簡潔だった。

しかし、相手は黙秘を続ける。

男の中には既にある程度の予想があった。

帝国本土で襲ってきた連中とは動きが違う。

武器の扱いも違い装備も違う。

何より、襲撃の仕方そのものが別口だった。

少なくとも、この前襲撃してきた連中と同じ組織ではない。

そのことが、男には分かっていた。

だからこそ知りたかった。

倒れている男は口を閉ざしたままだった。

だが、倒れている男は口を閉ざしたままだった。

血の混じった唾を吐き捨てる。

それでも何も言わない。

男は無言のまま相手を見つめた。

風が吹き抜ける。

血の匂いが鼻を突く。

道路へ流れた血液が、黒いアスファルトの上に細い筋を作っていた。

撃たれた男の指先からも、まだ血が滴り落ちている。

ぽたり、ぽたりと。

静かな山道へ、小さな音が落ちていく。

男は倒れている男の顔をじっと見つめた。

「依頼主のことを言うとでも思っているのか?」

倒れている男が、ようやく口を開いた。

声は掠れていた。

だが、その言葉には僅かな嘲りが混じっていた。

男は数秒間、何も言わずに相手を見つめた。

拳銃を握る手にも、ほとんど動きはない。

風だけが二人の間を吹き抜けていく。

そして男は短く言った。

「あっそ」

その声には、もう何の感情もなかった。

男は迷わなかった。

拳銃が持ち上がる。

倒れている二人が顔を上げる。

一瞬だけ、互いの視線が交差した。

次の瞬間、乾いた発砲音が山中へ響き渡った。

一発目の銃声が木々を震わせる。

続けて二発目が鳴る。

銃弾は二人の頭部を撃ち抜いた。

弾丸は二人の頭部へ正確に撃ち込まれた。

一人の身体が大きく跳ねる。

頭部から赤黒い血と肉片が飛び散り、道路へ広がった。

もう一人も同時に力を失った。

倒れた頭の周囲へ血液がじわじわと広がっていく。

砕けた骨と血に濡れた髪が、暗い道路の上へ飛び散り、黒い服と砂利を赤く染める。

夜の冷たい空気の中で、鉄臭い血の匂いが漂う。

男はしばらく倒れた二人を見下ろしていた。

拳銃の銃口から僅かに煙が立ち上っている。

それを確認すると、男はゆっくりと拳銃を下ろした。

男は何事もなかったかのように車へ向かって歩いていく。

靴底が砂利を踏みしめる音だけが、静かな夜道へ響いていた。

アレンは車内で息を止めていた。

外で何が起きているのか、ほとんど見えていない。

車体の向こう側にいる男の姿は見えない。

ただ、断続的に響く銃声だけが聞こえていた。

一発少し間を置いて、また一発。

その音が聞こえるたびに、アレンの身体は無意識に強張った。

そして、最後に複数の発砲音が山へ響いた。

アレンは反射的に肩を震わせた。

何が起きたのか、誰が撃たれたのか、男が何をしているのか。

分からない。

分からないからこそ、余計に怖かった。

やがて車の外から足音が聞こえてきた。

砂利を踏みしめる、ゆっくりとした足音だった。

それが次第に近づいてくる。

アレンは息を殺したまま、助手席から外を見つめた。

車のドアが開いた。

男が何も言わず運転席へ座る。

コートには夜の冷気がまとわりついていた。

男はドアを閉めた。

車内へ再び静寂が戻る。

男は前方を見たまま、何も言わなかった。

アレンも何も聞けなかった。

聞いてはいけないような気がした。

車内には、エンジンを始動させる音だけが響いた。

キーを回しエンジンが低く唸る。

ヘッドライトが暗い山道を照らし出した。

しばらく沈黙が続いた。

男は何事もなかったかのようにハンドルを握っている。

その横顔には、先ほどまで銃を向けていた人間とは思えないほどの平静さがあった。

やがて男だけが、前を見たまま呟いた。

「行くぞ」

それだけだった。


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