表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒翼の英雄〜羽撃け名もなき空へ 〜  作者: ぺぺ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

転属命令②

皇歴記一〇四八二年十月二日

彼の瞳と同じ深いダークブルーの空は、まだ夜明け前の静けさを残していた。

東の空だけがわずかに白み始め、水平線には細い光の帯が伸びている。

漆黒のF-15Λは、その淡い光さえ飲み込むように静かに飛び続けていた。

前線基地への移動任務。

そのため機体は実戦装備を施され、AMRAAM、AAM-6、増槽を搭載した完全武装状態で飛行している。

周囲には大型輸送機の編隊。

何十機もの輸送機が一定間隔を保ちながら隊列を組み、前線基地へ兵員や補給物資を運んでいた。

『レイヴン1、離陸を許可する。中尉、ご武運を』

離陸からしばらくして輸送機隊と合流する。

『こちら輸送機編隊第758隊。レイヴン1、貴機を確認した』

「こちらレイヴン1。これより護衛任務を開始する」

『感謝する』

通信はそれだけだった。

F-15Λは編隊のやや前方、高度を変えながら周囲を警戒する。

レーダーには味方識別信号が幾重にも映り、海上には帝国海軍の艦隊も確認できた。

飛行開始から約二時間。

編隊は前線空域へと近づいていた。

眼下には果てしない大海。

所々に輸送船団や護衛艦隊の姿が小さく見える。

水平線の向こうでは、黒煙が幾筋も空へ立ち上っていた。

戦場は確実に近づいている。

その時だった。

無線が鋭く割り込む。

『こちらヴァイパー隊! 敵機と交戦中! 応援を求む!』

ノイズ混じりの声だった。

背後では機関砲の発射音まで入り込んでいる。

『敵戦闘機多数! 押し切られる!』

息が乱れ、焦燥が隠せない。

『二番機被弾! 右翼損傷!』

『援護を! 援護を頼む!』

操縦桿を握るカイの表情は変わらない。

HUDには通信発信源の位置が表示される。

距離、およそ百二十キロ。

輸送機隊から離れれば数分で到達できる。

しかし、輸送機隊を守る任務もある。

一瞬の沈黙。

その直後、輸送機隊長から通信が入った。

『レイヴン1』

『こちらは現時点で敵影なし。ヴァイパー隊の救援へ向かってくれ』

『我々は進路を維持する』

「了解」

F-15Λの推力計が一気に跳ね上がる。

両エンジンが咆哮を上げ、アフターバーナーが蒼白い炎を噴き出した。

漆黒の機体は輸送機隊から滑るように離脱する。

圧倒的な加速で海面が一瞬で後方へ流れ去る。

HUDにはヴァイパー隊の交戦空域が刻々と近づいていた。

無線の向こうでは、なお激しい戦闘が続いている。

『くっ……!』

『左だ! 左から来る!』

『ミサイル! ブレイク!』

悲鳴にも似た通信が次々と飛び交う。

その全てを聞きながら、カイは黙って機首を交戦空域へ向けた。

黒い翼は、音速を超える勢いで戦場へと駆けていく。

交戦空域へ到達したF-15ΛのHUDに、複数の敵機が赤い識別表示となって映し出された。

味方機を追い回す敵編隊。

その背後へ、漆黒の機体は太陽を背負うように高速で滑り込む。

敵はまだ気付いていない。

カイは照準を先頭機へ合わせた。

照準円が重なる次の瞬間。

機首下部の機関砲が閃光を放った。

砲口から吐き出された砲弾は一直線に敵機へ突き刺さる。

『っな……』

敵パイロットが驚愕の声を漏らした、その一瞬後には機体中央部が激しく弾け飛んだ。

燃料へ引火した炎が翼を飲み込み、機体は空中で四散する。

破片が尾を引きながら大海へ降り注いだ。

その一撃だけで戦場の空気が変わる。

『黒い戦闘機が来たぞ……!』

『黒翼だ……悪魔が来やがった!』

『各機散開! あれから距離を取れ!』

敵編隊は一斉に隊形を崩し、回避機動へ移る。

先ほどまで優勢だったはずの編隊が、一機の出現だけで混乱に陥っていた。

一方、帝国側の無線には歓声が広がる。

『援軍が間に合ったか……!』

『援軍だ! 助けが来たんだ!』

『あの黒い機体……!』

『味方だったのか!』

『助かった……!』

カイは歓声にも悲鳴にも反応しない。

HUDには次の目標が表示される。

操縦桿を静かに倒し、F-15Λは黒い軌跡を描いて敵編隊の中心へ飛び込んだ。

悪魔と恐れられた黒い翼は、再び戦場の空を切り裂いた。

そこから先は、戦闘ではなかった。

一方的な蹂躙だった。

黒い翼は敵編隊の中を縫うように駆け抜ける。

旋回、加速、上昇、降下。

あらゆる機動が無駄なく繋がり、一つの流れとなって空を支配していた。

敵が照準を合わせようとした瞬間には、その黒い機体はもう別の空域へ移っている。

ミサイルは虚空を裂き、機関砲弾は何もない空を撃ち抜くだけだった。

F-15Λは敵の背後へ滑り込み、短い射撃で一機を撃墜する。

爆炎が広がるより早く次の目標へ向きを変え、さらにもう一機を捉えた。

『た、助け……!』

恐怖に震える通信が流れる。

しかし、その声に応える者はいない。

二発のミサイルが放たれ、白い軌跡を描いて敵機へ迫る。

回避機動も間に合わず、二機はほぼ同時に空中で爆散した。

炎と破片が朝焼けの空へ散っていく。

『や、やめろ……!』

『こっちへ来るなぁぁぁぁぁ……!』

悲鳴が無線を埋め尽くす。

編隊は完全に統制を失っていた。

逃げようとする者、味方機を盾にしようとする者、高度を落として海面すれすれを飛ぶ者。

誰もが生き延びることしか考えていなかった。

だが、その全てを黒い翼は見逃さない。

一機、また一機。

黒煙を引きながら海へ墜ちていく。

爆発が連続し、朝の空を赤く染めた。

帝国機のパイロットたちは、ただその光景を見ていた。

援護する間もない、加勢する必要もない。

目の前では、たった一機が敵編隊を壊滅させていた。

『……すごい』

誰かが思わず漏らす。

『これが……黒翼』

別の誰かが息を呑む。

最後の一機が必死に機首を返し、戦場から離脱しようとする。

しかし、その背後にはすでに黒い影が迫っていた。

短い機関砲射撃。

数発の砲弾が尾部へ命中し、機体は炎を噴きながら空中で分解する。

爆炎がゆっくりと広がり、燃え尽きた残骸が海へ降り注いだ。

静寂が戻る。

先ほどまで十機ほどいた敵戦闘機は、一機残らず撃墜されていた。

黒いF-15Λだけが、何事もなかったかのように高度を保ち、静かに青み始めた空を飛び続けていた。

海面には撃墜された機体の残骸が浮かび、黒煙が幾筋も空へ立ち上っている。

F-15Λは速度を落とし、周囲の警戒を続けながらヴァイパー隊の上空を旋回した。

『こちらヴァイパー1。援軍、感謝する』

疲労の滲んだ声だった。

先ほどまでの緊迫感がようやく薄れ始めている。

カイはHUDに表示された味方機の状態を確認する。

一機は右翼に被弾。

もう一機はエンジン出力が低下し、飛行姿勢も不安定だった。

「こちらレイヴン1。損傷している機体があると見える」

短い間を置いて続ける。

「我々はネリバダス基地へ向かっている。そこまでで良ければ護送しよう」

通信の向こうで小さく息を吐く音が聞こえた。

『……すまない。その言葉に甘えさせてもらおう』

カイは機首をゆっくりと反転させる。

「レイヴン1、針路変更。輸送機編隊へ合流する」

F-15Λが先導し、その後方に損傷したヴァイパー隊が続く。

速度は負傷機に合わせて抑えられた。

やがて前方のレーダーに多数の味方識別信号が映る。

大型輸送機編隊だった。

重々しい機体が規則正しく隊列を維持し、その周囲を護衛戦闘機が飛行している。

『こちら輸送機編隊第758隊。レイヴン1、レーダーで確認した』

「こちらレイヴン1。帰投するヴァイパー隊を伴い合流する」

『了解。編隊右側に進路を確保する』

輸送機隊は隊形をわずかに広げ、損傷機が入りやすいよう間隔を調整した。

ヴァイパー隊の機体が慎重に編隊へ加わる。

『ヴァイパー1より各機へ。これより輸送機隊と合同でネリバダス基地へ帰投する』

『了解』

『了解』

短い返答が続く。

隊列が整うと、再び静かな巡航飛行が始まった。

その先頭には、漆黒のF-15Λが変わらぬ姿勢で飛び続けていた。

黒い翼は広大な海の上を静かに切り裂きながら、前線基地ネリバダスへと針路を向けていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

夜明け前の空は、まだ群青色を保っていた。

東の地平線だけがわずかに白み始め、太陽はまだ姿を見せていない。

長時間の飛行を終えた輸送機編隊は、隊形を維持したままネリバダス基地へ接近していた。

眼下には帝国東部方面軍の一大航空拠点が広がる。

滑走路には誘導灯が一直線に灯り、格納庫や燃料施設、防空陣地が薄明かりの中に浮かび上がっていた。

前線基地らしく、すでに多くの人員が慌ただしく動いている。

燃料車が滑走路脇を走り、整備兵たちは到着する機体を迎える準備を進めていた。

『こちらネリバダス基地管制。輸送機編隊第758隊、着陸を許可する』

『了解。編隊、順次着陸する』

大型輸送機が一機、また一機と降下を開始する。

重い機体が滑走路へ接地すると、タイヤスモークを上げながら減速し、誘導路へ入っていく。

その上空を、F-15Λが旋回していた。

『レイヴン1、着陸を許可する』

カイはゆっくりと降下を開始する。

黒いF-15Λは安定した姿勢のまま滑走路へ進入し、静かに接地した。

車輪がアスファルトを捉え、機体は滑らかに速度を落としていく。

やがて誘導路へ入り、格納庫地区へ向かった。

その後方では、損傷したヴァイパー隊の機体も慎重に着陸してくる。

右翼に穴の開いた機体、機首に弾痕を残した機体。

煙を引きながらも、全機が無事に帰還を果たした。

誘導員がライトを振り、F-15Λを所定のスポットへ導く。

エンジンが停止すると、轟音に包まれていた空間は急速に静けさを取り戻した。

キャノピーがゆっくりと開く。

冷たい朝の空気がコックピットへ流れ込み、カイは無言のまま立ち上がった。

朝日はまだ昇っていない。

だが、新たな前線基地での任務は、すでに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ