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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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暗闇の銃声

トンネルに入った瞬間だった。

車体が暗い入口を抜けた。

それまで僅かに見えていた夜空が、一瞬で消える。

月明かりも、雲の向こうにあるはずの星も、すべてがコンクリートの壁によって遮られた。

車内を照らしているのは、前方のヘッドライトだけだった。

白い光がトンネルの壁を照らす。

コンクリートの壁面が一定の間隔で流れていく。

エンジン音だけがやけに大きく響いていた。

男はハンドルを握ったまま前を見ていた。

アレンは助手席で地図を確認していたが、ふと違和感を覚え顔を上げた。

何となくだった。

明確な理由はなかった。

ただ、バックミラーに視線が吸い寄せられた。

そこに小さな光があった。

かなり遠いが、確かに見える。

一つだけの光。

トンネルの暗闇の中で、一定の間隔を保ちながらこちらへ近づいている。

アレンの表情が固まった。

ずっと後ろにいたバイクだった。

山道に入ってからずっと距離も変わらない。

「……まだいますね」

「あぁ」

普段なら軽口を叩く男だったが、今回は違った。

視線も一度として逸れない。

アレンは地図をゆっくり畳んだ。

紙の擦れる音さえ、妙に大きく聞こえた。

アレンはコートの内側に手を入れた。

古びた拳銃の冷たい感触が指先に伝わる。

いまだに手に馴染んだとは思えない。

むしろ、握るたびに嫌な感覚が残る。

これを使うということは、何かが起きたということだ。

誰かを傷つける覚悟をしなければならない。

できれば使いたくない。

できれば、こんなものに触れたくもない。

それでも覚悟だけはしておかなければならなかった。

アレンは拳銃を抜かなかった。

ただ、いつでも取り出せるようにしておく。

トンネルの中ほどに差しかかった。

その瞬間。

乾いた破裂音が一発響き渡った。

乾いた破裂音が、トンネルの中を駆け抜けた。

「――!」

音が何重にも反響する。

一発のはずなのに、何発も撃たれたように聞こえた。

直後、車体の後方で何かが弾けた。

金属を叩くような音。

車が僅かに揺れる。

アレンの身体が跳ねた。

「伏せろ!」

男が叫んだ。

「うわっ!」

次の瞬間、男は迷いなくハンドルを切った。

タイヤが路面を擦り、甲高い音を上げた。

アレンはシートへ身体を押し付けられた。

一瞬、制御を失ったように見えたが反対車線ぎりぎりで車が向きを変える。

アレンは何が起きているのか理解できなかった。

ただ、車内を覆うタイヤの音だけが耳に残っている。

「何――」

「後ろだ!」

男の声でアレンが振り返った。

バックミラー。

そこにいた。

黒いバイク。

さっきまで遠くにいたはずの光が、今はすぐそこまで迫っていた。

バックミラーの中で黒いバイクが一直線に突っ込んできているのが見える。

黒いヘルメットに黒いジャケットで大型のバイク。

そして、右手に握られている拳銃。

「撃ってきた……!」

男が低く吐き捨てた。

「やっぱりか」

バイクは減速せずにこちらへ一直線に突っ込んでくる。

エンジン音が車内にまで届いてきた。

追い抜く瞬間、一瞬だけライダーの姿が見えた。

大柄で肩幅が広く妙に体格がいい。

ライダーは前に出ると、道路脇の管理用通路へ滑り込んだ。

そのまま加速して闇へ消える。

「逃げた……?」

アレンが呟く。

男は即答した。

「違う」

男はアクセルを踏み込んだ。

更にエンジン音が高くなる。

「ここで止まる方が危険だ」

「追わなくていいんですか」

男は首を振った。

「安全第一だ」

男は前を見たまま続けた。

「相手が一人とは限らない」

アレンは息を呑んだ。

その言葉に、アレンは息を呑んだ。

確かにそうだった。

あのバイクは、あまりにも不自然だった。

わざわざ車の横を通り過ぎた。

そして、逃げるように見せかけて管理用通路へ入った。

まるで――こちらを誘っているように。

もしあの先に仲間がいたら。

もし、あの管理用通路が別の場所へ繋がっていたら。

もし、このトンネルそのものが待ち伏せに利用されているなら。

考えれば考えるほど、嫌な可能性が増えていく。

「アレン、銃を抜け」

「え?」

「使えとは言ってない」

男はアクセルをさらに踏んだ。

「念のためだ」

アレンはコートの内側から拳銃を取り出した。

古びたヴェルテクス連邦製の拳銃。

手にした瞬間、やはり指が震えた。

だが、さっきよりは僅かに落ち着いていた。

男は車を反転させたまま出口方向へ加速した。

アレンが思わず叫んだ。

「ちょっと危ないですって!」

男は前を見たまま笑った。

「大丈夫、大丈夫」

トンネル出口の白い光が近づく。

しかし、男は速度を落とさない。

「さっさとこの道抜けるぞ」

バックでトンネルを抜けた直後だった。

正面から強烈な光が飛び込んできた。

大型トラックだった。

ヘッドライトが真正面からこちらを照らしている。

夜の山道が一瞬で白く染まった。

アレンは腕で目を庇う。

「ちょっとぶつかりますよ!」

男はハンドルを握ったまま返した。

「わかってるって」

車体が大きく揺れる。

男は絶妙なタイミングでハンドルを切った。

タイヤが悲鳴を上げながら路面を掴む。

車はトラックの脇を紙一重で抜ける。

サイドミラーが震えた。

アレンは息を止めたまま固まっていた。

トラックの側面が、すぐ横を流れていく。

車はギリギリで姿勢を戻し、元の車線へ滑り込んだ。

そして、ようやく視界が戻った。

アレンは大きく息を吐いた。

「……死ぬかと思った」

だが安心したのも束の間だった。

前方に道路を塞ぐように一台の大型車が停車していた。

ヘッドライトは消えている。

真っ暗な山道に不自然なほど静かに止まっていた。

男の目が細くなる。

「なんだあれ」

次の瞬間、乾いた発砲音が山の中に響き渡った

山の空気を裂く音。

車体の横で火花が散った。

男は舌打ちした。

「ッチ、あれもかよ」

大型車の陰に誰かいる。

その瞬間だった。

助手席のドアが少し開く。

アレンが身を乗り出していた。

男が驚いて叫ぶ。

「何してるんだ!」

アレンは返事をしなかった。

顔から感情が抜けていた。

静かだった。

冷たいほど静かだった。

ここで何もしなければ。

男が撃たれるかもしれない。

自分も。

そして、カイを探すという目的そのものが終わってしまう。

アレンは両手で拳銃を握った

古びたヴェルテクス連邦製の拳銃。

乾いた音が山に響いた。

弾は大型車の陰にいた人物の肩を打ち抜き、その人物は体勢を崩して隠れた。

男が叫ぶ。

「早く中に戻れ馬鹿やろう!」

アレンが戻ろうとした瞬間だった。

大型車の反対側から発砲され弾がアレンの頬を浅くかすめた。

アレンが顔を押さえる。

「痛っ」

男の目つきが変わる。

「まだいたのか」

大型車の影に二人目。

最初の相手は囮だった。

山道に嫌な静けさが広がる。

男は一瞬だけ前を見た。

大型車と道路幅。

そして車重と速度を計算した。

そして短く言った。

「最終手段だ」

「ちょ、ま、まさか!?」

アレンが顔を上げる。

「え、ちょ、ちょっと」

男はアクセルを踏み込んだ。

「ぶつかりますよ!?」

エンジン音が唸る。

大型車へ一直線に車が前に飛び出した。

アレンがシートを掴む。

次の瞬間、凄まじい衝撃が車内を襲った。

ガンッ――!

金属同士がぶつかる音が山道に響き渡った。

車体が大きく揺れる。

アレンの身体がシートへ押し付けられた。

車体同士が激しくぶつかり大型車は大きく横へ押され道路脇へずれ、停止した。

隠れていた人影たちは飛び退いて身を守るしかなかった。

男は勢いのまま大型車の横を抜ける。

数秒後、何事もなかったかのように山道を走り始めた。

アレンは震える声で言った。

「今の……普通やることですか……」

男は前だけ見ていた。

「普通じゃないから今生きてるんだ」

バックミラーを確認する。

追ってくるライトは見えなかった。


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