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【君のぞ】forget-me-not Ⅱ

forget-me-not Ⅱ


「ただいまぁ」


気の抜けた声を出しながら、見慣れた家のドアを開ける。

”おかえり”の返事が返ってこないことに少し違和感を感じたが、そんなものすぐに振り払い、口を開く。

今日はいいことがあったんだ。早く親に、家族に伝えたい!


「ねぇ今日さ、模試の結果が帰ってきたの。聞いて驚かないでよ、数学が92〜!あんだけ数学毛嫌いしてさ、大嫌いって叫んでた私がだよ?90点台!!すごいでしょ?これ、第一志望大学受かっちゃうレベル!!」


靴を脱ぎながら背負っていたリュックを必死にお腹側に回し、チャックを急いで開けてファイルを取り出す。パステルピンクのファイルから模試の結果の紙を抜き取りつつ、2階のリビングに向かった。


なぜ返事が何も来ないのだろう。もしかしてだけど、嘘をついていると思われているのだろうか。

もう…まあそりゃあね、前回より40点も一気に上がったら驚く気持ちはわかるよ。でも、素直に驚いてくれよぉ…。あ、もしかしてドッキリっぽく祝ってくれる感じかな。前も一回そういう事あって、紙テープ踏んでころんだんだよね〜。いや、流石に今は夜の7時半過ぎだし、ご飯にテープが入ると大変だからそれはないか。


「ママ…」


思い切りリビングのドアを開ける。

そこで待っていたのは、紙テープでも、模試の結果が本当なのか疑う親の顔でも、私の偉業を素直に喜んでくれる妹の姿でもなかった。



いつもの夜ご飯を囲むリビングの風景。

赤い血に濡れて倒れ込んだ家族。


包丁を握った女。



…この3つだった。


「……え…っ?」


あまりの恐怖と驚きの大きさから、体が動かなくなる。足の底から根っこが地面に生えたように、それ以上その場から動けなくなり、視界が固定されてしまう。

絶対見たくないような、早く目を逸らしてしまいたい光景を、私の視界はまざまざと映し出した。


「……ぁ…ッ」


一気に喉が枯れ、声が出なくなる。それが恐怖からなのか、単に喉が急速に枯れきったからかはわからないが、多分両方だ。


その時、人生で初めて見た”真っ赤な包丁”が、家族に振り下ろされた。


その瞬間、家族の体が四方八方に一気に爆散した。

”爆散”という言葉が、目の前に広がった状況を理解するのに一番ふさわしい言葉だった。


「ひ…ぃ」


一気に腰が引けて、情けない悲鳴を落とすとともにその場に座り込む。

その瞬間、返り血で体を赤く染めた女と、きっとさっきまでは私の家族だったものが、一気に私を見た。



見知らぬ女の目が。いつもの温かい眼差しをくれた家族の目が。

恨めしそうにこちらを見つめた。



「いやあああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」



瑚「いやぁっ!!?」




瑚菜津


瑚「はぁ、はぁ……。…ゆ、め」


反射的に叫び、その自分の声で目が覚めた。

今の自分がパニック状態であることを瞬時に理解し、ゆっくりと深呼吸をする。これはもう慣れたことなので、そこまで辛くはない。

落ち着いて対応できたため、激しかった胸の鼓動は少しばかり静かになった。


瑚「…また、か」


久しぶりに、あの時の夢を見た。

5年前の、あの時の夢を。あの2度と味わいたくない恐怖が懲りずに襲いかかってくる、あの夢を。きっと、片山さんと出会う前に田中さんに色々言われて、また思い出したからなんだろうな…。

そう、昨日片山さんと話したときにいろいろ……考えて…。



……片山、さん?

あれ、私そういえばなんで寝て…いや、てか……。



瑚「ひぃっ!?!?」

片「すぅ…」


飛び起きた姿勢のまま隣を見ると、普通に片山さんが同じベットで寝ていた。既に飛び起きたというのに、さらにびっくりして体を震わせてしまう。

いや…なんで初対面の人と、同じベットで寝れるの?この人。普通に隣でぐうぐう寝てるし。…ううん、そんなこと言ったらなんで私も寝落ちできたのよ、この状況で。


瑚「すごいな…私も、片山さんも」


多分昨日は色々あってすぐ寝たんだろうな…あまり記憶にないけど、それはそれでいいや。うん。記憶がない方が良いときもある。

とりあえず、気持ちよさそうに寝てるこの人を起こさないように、もう一度寝たほうが良いかn


片「瑚菜津?」

瑚「ふぃっ!?」


いや普通に起きてた!?もう起きてた!?起こしちゃったってことか!?バッチリ目開いちゃってるし!!

とりあえずここは、絶対100%私が悪いから謝らなくちゃ。


瑚「ごめんなさい!起こしてしまって…」

片「いや、別にいいけど。お前が飛び起きる2分前にはもう、目覚めてたし」

瑚「えっ?」

片「2分前行動とかクセづいてるの意味分かんねぇな〜」

瑚「2分前行動……?どういうことですか?」

片「お前が起きる2分前に、俺の体が勝手に行動して目覚めたってことかもな」

瑚「はぁ……」


たしかに、それは可哀想だ。私が飛び起きる2分前に体が目覚めてしまうなんて。小学校とかで教わった2分前着席の習慣の名残だろうか。そうだとしたら、その習慣は相当根強く残っていることに…。……ん?


瑚「…そんなこと有り得るんですか?初対面の人が飛び起きる2分前に、何も知らない貴方が起きるなんて」

片「多分ありえない。ぐーぜん」

瑚「ですよね」


なんか、自分で自分が何を言っているのかわからなくなってきた。そもそも目の前のこの人も、この話題を生み出した張本人にも関わらず”意味わかんない☆”って顔してるし。


瑚「とりあえず…ごめんなさい、変な時間に叫んじゃって」

片「ぜーんぜん平気。俺、今日はちょっと早めに起きたい日だったから。むしろ好都合」

瑚「ならよかったです。ありがとうございます」

片「えー、なんか怖い夢でも見たのか?めっちゃ汗かいてるし」

瑚「え、あ…はい。ちょっと怖い夢見ちゃって」

片「そっか。時々見るよな〜。やけに現実感あって怖い夢」

瑚「…はい」


まあ、私の場合は現実に起きたことだったんだけど…。これは彼に言うべきではない。迂闊に伝えるべきではない夢だ。そもそも、彼が聞きたがらない限り言う事はないけれど。

すると、片山さんは少し考えたあとこちらを見て尋ねた。


片「…なんか、お前さ。実際にあった悪夢でも隠してる?」

瑚「……え?」


”実際にあった”悪夢…?

彼は寝起き早々、何を言っているんだ?


片「例えば、過去に起きた衝撃的なことがあまりにも悪い夢みたいにひどくて、誰にも言えず隠してて。それが今も時々夢に出てきちゃうんだ〜とか。そーいう系?」

瑚「……ぇ」


…え?なぜこんなにこの人は、的確に言葉を並べてくるの?

私何も言ってないよね…この人とは初対面だし、昨日も多分何も話したりしてないのに……。なんで私が”悪夢のような過去”を隠してるって分かったんだろう。

私の纏うオーラから感じ取ったのだろうか?それとも、本当にただの予想…?だったら、すごいを超えてむしろ恐ろしい。


瑚「えっ…なんで…?」

片「あ、あたり?」

瑚「え…と……えっと」

片「まぁあたりであっても外れであっても、別に構わないが」

瑚「…悪夢は、ずっと前に見ました。現実で」

片「……ほう」


彼は頭の下に手をおいて、寝転がり直した。

そして興味深そうに私を見上げてくる。まるで修学旅行の夜に恋バナをしている時、みたいに。その顔が寝起きにも関わらず、何故かかっこよくて頬が熱くなるが、それよりも彼の察しの良さに驚きが隠せない。


瑚「なんで、分かったんですか」

片「え?まあ、今の状況も見てだけど、昨日のあの出会い方的になんとなく誰でも分かると思うぞ?お前、昨日飛び降りようとしてたんだからな?覚えてるか?」

瑚「あ…確かに」

片「リスカの痕も酷かったし。絶対なんか過去にあったんだろうなって、誰でも思うだろ?」

瑚「まあ…そっか。そうなりますよね……」


なんとなく納得しつつ、私は少しずつ自分のココロが恐怖で怯え始めるのを感じる。


この人も、私の過去をほじくり出そうとするのだろうか。

ちょっと今は、精神的にそれができなさそうだが…もし求められれば、上手く誤魔化そう。きっと片山さんも、ずっと私を住まわせてくれることはないだろうから、私の暗い過去をさらけ出す必要はない。


でも…これまでに出会った人たちは、私の過去を聞き出そうと必死に話しかけてきた。そして私に起きたことを聞くやいなや、気色悪がって姿を消していった。

やっぱりみんな、人の暗い過去は好きだけどいざ実際に聞くと逃げたくなるのだろう。きっとこの人も…そうだ。


瑚「…ですが……私は大丈夫です。全然今は…」

片「そっか。今は大丈夫なのね」

瑚「……はい」

片「じゃあこっから大丈夫じゃなくなる可能性もあるってことか」

瑚「…えっ?」

片「え?逆に、これから私は絶対悩みません辛くなりませんずうーっと元気いっぱいヒャッハー!…みたいなタイプなの?」

瑚「え?えっと…いや、そういうタイプでは…」

片「だろ?まー、そもそもなかなかいねぇよな、そんな奴」

瑚「それはそうですね」

片「だから、もしこっから辛くなったら俺に言えよ」

瑚「……」

片「何かお前が隠しているとしても、つらい過去を持っているとしても、今現在進行形で辛いんだとしても。俺には完全に理解できないし、完璧に読み取ることもできない。俺はお前じゃないから。だからといって強引に知る権利も、聞き出す権利もない。つまり、お前がなにか望んで自ら行動を起こさない限り、俺は永久にお前を理解できないわけ」

瑚「…そう……ですね」

片「その分今の俺は何でも好き勝手お前に言うし、お前の気持ちを軽んじる言葉を言ったりするかもしれない。もちろんそれは控えるけどね、できるだけ。だからさ、もしお前が俺に、”私を理解して!”とか”私の話を聞いて相談に乗って!”って思う日が来たら、俺になんか言え。ちゃんと聞く」

瑚「…」

片「まあ要は、話せるときに話聞かせてってこと。おけ?」

瑚「……ただの居候である私が、貴方に迷惑かけるわけにはいきませんよ…」

片「え?ただの居候?お前が?」

瑚「ただでさえ迷惑かけてるのに…これ以上」

片「えー、俺お前のこと好きだから、迷惑なんて微塵もかかってないぞ?」

瑚「いやいやそんn……え」


…待て。ちょっと待て。今彼は…なんて言った?


片「ん?」

瑚「ええええぇぇぇぇ!?いっ、今!なんて言いました!?」

片「え?えっと、”ん?”」

瑚「いやすごい完璧に再現しましたけど、そこじゃないです!もう少し前!!」

片「”迷惑なんて微塵もかかってないぞ?”」

瑚「惜しい!もう少し前!!」

片「”俺お前のこと好きだから”」

瑚「そこです!」

片「あー、ここね?で、ここがどうした」

瑚「ええぇっ!?どうしたもこうしたもありまくりですよ!さらっと”好き”って」

片「あーね。もしかして…嫌だった?彼氏持ち?」

瑚「いや、そういうわけじゃ…ないんですけど……。ただ、…いや、まあ……なんでもないです」


顔中に急激に広がった熱を何とか冷ましつつ、私は彼と反対方向の床を見下ろして目を伏せる。


本当に彼が私のことを好いてくれているのかはわからない。けどこの人は優しいから、私を安心させるために言ってくれている可能性も高い。

なかなか人に好かれることが少なくなっていたからテンパってしまったが、ここはこの方の好意を素直に受け取っておこう。


片「嫌なら取り消すよ?」

瑚「いいえ、取り消さないでください。ありがとうございます」

片「あ、そう?ならよかった」

瑚「こちらこそ…」

片「うし、じゃあそろそろ起きるか。俺今日も仕事だし」

瑚「あ、仕事……」

片「ああそうさ」


そうだ、今日はたしか平日…。彼は警察官と言っていたから、当たり前のように仕事はあるはずだ。

いそいそとベットから降りて部屋を出ていく彼を追いながら、私はリビングに入る。

そこには、少し前に起きていたのであろう…寿賀さん、がコーヒーを片手に立っていた。


康「はぁいお前、36秒遅刻ー!足蹴りの刑ね」

瑚「え…?」

片「はぁ?今日は6時45分30秒にリビングに降りるって言ったぞ?」

康「今は6時46分6秒ですー。およそ30秒遅刻〜」

片「なんか6多くね?」

康「知らんわ!てか何してたんだよ36秒間も!!」

片「ずっと前から起きてて、ずっと瑚菜津と話してた」

康「えっ?!」

瑚「え…あの……片山さん。私何かやらかしましたかね」

片「あーあいつのクソみたいな戯言には付き合わなくていいよ〜」

瑚「ざっ?!」

康「ひっど!お前ひっど!!ていうか、瑚菜津さん?こいつにダル絡みされてません?大丈夫ですか?病院行ったほうがいいかも…」

瑚「えっ、と…」

片「お前足蹴りされたいのか?瑚菜津も困るだろ」

康「足蹴りするのは俺の方だし!もーめんどくせーこいつ!!なんでこの家にいるの?出てけー」

片「お前の分の家賃も出しているのはどこのどなたですか?」

康「片山様大好き愛してるふぉーえばーらぶ」

片「きっっっっっっっっっっっしょ」

康「なんで!?」

片「逆になんで、その発言がキモくないと判断できたんだよ」

康「うるせーどうせ俺はネジが外れまくって脳みそがエグい形してるIQマイナスレベルの馬鹿ですよ〜」

片「よく分かってるな!」

康「そこは”そんなこと言ってない”ってツッコめよ!!なんで認めるんだよせめて否定しろ!!まあこれ全部、昨日のお前に言われたことだけど!!!」

片「うっさ…。あ、瑚菜津。朝ごはん作るからそこに座って待ってて」

瑚「あ、はい……」


片山さんに出してもらった指示で、私はダイニングの椅子に座る。寿賀さんは口をとがらせつつ未だ何かをつぶやきながら、朝ごはんの準備をし始めたようだ。


なんか…思ったより面白い人に助けられたみたいだ。朝起きただけでここまで悪口パレードが開催されるなんて…数時間後の、仕事から帰ってきた時になったらどんな事になってしまうんだろう。だんだん慣れていくものなのだろうか…。


その後、ご飯を食べ終わった片山さんと寿賀さんは、いそいそと”クソ動きづらい仕事着”と称されていた警察官の制服に着替え、家を出る準備を始めた。私はというと、彼らに保護された時に持っていた荷物の中の、わずかな量しかない私服の中から一番キレイなワンピースとカーディガンを着た。


片「あー動きづら。この制服ちょっとくらい破っていいよな?」

康「バカかお前!支給品だよ?!そんなん許されてるなら俺がとっくに破ってるわ!」

片「うっるさ」

康「振られた話題にお答えした!だけですけど!!」

片「だからモテないんだ」

康「なんでそこまで言われなくちゃいけないかな??!」

片「あーそうだ。瑚菜津、俺らについて来るか?」

康「無視すんな!!」

瑚「え…っ?着いて行っていいんですか?」

片「別にどっか行きたいなら行っていいし、この家に1人でいてもいいけど。仕事のじゃまにならないだろうから、俺らの勤めてる警察署にいてもいい」

瑚「……」

片「どれがいい?」

康「面白いものとかはなにもないけどね〜」


寿賀さんが少し申し訳なさそうに両手を振りつつも、優しい笑みを浮かべる。その隣で片山さんは興味深そうに、私の目を見ていた。


本当は警察署に行ってみたい。この2人がどんな姿で働いているのか、何より片山さんの警察官としての姿はどんな感じなのかを見てみたい。

だけどここは大人しく、この家にいてなにか家事などをしたほうがいいかもしれない。自分の本当のことを言って嫌がられなかった覚えがないので、そこはどうしても勇気が出ない。


瑚「……私は、家にいさせてもらいます」


そうポツリというと、片山さんは軽く1回頷き口を開いた。


片「おっけ。じゃあ着いておいで」

瑚「……え?」

康「へぇっ!?」

片「ん?」


片山さんは、何驚いてるんだこいつらは…っていう顔でこちらを見てくる。でもおかしいのは絶対に、貴方の方だ。これはめちゃくちゃ堂々と言える。多分論破できちゃう。


瑚「いや、私は家で…」

康「お前日本語わかる?」

片「でも、瑚菜津めちゃくちゃ俺等に着いてきたさそうな顔してるし」

瑚「えっ…」

康「あーね?まあ目…凄いキラキラさせてたしね」

瑚「な…」


何故か片山さんに、また本心がバレてしまった。

寿賀さんも納得しているからさっきよりは不可解ではないけど、なぜかまた私のココロが読まれた。本当にこの人は、観察眼が凄い優れているというか…。警察だから、なのかな。


片「あれ、そうでしょ?」

瑚「ぁ、はい。もしいいのなら、行きたいです」

片「やっぱりな。最初からそう言えばいいんだ。お前のしたいようにすればいいんだぞ?」

瑚「いいん、ですか」

片「だめって俺が言うと思う?散々康介にわがまま言いまくってやりたい放題してる俺が」

康「お前自覚あったんだな!?」

片「うん」

康「ふざけんなよー!!」

瑚「あ、ありがとうございます」

片「うし。じゃあ行くぞ〜」


颯爽と玄関に向かう彼らに、私は急いでついていく。


この人といると、何故かココロが少しずつ溶けていく気がする。私のしたいようにして良い、と認めて受け止めてくれるからだろう。

彼は本当に優しい人なんだな……。



そう喜びを噛み締めながらいざ向かった仕事場で、


片「ん?君、もしかして迷っちゃったか?」

「うん…っ」

片「あれれ〜。じゃあお母さん探そっか。こっちおいで、あったかいお部屋の中にいな」

「うええぇぇぇんっ!!」

片「わあ〜泣くな泣くな。ニコニコしてたほうがお母さん早くきてくれるかもよ?」


瑚「………」

 (何だこのギャップは!?!?)



”片山さんは優しい人”という証拠が十分に目に飛び込んできた。



この街にはちょっと大きな交番ほどのものしかないので、片山さん達はそこに勤めているようだった。

その建物の近くでパトロールをしている彼を見た私は、あまりのギャップに驚きを隠せない。


瑚「……」


呆然と彼を見ていると、飲み物を持ってきてくれた寿賀さんが私のところに来てくれた。


寿「あはは、びっくりしたでしょ?」

瑚「はい…とっても」

寿「いつもあんな感じなんだよ〜。俺等はこの街を毎日パトロールしてて、それが主な仕事。もちろん事件とか事故が起きたら駆けつけるけど、こんな小さくて穏やかな街でそんなこと中々起きないし」

瑚「なるほど…」

寿「ま、今は例の連続殺人事件も起きてるからさ、そっちの調査も大変なんだけどね。2ヶ月くらい前に、またTulips街で解体された死体を見つけたし」


そういう寿賀さんは、とても悔しそうに目を鋭くさせている。その声からも、寿賀さん達警察が例の連続殺人事件に、だいぶ頭を悩ませていることがはっきり伝わってきた。


そう…。あの”解体魔”、に。


最近も2ヶ月ほど前に、ここの反対側のtuilps街でバラバラになった死体が見つかったらしい。ちょうどtuilps街の住宅街をパトロールしていた片山さん達が、バラバラ死体とそこから逃走する人影を発見したんだと、教えてくれた。


瑚「……」

寿「その捜査の合間のパトロールでは、いつもあんな感じなんだ。不思議だろ?」

瑚「ええ。朝のあの人とは思えないです」

寿「あはは、だよね!」


そう快活に笑った彼は、一度職務中の片山さんを見つめた。

片山さんは、大声で泣き叫ぶ迷子らしい男の子を何とかなだめ、親らしき大人を見つけるとココロから安心したように笑っていた。

そんな彼を見て寿賀さんは、片山さんに注いでいた視線を柔いものに変える。


そしてそっと私が座っていたソファに腰を下ろすと、先程の笑みと対照的な影を顔に落とした。

どうしたんだろうと不思議に思って彼の方を見る。すると彼は私の視線に溶け込んでいる感情に気づき、焦ったように笑った。


寿「ああごめんごめん。黙っちゃった」

瑚「あっ、はい。全然大丈夫です」

寿「……ねーねー瑚菜津さん?あいつになんか言われた?」

瑚「えっ?なんかって…?」

寿「なんか…うーんと……”好きです!”みたいなこと」

瑚「”好きです”…」


そう言われて今朝の出来事を思い出す……なんてことしなくても、心当たりは既に十分あった。


『俺お前のこと好きだから』


これは確定。確定演出。言い逃れ不可能。ていうか言い逃れさせない。そう強く思っていると、寿賀さんが少し茶目っ気を含んだ笑みを浮かべて言う。


寿「あっこれは言われたね?」

瑚「はい。俺はお前のことが好きだから、って感じで」

寿「あーやっぱり!あいつ絶対瑚菜津さんのこと気に入ってるもん!」

瑚「はぁ…?まだ会って24時間も経ってないんですがね…」

寿「はははっ。いくらなんでも速すぎだよね」


そう笑った彼は、先ほど落とした影を隠さずに口を開いた。


寿「実はねー、あいつって結構腕があって実力派の警官なんだよ。もっと大都会の警察署に勤めててさ。有名な大事件とか最前線でめっちゃ解決するタイプだった」

瑚「…大都会、ですか?」

 (急に…何を……?)

寿「あんなにほのぼの仕事をするような人じゃなかったんだよ。結構前は高い地位についててさ」

瑚「えぇ…すごっ」

寿「けど…、さ。……訳ありな奴になっちゃって、ここに飛ばされたんだ。それで俺と会って、バディ組んでるわけなんだけど」

瑚「え…っ」



”訳あり”。その言葉がツンと胸を突いた。



自分の話をされているとは気付いてない片山さんは、さっきと変わらずにパトロールを続けている。

あんな彼が抱えている訳って、なんなんだろう…。


寿「あいつさ、めっちゃ騒がしいわけじゃないけど、何かと面白いじゃん?だし、仕事ぶりもすごい優秀なんだけど…。この世界は、あいつの”訳”を認めてくれなかったんだ」

瑚「……」

寿「だからさ。まー、だからといってなにかしろってわけじゃないんだけど。…あいつに優しくしてあげてくれない?」

瑚「…優しく?」

寿「うん。あー見えて実は、あいつって人の優しさに飢えてるんだ。だからそれを求めて、この小さくて平和な街で人々のことを助けてるわけなんだけど」

瑚「……」

寿「やっぱり時々…壁にぶち当たっちゃうときとかあって。受け入れてもらえなくて、打ちのめされちゃう日があってさ。そういう日の夜のあいつは、考えられないくらいビクビクしてるんだよ?これこそもっとびっくりでしょ」

瑚「……はい。すごく」

 (優しさに飢えてる…なんか、私みたい)

寿「それに、なんか知らないけど瑚菜津さんは、あいつに気に入られてるしね!なんでだろうね、可愛くて美人で静かな女性が好きなのかなー?」

瑚「は、はぁっ?!」

寿「あははっ!そっ、そんな感じ。そんな感じでいいからさ、あいつのこと支えてあげてよ。自然体でいられる人が俺以外にもできたら、あいつも嬉しいと思うし!!」

瑚「ど、どんな感じですか……」


楽しげに笑う寿賀さんを見て、私はつられて笑みを浮かべつつも複雑な気持ちを抱いていた。 


瑚「……」

 (…彼にも、そんな面があったんだ)


相変わらず片山さんは、人当たりのいい笑顔を浮かべながら街の人と接し合っている。

寿賀さんはそれに、さっきと変わらない優しい視線を注いでいた。しかし片山さんの話を聞いてからその視線を改めてみてみると、その視線には”心配”も混ざっているように見える。



なんだか…私の新しい役目が増えた気がして、ちょっと責任感を重く感じつつも、少し喜びを感じていた。



瑚「…似た者同士、なのかも」

 (私なら、彼をココロから笑わせられるかもしれない)


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