24-3
シオンは腕に抱えた変身者を結晶体に押し付けるようにした。
結晶体の輝きは強くなっていく。それに呼応するように、変身者が呻き声をあげた。やがて悲鳴のようになって洞窟内で木霊する。
しかし、それはすぐにかき消された。変身者と結晶体とは、まるで反発すように稲妻を迸らせたからだ。
同時に、変身者は結晶体へと吸収されて行く。
(何が、起こっているんだ)古谷は独り言ちる。
それは海の中で見た、ゴーレムの捕食行動に似ていた。周囲にいたマーメイドたちを鷲掴みにし、まさに踊り食いするように吸収していく。
そうしていくうちに、胸の結晶体は元の輝きを取り戻していたのだった。
間もなく、変身者が完全に結晶体の中に没する。束の間の静寂が訪れた。が、すぐに洞窟内が揺れ出す。
(地震!)
古谷は慌てて目の前の蜘蛛の魔獣を弾き飛ばし、エトのもとへと向かった。こんなところで落盤があれば生き埋めになってしまう。現在、生身を晒している彼女が最も危険だった。
それを察したのはジュンも同じだったようだ。彼女は相手にしていたクライカを蹴り飛ばすと、急いでレンに人格をバトンタッチする。翼のゴーレムへと姿を変わった。
それから、持ち前の飛行能力で飛び始める。
(古谷!)
彼がエトを無事その手に収めるのとほとんど同じタイミングで、レンは呼びかける。掴めと言わんばかりに腕を伸ばした。
古谷がその手にぶら下がるようにすると、レンはそのまま飛行する。狭い洞窟内を飛び、来た道を引き返した。
すぐに地下都市までも戻ってくると、天井に空いた穴に向かって一目散に飛んでいく。
地上へと飛び出した。
見下ろせば、よっぽど酷い地震と見えて洞窟が崩落していくところが見える。
地盤から崩れ、みるみる沈下していくさまが見受けられた。
「あれじゃあ、シオンさんは……」エトはどこか残念そうに言う。
(同情に値しない)ジュンは聞こえないことを承知のうえで返事をした。(ざまぁみろっての)
その声音には、どこか不服そうな響きがある。
と、その時だった。沈下していたはずの地面が、今度は逆に盛り上がり始めた。
(な、なんだありゃ?)レンが驚きの声を上げる。
初めは山なりに盛り上がっていた地面だが、段々と様子がおかしくなっていく。途中で山は片側だけが持ち上がり、坂のようになる。そして、持ち上がっていた片側の終端には球体がついていた。
それは完璧な球体ではない。楕円形で縦長の球体だ。
その球体を天辺に持ち上げるかのようにさらに盛り上がっていき、やがて地面に対して垂直になる。
それはまさに岩塊の人型だった。
それを裏付けるように今度は腕が出てくる。地面から引き抜くように振り上げると、地表に手をつき、さらに体を持ち上げていく。
次いで足。それを片側ずつ地面へと出すと、ゴーレムは大地に立つ。
その高さは、空中にいるレンたちを遥かに凌いでいた。
大きさにして通常のゴーレムのおよそ五倍近く。超大型ゴーレムとでも呼ぶべき存在が、目の前に聳え立っていた。
(嘘だろ、おい)レンは言う。(こんなん聞いてないぜ)
「面白い実験結果になったわね?」どこからともなくシオンの声が聞こえる。「まさか、こんなことになるとは」
視線を巡らすと、彼女は超大型ゴーレムの肩に乗っていた。より正確にはクライカの肩に乗っており、そのクライカが超大型ゴーレムの肩に乗っている状態だった。
「長いこと地盤に埋まっていたからかしら? さしずめ自らの体を拡張したってところね。実に面白いわ」
うっとりとした声音で言うシオン。と、その時、超大型のゴーレムが動き出した。
一歩だけ、緩慢な動作で足を踏み出す。
たったそれだけで大地は揺れ、木々は倒れ、さざ波が立つ。それはまさに、生きる大災害だった。
超大型のゴーレムは歩みを止めない。一歩、もうさらに一歩と歩みだす。
「あら? どこへ向かっているのかしら?」シオンは呑気に言う。
だが、それは一大事だった。こんなものが海を越え、上陸すれば堪ったものではない。マルイズエの町は復興の兆しすら見せることなく、完膚なきまでに破壊される。
それだけに留まらない。被害は増々拡大していく。次の町、次の町へと進めば進むほど、町は蹂躙されていく。ただ闊歩していくだけで、世界は崩壊の一途を辿るだろう。
(まずいだろ、あれ!)レンが言う。(止めなくちゃ!)
とはいうものの一体誰が、あのサイズのゴーレムに敵うというのだろうか。超大型ゴーレムと古谷たちの対比は、通常のゴーレムと人間のサイズに匹敵する。つまり超大型ゴーレムにとって、古谷たちは虫けら同然だ。
人間がゴーレムとまともにやり合って勝てるわけがないのだから、古谷たちにも同じことが言える。ゴーレムの本来の頑丈さを加味すれば、どれだけ攻撃を加えようが傷つけることすら叶わなさそうだ。
「シオンさん!」エトもその実状を察したのだろう。呼びかける。「止めてください!」
しかし、返答は非常だった。
「どうしてかしら?」
「ど、どうしてって……」
「無粋じゃない。何をしようとしているかもわからないのに」
「い、いや、それはそうかもしれませんが……」尤もな言い分に言い淀む。
(そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!)ジュンが叫ぶ。
無論、その声がシオンやエトに届くことはないのだが。
(あんたが生み出したんだから責任を取りなさい!)
その言葉が聞こえたわけではないが、エトは反論の糸口を見つけた。
「シオンさんは永遠の命が目的なんですよね?」
「そうよ」
「でも、このままこのゴーレムを放置すればまず間違いなく世界はどうにかなってしまいます。シオンさんが守りたいはずの命も、きっと」
「エトちゃん。私にわね、一つ仮説があるのよ」
「仮説?」
「そう、研究者としてね」
果たして彼女をそう呼ぶに値するかどうかは置いておくとして、エトは続きを待った。
「このゴーレムは命の味を覚えたのよ。あまねく命を吸収し、自らの糧にする。それを学習したんじゃないかしらって」
「それは、シオンさんの目的の真逆を行くものじゃないですか?」
「そうでもないわよ。ねぇ、エトちゃんはゴーレムと一体化してから何か変わったこととある?」
「変わったこと?」
「何でもいいわ、気が短くなったとか。そういうのないかしら?」
「……わかりません。別に変わったとは思いませんが」
「でしょうね。つまりエトちゃんは、エトちゃんのままだったってことよ」
「ごめんなさい、何を言いたいのかさっぱり」
「つまり、ゴーレムの一体化能力は人格に何の影響も及ぼさないのよ。ゴーストは偶々歪んだ人間性のものたちが集まったからああなっただけ」
「ですが、一体化が進んでいけば人格が乗っ取られるって」
「それは少し語弊があるわね。正確には境界線がなくなるのよ」
「境界線?」
「そう、他者と自分とを隔てる境界線。ゴーレムと完全に融合すると、人格が交じり合う。記憶も何もかも受け継いでね」
「何もかも受け継いで」
「つまり、完全に混ざり合った新しい人格として生きるってこと」
「もしかして……」
「相変わらず察しがいいわね、エトちゃん。その通りよ。もしこのゴーレムが世界中の生きとし生ける命を我が身に取り込めば、誰もが永遠の命を得られるってこと」
ゴーレムに寿命はない。全てが一つになってずっと生き続けるのなら、事実上の永遠の命と言えるわけだ。
「ですが、その状態を本当に生きているといっていいんでしょうか」
「その定義は難しいところかもしれないわね。でもね、エトちゃん。誰かの思いを受け継いでなんて言い分でその人が生きているなんて綺麗ごとよりかは、もっとずっと現実的じゃないかしら? 何せ、明確に人格が残っているのだもの」
「ですが、誰もそれを証明できないじゃないですか」
「どうして?」
「だって最終的には一人になってしまうわけですよね。何百年という時を経てそれが当たり前になってくると、自分の妄想かどうか区別がつかなくなっていくじゃないですか。その頃には記憶だって薄れていくでしょうし」
「中々鋭い見解かもしれないわね。でも、それこそ誰も証明できないわ。記憶は確かに生きていた証かもしれない。でも一体化は別に死んでいるわけでも何でもないのよ」
「それは、そうかもしれませんけど」
「結局、エトちゃんの言い分は所詮人なんて身勝手な生き物だというストイックな発想よ。でもそれはね、他者がいて初めて成立する理屈なのよ」
「シオンさんは、それでいいんですか? 誰かを助けたかったんですよね?」
ダンピールの彼女は既に永遠の命を得ている。それでも尚、欲すということは自分ではない誰かのためだ。
「いいんですか? その誰かと、別の知らない人との区別がつかなくなってしまう。一体化するってそう言うことなんですよ?」
「そんなことわざわざ言われなくてもわかっているわ。それでも生きているに越したことはないのよ」
決然と言い切る彼女に、エトは二の句が継げなくなる。
そうこうしている間にも超大型ゴーレムは歩み続けていた。ついに海に足を踏み入れ始めている。
(お喋りはそこまでだ)
レンはそう言い、古谷たちを地面に下ろす。
(どうするつもりだ)古谷が尋ねた。
レンは答える。(どうするも何も、やるしかねぇだろ)
言うや否や、超大型ゴーレムを見上げた。
その様子を見て、エトも察する。「フルヤ」
(ああ)古谷は頷いて見せる。(行ってくる)
「気を付けて」
声は聞こえなかったが、通じたようだ。
エトを下ろすと、古谷は駆けだす。
二体の巨人が並び立つと、示し合わせたように光線の構えを取る。普段、光線の使用を自らに禁じているレンだけれど、今回ばかりはそうも言っていられない。ためらうことなく腕をL字に組み、放つ。
二つの光線は合わさって、一つの光線となった。そうして超大型ゴーレムへとまっすぐと飛んでいくが。
(駄目か……)古谷は言う。
まるで効果がなかった。傷一つ付けることができない。
しかしどうしたことか、超大型ゴーレムは反応を示した。
「あら? どうしたのかしら?」依然として肩に乗っていたシオンが言う。
それに応えているつもりなのか、大型の巨人はゆっくりと振り返る。そして今しがた光線を放ってきた二体の巨人へと視線を落とした。
(なんか、ヤバいか?)レンが言う。
古谷も同様に感じていた。
間もなくその予感は現実のものとなる。超大型のゴーレムは片手を高く振り上げた。それから、その巨大な手を振り下ろしてくる。
大地は揺れ、掌の形に抉られる。
古谷たちは間一髪で避けられたのでよかったが、もし食らっていたらいくら岩塊の体と言えどぺしゃんこになっていたことだろう。
それで終わりではなかった。超大型のゴーレムは、二体のゴーレムを追うようにして来た道を引き返してきた。飛沫を蹴立てて、島に上陸する。
なぜだかわからないが、標的になったようだ。
いいような悪いような。囮となることで町へ向かうことは阻止できるが、目の敵にされて対抗できるかどうか。かといって、無視され続けていたらやはり不都合だったのでこれでよかったと前向きに考えることにした。
とはいうものの、どう相手をしたらいいものやら。
そうこうしているうちに、超大型ゴーレムはさらなる攻撃に移っている。今度は足を大きく振り翳し、踏みつぶそうとしてきた。
やたら動作が大ぶりに見えるがそれはサイズ差によるものなので、隙が大きいだとかそういうことはない。普通に落盤してくるような速度だ。それに加えて、攻撃範囲が広いのでその範囲外に出ようとするのだけで精一杯になってしまう。
まともな勝負にはならなかった。それもそのはずで、こちらの攻撃は全くといっていいほど通じないのだから。
戦闘は極めて一方的で、まるで子供が小動物を追い回すかの様相を呈している。児戯に等しいのに、どうしてだか超大型ゴーレムは執着を示していた。
その様子に呆れたのか、シオンはとっくにクライカと共に姿を消している。
自分たちだけでどうにかしなくてはならないらしい。元より、彼女は当てになどできなかったが。
(私が行く)ジュンが言った。
(やれるのか、姉御)レンが問う。
(わかんないけど、でもやるしかないなら)
この場にいる中で最も高い攻撃力を有しているのは彼女を置いて他にはいない。
ジュンならばもしくは。
そう思い、託すことにした。
翼のゴーレムが姿を変える。体表が赤熱していき、次第にドロドロと溶けていく。真っ黒い玄武岩の体表が剥き出しとなり、随所に溶岩を思わせる赤が迸っている。
ゴーレムと言うよりも、魔獣と呼ぶにふさわしい姿が再び姿を現したのだった。




