51
あの日、感情の昂りと勢いと流れで結ばれた日から毎日がむず痒い。⋯⋯いつでも、どこでも所構わずクロイツ殿下は私に甘いからだ。
まあ、3日間クロイツ殿下の私室に籠り、気絶するかのように眠り、起きた時にはお風呂まで入れられている。もちろん髪も肌も艶々だから手入れもしてくれていたのだろう。ついでに食事も毎回食べさせてくれるのだ。
甲斐甲斐しく、至れり尽くせりと世話をされることに、恥ずかしさと嬉しさの連続ではあるけれど、ひしひしと伝わってくるクロイツ殿下の愛情が心地良くて離れたくなくなる。
が、クロイツ殿下は王太子だ。
毎日、山のような執務があるはずだ。いつまでも部屋に閉じこもっている訳にもいかず、とうとう陛下からの呼び出しがかかった。
当然、引きこもっている間に私たちが何をしていたのかはお見通しで、どれほど怒られるのかとビクビクして対面したのだが、それは杞憂に終わった。
それどころか、話はどんどん進み婚約はその日のうちに結ばれすぐに公表された。婚姻式の日取りまで決まった。約一年後の私が学園を卒業した次の日だ。
そしてもう一つ、部屋に籠っている間に私はガルシア公爵家の養女になっていた。
4歳からガルシア公爵家で育った私は伯父様を第二の父親だと思っていた分、養女になることに違和感はなかった。
ただ問題が起こった。
再編入する学園に、ガルシア公爵家から通うのか、王宮から通うのかで一悶着あったのだ。
学園を卒業するまでは私と暮らしたいというガルシア公爵家の面々と、クロイツ殿下の少しでも私と離れたくないという我儘が発動したからだ。
私としてはどちらの言い分も嬉しかった。
だって、ココでは私を必要としてくれる人がこんなにも居るから⋯⋯
結局、学院に通うのはガルシア公爵家から、王宮へは週に二回休みの日に行くことになった。
クロイツ殿下は不満たらたらで文句を言っていたが、これ以上私たちが一緒にいる時間が増えると、婚姻前に子供ができてしまうと言われてしまえば⋯⋯ね?
『だが!王妃教育は必要だろ!』
こんな人だっただろうか?いつも冷静で王太子としての威厳も品位もあり、欠点らしい欠点もない彼があの日以来、誰の前でも独占欲を隠そうともしなくなったのだ。
ホント誰だよ。
『オーホホホホッ、王妃教育と言いましたか?必要ありませんわ。リリーシアはわたくしが幼い頃から教育しましたのよ?抜かりはございませんわ』
クロイツ殿下の抵抗も虚しく、お祖母様に言い負かされた結果ガルシア公爵家に軍配が上がったのだ。
ここまでが、マシェリア王国に帰ってきてから一週間の間に決まったことだ。
ガルシア公爵家に帰ろうとする私を、引き止めるクロイツ殿下に、迎えに来てくれたユーリ兄様とアルト兄様は驚き、お祖母様は雷を落とした。
渋々⋯⋯本当に渋々といった顔で見送ってくれた。
でだ、ガルシア公爵家に着いてゆっくり休む間もなく王宮から召喚命令が届いた。
クロイツ殿下の往生際の悪さにお祖母様のこめかみに青筋が立った。が、召喚理由がリズベットたちの帰国を告げるものだったことで落ち着いてくれた。
『わたくしも久しぶりにリリーシアの幼馴染みたちに会いたくてよ。連れていらっしゃい』
う、うん、三人が疲れていなければね。
馬車が停るとドアを開けたのはクロイツ殿下本人でとっても嬉しそうだった⋯⋯いや、さっき別れたばかりですが?と余計なことは言わない。
ちょっと呆れた私が何かを言う前に抱き上げられた。お姫様抱っこだ。これだけはまだ慣れない。
クロイツ殿下と私の婚約はすでに公表されていることで、お姫様抱っこで通路を歩く私たちを微笑ましそうに見られるのが⋯⋯これがまた恥ずかしい。少し前までの縦抱きは平気だったのにな。
一週間ぶりに会う三人は、私が登城する前にクロイツ殿下から婚約を結んだことや、婚姻式は一年後に行われることを聞かされたそうで、急な展開に驚いたものの祝福された。
気になっていたあの後のことは、すぐにあの場から退出したためリズベットも知らないそうだ。
リズベットから聞かされたあの人の暴言にマリエルとレイが怒り、その日のうちにお世話になったミラドール公爵家の使用人たちに挨拶を済ませ帰路に就いたそうだ。
もう⋯⋯関係ない国のことだ。と、割り切ることができるのもクロイツ殿下やガルシア公爵家の⋯⋯家族のおかげだ。
そして今日、私は学園を卒業する。
明日は私とクロイツ殿下の婚姻式だ。
この一年長かったような、短かったような日々を過ごすなか、本当に色々あった。
クロイツ殿下と婚約した私が気に入らない者からの嫌がらせ。
学園内で数人の男子生徒から襲われそうになったこともあった。
クロイツ殿下と既成事実を作ろうと媚薬を盛ろうとして処罰された家。
他にも沢山あった。
でも気付けばいつ間にか、悪意を向けてくる者がいなくなっていた。
⋯⋯クロイツ殿下だよね。
彼は見えないところでも私を守ってくれていた。
私も守られるだけでなく彼を守りたい。
私は彼を支える王太子妃になる。
明日、私はクロイツ殿下に嫁ぐ⋯⋯




