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~クロイツ殿下視点~
俺は一度見聞きしたことはすべて記憶している。
・・・・・・どんな事でもだ。
◇◇◇◇◇
12歳になった俺は閨教育というものを受けることになった。
薄暗い部屋に現れたのは、優男と胸を強調した妖艶な未亡人だった。
事前情報ではこの未亡人は年の離れた男爵をその身体で篭絡し、1年も経たず夫を亡くしたらしい。
まあ、勉強だ。最初の相手は誰でもいい。もともと多少の興味はあったからだ。
最初の挨拶で二人は今日が初対面だというのが分かった。
まずは二人が交じ合うところからだった。初めて見た男女の営み。それは予想外に気持ち悪いものだった。
初対面の、それも好きでもない相手と口づけをし、音を立てて舌を絡めている・・・・・・唇を離した二人の口の周りはテカテカと光っていた。それは唾液だろ?・・・・・・汚い。
二人の行為はどんどんエスカレートし、男が女の股の間を舐め始めた。
そこは尿を排出するところだろ? そんなところを舐めるなんて俺には絶対に無理だ。
男と女の閨でどんなことが行われるのか教本では知っていた。だが、実際に見ると気持ちが悪くなった。
『ここは優しく』 『ここは念入りに』 『ここを摘めば悦ぶ』 などとアドバイスを言うが、嫌悪感しかなかった。
ひと通り行為が終わると、口元も体も男の唾液でベトベトした女が、火照った裸のまま俺に手を伸ばしてきた。 腹を空かせた獣のようなギラギラした目で『ふふふっ、次は王子様がわたくしを悦ばせてくださる?』 考えるよりも先に『汚い手で触るな!』と言いながら手を払いのけていた。何を勘違いしたのか女は『あら、照れていますの? では、先にわたくしが気持ちよくさせてあげますわ』と言い、座っている俺に跨ろうとした。触れられるのも嫌で条件反射で蹴っていた。
・・・・・・当然、その日の閨教育は終了した。
蹴ってしまった女には閨教育の報酬と慰謝料を多めに払ったらしい。
この日以来、女が気持ち悪い。
俺の婚約者を決めるために開かれるお茶会では、我先にとアピールする女たちに囲まれる。
何度も参加させられるうちに嫌悪感を作り笑顔で隠すのも慣れてきた。
だが、その中から選ぶ前にどうしても考えてしまう。コイツの唾液を飲めるか? コイツのアソコを舐められるか? ・・・・・・無理だった。
王太子としてこのままではダメだと、血を残さなくてはならないと頭では分かってはいたが、結局婚約者を決めることが出来ず、25歳になった。
そんなある日『助けて』と呼ばれた気がした。と、同時に魔術が発動した。
そして遠い記憶で交わしたアナスタシア様との会話が蘇った。
金髪の赤子を抱いたアナスタシア様との約束。
オーギュスト王国に嫁ぐまで、色んな意味でお世話になったアナスタシア様。そんな彼女の出産を祝いに王家を代表してミラドール公爵家を訪問したことがあった。
眠ったまま口元をふにゃふにゃ動かす赤子。名前はリリーシア。
『ねえ、クロイツ殿下。お願いがあるの。この子、リリーが本当に助けを求めた時、手を差し伸べてあげて欲しいの』
その時にアナスタシア様から何かを施された。が、痛みも違和感もなかったから気にしなかった。
ただ、何で国も違うのに俺に頼むのか分からなかった。公爵令嬢のリリーシアが困ることなどないだろうと、その時は適当に『分かった』と返事をした。
『約束ね』
この適当な返事を、リリーシアのことを気にも掛けていなかったことを後悔したのは・・・・・・
引き寄せられた先は、絶望と諦めと悔しさとが混ざった瞳に涙を浮かべた少女に刃が迫っている瞬間だった。
すぐにあの赤子だと、リリーシアだと思い出すよりも先に手が伸びていた『リリー!』
ゴトリと落ちたリリーシアの瞳から一筋の涙が溢れた・・・・・・間に合わなかった。
そっとリリーシアの頭を拾い上げる俺の耳には、歓声が聞こえてきた。
見渡せばその場には大勢の学生らしい年齢の子供たちと数人の大人。その全員が首を落とされたリリーシアを見下し嘲笑っていた。
なぜ、リリーシアの死が喜ばれているんだ?
オーギュスト王家とマシェリア王家の血を継ぐ公爵家の令嬢だぞ!
怒りで体が震える。頭が沸騰しそうだ。
だが今は冷静になれ・・・・・・と自分に言い聞かせる。
こんな状況もコイツらも異常だ。
一度父上に相談だ。とリリーシアの別れた頭と体を丁寧に抱いて飛ぼうしたその時、甘えた声で俺に話しかけてくる者がいた。俺が一番嫌悪するタイプの女だった。
『貴方はだあれ? あたしはべティーよ』
誘うように媚を売る女。コイツからは微弱な魔力を感じたが、それを無視して飛んだ。
父上はリリーシアを抱いて突然現れた俺が何か言うよりも早く『アナスタシア!』と駆け寄ってきた。
父上が勘違いするほどリリーシアはアナスタシア様にそっくりだから仕方がない。当然もう息をしていないことを瞬時に理解していただろう。
『何があった?』
地を這うような父上の低い声をこれまでに聞いたことは一度もない。
俺は突然呼ばれたこと、いま見てきたことをすべて話した。
『すぐにオーギュスト王国に間者を送れ。リリーシアのすべてを調べ上げろ。家庭でのこと、学院でのこと、友人関係、婚約者との仲、すべてだ! ・・・・・・クロイツ、お前にも行ってもらうが理由次第では・・・・・・分かっているな心しておけ』
そう言って魔術師と間者を先に送った。
そして父上から手渡されたのは父上と俺と同じ瞳の色のロイヤルブルーの宝石だった。俺の拳程もあり、宝石からは膨大な魔力を感じた。
使用方法も聞いた。
命と引き換えに使用する禁忌の魔術だ。
俺は父上・・・・・・マシェリア国王からの書簡を持って再度オーギュスト王国に飛んだ。
間者からの報告ではリリーシアが置かれていた状況を、魔術師からは魅了魔法の痕跡を報告された。
リリーシアは父親が連れて来た後妻と娘にずいぶんと酷い扱いをされていたそうだ。婚約者だった第二王子からも疎まれ、挙句腹違いの姉に奪われ、学院では下位貴族の者にまで嘲笑われ、侮辱され、見下されていたらしい。
公爵家の正当な血筋である令嬢がだ。
・・・・・・それでもリリーシアは笑顔で一人で耐えていたらしい。
そんなリリーシアを処刑した。
その理由が姉を虐めたからだと言うのだからバカバカしい。
リリーシアを処刑した日はオーギュスト国王夫妻と王太子は留守にしていたからだとか言うのは言い訳にもならない。
あの場には大人もいたのだから・・・・・・止める者が一人もいなかったらしい・・・・・・
俺は国王が帰国したその日のうちに、父上からの書簡を持参して謁見を申し込んだ。
俺の調べたリリーシアの状況。
処刑の指示を出したのが婚約者である第二王子だったこと。
学院の生徒だけでなく教師までが歓声を上げてリリーシアの死を喜んだこと。
我が国の王家の血筋の者を何の連絡もなく処刑した責任をどう取るのか。オーギュスト国王の顔色は青を通り越して、白から土色になろうが知ったことではない。
そして選ばせた。
戦争か、一部の人間の犠牲か。
そして、あの日に居た人間とその家族全員を学院の講堂に集めた。
訳も分からず集められた者たちは落ち着かない様子に対して、あの女だけは腰をくねくねさせながら俺に話しかけてくる。もちろん無視だ。
そしてリリーシアの父親とその隣にいるビアンカ。コイツが諸悪の根源だ。
『まずは魅了を解け』と魔術師に命じた。
解かれると同時に講堂が震えるほどの絶叫と悲鳴と泣き声が響いた。自分たちのしたことの後悔や懺悔など今更だ。
家族には我が子が何をしたかの説明と、それによってマシェリア王国はこの国を攻めようとしていること。戦争を避けたい国王がお前たちに責任を負わせる決断をしたこと。
そこまで話すと潔く責を負おうとする者。我が子を置いて逃げ出そうとする者。その場で失神する者。まあ、そんな事はどうでもいい。
『その命を以て償え』
禁術を発動した。
どんなに悲鳴をあげても、痛みにのた打ち回ろうとも、命尽きるまで終わらないさ。
命を吸い取られているんだ、そりゃあ痛いだろうさ。命を削り取られているんだからな。
だが、お前たちのその痛みも無駄にはならないさ。お陰で時間を巻き戻せるからな。
だが、俺にもこの犠牲でどのくらいの時間が戻せるのかは分からない。一日か、一ヶ月か、一年か、それ以上か・・・・・・
もう、あんな絶望した目も、諦めた目も、二度とさせはしない。
今度は俺が君を、リリーを、リリーシアを必ず守るよ。
そして俺の意識は暗転した。
意識を失う直前に視界に入ったのはリリーシアの名を泣き叫びながら何度も呼ぶ王弟だった・・・・・・
◇◇◇◇◇
俺が前回を思い出したのは、父上に父上の従兄弟であるガルシア公爵家当主のルベール殿がこんな事を話していた時だ。
『オーギュスト王国にいる姪から手紙が届いたんだ』
『おお! アナスタシアの娘か! 元気にしているのか!』
こんなふうに二人は従兄弟だけあって、二人でいる時は気さくな関係だ。
『・・・・・・どうだろうな。手紙には『迎えに来てほしい』と拙い文字で書かれていた。まだ4歳の親に甘えたい時期の子供がだ』
『父親は王弟のレアンドルであったな・・・・・・親子関係が上手くいっていないのか?』
『分からない。だから様子を見てこようと思っている。それに母上もリリーシアに会いたいと煩いからな』
確信した。リリーシアは前回の記憶がある。だからこそ助けを求めて手紙を送ってきたのだろう。
『私も一緒に行きます』
ルベール殿と話している最中に、何故か父上もその場に居なかった前回のことを思い出していた。王家に伝わる禁術を俺が発動したことも。
それは鋭い目つきに変わったことで気付いた。
『ああ、必ず連れて帰ってこい』
今のリリーシアは4歳か。会うのが楽しみだ。
まさかあんなお転婆だったとはな。
鼻は噛まれるし、ヨダレは頬に擦り付けられるし・・・・・・でも、それに嫌悪感は一度も湧かなかったんだよな。




