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「おい」
「なに?」
「お前な~ 俺と踊っているんだぞ集中しろよ」
「私にも考えることがいろいろあるのよ」
「俺を相手に考えごとね~」
あ、この顔はヤバい。
「この曲で三曲目だ。意味ぐらい知っているだろ?」
普通は一人に対してダンスは一曲。二曲、三曲続けて踊るのは婚約者か夫婦だと言われている。
「う、うそ~」
確かに周囲からの視線が痛い。
「ぷはっ」
「な、慣れすぎた相手だと練習の延長で無効よ! まあ、私は別にいいけれど、勘違いされて困るのはクロイツ殿下の方でしょう?」
「俺は気にしないぞ」
「でも、私ずっと睨まれているんですけれど」
「ああ、あの女とあの男か」
熱い視線には慣れているであろうクロイツ殿下も、ワーグナー先生の視線には気付いていたみたい。それよりもあの男? いったい誰のことだろう?
「ちょっと、どこに行くの?」
「話を合わせろよ」
そう言ってクロイツ殿下は私の腰を抱いたままワーグナー先生のいる近くまで誘導した。当然こんなチャンスは見逃さないわよね。
「まあ! リリーシアさんのお知り合いの方かしら? リリーシアさん紹介してもらえるかしら?」
これだけ密着していたら知り合いというよりも婚約者だと考えそうなものだけれど。
「失礼しました。私はクロイツと申します。魅力的なお嬢さんお名前を教えて頂けますか?」
「ええ、わたくしはアリーシャ。アリーシャ・ワーグナーですわ。貴方様にはアリーシャと呼んでいただきたいですわ」
ここが夜会の場とはいえ、学院での先生とは全然違う。
私でも分かってしまった。これは媚びているっていうやつだ。
ついでに言えば、私には無い胸を左右の腕を使って強調してる。そして、チラリと私を見て『貴女には出来ないでしょう?』って目が言っている。嫌味な人だな。
「それで、リリーシアとアリーシャ嬢とはどんな関係でしょうか?」
「わたくしは王立の学院で養護教諭をしておりますの。リリーシアさんとは仲良くさせていただいていますわ。ね? リリーシアさん」
・・・・・・もちろん返事はしない。同意出来ないからね!
「素晴らしい職業ですね」
「クロイツ様。ダンスは誘っていただけないのでしょうか?」
そう言って自分から手を出すなんて余程自信があるんだ。
「リリーシア嬢!」
名前を呼ばれ振り向くとギリアン殿下がいた。形式的な挨拶をする前に目の前で跪かれた。
「僕とも踊ってくれないかな?」
下から見上げてくるギリアン殿下の目はなぜか怒っているように感じた。い、嫌だ。顔を見ただけで嫌悪感で体が震えてきた。
「・・・・・・悪いね。リリーシアはさっきのダンスで足を痛めたんだ。このまま私が送って行くよ」
足なんて痛めてないよ! でも、ありがとう! クロイツ殿下に感謝する日が来るなんてね!
「そ、そうか、残念だけど仕方ないね。次は僕とも踊ってね」
困った顔を作って返事はしない。だって嫌だもん!
突然クロイツ殿下に抱き上げられた。しかもいつもの縦抱き! 長身のクロイツ殿下にコレをされると目立つし、こんな格好で視線が集まれば流石に恥ずかしい。ここで『下ろして』と言っても無駄なのは経験済みなので黙っておく。ホント慣れって恐ろしい。私たちが周囲からどう見られているのか、それほど気にならないのだから。
「ク、クロイツ様ぁ」
で、ワーグナー先生・・・・・・まるでべティーのような呼び方だ。すっかり女の顔になっている。
「ワーグナー先生、今度は私から貴女に会いに来ますよ。待っていてください。私は貴女に・・・・・・とても興味がありますので」
と、先生の耳元で囁いた言葉は私にも聞こえた。
ただ、クロイツ殿下の口角が上がっているのを私は見逃さなかった。
やれやれ。何を考えているのだか。
私を勝ち誇った顔で見るワーグナー先生はやっぱり好きになれない。
クロイツ殿下に抱かれたまま、ホールから出る頃にはレイとマリエルが後ろに付いてきていた。
色々と衝撃があり過ぎて二人のことを忘れていたよ。ごめんよ~
「ぷはっ、お前重くなったな」
「だ・ま・れ!」
クロイツ殿下は馬車に私を乗せると『お子ちゃまは早く帰って寝ろよ』と失礼なことを私に言った。
『レディに向かって何を言っているのよ』と言い返せば『ぷはっ』ってまた笑われた。相変わらず失礼な男だ。
『ほら、気を付けて帰れよ』と、軽く私の頭を撫でてから、まだ挨拶が残っていると言って会場に戻って行った。いつまで私を子ども扱いするんだろうね。
本当は国賓として招待されて、ドドラー伯爵家劇場がなかったら、あの場にクロイツ殿下が現れることはなく、普通に王族と一緒に入場したはずだ。
それにしても、前回と随分変わった。
それってやっぱり、私がこの国ではなくマシェリア王国で育ったことが原因? それはちょっと・・・・・・違うわね。
実際ビアンカはお父様に近付いていたし、お父様本人が意志とは反対の行動しかできなくなったと言っていたし、私がこの国を去ったあとクロイツ殿下が魔術師を派遣してくれて、お父様が魅了されていたことが分かって解呪してもらったと言っていた。
!!クロイツ殿下だ!
クロイツ殿下が魔術師を派遣してくれなかったら、前回同様ビアンカは後妻に、べティーは実娘としてミラドール公爵家に迎え入れられていたはずだ。
・・・・・・でも不思議。
当時、クロイツ殿下は12歳か13歳くらいだったはず。確かに子供らしくない態度だったし、年齢の割に博識だと思ったことは何度もある。
魔術師を派遣するってことはお父様の様子から魅了に掛かっていたことを既に見抜いていたことになる。
経験から見抜いたのか、それともそれだけの知識があったからなのか、本人に聞いてみないことには分からない。
たぶん・・・・・・いいえ、間違いなくクロイツ殿下のおかげだ。
ビアンカとべティーは拘束され、平民が貴族に魅了を掛け貴族の家に入り込んたのだ、軽い罪では済まないはず。どんな裁きが下ろうが、ざまぁみろだ!
馬車の中でレイとマリエルとの会話中もそんな事を考えていた。
二人ともマシェリア王国の夜会には参加した経験があるが、この国で初めて参加した夜会であんな騒動と、『魅了』の魔法なんてものが本当にあったことに驚いていた。
邸に着いても着替えてからサロンに集まった。今日の出来事を軽食をつまみながら振り返った。二人はべティー母娘のことも驚きだったけれど、クロイツ殿下がこの国に来ていたことにも驚いていた。
もう一つ、ワーグナー先生の言動にも私と同じく言いたいことは沢山あるようだった。
まあ、この二人はワーグナー先生に憧れていたことがあったからね。レイはクロイツ殿下を見るワーグナー先生の目が獣のようで恐ろしかったとか。
クロイツ殿下もワーグナー先生にあんなことを言って、何を企んでいるのだか。
ベッドに入ってから思い出した。
あれ? ミカエルは? 置いてきちゃった?
まぁ、いっか・・・・・・あの子も子供じゃないし、一人で帰れるよね。
◇◇◇◇◇
~王宮の地下牢~
「ご苦労だったな」
「いいよ~僕も面白かったからね」
「あとは任せろ」
「じゃあ、僕は帰るね~」
「・・・・・・さて、始めようかビアンカ」




