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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第六章:二十三話 妖光の海
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23-3

 戦場は神殿付近としたいが、向こうからやってくるまで待っている時間は惜しい。


 こちらから出向くことにした。


 駆け出し、ゴーレムへと一目散に向かう。大ぶりな動作で拳を振りかぶった。今から殴りつけますと言わんばかりに。


 お相手のゴーレムも迎え撃つように拳を放つ。


 二体の拳はほとんど同時に接触した。


 威力的には同じだったと言えるだろう。と、言うのも古谷は手加減したからだ。


 しかもあろうことか、その拳に弾き飛ばされるように古谷は後退する。後ろに飛び、地面に投げ出されるような恰好で倒れた。


「何してんだい! 情けないったらありゃしないね!」


 後ろの方から老婆の叱咤が聞こえてくるが意にも介さず、ゆっくりと身を起こす。


 そうこうしている間にも、相手のゴーレムはすぐ目の前までやってきていた。


 お相手は、今度も拳を振りかぶり殴りつけてくる。


 古谷はその動きを見極めて腕を抱え込むように掴むと、反転して後方へ投げ飛ばす。ゴーレムの体は投げ出され、ちょうど神殿の辺りにまで飛んでいった。


(よし)これで神殿を壊せる。


 古谷は勇んで歩む。


「何してるんだい!」老婆の叫び声が聞こえる。「あそこにはあんたのお仲間もいるんだからね! 壊したら承知しないよ! わかっているのかい!」


(知ってるよ)古谷は誰に聞こえるでもないがそう答え、尚も歩みを止めない。


 ゆっくり歩いてきた甲斐があった。おかげで相手のゴーレムは立ち上がり、すっかりこちらを迎え撃つ体勢に入っている。


 老婆の言うことは尤もだった。


 神殿の中にはエトがいる。下手をすれば、怪我をさせる恐れもある。最悪はぺちゃんこだ。


(うまいことやらなきゃな)


 大立ち回りはあくまでも神殿の周辺で。振るった腕なんかが掠める程度の距離で。


 それには今ゴーレムがいる距離では近すぎると判断し、古谷は腰を落として待ち構えた。


 傍から見ればそれは、あくまでも神殿を破壊しないよう配慮する姿にも映っただろう。


「そうそう! わかればいいんだよ!」老婆が言った。


(うるさいな。いちいちがなり立てるなよ)古谷は毒づく。


 ともあれ、うまく欺けているのならそれでいい。


 古谷は頃合いを見計らって、再びゴーレムと対峙した。


 至近距離にまで来ると、殴り合いを始める。大ぶりに腕を振るう。当たったゴーレムはお返しとばかりに、拳を見舞う。古谷は強烈な一撃でも食らったかのように、大仰に仰け反った。


 思わずといった風に神殿の屋根に手をつくと、そのまま力を込めて滑らせるように剥ぐ。屋根の一部が崩れ、中が覗けた。


(いない)


「何してるんだい! 壊すなって言っただろ!」


 老婆の言葉を無視し、古谷はゴーレムへと向き合う。


 中の様子に気を取られていたからだろう。振り返った時には、相手のゴーレムはすぐ目の前にいた。


 体重を乗せた蹴りを見舞ってくる。


(まずい!)


 思ったのも束の間、彼は弾き飛ばされるように尻餅をついた。彼のすぐ後ろには神殿。半壊させるくらいの勢いで、巨人の体がめり込んでいった。


(エトは!)


 慌てて周囲の屋根を薙ぎ払い、彼女の姿を探す。


 見当たらない。


 押しつぶしてしまったのではないか。そんな最悪の想像が巡り、慌てて立ち上がろうとするも、目の前のゴーレムはそれを許さない。


 お相手のゴーレムは、古谷を押さえつけるように掴みかかってきた。


(邪魔、すんなよ!)


 古谷も負けじと押し返す。が、踏ん張りがきかず、じりじりと押し倒されつつあった。


(どけっつってんだよ!)


 古谷は頭突きをかまし、怯んだ隙に素早く腕を十字に組んだ。威力を絞り、光線を放つ。


 ゴーレムを吹き飛ばすのに成功した。光に帯をもろに浴びて、投げ出されるように水中を漂う。やがて地面へと倒れこんだ。


(エト!)


 古谷はそれを見届ける前から立ち上がると、慌てて足元を探った。聞こえないとはわかっていながらも、何度もその名前を呼ぶ。


 やがて一つの瓦礫に目が留まる。その周囲からは煙のように血が漂ってきていた。


 古谷は震える手でその瓦礫を摘まみ上げると、そっとどかす。


 下敷きになっていたのはマーメイドの一人だった。原型も留めないほどに、ぐちゃぐちゃになっている。


(よかった……)


 エトではなかった。それが彼に安堵を生んだ。


 それ以外に不穏な痕跡は見当たらない。とりあえずは無事だと判断することにした。


 古谷は気を持ち直し、ゴーレムへと向き直る。ちょうど立ち上がるところだった。


 気が動転してダメージを与えすぎたからか、相手のゴーレムは些か覚束ない様子。ふらふらとしていた。


(まずい……)


 焦るあまりつい光線を撃ってしまった。いくら威力を絞ったと言え、元は殺傷力の高い代物。倒すとまでは言えずとも、相当なダメージが入ったことは確実だった。


 しかし倒してしまうのは本望ではない。


 かといってこの前みたく押さえつけて時間の経過を待てば、エトを探すことができなくなってしまう。


(どうすれば……)


 と、思ったその時だ。


 目の前のゴーレムがついに膝を追ってしまう。水中に砂を巻き上げ、膝から崩れ落ちた。


(苦しいのか……?)


 問うまでもなかった。ゴーレムはもう立ち上がる気力すらないようで、どうにか足に力を籠めるも、中腰になるのがせいぜいでまたすぐに膝を折る。


 それを何度も何度も繰り返しては、その度に人形のように崩れ落ちていった。


(もういい、もうやめろ!)


 あまりの痛々しさに見ていられない。しかし、彼の言葉は当然届くことはない。


 それはマーフォークどもも同様だった。彼女らの言葉もまた、ゴーレムには届くことはない。


 そのはずなのに、ゴーレムと共にやってきたマーフォークたちは一方的にはやし立てた。


「何をしてる!」


「立て!」


「戦わなかったらどうなるかわかっているんだろうな!」


 彼女らが、自分らの町においてゴーレムに対してどのような境遇を強いているのかわからない。だが、相当衰弱しているように見受けられた。


 まともに食事も与えず、一日中部屋の中に監禁しているのかもしれない。古谷よりも酷い待遇だ。


 あくまでも自分たちの道具としてしか見ていないようだった。


(いい加減にしろよ!)


 長いこと軟禁生活を強いられていたということもあるのだろう。自分の自由意思はなく、どれだけ戦っても労う素振りすらなく、むしろ罵声を浴びせてくる始末。


 そんな生活が続き、今の古谷には多大なストレスがかかっていた。そこにマーフォークの身勝手さを見せつけられたことにより我慢がきかなくなっていた。


 彼は迷いなく光線を放つ。


 水中にいても尚、灼熱の帯びた白い光は、大量の気泡を上げながら軌跡を描き、人魚たちへと飛んでいく。


 立ち上がろうとするゴーレムをけしかけていたマーフォークどもを一網打尽にしようと迫ったところで。


(嘘、だろ)


 偶然か、それとも身を挺して庇ったのか。不意にゴーレムが立ちあがり、光線をその身に受け止めた。


 そのままついに事切れたようにゴーレムは倒れ伏す。同時に変身は解かれ、無数の瓦礫と共に変身者が浮き上がってきた。


 あまりのことについ呆然としている合間にも、マーメイドたちは動き出している。敵も味方も一斉に捕まえようと、一目散に向かっていった。


 古谷も遅れて腕を伸ばすが、時既に遅し。一人のマーフォークに捉えられてしまう。


「よくやったよ!」老婆が叫ぶ。


 どうやらこちら側の陣営の手に落ちたらしい。他所の町に行かれるよりかは手の出しようがあるので、これは僥倖だった。


 しかし、相手側がそれをむざむざ許すわけもなかった。


 万が一、こうなる場合に備えていたのだろう。ほとんど間髪入れずにと言っていいほどの速さで魔法が放たれた。水流が竜巻のような渦となって、変身者ともども包み込む。


 鋭い水の刃が中で巻き起こり、二人を八つ裂きにする。


 かと思われた。


 突如、強烈な光が沸き起こったかと思うと、次の瞬間にはゴーレムが立ち竦んでいた。


(変身、したのか……?)


 本来、連続で変身することはできない。一度、変身を解除したら数時間は再変身ができなくなっている。


 が、命の危険が迫ったらその限りではない。そういうことなのだろう。


 問題なのは、その時に身近にもう一人いたということだ。


 その岩塊の鎧に取り込んでしまったようだ。その証拠に目の前に立つゴーレムの、岩石の体のつなぎ目に青い線が迸っている。


(どう、なるんだ)


 エトと一緒に変身した際は基本的に体を動かすのは古谷だ。エトもできるにはできるようだが、彼女は主に魔法制御を担当している。


 しかし、今回一緒に変身しているのは敵味方入り乱れている。しかも本体の変身者にはほとんど意識がないと来た。


 これでこのゴーレムが味方に付いてくれるならいいのだが。


(びっくりしたかもしれないが)とりあえず声を掛けてみることにした。(どうもそういう力みたいなんだ。だが、変身を解除すればまた分離できるから落ち着いてくれ)


 返事はなかった。


 混乱するあまり聞こえていないのかもしれない。しばらく様子を見ていると、不意に巨人は水中を浮き上がる。そのまま一掻きするだけで、滑るように迫ってきた。


(なっ!)


 古谷はそれを間一髪で躱す。が、ゴーレムはすぐさまUターンして突進してくる。


 明らかにスピードが上がっている。マーフォークと一体化したことにより、その特性を手に入れたのだと思われた。


 古谷はもう一度、ゴーレムをやり過ごすと告げる。


(どうして襲う! 戦う理由なんてないじゃないか!)


 だが、やはり声は届かないようで再び突進してくる。


(意識がないのか……?)


 ゴーレム側に意思が偏っているということだろうか。元々、薬を盛られて意識を失っているので、一緒に変身したマーフォークもそれに引っ張られたのかもしれない。本来、負担が大きいからできなくなっているであろう連続変身をしているからという理由もありそうだ。


 何にせよ、第二ラウンドらしい。


 しかし、こちらもそう長いこと変身状態を持続させていられない。


(やるしかないのか)


 短期決戦に持ち込むしかない。この際、相手を多少傷つけてしまうことには目を瞑ろう。


 エトに関しても、また次の機会に期待するしかない。


 まずはあの機動力を何とかしないことにはどうにもならない。


(生憎と、こちらは踏んでる場数が違くてね)


 突っ込んでくるゴーレムに、あえて飛び掛かる。体にしがみつき、迫りくる水圧に耐える。


 次第にその速さに慣れてくると、古谷は片手だけを離した。威力はそれほど期待できないが、数度殴りつけてみた。


 やはり手応えなし。


 今度は両手を離し、足だけでしがみつくようにする。腕を十字組んだ。


 光線を放つ。しかし、ゴーレムに向かってではない。身を逸らし、下方に向かって全力で放った。


 出力の高さに軌道が乱れる。速度が出ていたことで、むしろ制御が効かなくなり、二体のゴーレムはあらぬ方向へと飛んでいった。


 水流に翻弄されるように、水中でもみくちゃにされる二人。それでも古谷は何とか姿勢を保ち、再び腕を十字に組んだ。


 光線を放つ。だが、今度もゴーレムに向かってではない。その逆、光線を推進力とするようにしてゴーレムへと迫っていったのだった。


 勢いを弱めることなく突き進み、背中側からぶつかっていった。それからも出力を保ち続け、半ば巻き込む形で押し込んでいく。


 やがて海底に辿り着いた。大量の砂塵を巻き上げて、二体のゴーレムが着地する。


 いまだ土煙が漂う中、素早く復帰する古谷。胸の結晶体は点滅を始めている。


 お相手のゴーレムも遅れて、立ち上がった。しかし、かなりふらついている。


(悪いな)古谷は拳を見舞う。


 避ける余力も残されていないようで、もろに食らうとゴーレムは倒れた。それっきり動かなくなったかと思うと、やがて岩石の体が崩壊した。


 決着がついた。中から、変身者と一人のマーフォークが気を失った状態で出てくる。


 古谷はとりあえずその二人を掬い上げるようにして掌にのせると、町へ向かって歩き始める。この戦いでかなり離されていた。慌てて戻ったところでエトの捜索はできない。それにもう暴れる口実もない。


 そんなわけで自然と重い足取りで歩いている。


 やがて町が見えてきた。戦いはまだ続いていたようで、辺り一面の大乱戦。そもそもが他所の町からの急襲なので、ゴーレムが不在ならば不在で、当人たちで勝手にやるだけだ。


 が、一人、また一人と戻ってきた古谷の姿を認める。同時に戦いの手を止める。


 一気に場が静まる。どうもゴーレムの姿では見分けがつかないらしく、どちらの陣営が勝ったのかわかっていないようだった。


 両陣営にとって、ゴーレムは最大戦力だ。その勝敗は、そのまま両陣営の勝敗に直結すると言っても過言ではない。


 手を止めてまで着目するには十分な理由だった。


 そんな中を、古谷は悠々と歩んでいく。神殿のもとまで辿り着くと、まるで凱歌でも上げるように腕を持ち上げた。


 マーフォークの反応は二つに分かれた。沸き立つものと、悔しがるもの。


 しかし、それも束の間だった。古谷は腕を横薙ぎに振るう。神殿の屋根を丸ごと吹き飛ばす。


 そうして間取り図のように吹き抜けになった中に、様々な反応が伺えた。驚きで腰を抜かすもの、何が起こったのかわからないといったように呆然と見上げているもの、わけもわからず泣き出すもの。


 その中でただ一人、まるでそれを予期していたかのように真っすぐ見上げてくる少女の姿がある。


 まっすぐと淀みない視線でこちらを見ていた。


「遅いよ」


 エトは言った。

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