表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

渇望

ローザが「もうすぐ、もうすぐ始まるから」と言ったのには理由があった。

その頃、街では一つの噂が広がっていた。

帝国に英雄が現れた――。

最初は前線から流れてきた与太話のようなものだった。

どれも戦時中にはよくある誇張話に聞こえた。

だが、その噂は消えるどころか日ごとに大きくなっていった。

やがて誰もが同じ名を口にし始める

黒翼。

黒い機体に乗る正体不明のエースパイロット。

その名は瞬く間に広がっていった。

街の人々はその話題で持ちきりだった。

酒場でも市場でも。

誰もがその話をしていた。

「黒翼が来た戦線は勝つ」

「また連邦軍を追い返したらしい」

「ラグナーの再来だ」

そんな言葉が飛び交う。

ラグナー。

帝国を幾度も救った者たち。

絶望的な戦況を覆し続けた伝説。

帝国の英雄。

世界中の空に名を刻んだ絶対的なエースパイロットたち。

帝国では英雄と称えられ。

他国では悪魔と恐れられた存在。

そして今、そのラグナーたちに匹敵する者が現れたという。

街は歓喜に包まれていた。

占領下で疲弊していた人々にとって、その噂は希望そのものだった。

「助けが来る」

「もうすぐ帝国軍が戻ってくる」

「もうすぐ終わる」

誰もがそう信じていた。

ローザもその一人だった。

だからあの日、海岸であんな顔をしていたのだ。

希望を信じる人間の顔だった。

だがアレンはどこか冷めた目で見ていた。

英雄、勝利、希望。

そんなものが本当に人を救うのだろうか。

父も母も妹も戻っては来ない。

叔父もいない。

どれだけ英雄が現れようと、それは変わらない。

夕暮れの中、アレンは基地へ戻った。

トンネルを改造した航空基地。

薄暗い通路を歩いていると、不意に聞き慣れた声が耳に入った。

「黒翼、どこにいるんだ」

思わず足が止まる。

声の主はアレクセイだった。

整備区画の向こう。

資材の積まれた広場で彼は空を見上げていた。

その顔には笑みが浮かんでいる。

少年のような笑みだった。

アレンは思わず違和感を覚えた。

普段のアレクセイは落ち着いていた。

どんな時でも冷静だった。

なのに今は違う。

まるで長年探していた宝物を見つけた子供のようだった。

そこへヴェータがやって来る。

「隊長、ご機嫌ですね」

「そう見えるか?」

「ええ」

ヴェータは苦笑した。

「誰が見てもわかりますよ」

アレンは近くに積まれていた木箱の陰に身を隠した。

聞くつもりはなかった。

だが二人の様子が妙に気になった。

「あぁ」

アレクセイは頷く。

「ようやく現れたかもしれない」

その瞳は遠くを見ていた。

「私の求める存在を……」

ヴェータも小さく笑った。

「ええ、そうですね」

その表情はいつもよりずっと柔らかかった。

「長かったですからね」

「本当に長かった」

アレクセイは静かに言った。

「ラグナーに匹敵する強者」

「彼らと同じ高みへ届く存在」

「私はずっと待っていた」

風が吹く。

遠くでエンジンの始動音が響いた。

アレクセイは空を見上げる。

まるでそこに何かが見えているかのように。

「この空の頂へと連れていってくれる存在を」

その言葉を聞いた瞬間。

アレンは背筋に寒気を覚えた。

それは憧れではなかった。

尊敬でもなかった。

もっと別の何かだった。

飢え、渇望、執念。

そんなものが混ざり合った感情。

隣にいるヴェータも同じだった。

穏やかな笑みを浮かべているのに、その目の奥では何かが燃えている。

ただ純粋に強さを求める者の目、空の果てを見ようとする者の目。

その瞬間の二人は、アレンの知るアレクセイとヴェータではなかった。

兵士でもない、将校でもない、優しい大人でもない、まして英雄でもない。

もっと別の何か。

空という世界に魅入られた異形の存在。

人間の姿をしているのに、人間とは少し違う何か。

少年だったアレンには、それが上手く言葉にできなかった。

ただ一つだけ確かだった。

あの時の二人は。

何か別の化け物のように見えた。

その日からだった。

エトワール隊が前線へ駆り出される回数は明らかに増えていった。

出撃、帰投、補給、整備、そしてまた出撃。

その繰り返しだった。

整備員として働くアレンにも、それが異常なことだとわかった。

格納庫に並ぶ機体は帰ってくるたびに傷を増やしていく。

主翼には無数の弾痕。

機首には焦げ跡。

時には穴の開いた機体もあった。

アレンたち整備員は夜遅くまで修理を続けた。

だが、本当に重かったのは機体ではない。

減っていく弾薬庫だった。

空になったミサイルラック。

補充を待つ機関砲弾。

それらを見るたびに現実を思い知らされる。

この弾の向こうには敵がいる。

そして味方もいる。

撃ち落とされた誰かがいる。

どこかで誰かが死んでいる。

その事実だけは嫌でも理解できた。

ある日の昼だった。

整備区画の隅。

木箱を机代わりにして、アレンはルドガーとハルドと昼食を取っていた。

軍用の簡素な弁当。

味は相変わらずだった。

ハルドは不満そうな顔でパンを齧っている。

「肉が少ねぇ」

「文句言うな」

ルドガーが即座に返した。

「生きて食えてるだけありがたいと思え」

「そういう問題じゃねぇだろ」

そんなやり取りを聞きながら、アレンはふと思った疑問を口にした。

「ルドガーさん」

「なんだ」

「黒翼ってどんな人なんですか」

ルドガーの手が止まった。

数秒の沈黙。

やがて彼は小さく息を吐いた。

「……さぁな」

「え?」

「俺にはわからない」

ルドガーは弁当を見つめたまま言う。

「一度も会っていないからな」

その声は妙に冷静だった。

「俺は会いたくもない」

アレンは驚いた。

基地の誰もが黒翼の話をしていた。

アレクセイも。

ヴェータも。

若いパイロットたちも。

皆どこか興奮していた。

なのにルドガーだけは違った。

「どうしてですか」

ルドガーは少し考えるように空を見た。

そして静かに答えた。

「だが、噂通りの存在だったなら」

そこで言葉を区切る。

「俺は、俺たちは死ぬだろう」

「縁起でもないこと言うんじゃない!」

ハルドが大声を上げた。

周囲の整備兵たちが一斉にこちらを見る。

「声がデカい」

「だってよ!」

ハルドは立ち上がりそうな勢いだった。

「そんなことあるか!」

ルドガーは苦笑した。

「お前だってわかってるだろ」

その顔から笑みが消える。

「本当にあんな化け物だったら俺たちじゃ歯が立たない」

空気が少し重くなった。

「今、ヴェルテクス連邦軍で張り合えるのは隊長かヴェータだけだ」

ハルドは何も言わなかった。

ただ舌打ちだけが聞こえた。

「……ッチ」

そして弁当箱を乱暴に閉じる。

「聞いてられねぇ」

そう言い残して立ち上がった。

そのままどこかへ歩いて行ってしまう。

残されたアレンは戸惑っていた。

ルドガーはそんなハルドの背中を見送りながら苦笑する。

「アイツは昔からああだ」

「怒ったんですか」

「いや」

ルドガーは首を振った。

「怖いんだよ」

「怖い?」

「あぁ」

彼は静かに言った。

「俺たち全員な」

風が吹く。

遠くで戦闘機のエンジン音が響いていた。

「坊主」

ルドガーはアレンを見る。

「俺がヤツと出会ったら確実に喰われるだろう」

アレンは思わず顔を上げた。

冗談を言っている顔ではなかった。

「もしかするとこの隊は全滅する」

「え……」

「そうならないように頑張るがな」

ルドガーは肩を竦めた。

「ヴェータを生きてアイツの婚約者の元に帰してやりたいしな」

アレンは目を瞬かせる。

「あの人、婚約者がいたんですか」

「あぁ」

ルドガーは笑った。

「アイツは俺と違って昔からモテるからな」

どこか自虐的な口調だった。

「士官学校の頃からだ」

「そうなんですか」

「優秀だし顔もいいしな」

ルドガーはため息を吐く。

「神様ってのは不公平だ」

「ルドガーさんも人気ありそうですけど」

「ない」

即答だった。

「怖い顔してるからな」

「確かに」

「おい」

アレンは慌てて謝った。

ルドガーは苦笑する。

そして腕時計を確認した。

「じゃあそろそろ集合しなきゃならん」

遠くで出撃準備を知らせるサイレンが鳴り始めていた。

ルドガーは立ち上がる。

弁当箱を片付け、飛行服の襟を整える。

「俺は行くぞ」

そう言って歩き出した。

数歩進んだところで振り返る。

「また、後でな」

アレンはその背中を見送った。

だがその時は知らなかった。

戦争の中で交わされる「また後で」が、どれほど脆い約束なのかを。

〜お願い〜

各話の最下部に「いいね」及び「星5式の評価」がございます。

作品総合評価に影響するのは、「ブックマークの数」と「星評価」です。

どちらも各作品に対し各読者様から一度だけ機会の与えられたもので、私にとって大きな励みになります。

お気が向きましたら、ぜひぜひご評価をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ