前線の状況
皇歴記一〇四八二年九月三十日
セリオン群島中央島そこはかつて交易と観光で栄えた島だった。
白い石畳に港町に並ぶ露店、潮風の匂い、子どもたちの笑い声。
今、その全ては消えていた。
開戦から数週間、セリオン群島各地では帝国軍が橋頭堡の拡大はしていたものの、戦線はすでに膠着状態へ陥っていた。
海岸線から内陸へ伸びた塹壕は幾重にも連なり、有刺鉄線と対戦車壕が大地を切り裂いている。
昼夜を問わず砲声が鳴り響き、重砲の砲弾は泥と人の血肉を容赦なく耕し続けていた。
島全域を覆う黒煙、焼け落ちた家屋、砕けた道路、抉られた大地。草原地帯には無数の塹壕線が張り巡らされていた。
兵士たちは泥水の中に伏せ、絶え間なく飛来する砲撃に耐えていた。
――ドォンッ!!
地面が揺れる。
連邦軍の自走砲部隊が放った榴弾が帝国側陣地へ着弾した。
土と肉片が吹き上がる。
「衛生兵!!」
「担架だ!! 早くしろ!!」
その直後、上空から甲高いジェット音が響いた。
「敵航空隊!!」
塹壕にいた兵士が空を見上げた瞬間。
連邦軍攻撃機が超低空で突入してきた。
機体下部から対地ミサイルが放たれた。
――ゴオオオオオッ!!
帝国軍戦車部隊の中央で巨大な爆炎が上がった。
「三番車両被弾!!」
「火災発生!!」
砲塔が吹き飛び内部から炎が噴き出した。
だが、次の瞬間、帝国軍高射砲陣地が火を吹いた。
無数の曳光弾が空を裂き連邦攻撃機の右翼が砕け散った。
機体は炎を引きながら草原へ墜落する。
その後方を帝国空軍機が高速で飛び抜けた。
ミサイル発射。
今度は連邦軍戦車部隊が爆発する。
陸海空の全てが同時に燃えていた。
もはや戦線という概念すら曖昧だった。
どこへ行っても戦場。
どこへ行っても死。
砲撃に爆撃により草木一本まで駆逐された泥濘の園、血が流れ砲弾が土を血肉を耕す。
兵たちはウジにも泥にも弾丸にも屈せずに腐臭と死臭を纏ながらも碌な遮蔽物の無い戦場を駆けた。
島中央部帝国軍前線司令部。
大型スクリーンには絶え間なく変化する戦況図が映し出されていた。
「連邦軍第七機甲師団、北部丘陵地帯へ侵入!」
「海峡方面、敵空母機動群接近!」
「南部海岸線で上陸戦継続中!」
怒号のように報告が飛び交う。
将官が歯を食いしばった。
「まだ連邦は兵力を残しているのか……」
「連中もこの島の重要性を理解しているのでしょう」
セリオン群島。
この海域を制する者は、オルビタス海東部の制海権を得る。
そしてその先には――連邦本土。
帝国軍がここを突破すれば、連邦沿岸部への大規模侵攻が可能となる。
逆に連邦が守り切れば帝国の攻勢は止まる。
故に双方とも、一歩も退けなかった。
荒れ狂う戦場の海。
帝国海軍戦艦が主砲を旋回させる。
「撃ち方始め!!」
巨大な砲炎が夜空を白く染めた。
放たれた砲弾が連邦巡洋艦へ直撃する。
艦橋が吹き飛ぶ。
だが連邦側も即座に反撃した。
「対艦ミサイル接近!!」
帝国駆逐艦のVLSが一斉発射された。
迎撃ミサイルが夜空を駆ける。
空中爆発。
しかし一発が突破した。
――直撃。
帝国駆逐艦中央部で爆炎。
艦体が大きく傾く。
海兵たちが吹き飛ばされる。
「機関室浸水!!」
「火災拡大!!」
「撃ち返せ!! 沈むまで撃ち続けろ!!」
空母から艦載機が次々と発艦していく。
カタパルトが火を吹く。
帝国機。
連邦機。
無数の戦闘機が空へ吸い込まれていく。
空では既に大規模空戦が始まっていた。
ミサイルが交差しフレアが散る。
機銃弾が夜空に線を描く。
撃墜された機体が炎となって海へ落ちていく。
誰も空を見上げなくなっていた。
かつて人々が憧れた蒼穹は、今や死が降る場所になっていた。
中央島市街地の崩壊したビルの陰で、一人の少年が震えていた。
耳を塞いでも爆発音は止まらない。
地面が揺れ空が燃えている。
少年は小さく呟いた。
「……なんで……なんでこんなことに」
答える者はいない。
遠くで再び巨大な爆発が起きた。
炎が空を赤く染めた。
そこには終わることのない地獄が広がっていた。
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