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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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40/45

襲撃

空軍省の地下駐車場を出た瞬間だった。

夕暮れの帝都、赤く染まる高層建築の窓、帰宅ラッシュで混み始めた道路。

クラクションと排気音が渦巻く中、男はバックミラーをじっと見つめていた。

「さて、俺たちは足を用意しないとな」

助手席で封筒を確認していたアレンが顔を上げる。

「飛行機じゃないんですか」

「万が一がある。足は付かないようにしないとな」

「追跡ですか……」

「あぁ」

男の声から軽さが消えていた。

「空港も港も、どこに監視があるかわからないからな。最悪、海軍に船、陸軍に車を貸してもらう」

「海路で向かうってことですか」

「それしかないだろ」

そう言った直後だった。

男の視線がバックミラーで止まる。

「それよりアレン」

「はい?」

「後ろの黒いジープが二台、空軍省からずっとつけてきている」

アレンの背筋が凍った。

「まさか……」

「そのまさかだな」

男は小さく笑った。

だがその目は笑っていない。

「監視が居やがった」

黒い軍用ジープが一定距離を保ったまま後方を走っている。

二台が完全に隊列を組んでいた。

「このまま街中を出る」

男は突然シートベルトを外した。

「運転代われ、アレン」

「え?」

「早く。信号が青になっちまう」

「は、はい」

慌てて座席を入れ替える。

ハンドルを握った瞬間、手汗で滑りそうになった。

「街を出たら山道に出ろ。そのままアクセルをベタ踏みにしろ。アイツらは俺がどうにかする」

「カーチェイスなんて私できませんよ!」

「速度上げてぶっ飛ばせばいい。」

「民間車と軍用車じゃ性能が違うんだから安心しろ」

「安心できる要素あります!?」

男は答えなかった。

代わりに窓を開けた。

冷たい夕風が車内へ吹き込む。

「ちょ、何やってるんです!」

「防弾ガラスだ。」

「RPGでも撃ってこなきゃ平気だ」

「十分危険でしょうが!」

男はコートの胸ポケットへ手を突っ込む。

次の瞬間、黒い拳銃が現れた。

鈍い金属光沢、使い込まれたグリップ。

明らかに軍用だった。

「本当にやるんですか」

「あぁ」

男は安全装置を外した。

カチリという乾いた音が車内に響く。

「大船に乗ったつもりでいろ」

後方のジープが速度を上げる。

距離が縮まる、赤色灯は無い、完全に非公式だった。

男はそれを見て鼻で笑った。

「戦闘機に比べりゃトロいな」

その瞬間。

「アレン!! 右だ!!」

男の怒鳴り声と同時に、アレンは反射的にハンドルを切った。

タイヤが悲鳴を上げる。

猛スピードで曲がった先には、帝都外縁へ続く山道の入口が見えていた。

背後で黒いジープのエンジン音が唸りを上げる。 

帝都を抜けた車は、そのまま山間部へ入っていた。

街灯は減り、周囲を包むのは深い森と夜の気配だけになる。

ヘッドライトが山道を白く切り裂いていた。

背後では、黒いジープ二台がぴたりと食らいついてくる。

エンジン音が山に反響していた。

その時だった。

――パァン!

乾いた銃声が夜を裂いた。

助手席側の窓へ何かが当たり、防弾ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入る。

「警告か。アイツら律儀だなぁ」

「感心してる場合ですか!?」

アレンは半ば悲鳴だった。

男は落ち着いたまま後ろを振り返る。

片手には拳銃。

もう片方でシートを掴んで体勢を固定していた。

「ったく、撃つならもっと近づけってんだ」 

男の拳銃が火を噴く。

弾丸は後方ジープのフロントガラスへ突き刺さった。

「ッチ、外れた」

「相手殺す気ですか!?」

「タイヤ狙ったんだよ」

男は舌打ちした。

「あぁ、めんどくせぇな」

そう言いながら後部座席へ手を伸ばす。

ガチャリ。

アレンの背筋が凍った。

「……え?」

取り出されたのはアサルトライフルだった。

「本当に何やってるんです!?」

「撃つんだよ」

あまりにも当然みたいに言った。

次の瞬間。

男は窓から半身を乗り出した。

夜風がコートを激しくはためかせる。

そして。

――ダダダダダダッ!!

凄まじい発砲音。

火線が闇を裂いた。

前方のジープへ銃弾が叩き込まれる。

ジープは蛇行した。

タイヤが悲鳴を上げる。

そのままガードレールへ激突し車体は崖下へ消えていった。

数秒遅れて、遠く下から鈍い衝突音が響く。

「よし」

「よしじゃないですよ!!」

アレンの叫び声に男は耳を貸さない。

「早く次もどうにかしてください!」

「わかってるわ」

男は再び後方を見る。

残った一台は距離を取り始めていた。

だがまだ諦めていない。

ライトが暗闇の中で獣の目みたいに光っていた。

「アレン、ブレーキ」

「は?」

「早く」

「いや何する気――」

「いいから踏め!!」

反射的にアレンはブレーキを踏み込んだ。

タイヤが悲鳴を上げる。

身体が前へ投げ出されそうになる。

その瞬間、後続のジープが勢い余って真横へ並んだ。

「今だ」

男が低く呟く。 

ライフルの銃口が、真横の運転席へ向けられた。 

男は迷わなかった。

ライフルの引き金を引く。

至近距離から放たれた銃弾が運転席へ叩き込まれる。

フロントガラスが砕け散った。

後続の黒いジープは制御を失い、山道を蛇行する。

タイヤが空転し、火花を撒き散らした。

そのままガードレールを突き破る。

車体が傾き、闇の崖下へ落ちていった。

数秒後。

遠く下から鈍い衝突音が響く。

山の冷たい風だけが吹き抜けていた。

「アレン、車を止めろ」

「……はい」

車を路肩へ寄せる。

男はライフルを肩へ掛け直した。

「アイツらの顔を拝んでやろう」

「逃げないんですか」

「生死の確認と、生きてるなら陸軍にスティンガーの弾をもらうついでに差し出そうと思ってな」

「……」

もはや感覚が麻痺してきていた。

つい数日前まで、アレンは普通の民間人だった。

今は山道で武装した追跡者と銃撃戦をしている。

頭がおかしくなりそうだった。

二人は崖下へ続く斜面を慎重に降りていく。

落下したジープは木へ激突して止まっていた。

フロント部分は潰れ、煙が上がっている。

男はドアを無理やり引き剥がした。

中には二人。

血まみれだった。

「これは傭兵だな」

「わかるんですか……」

「あぁ。一通りの軍服は覚えてる。」

「コイツらが持ってる装備も服も、知らんところのだ」

男は淡々としていた。

まるで戦場で落ちた機体を確認しているみたいだった。

次の瞬間、男は気絶していた一人の襟首を掴み、外へ引きずり出した。

そして殴り飛ばした。

「ちょっ!?」

「さっさと目ぇ覚ませこの野郎」

拳がめり込み男の身体が吹き飛んだ。

アレンは頭を抱えた。

(この人、本当に軍人なんだよな……?)

血まみれの男がうめきながら目を開く。

視界に立つ人物を見た瞬間、その顔から血の気が引いた。

「は、白翼……」

男は鼻で笑う。

「お、俺を知ってるなら話が早い」

しゃがみ込み、低い声で聞く。

「誰に雇われた」

「し、知らない……」

傭兵は震えていた。

「上からの命令だ」

「その内容は」

「こ、黒翼と白翼のデータ及び本人の確保……」

呼吸が乱れる。

「本人は……できれば無傷で、と……」

男の目が細くなる。

「……なるほどな」

予想通りだった。

カイだけではない、男自身も狙われている。

生きたまま。

飛行データごと。

男は立ち上がる。

携帯端末を取り出した

「アレン」

「はい」

「先に車戻っててくれ、俺は連絡してから行く」

アレンは少しだけ迷った。

だが男の横顔を見て、それ以上何も聞かなかった。

「……わかりました」

山道へ戻っていく。

背後では冷たい夜風が吹いていた。

そして男は、暗闇の中でゆっくりと通信先を呼び出す。

その目は、先ほどまでの軽口とは別人のように鋭かった。 

山道へ轟音が響いた。

夜空を切り裂くように現れたのは、二機の大型軍用ヘリだった。

サーチライトが森を白く照らし出す。

吹き下ろす風で木々が大きく揺れた。

「お二人とも、早く乗ってください!」

降下してきた陸軍兵が怒鳴る。

男は肩にライフルを掛けたまま振り返った。

「なぁ、すまんが俺の車も回収してくれ」

その瞬間、アレンが思わず叫ぶ。

「え!?」

「何言ってるんですか、このヘリに乗るわけないじゃないですか!」

「そしたらあっち行ってからどうするんだよ」

「それは……」

男は当然みたいな顔をしていた。

陸軍兵が苦笑する。

「後で回収班を向かわせます」

「……すいません」

アレンは頭を下げた。

なんだか自分まで感覚がおかしくなってきていた。

軍用ヘリの中へ乗り込む。

内部には完全武装の兵士たちが座っていた。

その視線が一斉に男へ向く。

皆、目の前の人物を知っていた。

「お二人にはこのまま海軍省へお連れします」

兵士の一人が言った。

「準備はできてると」

「ずいぶんと早いじゃないか」

「多少の無茶は大丈夫なようにしてるんで」

苦笑混じりだった。

ヘリが離陸する。

地面が遠ざかり、山道が闇へ消えていった。

別のヘリには、拘束された傭兵たちが積み込まれている。

「あの人たちはどうするんです」

「もう一機の方に乗せて、陸軍省にて尋問がされる予定です」

「生きてりゃ色々吐くだろ」

男は壁へ背を預けながら言った。

兵士は頷く。

「えぇ。そうさせるつもりです」 

だがその表情は重かった。

「ですが問題はそこではなく、帝国本土に武装した傭兵が入り込んでいたという事実です」

ヘリ内部の空気が変わる。

「既に帝国軍上層部に、協力者が入り込んでいる可能性が高いんです」

「マジか……」

男の顔から笑みが消える。

「いや、そうじゃなきゃありえないな……」

今回の動き。

空軍省から出た直後の追跡。

タイミングが良すぎた。

男が今日どこへ行くか知っていた人物は限られている。

つまり、内部から漏れている。

「帝国全軍にて憲兵による捜査が開始されましたが、足取りはわからず……」

兵士は悔しそうに拳を握った。

「どうやらかなり深いところまで入り込まれている可能性があります」

アレンは窓の外を見た。

帝都の灯りが遠くに広がっている。

平和に見える夜景だった。

だがその裏側では、既に見えない戦いが始まっている。

「人探しがこんなことになるなんて思いもしなかったです……」

アレンの呟きに、男は小さく笑った。

「カイを追うってのは、昔からこういうことだ」

「……」

「アイツはな」

男は夜空を見る。

「いつだって、世界の面倒事のど真ん中にいやがった」

________________________________________________

「到着しました」

海風と共に、港の匂いが流れ込んできた。

「まさか昨日の今日で海軍省に戻ってくることになるとは」

「えぇ、本当ですね……」

案内役の士官が敬礼する。

「お二人ともこちらの船にお乗りください」

埠頭に停泊していたのは、灰色に塗られた細長い高速艦だった。

艦体は無駄を削ぎ落としたように鋭く、通常の軍艦とは雰囲気が違う。武装も最低限しか見えない。だが、その代わりに異様な速度を出しそうな空気があった。

「これならどうにかなるか」

男は船を見上げながら呟いた。

「補給が済みしだいすぐに離岸可能です」

「途中まで我々西部方面軍第一艦隊が演習という形で護衛します」

「航路はどうする」

「少し遠回りですが、大きく迂回して進む感じになります」

「まぁ仕方ねぇな」

その時だった。

背後から大型輸送車が入ってくる。

「回収車両を搬入します!」

荷台に載せられていたのは、山道で散々振り回したあの軍用車だった。

「本当に持ってきてくれましたね」

アレンは乾いた笑いを漏らした。

「これ高いんだよ」

「いくらなんです?」

「昨日泊まったホテルを一年間泊まれるぐらいじゃないか?」

「……嘘……ですよね」

「いや、マジで」

アレンの脳裏に、昨夜こっそり調べた宿泊料金が蘇る。

一泊で、自分の年収が吹き飛ぶような額だった。

それを一年。

頭の中で計算しかけた瞬間、思考を放棄した。

「私、ガードレールで擦ったんですけど」

「どこを」

「運転席側を少し」

「後で覚えておけ」

男の拳がゴキゴキと鳴る。

その音を聞いた瞬間、アレンの頭に浮かんだのは空軍省ロビーの惨状だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。」

「あれはあなたがやれって言ったんじゃないですか」

「お前がやったことには変わらないだろ」

「理不尽すぎません!?」

「安心しろ、半殺しにはしない」

「“半”が付いてる時点で安心できませんよ!」

士官たちが必死に視線を逸らしていた。

誰も巻き込まれたくないのだ。

男は車体の傷を指でなぞる。

「……結構いってるじゃねぇか」

「山道でカーチェイスしながら撃ち合いしてたんですよ!?」

「むしろこれで済んだの奇跡でしょう!」

「お前、俺の車をなんだと思ってやがる」

「いや、私からしたらもう戦車みたいなものなんですけど……」

男は大きくため息を吐いた。

「まぁいい。」

「生きて帰れただけマシか」

その言葉に、アレンは少しだけ黙った。

数日前まで、自分はただの一般人だったはずなのに。

今は軍の高速艦で国外へ向かおうとしている。

現実感がなかった。

海の向こうを見つめながら、男が低く呟く。

「待ってろよ、カイ」

風がコートを揺らした。

港の上空を、帝国海軍機の編隊が低く飛び抜けていった。

その時男がボソリと呟いた

「なぁ、俺たちが帰ってくるときどうすればいいんだ」

男は呆れた顔で士官を見た。

「コイツはともかく俺はパスポート持ってきてないぞ。」

「偽装したヤツはジジイどもからもらったが、これは片道切符だ」

「そこなんですが……」

「どうした」

士官の顔が引きつっていた。

「正規ルートが無理な場合、自力で帰ってきてもらうしか……」

「はぁ?」

男の眉が吊り上がる。

「俺たちは帰りに海を泳いで帰るか、飛行機を盗んで帰るってことか」

「そうしてもらうしか現状はなくてですね……。」

「最悪、回収班を手配しておきます」

「お前らに連絡できる手段が今ないんだが……」

その瞬間、場が静まり返った。

波の音だけが埠頭に響く。

「あ、あの」

アレンがおそるおそる口を開く。

「私は正規ルートで帰っても大丈夫なんですか」

「……そちらも無理なんですよね……」

士官は遠い目をした。

「なんせ出国手続きしてないのに、いきなり帰りますは国際法上できないので……」

「私もこの人と最悪カイさんと飛行機なり船なり盗んで帰るしかないんですね……」

「密入国で捕まるのかぁ」

男が頭を抱える。

「俺は行きより帰りの方が心配なんだが」

再び沈黙。

海風だけが吹き抜けた。

誰も未来を考えていなかった。

行くことしか考えていなかったのだ。

「……まてよ」

男が顔を上げた。

「カイが出国した方法がまだ残ってる」

「え、でもそれも……」

「密出国だが、まだ帰れる可能性がある」

「もし、いなかったらどうするんですか。」

「最後に目撃したの三ヶ月前なんでしょ」

その瞬間。

チーン。

場の空気がそんな音を立てた気がした。

男が真顔になる。

「最悪、ジジイどもに連絡するしかないだろう。」

「その時は監視にバレるだろうが」

「まってください」

アレンが何かを思い出したように顔を上げた。

「思い出したことがあります。」

「セレナ連合かヴェルテクス連邦まで行ければ、私の伝を使って帝国海軍に連絡できるかもしれません」

「……どういう伝だ」

「昔、聞き取り調査で知り合った人たちです。」

「港関係に顔が利く人がいて……」

「使えるのか?」

「けど、最悪の時だけです」 

アレンは少しだけ表情を曇らせた。

「どっちに行くにしても、海を越えないといけないので」

男は腕を組み、海を見た。

灰色の空、冷たい波、そして埠頭に停泊する高速艦。

「……帰りのこと考えると頭痛くなってきたな」

「今さらですか」

「お前、国外逃亡ってもっとこう……ロマンあるもんだと思ってた」

「現実は密入国と窃盗未遂の相談してますけどね」

「やめろ。」

「急に犯罪者感が増す」

士官が小声で呟く。

「十分犯罪者側なんですが……」

「聞こえてるぞ」

士官が飛び上がった。

男はため息を吐き、停泊中の艦へ歩き出す。

「まぁいい。」

「帰りのことは生きてから考える」

アレンも後に続いた。

海風の向こう。

西方の空は、薄く曇っていた。

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