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まただ⋯⋯また、来てくれた。
一人でも立ち向かう覚悟はあった。
でも、この人の声が⋯⋯腰に回された腕が⋯⋯なんでこんなに安心できるのだろうか?
この人はいつもそうだ。
幼い頃、泥でドロドロに汚れていた時も自分が汚れるのも厭わず抱き上げてくれた。
ヨダレを擦り付けた時も怒ったりしなかった。
今もだ⋯⋯飲み物を吸ってベトベトのドレスを纏っている私の腰を離そうとしない。
チラリと見たクロイツ殿下の衣装にも私に付いていた液体が染み込んでいる。⋯⋯なんだか申し訳ない。
「だ、誰あの人?素敵」
「この間の夜会で見たぞ」
「あ、あれはマシェリア王国のク、クロイツ王太子⋯⋯殿下だ」
ここに居るはずのないクロイツ殿下の登場にホールが騒がしくなった。私を取り囲んで輪になっていた生徒たちも空気を読んでか一歩ずつ下がっていく。
すると、生徒たちで隠れて見えなくなっていたギリアン殿下とワーグナー先生の姿が見えてきた。
驚き悔しげな顔のギリアン殿下。
ワーグナー先生の方はさっきまでの挑発的で嫌味な顔をすっかり引っ込めて、歓喜の表情を浮かべ女の顔になっていた。
「まあ!クロイツ様!もしかして、わたくしを迎えに来て下さいましたの?」
「ワーグナー先生凄いわ」
「隣国の王太子がお迎えに来るなんて」
「愛されていますのね」
歓声を上げる生徒たちの言葉に自慢げに表情だけで応え、笑顔満開でワーグナー先生は優雅にこちらに向かってくる。が、急ぎ足⋯⋯いえ、走っていると表現する方が近いかもしれない。
「なあ⋯⋯アイツは何を言っているんだ?」
「ん~⋯⋯なんかね、クロイツ殿下と婚約するとか言っていたよ」
「ぷはっ、ないない」
「だよね」
そうだよ。ワーグナー先生は王太子妃には相応しくないんだよ。だって彼女は⋯⋯
今にもクロイツ殿下の胸に飛び込みそうな勢いでやってきたワーグナー先生だったけれど、クロイツ殿下の拒絶を含む冷たい眼差しに足が止まった。
「俺がお前を迎えにだと?」
「え、ええ、そうでございましょう?」
「はっ⋯⋯この俺が⋯⋯犯罪者のお前をか?」
「え?」
「「「犯罪者って?」」」
「「「ワーグナー先生が犯罪者ってこと?」」」
ワーグナー先生も生徒たちもクロイツ殿下が何を言っているのか分からないようで、キョトンとしている。
そこへバンッと、ホールの扉が大きな音を立てて開いた。
そこに居たのは⋯⋯ずっと、ずっと会いたくて、無事を祈っていたリズベットだった。その左右にはレイとマリエルの姿も確認できた。
リズベットの姿を見たワーグナー先生は顔色を青に変えた。
今日、この卒業パーティーに私が一人で参加した理由は、昨日クロイツ殿下から送られてきた調査報告書を読んだからだ。それには、信じられないことが載っていた。
国境の検問所を超えたところで確かにリズベットの消息は消えた。が、クロイツ殿下に依頼してから、彼の優秀な部下たちはすぐにリズベットの居場所を突き止めた。
何よりも意外だったのが、監禁されていたはずのリズベットが、毎日を優雅に過ごしているとの報告だった。
朝昼晩の食事は手の込んだもので完食し、お茶の時間にはご機嫌でお菓子を頬張っていたとの報告もあった。確かに窓と扉には鉄格子がはめられ自由に出歩ける状態ではなかったようだが、閉じ込められた部屋には浴室もトイレも備え付けられており、着替えまで用意されていたそうだ。
でも、リズベットを攫う⋯⋯これを仕組んだのが、ギリアン殿下であり、ワーグナー先生だったのだ。
リズベットの監禁場所である建物を用意したのはギリアン殿下で、ワーグナー先生はリズベットに公にされたくない情報を掴まれていたかららしい。
まあ、その掴まれた情報が何かまでは私は知らされていなかったけれど顔色も良く、以前よりも少しぽっちゃりとしたリズベットは思っていたよりも元気そうだ。
此方に向かってくるリズベットの顔がどんどん険しくなっていく。
私は⋯⋯クロイツ殿下にしっかり腰を掴まれていて動けないのだ
「ごめんなさいリリーシア。心配かけたわね⋯⋯その格好⋯⋯誰にやられたの?」
「⋯⋯い、いいの。リズベットが無事ならそれでいいの」
「殿下にもお手数をお掛けいたしました」と、礼を執り、ワーグナー先生に視線を向けたリズベットの瞳には怒りしかなかった。
「⋯⋯リリーシア紹介するわ。彼女はわたくしの母方の従姉。アリーシャ・ワーグナー子爵令嬢よ」
従姉ですって?
「そして、マシェリア王国の侯爵家の元ご令嬢なの」
それが本当なら、何でこの国の子爵令嬢になっているの?何がなんだか分からない。
「あのまま他の者と一緒に素直に修道院に入っておけば、侯爵令嬢のままでいられたかも知れないな。⋯⋯元ラシュエット侯爵令嬢よ」
修道院?
クロイツ殿下の補足に思いつくのはあの時のこと。
「まだ4歳だったリリーシアを取り囲んで暴力を奮ったお前には修道院行きを命じたはずだが⋯⋯プライドが許さなかったか?」
「ち、違います。だ、誰かと間違われているのではございませんか?」
「間違いないわよ。わたくしが一時帰国したのは確認のためよ。その紫の髪色と、珍しいワインレッド色の瞳が記憶にあったのよ。⋯⋯まさか、あの意地悪な従姉が養護教諭になっているなんてね。上手く化けましたわねアリーシャ姉様」
「ち、違う⋯⋯」
「それがバレることが怖かった?だからわたくしを攫って監禁しましたの?」
「そ、そんな事はしていないわ!」
「シラを切っても無駄ですわよ。証拠なら揃っていますの。言い逃れはできないわよ」
あれだけ騒がしかったホールは静まり返り、リズベットの話に皆が注目するなか、クロイツ殿下の声が響いた。
「おい、どこに行こうとしているんだ。お前にも聞きたいことがある」
クロイツ殿下の視線の先には、ホールから抜け出そうとする、ギリアン殿下とジョシュアの姿があった。




