24-2
鮮やかな手並みで虫顔の魔獣を葬ったレン。変身を解除して、生身に戻ると古谷たちのもとへと駆けていった。
「よぉ、お二人さん」彼は改めて言う。「いやぁ本当に久しぶりだな、ええ? 元気にしてたかなぁ?」
親戚のおじさんみたいなテンションだった。
「あ、ああ。まぁ」古谷はどことなく面倒くさそうに返事をする。
「どうして、ここに?」エトは早速、疑問を呈した。
「何って決まってら。シオンのいるところ、俺らありよ」
彼らの、もといジュンの目的はシオンへの復讐だ。体を共有している彼らにとっては、共通の目標でもある。
そんな三人は、以前からシオンが私物化している地下都市に目をつけている。実験体の保管庫として活用しているそこを、破壊して回っていた。
彼女の計画を阻止すると共に、邪魔されることに業を煮やした彼女が姿を現すことを期待して。
「魔獣の実験からすっかり手を引くって聞いたからよ」レンはつらつら喋った。「もう地下都市は使わねぇんじゃねぇかって思ったんだが、他に手掛かりもなくてな」
神出鬼没のシオンを捕まえるのは難しい。今もどこで何をしているのか、およそ見当もつかない。
「だが、今回は当たりかもしれねぇな」そう言って、レンは振り返った。
そこには壁に半分めり込んだゴーレムの姿がある。
「このすぐ近くの町で多く魔獣が住み着いているんです」エトが言う。「私たちは、もしかしたらシオンさんが手引きしたんじゃないかって」
「その想像は当たらずとも遠からずかもね」前触れもなくジュンの人格に変わる。「あいつは前にも魔獣を生み出していたの」
「あの地下都市で見た」
かつて地下都市で二種類の魔獣を見た。別種の魔獣を繋ぎ合わせたキメラ魔獣。それから、寄生虫を寄生させたことにより生み出されたゾンビ魔獣。
どちらも魔獣の種にその情報が上書きされるかどうかの実験だった、とシオン本人が語っていた。
「うん、それもあるんだけどね」ジュンは言う。「それ以前にも、あいつは魔獣を生み出しているの」
「それ以前?」
「その時はゴーレムを実験に用いてた」
「ゴーレムを?」
「瀕死のゴーレムがいたの。偶々それを見つけたあいつは、魔獣の種を移植した」
「まさにあんな風に……」
半身だけゴーレム。そこ体の至る所から、魔獣の種が突き出していた。
「前はゴーレムの胸の結晶体を取り除いて、そこに魔獣の種をはめ込んだの」
「それって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかで言えば、大丈夫じゃなかったでしょうね。そのゴーレムは亡くなったし」
「そう、なんですか。それで、どうなったんです?」
「別の人格が生まれた」
「別の人格?」
「私は多分、魔獣が意思を持ったんじゃないかって思ってる。ゴーレムの力を得ることで、知性を獲得したんじゃないかって」
「それが、シオンさんの生み出した魔獣」
「どうかな。正確に魔獣と呼べるのか」
「じゃあ、魔獣を生み出したというのはいったい」
「やがてそれは、魔獣化させる能力を得るようになったの」
「魔獣化?」
「そう。本人の意思にかかわらず、周囲の生物を魔獣にしてしまう。そんな呪われた力だった」
どこか寂しそうに語るシオン。そんな彼女を見て、エトは口を噤む。
シオンは気を遣わせてしまったことを恥じ、空気を換えるようにこう言った。
「とにかく、あいつは似たことをしようとしたんじゃないかと思う。ゴーレムを媒介に、魔獣をどこまで生み出せるのか、そこから何が生まれるのか。それを調べようとしたんだじゃないかな」
「あのゴーレムは、今はどういう状態なんだ?」古谷が口を挟んだ。「全く反応を示さないんだ」
「あれ、多分死んでる」
「え?」
「どこかから見つけてきたんでしょ。それをここまで持ってきて、実験材料にしたんじゃない」
「そんな……」と、ここでふと思い至る。「近くの町で、一人行方不明のゴーレムがいたんだ。おそらく、純血種と相打ちになったって」
「そう」ジュンはそれだけ言った。
断言はできなかった。全く違うところで偶然発見したゴーレムかもしれないし、そもそもマルイズエにいたもう一人のゴーレム、中村が相打ちになったという確証もない。純血種を無事に退治して、今もどこかで生きている可能性もある。
ジュンはその意を汲んだのだった。肯定は余計に傷つけるだけだし、否定して見せたって下手な慰めにしかならない。
何も言わないことが、一番だった。
「とりあえず」ジュンは仕切り直すように言った。「あのゴーレムを何とかしましょう」
「何とかって?」古谷が尋ねる。
「楽にしてあげる。それがいいんじゃないかな。かわいそうだけどね」
「……そうだな」
もしあのゴーレムが中村なら、利用されているとはいえ、その死体がかつて自分の守ろうとした町に危機を及ぼしている形となる。望むところではないだろう。
そうでなくとも、死後こんなふうに使われて気持ちのいいものはいない。そういう意味でも、一刻でも早く破壊してあげるのが本人のためなのかもしれなかった。
「じゃあ、行ってくるから離れてて」ジュンは早速、掌に黒い光を宿した。
「俺も行く」古谷がそれを引き留める。
「別に大丈夫だけど」
「だが一人でやらせるわけには」
「それも平気。私、結構手を汚してきてるから」
「それでも行くよ」
「……そう。じゃあ、お願い」
二人は同時に変身した。
古谷は岩石で構成された無骨な巨人の姿に。
ジュンは玄武岩を思わせる、真っ黒い巨人の姿に変わる。背中には噴火口のような穴が連なっており、常時火が噴出し、背びれのようになっている。猫背気味の前傾姿勢であることも相俟って、どことなく魔獣に近いフォルム。
継ぎ目には溶岩の思わせるほど赤い魔力が、ドロドロと迸っていた。
地下都市内の温度が上昇するのが感じられた。
(知って通り、そう長くはもたないから)ジュンは言う。(ぱぱっといこう、ぱぱっと)
(ああ)
二人が腕を構えて、光線を放とうとしたその時、横合いから一筋の光が目の前を飛んでくる。あまりにも眼前スレスレを飛んでいくので、思わず構えを解いた。
通り過ぎた先にある壁に突き刺さっていたのは、光の槍とでも呼ぶような代物だった。と言っても、先端を尖らせただけの棒状のもの。
間もなくそれは光の粒子となって消え去ったが、二人はその形状に見覚えがあった。
今度は跳んできた方向へと視線を反転させる。するとちょうど、光の槍を投げたものが姿を現すところだった。
(クライカ……)古谷はその名を呼ぶ。
深緑の体表に刻まれた蛇柄模様。腰回りと手首に、石綿を生やしているその姿は原始人を思わせる。
かつてレンがその手で葬ったはずのゴーレムが、今また姿を見せたのだった。
(生きていたのか)古谷は複雑な思いで尋ねる。
しかし、返事はなかった。
聞いているのかいないのか。ぼんやりと立ち尽くしているのみ。
代わりに別のところから声が聞こえてくる。
「悪いのだけれど、それは壊させないわ」
艶のある声が洞窟内に反響する。コツコツとヒールの音を響かせて、クライカの足元に並び立った。
(シオン)ジュンが憎しみの籠った声で怨敵の名を呼ぶ。(ようやく見つけた)
今にも食って掛かりそうなほど前のめりになり、敵意をむき出しにする。
ダンピールであるシオンにゴーレムの思念は聞こえない。だが、そんな様子を見れば誰だって何を言っているかくらいはおおよその見当がつくだろう。にも拘らず、シオンは興味がないとばかりに自分の話したいことばかりを話す。
「これから使おうと思っている大事な実験体なのよ。できれば邪魔しないでもらいたのだけれど?」
「魔獣の実験からは手を引くんじゃなかったんですか?」唯一、変身していないエトが代表して問いかける。
「あら? エトちゃんじゃない。久しぶりね?」
トゾーガの町では散々な扱いをしてくれた。だというのに、そんなことを忘れてしまったかのようにシオンは気安く声を掛けてくる。
エトは一瞬だけもやもやしたが、今はそれどころではないと気を取り直して、話を続ける。
「何の実験をしようっていうんですか?」
「相変わらず好奇心旺盛ね?」
「いえ、そういうんじゃあないですけど」
「いいわよ。エトちゃんには特別に教えてあげる」
自分勝手にそう結論を出した後、指を一つ鳴らした。するとまたも彼女の背後から何かがやってくる。忙しなく足を動かして姿を現したのは、青い装甲に包まれた蜘蛛の魔獣。普段シオンが便利に使っている魔獣の一体だ。
それだけではない。魔獣は何かを口元からぶら下げていた。
蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにされた一人の人間だった。
(あれは!)
古谷たちが追っていたゴーレムの変身者だ。時間的に変身が解除されていてもおかしくはないと思ってはいたが、運悪く捉えられてしまったらしい。
エトも気づいたのだろう。こう告げる。
「その人をどうするつもりですか」
「こういうのをまさに僥倖というのでしょうね? ゴーレムが手に入ったから実験に使おうとこの島に来てみたけれど、偶然にももう一体いるじゃない。それで、どうせならこっちを使おうと思って」
「実験って、いったいどんな」
「そう焦らないで頂戴。今から見せてあげるわ」
(そんなこと、私が許すと思ってるの)ジュンが目の前に立ちはだかるようにした。
「あら? あくまでも邪魔するつもりなのね? なら」
ジュンが掌に魔法陣を展開すると、呼応するようにクライカが一歩踏み出してきた。
「クライカさんを使役しているんですか?」
「そうよ? 瀕死だった彼を見つけてね? 延命させてあげる代わりに、制御用の魔道具をつけたのよ」
(あんたってやつは!)ジュンは走り出した。
クライカに向かって拳を見舞う。
クライカは両腕を固めてそれを受け止めるも、あまりにも衝撃が強すぎて防ぎきれなかった。弾き飛ばされる。
ジュンはさらに追撃を加えるべく、飛び掛かった。
「相変わらず野蛮ね」シオンはそう告げると、今度は蜘蛛の魔獣を動かす。
蜘蛛の糸を吐き出させ、ジュンの動きを阻害しようとした。
しかし、その糸は古谷の手によって防がれる。
(俺が相手になる)
さすがに二体のゴーレムを相手取るのは分が悪いと見たようで、シオンは珍しく歯噛みした。
だが、蜘蛛の魔獣をけしかける。
古谷は、飛び掛かってくる蜘蛛の魔獣を真っ向から迎え撃とうとする。拳を腰だめに、盛大にアッパーを決めるつもりだった。
が、その直前、蜘蛛の魔獣が軌道を変える。糸を吐き出し、古谷を飛び越えるようにしたのだった。
(まずい!)
狙いはあくまでも実験と言うことだろう。二体のゴーレムは無視して、早々に始めてしまおうというつもりだろう。
古谷は急いで振り返ると、蜘蛛の魔獣を追うように飛び掛かる。腕を目いっぱい伸ばし、その手が蜘蛛の足のうちの一本を掴もうとしたところで、するりと抜けられてしまう。
(こうなりゃ!)
古谷はここからゴーレムの方を狙撃しようと考えた。元々破壊する予定ではいたが、それにしてももっと丁寧にやるつもりだった。しかし、こうなってはそうも言っていられない。
先に実験体の方を破壊してしまえば、阻止できるという算段だった。
十分に魔力を充填し、光線を放つ。その直前で、蜘蛛の魔獣が目の前に飛び込んでくる。
(なっ!)
古谷は反射的に体ごと逸らして、軌道を変えた。
蜘蛛の魔獣には例のゴーレムの変身者がセットになっている。光線で焼いてしまえば、巻き込んでしまう。それを避けたのだった。
そのおかげでゴーレムの破壊はできなかったが、手の届く範囲内にいる。古谷は捕まえようとした。
しかし。
「フルヤ!」エトの声が反響する。「あれ!」
彼女の指差した方向を見る。
そこにはシオンがいた。皮膜状の翼を広げて、半身を壁にめり込ませたゴーレムのちょうど胸の結晶体の辺りにいる。
その腕にはぐるぐる巻きにされたゴーレムの変身者が抱えられていた。
「さぁ、実験を始めましょう」




