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黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


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2/7

開戦前夜①

続きです

皇歴記一〇四八二年十一月十八日

ヴェルテクス連邦首都、連邦大統領府。

地下戦略指揮室。

巨大な作戦マップと無数のモニターに囲まれた部屋の中で、大統領と側近、軍首脳たちが静かに作戦開始の時を待っていた。

「各攻撃部隊、予定位置に到達しました」

統合参謀議長が報告する。

「第一波のステルス爆撃機隊は既に国境付近を通過。電子戦部隊も展開を開始しています」

国防長官が続けた。

「帝国側に探知される可能性は?」

大統領補佐官の問いに、空軍参謀総長が即座に答える。

「極めて低いと判断しています。広域妨害電波、デコイ散布、IFF偽装は正常に機能中です」

「敵の防空網が異常を検知したとしても、正確な状況把握には時間を要するでしょう」

部屋に沈黙が流れる。

やがて、老齢の国務長官が重い口を開いた。

「ついに、この日がやってきたのですね。」

数秒後、大統領が静かに言った。

「二十年だ」

「我々は二十年間、帝国と向き合ってきた」

「世界経済も、安全保障も、国際秩序も、今や連邦が支えている」

「帝国という旧時代の遺物が存在し続ける限り、真の安定は訪れない」

「この戦争で全てを終わらせる」

「歴史は我々を裁くのではない。勝者として記憶する」

統合参謀議長が姿勢を正した。

「大統領、ご命令を」

大統領は作戦マップを見つめたまま、短く告げた。

「全ヴェルテクス連邦軍に通達」

「作戦コード『ニュー・ドーン』を発動する」

「これよりノルヴァイン帝国領への侵攻を開始する」

「作戦開始」

その瞬間。

数千キロ離れた空で、新型ステルス爆撃機部隊が国境を越えた。

宣戦布告はなかった警告もなかった。

彼らはノルヴァイン帝国領空と領海を侵犯し、両国の中間海域に位置する島々へ侵入した。

午前八時〇〇分。

人々が朝の支度を終え、学校へ向かう子供たちの声が響いていた平穏な島々に、突如として死が降り注いだ。

空襲警報が鳴るよりも早く、爆弾が降り注ぐ。

朝の静けさは一瞬で破られた。

赤い光の中で、誰が誰かも分からない。

声だけが重なり合って、人の叫びがひとつの波になる。

誰かの叫び声と、泣き声と、爆音が入り乱れる中を。光と炎が街を襲い、

泣き叫ぶ子供を抱きかかえた母親が、瓦礫の降り注ぐ道路を必死に走る。

老人を支える若者。

炎上する家を振り返りながら呆然と立ち尽くす少女。

「何やってるんだ、早く逃げ...」

人々は次々に炎の中に飲み込まれていく。

屋根の瓦が剥がれ、燃えた梁が斜めに落ちてくる。

瓦礫の中から手が伸びる。

「誰か助けて」

小さな子どもが泣き叫んでいる。

「ママァーどこぉー」

だが爆風が再び街を叩き、炎の柱が空を貫いた。

港では避難しようとした人々が押し寄せ、混乱の中で互いに叫び合っていた。

「船を出せ!」

「まってくれ、まだ家族があの炎の中に残ってるんだ!」

「誰でもいい今すぐ医者を呼んでくれ!」

しかし、海上には既に連邦海軍の艦艇が展開し空も海も封鎖されていた。

誰一人として島を出ることはできなかった。

空には何も見えない。

ただ、見えない死だけが降ってくる。

さらに上陸した連邦軍部隊によって各地は制圧され、住民たちは次々と拘束されていく。

家族と引き離され、両手を後ろで縛られた人々。

泣き叫ぶ子供たち必死に家族を守ろうとする父親たち。

やがて住民たちは川辺に並べられた。

誰も状況を理解できなかった。

「お願いです、子供だけでも……」

「妻は病気なんだ……」

「私たちは民間人です!」

懇願する声が響く。

連邦兵士たちの笑い声と乾いた銃声だけが響いた。

老若男女の区別なく、島民たちは次々と射殺されていった。

逃げ出そうとした者も、その場で撃ち倒された。

そして、島民全員が銃殺され生き残った者は、誰もいなかった。

しかし、この時点でノルヴァイン帝国側は何が起きているのか把握できていなかった。

防空レーダーには異常が映らない。

IFF信号は正常。

通信網には激しいノイズが走り、各地から断片的な報告だけが届く。

「こちら......島守備隊!」

「所属不明機による攻撃を受けている!」

「民間区域が炎上中!」

「敵の識別が――」

「繰り返す! 敵の識別ができな――」

通信は途絶えた。

その瞬間、二十年間続いた冷戦は終わりを告げた。

こうして、後に「名もなき戦争」と呼ばれる史上最大の世界大戦が始まったのである。


灰色の海を、上陸艇は切り裂くように進んでいた。

波は低く、風はほとんどない。空は薄く曇り、光は均一に拡散している。どこにも影が落ちない、不自然な昼だった。

「予定どおり、三分後に接岸」

操舵席の声は平坦で、感情が削ぎ落とされている。

誰も返事をしない。応答は必要ないと、全員が理解していた。

甲板の兵たちは立ったまま、銃を抱えている。銃身はわずかに震え、だがそれが波のせいなのか、自分の手のせいなのか、判別できない者もいた。

島影が見えている。

低い丘と、海に面した町、島のあちこちで黒煙が上がっていた。

無線は断続的にノイズを吐いている。通信士がダイヤルを調整するが、同じだ。

雑音の向こうで、何かが話されているような気配だけがある。

「妨害は継続中。だが……規模が大きすぎる」

報告もまた、どこか現実味を欠いていた。

やがて船首が浅瀬を噛み、鈍い衝撃が伝わる。

ハッチが開く。


「上陸開始、小隊での行動し住民の保護を第一優先とする。」

兵たちは順に飛び降り、膝までの海水を踏みしめて前進した。

足音が水に吸われる。

波の音と装備の擦れる音だけが、やけに大きく聞こえた。

「前進。市街地まで警戒しつつ進む」

分隊が展開する。

だが、警戒すべき“相手”が見えない。

舗装の剥げた道路に出る。右往左往しているタイヤ跡とたくさんの足跡が無数に残っていた。

ドアの開いたままの車両、割れた窓ガラス、投げ捨てられた荷物。

「……ックソ」

観察の声は、誰に向けたものでもなかった。

町中まで進むと焦げた匂いが、上陸時より強く鼻についた。

壁は黒く焼け、屋根は落ち、通りは灰で覆われている。

だが炎はすでに消えている。熱もない。

すべてが、終わった後の静止の中にあった。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ」

一人の兵が、その場に崩れ落ちたその視線の先には河が見える。

「おい、どうした何か見つけたのか...」

分隊員たちはすぐに駆け寄った

しかし、呼びかけた兵もまた途中で止まる。

そこに広がっていたのは地獄のような光景だった

川岸に何万の島民が後ろで腕を縛られ無抵抗のまま殺されていた。

川の水が血で赤くなっている。

誰かが息を呑む音。

誰かが視線を逸らす。

「なんということを...」

「……生存者を探せ。まだ生き残りがいるはずだ」

指揮官の声は低い声で言ったその声には怒りが混じっていた

分隊は再び動き出す。

町中にも人の死体が転がっていた。

逃げ惑う人々を後ろから撃ったと考えるもの空襲によって焼け死んだもの瓦礫の下のも死体があった。

通りのあちこちに、動かない影がある。

家屋の扉は破られ、引き出しは引き抜かれ、床には破片が散乱している。

棚は空だ。

壁に掛けられていたはずの写真の跡だけが残っている。

「持ち出されてる……全部」

家屋には何も残されてはなかった

最初は見ないようにしていたものが、次第に視界に入ってくる。

避けきれなくなる。

現地軍が駐屯していた基地には武器を持っていない兵らが一列に並べられ殺されていた

「クソ、クソ、クソッタレ」

丘の上の診療所。

ベッドは空。器具は散乱。薬品は全て持ち去られている。

港湾施設。

係留ロープは切られ、船は一隻もない。

通信所。

機材は破壊されているが、コア部分だけが持ち去られている。

多くの罪のない命が奪われていたことを示していた。

国際法なんて守られていなかった。

虐殺や略奪の限りが尽くされていた。

「こちらA分隊、生存者確認できず。」

「こちらB分隊、同じく確認できません。」

別の分隊。

同じ言葉。

同じ結論。

夕刻。

影がようやく地面に現れる。

だが、町は相変わらず静かだ。

鳥もいない。風も弱い。

「こちら司令部、一度上陸地点に集合休息後ただちに捜索を再開する」

この命令に誰も異議を唱えない。

夜になる。

暗闇が降りると、音が増える。

瓦礫の隙間で風が鳴り遠くで金属が軋む。

ライトが点く。

白い円が地面をなぞる。

足跡に引きずられた跡所々で途切れる血の線。

「……ここから先に」

言いかけて、言葉が止まる。

その先に何があったのか、もう想像できてしまうからだ。

探索は続く。

だが、見つかるのは同じ結論だけだった。

夜半。

指揮官は無線を取る。

「司令部、こちら……生存者を確認出来ず」

数秒の沈黙の後にノイズだけが返る。

やがて、短い応答が帰ってきた

『了解。各島嶼でも同様の報告が上がっている』

同様。

その一語が、空気を変える。

この島だけではない。

この光景は、点ではなく面として広がっている。

「……了解」

誰も言葉を発しなかった。

遠く、海の方で光が瞬く。

別の上陸部隊だろう。

同じ夜。

同じ静けさ。

同じ報告。

町の中心に立つ。

焼けた建物の骨組みが、空に向かって歪んでいる。

その向こうに、星が見える。

誰かが空を見上げる。

そこには何もない。

爆撃機も、無人機も、光跡も。

ただ、空があるだけだ。

風が吹き灰が舞った。

それは雪のように静かに降り、

誰のものでもない地面に、均一に積もっていく。

やがて夜が深くなる。

捜索は続くが、結果は変わらないすでに手遅れだった。

生きているものは、何一つ残されていない。

その事実だけが、確定していく。

そしてその確定は、

この戦争がどこまで行くのかを、誰にも言葉にさせないまま、静かに示していた。

重い扉が閉じる音が、部屋の奥に沈んだ。

ノルヴァイン帝国参謀本部。

長机を中心に、将校たちが無言で座っている。

壁面の巨大な戦況図には、赤と青の光点が静かに明滅していた。

その点のいくつかが、先ほどから消えたまま戻らない。

通信室からの回線が繋がれ、断続的に報告が流れ込む。

『……こちら第七上陸部隊。繰り返す、生存者確認できず』

『北方列島、同様の状況。』

『通信施設は破壊済み、住民区域……確認中』

沈黙が広がる。

次の瞬間、音が裂けた。

バン!

机が叩かれ硬質な衝撃が、空気を震わせた。

「これは、これはどういうことだ」

立ち上がった将校の声は、抑えきれずに荒れている。だがその問いに、答えられる者はいなかった。

誰もが同じ疑問を抱いているが誰も答えを持っていないから。

別の将校が、低く吐き捨てた。

「クソッタレが」

その言葉だけが、やけに鮮明にこの一室に響いた。

情報官が、静かに口を開いた。

「現時点では確定できませんが……」

一度、視線を落とす。

机上の資料に並ぶ断片。衛星写真、通信ログ、電波スペクトラムそれらは互いに整合している。

「連邦の仕業と見て間違いないでしょう」

空気が変わる。

誰も驚かない。

ただ、確定しただけだ。

「理由は」

情報官は、言葉を選ぶ必要がないことを理解していた。

「このような規模の電子戦、IFF偽装、広域妨害。加えて、同時多発的な侵入と攻撃。――実行可能なのは、現時点では連邦だけです」

論理は完結している。

だが、それが意味するものは、まだ言葉になっていない。

怒りが、遅れて立ち上がる。

「ふざけるな……!」

別の将校が椅子を蹴り、立ち上がる。

「これは戦争ですらない。ただの――」

「虐殺じゃないか」

室内の誰もが、その重さを理解していた。

沈黙が場の空気を支配した。

壁の戦況図が、無機質に点滅を続ける。

情報官が、再び資料に目を落とす。

「補足します。各島嶼の被害は、時間的にもほぼ同時です。侵入経路は複数。レーダー記録には断続的な異常が見られますが……識別は不可能です。IFFが一致しています」

「味方として認識されたのか」

「はい。少なくとも、迎撃の初動は成立していません」

誰かが息を吐く。

それは諦めに近い音だった。

「……つまり、見えていたが、撃てなかった」

「その通りです」

机上の地図に、赤いマーカーが置かれる一つ、また一つ。

島。

港。

集落。

印は増え続ける。

「これが全部か」

「現時点で確認されている範囲です」

「“確認されている範囲”か……」

言葉が空虚に落ちる。

まだ増える。

全員が理解している。

また通信が来たそれは別回線で優先度の高いものだ。

当直将校が受話器を取り、数秒のやり取りの後、顔を上げる。

「東方列島群全域でも同様の報告が入ってきた...」

部屋の温度が一段下がる。

「連邦は……どこまでやるつもりだ」

誰に向けた言葉でもない。

だが、誰もが同じ方向を見ている。

情報官が静かに応じる。

「意図の推定は可能です」

「言え」

「初動で帝国の判断能力を奪い、既成事実を積み上げる。島嶼部の制圧、あるいは無力化。その上で……」

一瞬だけ、言葉が止まる。

「短期決戦に持ち込む」

机を叩いた将校が、ゆっくりと座り直す。

「短期決戦……」

その響きは、ここにある現実と噛み合っていない。

「これがか」

誰も答えない。

答えは、目の前にある。

別の将校が、低く言う。

「宣戦布告は」

「ありません。」

「公式な声明も?」

「現時点では確認されていません」

「……徹底しているな」

それは称賛ではない。

ただの事実の確認だ。

沈黙が戻る。

その沈黙の中で、各人がそれぞれの結論に到達していく。

この戦争は、すでに始まっている。形式も手順も関係なく。

そして――止め方を、誰も知らない。

椅子の軋む音。

一人の上級将校が立ち上がる。

その動きはゆっくりとしているが、迷いはない。

「皇帝陛下にご報告しろ」

声は静かだ。

だが、部屋の全員に届く。

「何一つ包み隠すことなく」

誰かが頷く。

記録官がペンを走らせる。

通信士が回線を確保する。

「同胞たちの無念をはらすために」

その言葉は、命令ではなく、確認だった。

ここにいる全員が、同じ方向を向いていることの。

外では、夜が深まっていた窓の向こうに、街の灯りが広がる。

その灯りの一つ一つが、まだ失われていない場所を示している。

だが同時に、すでに失われた場所がどれほどあるのかを、誰も正確には知らない。

戦況図の光点が、また一つ消える。

誰もそれを指摘しない。

これは始まりに過ぎない。

報告書が封緘される。

回線が開かれる。

言葉が、上へと送られていく。

その先で何が決まるのか、

この部屋の誰もが予測している。

だが、それでも手は止まらない。

止める理由が、もはや存在しないからだ。

静かな部屋の中で、機械の駆動音だけが規則的に響く。

その音は、戦争の心音のように、

一定のリズムで刻まれ続けていた。

やがて、最初の返信が返ってくる。

それは極めて短い命令だった。

それを受け取った通信士が、顔を上げる。

何も言わない。

だが、その表情だけで十分だった。

すべてが、次の段階へ進んだことを示している。

参謀たちは立ち上がる。

椅子が引かれる音が、連なって響く。

誰も振り返らない。

誰もためらわない。

ただ、それぞれの持ち場へと戻っていく。

扉が開き廊下の光が差し込む。

そして、再び閉じられる。

重い音が、部屋の奥に沈む。

その瞬間、ここでの議論は終わった。

残ったのは、決定だけだ。

戦争は、すでに始まっている。

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