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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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運命の分岐点

その日、空はどこまでも青かった。

快晴だった。

何日も続いた雨空が嘘だったかのように、どこまでも青い空が広がっている。

王都を覆っていた灰色の雨雲は嘘のように消え失せ、澄み切った蒼穹がグリム王国全土を包み込んでいた。

まるで世界だけが、この日を祝福しているかのような空だった。

――だからこそ、人々は余計に恐怖した。

オルフェリア大陸西部。

グリム王国王都。

石畳の大通りには朝から異様な静けさが漂っていた。

いつもなら露店の呼び声が響き、子どもたちが駆け回り、楽師の音色が流れているはずだった。

だが今日は違う。

城壁の外まで人々が集まり、王宮前広場は民で埋め尽くされている。

誰もが今日という日を理解していた。

歴史が変わる日。

世界がさらに大きな戦火へ沈む日。

誰もが空を見上げ、誰もが同じ噂を口にしていた。

「……本当に、やるのか」

「まさか帝国と……」

「嘘だろ……?」

人々の顔には、不安が張り付いていた。

軍用車列が王都を横断していく。

王国軍の兵士たちは皆、既に完全武装だった。

駅には招集令状を握りしめた若者たち。

港には迷彩布を被せられた砲。

空軍基地からは戦闘機が絶え間なく飛び立っていく。

「ノルヴァイン帝国……」

その名を口にした老人が、震えるように呟いた。

「あの国と戦争など……」

広場の巨大スクリーンには、王宮中央館の映像が映し出されていた。

国民たちが集まっている。

誰もが固唾を飲み込んでいた。

やがての王宮中央館の重厚な扉がゆっくりと開かれる。

その瞬間、室内の空気が張り詰めた。

「陛下、準備が整いました」

側近が静かに告げる。

「わかった」

低い声だった。

グリム王国国王。

カール・エーデル・グリム。

その顔には、この数週間で一気に老け込んだような疲労が刻まれていた。

目の下には深い隈。

頬は痩せ、背負うものの重さがそのまま姿に現れていた。

彼は静かに立ち上がった。

窓から差し込む朝日が王冠を照らす。

老いた王の顔には疲労が色濃く刻まれていた。

この二週間、彼は眠れなかった。

国王として。

一人の友として。

そして何より、この国に生きる数千万の民を預かる男として。

「……陛下。」

侍従長が小さく呼び掛ける。

王はゆっくり頷いた。

だが王は首を振った。

「よい」

短く告げる。

そして演説台へ歩いていく。

一歩、また一歩。

重い足取りで演説台へ向かう

玉座へ向かう王ではない。

それはまるで処刑台へ向かう罪人のようだった。

演説台の前に立つ。

一瞬で無数の視線が集まった。

王は演説台へ立ち、眼下に広がる民衆を見渡した。

王はしばらく黙っていた。

言葉を探しているようだった。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「国民の皆に、今日は重大な発表をしたい……」

場は、水を打ったように静まり返る。

「我が国グリム王国は数千年という長い歴史を築いてきた。」

「幾度も戦乱を越え。」

「幾度も飢饉を越え。」

「幾度も滅亡の危機を乗り越えてきた。」

「その長い歴史の中で、我々は常に民と共に歩んできた。」

王は一度言葉を切った。

遠くで鐘の音が鳴る。

その澄んだ音だけが王都へ響き渡った。

王の声は震えていなかった。

だが、その奥にある感情を皆感じ取っていた。

苦悩、後悔、恐怖、遠くで鐘が鳴る。

王都中央聖堂の鐘の音が、静まり返った空間に重く響いた。

「だが今、世界は……今までにないほど大きな戦火へと飲み込まれようとしている」

広場にいた母親が、幼い娘を抱き寄せる。

青年が唇を噛み締める。

老人は俯いた。

「東部戦線の維持」

「我が国の発展」

「我が国を強い国にするため」

「我々はヴェルテクス連邦と同盟を結んだ」

その言葉に、会場の空気がさらに重くなる。

誰もが分かっていた。

この先に続く言葉を。

王は目を閉じた。

脳裏に浮かぶのはただ一人の男

ヴィヘルム・フォン・ノルヴァイン。 

第1927代ノルヴァイン帝国皇帝。

友だった。 

直接会ったことはない。

だが手紙を通じて語り合った。

民のこと、国家の未来、平和。

覇権国家の皇帝でありながら、誰より民を思っていた男。

だから分かっていた。

連邦の言葉が嘘であることを。

帝国が虐殺を命じるはずがないことを。

だが、それでもグリム王国には選択肢がなかった。

連邦との同盟、経済依存、東部戦線。

どちらにつこうと地獄。

ならばせめて。

一人でも多くの民を生かすしかない。

「わしは……この一ヶ月、悩みに悩んできた」

 広場の人々が静かに見つめる。

「眠れぬ夜もあった」

「これが本当に正しい決断なのか。」

「この決断で救われる命より、失われる命の方が多いのではないか。」

「何度も自問した。」

広場には嗚咽が漏れ始める。

「答えなど、出したくはなかった」

「出来ることなら、このまま全て終わってくれと何度も願った」

拳が震えていた。

「だが――」

王の顔を上げたその瞳には、深い絶望があった。

「ここに、その答えを出そう」

王はゆっくり前を見据えた。

その瞳には覚悟だけが宿っていた。

「我が国グリム王国は、本日、本時刻をもって。」

「ヴェルテクス連邦との同盟、条約に則り。」

「ノルヴァイン帝国へ宣戦を布告する。」

 その瞬間だった。

 広場から悲鳴が上がる。

「……っ!」


「そんな……」


「帝国と……!?」

ノルヴァイン帝国。

世界最強。

覇権国家。

あの巨大国家と戦争をする。

それがどれほど恐ろしいことか。

誰もが知っていた。

泣き崩れる母親。

肩を震わせる老人。

歯を食いしばる若い兵士。

皆が理解した。

自分たちも、この世界大戦へ足を踏み入れたことを。

王は沈黙の中、再び口を開く。

「しかし。」

その一言で視線が集まる。

「忘れてはならぬ。」

「我々が憎むべきは、国そのものではない。」

「同じ空の下で生きる民ではない。」

「戦場へ赴く兵もまた、それぞれに守るべき家族を抱えている。」

「彼らにも帰る家がある。」

「それでも我々は戦わねばならない。」

「それが国家を背負う者の宿命だからだ。」

王の声は震えていた。

「国民たちよ」

「わしは無能な王かもしれぬ」

「この選択が正しかったのか、今でも分からぬ」

「だが……」

王は震える声で言った。

「それでもわしは、この国の民を守りたい」

「子どもたちを」

「家族を」

「この国に生きる全てを」

「守りたかった」

広場で、一人の兵士が涙を流していた。

それを見ていた父親が、小さく呟く。

「陛下……」

 王は続ける。

「これより我が国は戦争へ入る」

「多くの者が死ぬだろう」

「家族を失う者もいるだろう」

「帰れぬ者もいるだろう」

 その声は、王というより。

 一人の人間の声だった。

「だがどうか、生きてくれ」

「生き抜いてくれ」

「どうか。」

「生きて帰ってきてくれ。」

「勝利だけではない。」

「生きて帰ることを忘れないでほしい。」

「父として。」

「母として。」

「子として。」

「友として。」

「この国へ帰ってきてほしい。」

涙を流す者が増えていく。

近衛兵でさえ目を伏せていた。

「我々は戦う。」

「だが、この戦争が終わったその日。」

「再びこの青空の下で笑い合える未来を信じよう。」

「それが王たる、わしの最後の願いである。」

王は静かに頭を下げた。

王都中が沈黙に包まれる。

誰も拍手をしなかった。

誰も歓声を上げなかった。

ただ遠くで軍靴の音だけが響いていた。

王は最後に目を閉じた。

そして。

誰にも聞こえぬほど小さな声で呟いた。

「……すまぬ、ヴィヘルム」

その言葉は、青空の下へ消えていった。

王宮の外では既に出征を待つ兵士たちが整列し、機甲部隊はエンジンを始動させ、飛行場では戦闘機が次々と滑走路へ曳航されていく。

青く晴れ渡った空は、これから始まる新たな戦火を何も語ることなく静かに見下ろしていた。

——————————————————————————————————————————————————————————

首都ルクスハイム。

二週間前まで、この都市はまだ平穏だった。

高層建築群の合間を路面電車が走り、人々はカフェで談笑し、証券市場では景気指数の話題が飛び交っていた。

だが今、その空気は完全に消えていた。

街には動員令の張り紙、地下鉄では予備役招集の臨時放送。

高速道路には軍用トラックが列をなし、港湾地帯では灰色の軍艦が次々と出港準備を進めている。

空では戦闘機の編隊が轟音を響かせていた。

誰もが理解していた。

もう後戻りは出来ない。

そして今日。

リヴェリア共和国は、歴史の分岐点に立っていた。

リヴェリア共和国大統領官邸。

会見の間には政府高官たちが一堂に会していた。

共和国旗が静かに掲げられ、その前には長机が並ぶ。

その前に長机が並び、政府高官たちが整列していた。

だが、その姿に威厳はなかった。

外務大臣、財務長官、国防長官、参謀総長、各省庁の長官たち。

誰一人として笑顔はなかった。

まるで葬儀へ向かう者たちのように、全員の顔色は青白い。

財務長官は震える手で額の汗を拭う。

外務大臣は震える指で水の入ったグラスを持ち上げ、何度も口を湿らせていた。

軍服姿の将官たちは一言も発さず、ただ前だけを見つめていた。

まるでこれから、自らの死刑執行書に署名する者たちのようだった。

重苦しい沈黙だけが部屋を支配している。

「大統領、準備が完了しました。まもなく会見開始時刻です」

秘書官が静かに告げる。

リヴェリア共和国大統領。

アルベルト・レインハルト。

彼は深く息を吐いた。

「……フー……」

目を閉じ脳裏に浮かぶのは、この数週間の出来事だった。

連邦からの最後通牒、経済制裁の脅迫、東部戦線。

ドラヴォスト人民共和国、ゼルグラード連合。

そして――ノルヴァイン帝国。

世界最強国家、覇権国家。

あの怪物のような帝国と戦争をする。

その現実が、今なお信じられなかった。

「……行くぞ」

短くそう言うと、政府高官たちは一斉に歩き始めた。

扉が開かれる。

無数の報道陣が一斉に立ち上がり、無数のカメラがこちらへ向けられる。

フラッシュが幾度も瞬いた。

記者たちが一斉に立ち上がる。

「大統領!」

「参戦は事実ですか!」

「帝国との全面戦争になるのですか!」

「連邦から圧力があったという情報は――」

怒号のような質問。

だが、大統領は答えない。

演説台へ向かう。

一歩、また一歩。

まるで足枷でも付けられているかのように重い。

大統領は演説台へ歩み寄り、ゆっくりと両手を置く。

「リヴェリア共和国国民の皆様。本日は、この国の行く末を決める重大な発表があります。」

「我が国はグリム王国より独立して以来、数百年にわたり自由と繁栄を築いてまいりました。」

「独立後、我々は幾多の困難を乗り越えてきました」

「貧困」

「飢餓」

「東部からの軍事的脅威」

「幾度も国が滅びかけた」

「だがそれでも、我々は前へ進んできた、多くの先人たちが流した血と汗によって、この共和国は今日まで歩み続けてきました。」

「我々は平和を望み、国民の幸福を第一に考え、国際社会との協調を重んじる国家であり続けました。」

会場は静まり返っていた。

「しかし現在、世界は未曾有の戦火に包まれています。」

「我が国は長年にわたりヴェルテクス連邦との同盟関係を維持し」

「工業」

「経済」

「貿易」

「軍事支援」

「連邦との協力によって、共和国はここまで発展した」

財務長官が俯く。

それは事実だった。

共和国経済は、既に連邦なしでは成立しない。

輸出の八割。

輸入の六割。

その全てが連邦圏に依存している。

「そして現在、東部戦線ではドラヴォスト人民共和国及びゼルグラード連合との軍事的緊張状態が継続している」

「我が国単独であの東方二国を抑えることは極めて困難だ」

「連邦からの軍事支援が失われれば、国境は崩壊する可能性が高い」

将官たちが目を閉じる。

彼らも理解している。

帝国と戦えば死ぬ。

だが連邦を切っても死ぬ。

選択肢など最初から存在しなかった。

大統領の喉が動く。

苦しそうだった。

大統領は拳を強く握り締めた。

「私は、この数週間、何度も考えました。」

「何がこの国にとって正しいのか。」

「何が国民を守る道なのか。」

「そして、どれほど悩もうとも、一つの結論へ至りました。」

会場にいた高官たちは皆、ゆっくりと目を閉じる。

「ここに宣言します。」

「リヴェリア共和国は、本日この時刻をもちまして、ヴェルテクス連邦との同盟条約に基づき、ノルヴァイン帝国に対し宣戦を布告します。」

その瞬間、再び無数のフラッシュが一斉に光った。

記者席は騒然となる。

「国軍は直ちに戦時体制へ移行します。」

「陸軍、海軍、空軍の全部隊に対し、作戦行動開始を命令します。」

「国民の皆様には冷静な行動をお願いします。」

「政府は最後まで国民の生命と財産を守るため全力を尽くします。」

大統領は最後にゆっくりと視線を上げた。

「願わくば、この戦争が一日でも早く終わることを。」

「そして、この共和国に再び平和が訪れることを。」

「それだけが、私の唯一の願いです。」

演説が終わると同時に、大統領は静かに一礼した。

その表情に勝利への自信はなかった。

ただ、自ら下した決断の重さだけが刻まれていた。

——————————————————————————————————————————————————————————

セレナ連合中央会議場。

セレナ海中央部――人工島アウロラ。

幾重もの蒼い海に囲まれたその人工島は、長きにわたり「中立と交易の象徴」と称えられてきた場所だった。

穏やかな波間には大小無数の商船が行き交い、白亜の橋は島々を美しく結び、港町では異なる文化と言語を持つ人々が肩を並べて笑い合っていた。

この海では国境よりも交易路が重んじられ、砲声よりも汽笛が響き、戦争よりも繁栄が語られてきた。

それこそがセレナ連合という国家共同体の誇りであり、世界中から尊敬を集める理由でもあった。

しかし、その平穏は音もなく終わりを迎えようとしていた。

港には客船ではなく避難船団が係留され、岸壁には軍用車両と弾薬箱が積み上げられている。

海軍基地では灰色の軍艦が煙を上げながら出港準備を進め、飛行場では戦闘機が絶え間なく警戒飛行を続けていた。

遥か水平線の彼方では戦争という黒雲が確実に広がり、その影は穏やかなセレナ海にも静かに覆いかぶさっていた。

会議場の外には世界各国から集まった報道陣が隙間なく並び、幾百というカメラが入口へ向けられていた。

彼らが待っているのは一つだけだった。

セレナ連合は帝国側へ立つのか、それとも連邦側へ立つのか。

世界最大の海洋国家連合が下す決断は、この戦争全体の均衡を大きく揺るがすことになる。

巨大な円形会議場の内部には、加盟各国の国旗が半円状に整然と掲げられていた。

その中央には長机が設けられ、加盟各国の国家元首や首相、大統領、軍代表が静かに席へ着いている。

しかし誰一人として平静ではなかった。

ある者は震える指先を隠すように手を組み、ある者は固く唇を結び、またある者は何度も資料へ視線を落としていた。

長年政治の第一線に立ち続けてきた歴戦の指導者たちでさえ、今日という日だけは恐怖を隠し切れなかった。

彼ら全員が理解していた。

この発表は国家の未来だけではなく、何千万という命の運命を左右する決断になることを。

やがて司会官がゆっくりと立ち上がった。

「……これより共同記者会見を開始します。」

その一言だけで場内は完全な静寂に包まれた。

重い空気の中、一人の女性がゆっくりと席を立つ。

アルシア諸島連邦代表、ミレイア・フォルセナ。

長年海洋国家群をまとめ続けてきた女性指導者であり、その冷静な判断力から「蒼海の調停者」と呼ばれてきた人物だった。

しかし今の彼女の表情には、その異名を支えてきた余裕はなかった。

深い疲労と迷いが、その瞳には色濃く刻まれていた。

演説台まで歩く僅かな距離が、永遠にも感じられる。

無数のカメラが一斉に彼女へ向けられる。

世界中の人々がテレビや通信端末を通じ、その姿を見守っていた。

ミレイアは演説台へ静かに立ち、ゆっくりとマイクへ顔を向ける。

「このセレナ海に生きるすべての人々へ、本日は我々より重大な発表があります。」

穏やかな声だった。

しかし、その奥には押し殺した悲しみが滲んでいた。

「我々セレナ連合は、古くから海と共に歩み続けてきました。」

「嵐を越え、飢饉を越え、侵略を退け、多くの困難を互いに支え合いながら乗り越えてきました。」

「加盟国は文化も歴史も言葉も異なります。」

「それでも、この海だけは誰一人裏切ることなく守り続けてきました。」

各地の映像が中継される。

漁村で漁師たちが静かに演説を見つめる、港町では商人たちが仕事の手を止める、学校では子どもたちが教師と共に大型モニターを見上げていた。

「我々は決して軍事大国ではありません。」

「巨大な軍隊もありません。」

「豊富な資源もありません。」

「あるのは、この海と、そこに暮らす人々だけです。」

誰も言葉を発しない。

場内には静寂だけが流れていた。

「だからこそ我々は同盟という道を選びました。」

「交易を守るため。」

「航路を守るため。」

「加盟国の平和を守るため。」

「ヴェルテクス連邦との協力関係は、そのために必要な選択でした。」

ミレイアは一度目を閉じる。

その沈黙が、何より雄弁だった。

「しかし現在、世界は未曾有の大戦へ突入しています。」

「ノルヴァイン帝国。」

「ヴェルテクス連邦。」

「二つの覇権国家による全面戦争は、既に世界各地へ広がり始めています。」

背後の大型スクリーンには各地の戦場映像が映し出される。

炎に包まれた都市、砲撃によって崩壊した港、空を埋め尽くす戦闘機群、撃沈される艦艇、避難する住民たち。

そのすべてが、この世界が平和を失った証だった。

「我々は何度も議論しました。」

「最後まで中立を維持できないか。」

「この海だけでも戦火から守れないか。」

「外交によって戦争を避けられないか。」

ミレイアは静かに首を横へ振る。

「ですが……その願いは叶いませんでした。」

その一言だけで、会場全体がさらに重苦しい空気へ包まれる。

「世界は既に、どちらにも属さず生き残れる時代ではなくなりました。」

記者席から誰かが小さく息を呑む音だけが聞こえた。

「先月、加盟各国による正式投票を実施しました。」

「その結果を、ここに発表します。」

一瞬、時間が止まったような静寂が訪れる。

「セレナ連合は、ヴェルテクス連邦側として参戦することを正式に決定しました。」

会場が大きくざわめいた。

記者たちは一斉に立ち上がり、無数の質問が飛び交う。

「帝国と全面戦争になるのですか!」

「ティーターン級は実戦投入されるのですか!」

「中立政策は完全に終了するのですか!」

しかしミレイアは質問へ答えず、演説を続けた。

「本日この時刻をもって、セレナ連合加盟各国はノルヴァイン帝国へ宣戦を布告します。」

その宣言は世界中へ瞬く間に配信された。

中立の象徴だった海洋国家群が、ついに戦争へ加わる。

その事実は各国へ大きな衝撃を与えた。

ミレイアは震える声で続ける。

「我々は、この決断が正しいとは考えていません。」

首脳陣の多くが静かに俯く。

「ですが、守らなければならない海があります。」

「守らなければならない島があります。」

「守らなければならない家族があります。」

「未来を生きる子どもたちがいます。」

「そのために、我々は戦わなければなりません。」

会場は再び静まり返った。

「ティーターン級空中空母群は直ちに出撃準備へ入ります。」

「一番艦オーケアノス。」

「二番艦コイオス。」

「三番艦ヒュペリーオーン。」

「四番艦クレイオス。」

「五番艦イーアペトス。」

「六番艦クロノス。」

セレナ連合の独立を守り抜いてきた六柱の巨人。

六隻の名が読み上げられるたび、場内の空気はさらに重く沈んでいく。

それはセレナ連合が長年守り続けてきた最後の切り札であり、この海を支えてきた空の守護者たちだった。

その巨人たちもまた、今日から戦争という終わりなき空へ飛び立とうとしていた。

ミレイアは最後にゆっくりと視線を上げる。

その瞳には涙が滲んでいた。

「願わくば、この戦争が一日でも早く終わることを。」

「願わくば、この海が再び穏やかな青を取り戻すことを。」

「そして、この海に生きるすべての人々が、再び笑顔で明日を迎えられることを。」

「それだけが、私たち全員の願いです。」

深く一礼する彼女の姿に、会場の誰一人として拍手を送る者はいなかった。

そこにあったのは勝利への期待ではなく、戦争という巨大な渦へ自ら踏み込まねばならない者たちの、静かな覚悟だけだった。

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