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べティーに口角を上げて微笑むこの顔。
それを見た周りからは色気のある溜め息が聞こえる。みんな騙されている。こんな顔をする時のクロイツ殿下は危険だ。意地悪をする時の顔なのだ。
そ~と離れようとしたが、ガッシリ私の腰に回されている手は離れてくれない。
てか、なんでこの国にマシェリア王国の王太子が居るのよ!
ふっと、ビアンカがドドラー伯爵に何かを囁いているのが視界に入った。
その瞬間、ドドラー伯爵の目の動きに違和感を感じだ。どう表現したらいいのか・・・・・・虚ろになったような、どこを見ているのか焦点が定まっていないような・・・・・・
「べティーは彼を気に入ったのかい?」
はぁ?
クロイツ殿下の顔を知らないのは仕方がないが、まだ名前も知らないどこの誰だか分からない相手に何をしようとしているの?
「お願い」
べティーはべティーでクロイツ殿下から視線を外してドドラー伯爵にお願いポーズ。
そしてすぐにクロイツ殿下に向き直り、さっきと同じポーズで上目遣い。
「・・・・・・べティーとの交際を認めよう」
は? 何でそうなる?
周囲も同じ気持ちなのか呆気にとられているのか、会場のホールは静まり返っている。
ぷはっ
これはクロイツ殿下の失笑。
長年クロイツ殿下の『ぷはっ』を聞いていた私には違いが分かってしまう。王子らしく微笑んではいるが目は笑ってない。
まだ私の目の前・・・・・・正確にはクロイツ殿下の前では、まだ同じポーズのべティー。クロイツ殿下からいい返事が返ってこないことが不思議なのか首を傾げている。べティーの中では喜んで受け入れられると思っていそうだ。
ん? 今まで何処にいたのか姿の見えなかったミカエルが、いつの間にかドドラー伯爵の隣に。そして何かを呟いた、ように見えた。私と目が合ったミカエルは悪戯っ子のような顔で小さく手を振っているが・・・・・・
突然大きな声がホール中に響いた。
「お前は誰だ! 私に何をした!」
ドドラー伯爵が突然ビアンカに怒鳴ったのだ。
『お前は誰だ!』 って、貴方の妻じゃん。みんな知っているよ。
もうこの場の主役はドドラー伯爵だ。
・・・・・・なんだか忙しないわね。
まずドドラー伯爵に、言い掛かりをつけられて。
面倒臭いワーグナー先生も出てきて、それが解決する前にクロイツ殿下が現れて、べティーとの交際を認めるだ何だと言い出して、突然ドドラー伯爵がビアンカに怒鳴り出した。
「覚えているぞ! お前が自分の娘を私の娘だと近付いて来たのを! 私が結婚する前に愛し合っていたのを泣く泣く引き裂かれたと嘘の噂を流したのを!」
ドドラー伯爵の様子がおかしい。周囲も訝しげにドドラー伯爵を見ている。
内容も前回のお父様と同じ。
噂話も同じ。
やっぱりビアンカが何かしたんだ。
「あ、あなた?」
ビアンカが震えているのが分かる。顔色も真っ青だ。
「お前なんか知らない! 私が関係を持ったのも、今も愛しているのも亡くなった妻だけだ!」
「お父様どうしたの?」
「お前もだ! お前など赤の他人だ! 何が娘だ! 二度と父と呼ぶな!」
怒鳴られたべティーはきょとんと首を傾げて何も分かっていなさそう。
・・・・・・これ、王族が入場する前に収まるの?
で、私の隣で口角を上げて面白そうにしているクロイツ殿下の手は、まだ腰に回されたままだ。いつになったら離してくれるのだろうか。
「あ、あなた、な、何を言っていますの?」
ドドラー伯爵に問うビアンカの声は震えている。そりゃあ、突然ビアンカ本人と娘のべティーを拒絶されたのだから当然か。
「私はお前など知らない。なぜお前が私の妻を装っている? お前は私に何をしたんだ? 私のとった言動はすべて記憶にある。私の自由と行動を奪ったのはお前だ! もう一度聞くお前は私に何をした? ・・・・・・お前は何者なんだ?」
『どういうことだ?』
『洗脳でもされていたと言うのか?』
『確かにさっきまでのドドラー伯爵とは別人のようだわ』
周囲の注目のなか、ドドラー伯爵家劇場はまだまだ続きそうだ。いつ終わるのだろう?
「あ、あなた」
「やめろ! このっ、このっ、魔女めが!」
ビアンカが震えながら伸ばした手をドドラー伯爵は払いのけた。今にもビアンカに殴りかかりそうだ。
「ひっ」
これ、本当にどうなるの? 新年の祝いどころじゃないのでは?
何とか言い逃れしようとするビアンカと、怒りの表情で怒鳴り続けるドドラー伯爵。べティーはキョロキョロと周囲を見渡し・・・・・・泣き真似をすることに決めたようだ。
ただ、そんなワザとらしいべティーに手を差し伸べる者はいない。
「ふっ、これで終わりだな」
ドドラー伯爵家劇場に見入っていた私は、隣にいるクロイツ殿下が何を呟いたのかは、よく聞き取れなかった。
そこへ・・・・・・
「何を騒いでいる」
陛下だ。私だけでなく会場にいる貴族のほとんどが、王族方の入場に気付かなかった。慌てて臣下の礼をとる。
「・・・・・・ドドラー伯爵か。この騒ぎはなんだ? 誰か説明しろ」
もう、何がなんだか原因が色々ありすぎて上手く説明出来る者はこの中にはいないのだろう。
「ドドラー伯爵よ申してみよ」
陛下に問われた伯爵は怒りは収まらないものの、何とか言葉を紡ぐが本人もよく分からない部分も多く、上手く説明ができないようだった。が、陛下は『魅了の魔法だな』と言い切った。
「ドドラー伯爵は聞き取りのため別室へ、その母娘は地下牢へ連れて行け」
それを聞いたべティーは逃げ出そうとホールをギャアギャアと猿のように走り回り、ビアンカはヒステリックに叫んで暴れていた。
逃げられる訳がないのにみっともない。あまりにも必死なのが滑稽で申し訳ないけれど笑いが込み上げてくる。もちろん顔には出さないわよ。
結局、あっさりと捕まり騎士に引き摺られながら連れて行かれた。
やはり『魅了の魔法』だったのかとスッキリしたのと、これで彼女たちと二度と会うことはないと言う開放感と安心感からか体が軽くなった気がした。
前回、私が処刑されたのは『魅了の魔法』を使えるべティーが望んだから・・・・・・だから私の処刑を喜んで見ていた皆んなは悪くなかったんだ・・・・・・なんて思わない。
だって痛みも屈辱も恐怖も忘れることが出来ないのだから。
静まり返るホール。
それでも陛下の言葉で新年の夜会が始まった。
ヒソヒソとさっきの出来事を話し合う人たちもいれば、ホールの中央で何事もなかったかのようにダンスを踊る人たちもいる。
でだ、いつクロイツ殿下は離れてくれるのだろうか?
てか、何しにこの国に来ているのだろうか?
「クロイツ殿下? そろそろ離して欲しいのですが?」
「・・・・・・」
「聞こえないふりはやめて下さい」
「ぷはっ、リリーシアは相変わらず面白い顔をしてるな」
はあ!
「怒るなって、ほら踊るぞ」
私の返事を聞く前に、腰を抱かれたままホールの中央に移動させられた。
まあ、クロイツ殿下と踊るのは別にいい。
なんてったって、小さい頃から私のダンスの練習相手はクロイツ殿下だったから慣れたものだ。目を瞑っていても踊れる自信があるわね。
ただね、気付かない振りをしていたけれど、クロイツ殿下が現れてからワーグナー先生の目が、クロイツ殿下から離れない。
まさか、ワーグナー先生一目惚れしちゃった?
だからか、クロイツ殿下の隣にいる私は睨まれている。
確かにワーグナー先生なら年齢的にはつり合うと思うけれど、子爵家の令嬢では無理がある。クロイツ殿下自身は身分の差など気にもしないだろうけれどね。
それでも、クロイツ殿下が選ぶ相手がワーグナー先生だったら嫌だな。と、なんとなく思ってしまった。




