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アリーシャ・ワーグナー・・・・・・前回の記憶ではワーグナー子爵家に令嬢がいた記憶は私にはない。
前回、王子妃教育を受けていた私は、この国の王侯貴族の名前はすべて覚えさせられていた。過去の名前から立場、生まれたての赤子の名前まですべて。
ワーグナー子爵家には息子が二人いたのは確かだけれど、前回私が処刑された時点では二人ともまだ独身だったはず。
今回はその二人のどちらか・・・・・・ワーグナー姓を名乗るぐらいだから嫡男とアリーシャ先生が結婚したのかも知れない。
そうするとアリーシャ先生は既婚者ってこと?
前回との違いは私がギリアン殿下の婚約者になっていないことや、この歳になるまでマシェリア王国で育ったこと。もちろんこの国で育っていたとしたらギリアン殿下の婚約者にならずとも、他家の令嬢との繋がりがまったく皆無ってことはなかったはず。
でも、私一人の行動で家系図まで変わるとは思えない。
私が知らないだけでこの国に居ない間に何かがあったのかもしれない・・・・・・
◇◇◇◇◇
「何よ! 何なのよ! 何で皆んなあんな年増女がいいのよ!」
場所も選ばず大きな声で叫ぶべティーを避けながら食堂の空いている席に座った。
ご機嫌斜めなべティー。それも当然か。
常にべティーの傍に侍っていた数人の令息たちが、それが今は一人残らずアリーシャ先生の周りをうろちょろしているものね。
元々普段の行い? 態度? から女子生徒たちに顰蹙を買っていたから、一人になったべティーに近づく者は誰もいない。
だからか。
「ミカエル君~、レイ君~あたしも一緒に食べてもい~い?」
この二人を見つけるとこうやって甘えた声で許可もなくテーブルに食事の載ったトレーを置くんだよね。
前にミカエルがべティーを腕にぶら下げている時に、べティーといる限り私たちに近づかないようにと言えば、『品位の欠片もない馬鹿は嫌い』と言ってあっさりべティーを突き放した。
その言葉を忘れたのか、忘れた振りなのか何事もなかったかのような顔で、こうして私たちのテーブルにつくんだよね。
一度はっきりと断ったけれど、べティーの都合のいい耳には私たちの声は聞こえていないようで無視された。
それ以降、私たちもべティーをいないものとしているんだけれど、コレって傍から見れば私たちがべティーをのけ者にして虐めているように見えるのでは?
前回、べティーを" 虐めた" という理由だけで(もちろんそんな事実はない)処刑された私からすれば、この先何があるか分からないだけにべティーと一切関わらないのがベストではある。でも少しは仲良くした方がいいのかな?
・・・・・・いいえ! 無理だ! 弱気になるな! あの母娘には酷い仕打ちしか受けなかった。許せるはずがない。仲良くなんて有り得ないのよ。
私を陥れて笑っていたべティーを許すことはできない。
前回は誰も、誰一人、私を信じてくれる人はいなかった。
でも、今はリズベットだってマリエルだってレイだっている。ふざけてばかりいるミカエルも・・・・・・この四人だけは何があっても私を信じてくれる。そう信じている。
たとえこの国に居場所がなくなっても・・・・・・今の私には受け入れてくれる場所だってあるじゃない!
「ドドラー伯爵令嬢。私は友人でもない貴女が同じテーブルにつくことを許していないわよ?」
だから、二度と近付いて来ないように言わせてもらうわ。
本当におかしいのよ。
べティーなり、ビアンカなりが魅了や洗脳の能力を使用していたとしても、今までべティーに侍っていた子息たちが一斉に離れていくなんて・・・・・・やっぱりおかしいのよ。
もしかして何かの拍子にそれが解けた?
彼らはお父様や高位貴族の子息たちのように魅了を拒絶する魔術が施されていないのに?
「な、何でリリーシアさんの許しがいるのぉ~? あたしはミカエル君とレイ君と一緒にランチをしたいだけなのぉ~。ねぇ? ミカエル君、レイ君いいでしょ~?」
おっと! 少し意識が違う方向に行っちゃっている間に、べティーは媚びるようにミカエルとレイを交互に見つめているが、二人の応えはべティーの想像していたものではなかった。
「リリーシアの言う通りだ。どこかに行け。メシが不味くなる」
レイが令嬢にここまではっきり言うのは珍しい。
「僕もべティー嬢と食事するのは嫌だな~」
八方美人なミカエルまで拒絶している。
まさかのお気に入りの二人からの言葉にポカンと口をあけて信じられないとべティーの表情が語っている。
「リ、リリーシアさん!」
顔を真っ赤にして次は何を言うつもりなんだか。
「はい?」
「貴女が! 貴女たちが二人にこんな酷いことを言わせたのね?」
はぁ?
「そうまでして、あたしを虐めて楽しいの?」
呆れる。
今までの会話で何で虐めって言葉が出てくるの? 周りを見なさいよ。今までの態度や行いからべティーを庇う人なんていないし、なんなら冷めた目で見られていることにべティー本人だけが気付いていない。きっと何を言ってもこの子には無駄ね。
「この際だからはっきり言わせてもらうわ」
「な、なによ」
「まず、数ヶ月前に編入してきたばかりの私たちに"虐められた"と貴女は濡れ衣を着せたわよね?」
「あ、あれは! か、勘違いしただけだわ!」
「そう・・・・・・勘違い? それでも貴女から謝罪の言葉は一言も貰っていないわよ?」
「・・・・・・」
「ほらね、謝ることもできない。先程のように私たちの言葉に過剰に反応して、まるで私たちが悪者のようにしようとしたわね? そんな卑怯な貴女とは関わりたくないのよ。私たちだけじゃないわ。周りをよく見てみなさい。貴女を好意的に見ている人はいないと、いい加減気付きなさい。もう、私たちに近付かないで。私は貴女とは付き合いたいとは思わないし、もっと言えば二度と関わりたくないの」
ほとんどの生徒たちも頷いている。
ついでに前回の恨みも言えるならば、もっと、もっと、キツい言葉を言いたい。これでもかなり柔らかく言ったつもりだ。
ガタッと席を立つべティーは、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。羞恥でか、それとも悔しさと怒りか・・・・・・キッと睨んできたってことは後者の方ね。
べティーの瞳には悔しさからか涙が浮かんでいる。これはいつもの嘘泣きとは違うようた。
それでも何か言いたげで口を開いたのだけれど、言葉を発する前に・・・・・・
「そこまでにしなさい」
生徒たちが注目するなか聞こえたのは、最近では名を聞かない日がない、大人気のワーグナー先生の声だった。




